みなもと太郎『マンガの歴史』1



 みなもと太郎著『マンガの歴史』1巻(岩崎書店/1080円)読了。

 出たばかりの本。マンガ史研究家としても評価の高いマンガ家・みなもと太郎さんが、「画業50周年」を記念して刊行開始した、書き下ろし(語り下ろし?)マンガ史の第1巻。全4巻の予定とのこと。

 図版がただの一つも使われていないという、シンプル極まりない本。「マンガ史本」としては異例だが、当然、はっきりした意図の下にあえてそうした体裁をとったのだろう。 

 この巻は、手塚治虫登場前夜(戦前・戦中)のマンガ状況から説き起こされ、手塚およびトキワ荘の面々の活躍、劇画の誕生、貸本マンガの台頭、初期の少女マンガ、週刊少年マンガ誌の登場などが、手際よくたどられる。
 最後の章で光が当てられるのが『巨人の星』だから、次巻は『あしたのジョー』の話から始まるのだろう。

 200ページに満たない本だからサラッと読めるが、マンガ史の肝を的確に押さえた記述はさすがだ。
 そして、『風雲児たち』の作者らしく、独自の確固たる「マンガ史観」が全編の底に流れていて、その史観に沿って戦後マンガ史をたどる内容になっている。各章がブツ切りになっておらず、日本のマンガ史が一つの太い流れとして理解できるのだ。

 蒙を啓かれる記述も多い。
 たとえば、私は「『あしたのジョー』はいま読んでもすごい名作だが、『巨人の星』はいま読むとお笑いマンガでしかない」と軽んじていたが、『巨人の星』がマンガ史においていかに画期的であったのかが、本書で初めて理解できた。

 「マンガ史本」はこれまでにも少なくないが、本シリーズこそ決定版になるのではないか。全4巻、買い続けることを決定。

 そういえば、『風雲児たち』は三谷幸喜脚本で来春のNHK正月ドラマになるとか。慶賀に堪えないが、「どうせなら大河ドラマにすればいいのに」と思ってしまった。

■関連エントリ→ みなもと太郎『レ・ミゼラブル』

三田紀房『徹夜しないで人の2倍仕事をする技術』



 三田紀房著『徹夜しないで人の2倍仕事をする技術――三田紀房流マンガ論』 (コルク/378円)読了。
 電子書籍が安かったので買ってみたもの。通常の紙書籍の半分くらいのボリュームしかないので、サラッと読める。

 『ドラゴン桜』などのヒット作で知られるマンガ家・三田紀房が、自らのマンガ術・作劇術を語り下ろしたもの(構成者の名が記されていないが、ライターか編集者がまとめたものと思われる)。

 本書で明かされている著者の仕事ぶりは、まるで『ドラゴン桜』の主人公・桜木のように、業界の常識にとらわれない合理的なものだ。徹夜してヘロヘロの状態では生産性が上がるわけがないから、徹夜はしない。会社員のように自分もアシスタントも9時5時で働き、〆切は守る、などなど……。

 著者は、西武百貨店でサラリーマンとして働き、父のあとを継いで家業の衣料品店を経営したあと、30歳で生まれて初めて描いたマンガでデビューした――という経歴の持ち主。
 それだけに、子ども時代からマンガ家を目指していた人とは、発想そのものが違う。一つのビジネスとして、生産性をつねに考えながらマンガ作りに取り組んでいるのだ。

 あなたが個性を探しているプロセスには、誰も一円もお金を払わない。完成原稿にしか価値はないのだ。それなのに、マンガ家をはじめ多くの表現者が自分の個性を見つけることにばかり力を注ぎ、作品を作ることを忘れている気がしてならない。
 個性なんて気にするな! そんなものはなくていい。先人から大いに学び、多少表現をパクってもどんどん原稿を作っていこう。それが、マンガ家として生きていくということだ。



 ……などという割り切った考え方が披露される、異色のマンガ論である。
 『ドラゴン桜』や『インベスターZ』、『砂の栄冠』など、ヒット作の設定を決めるまでの舞台裏が語られる部分は、マンガ家志望者などにとって大いに参考になるだろう。

 ただ、初めて描いたマンガでいきなりデビューしたことからわかるとおり、この著者もある種の天才なのだと思う。
 ゆえに、本書で著者が「◯◯なんて簡単だ」と言っていることの多くは、凡人にとっては非常に難しいことであり、とても内容を鵜呑みにはできない。

峯島正行『回想 私の手塚治虫』


 
 峯島正行著『回想 私の手塚治虫――「週刊漫画サンデー」初代編集長が明かす、大人向け手塚マンガの裏舞台 』(山川出版社/2160円)読了。書評用読書。

 『週刊漫画サンデー』は、『少年サンデー』の小学館とは関係ない、実業之日本社から出ていたマンガ誌(すでに休刊)。いわゆる「マンサン」である。
 その創刊編集長であった著者が、同誌に多くの作品を発表した手塚治虫との思い出を綴ったもの。

 著者は、本書の最終編集段階にあった昨年11月、90歳で亡くなったという。
 そのような経緯を知るとケチもつけにくいのだが、あまり面白くなかった。

 いや、けっして悪い本ではないのだ。
 しかし、手塚治虫の逝去から30年近くを経て、ありとあらゆる「手塚本」が汗牛充棟のいま、その中で上位に位置するようなものではないと思う。

 「手塚本」がごまんとある(身もフタもないことを言えば、「手塚本」以外のマンガ家本は売れない)からには、よほど斬新な切り口で迫らないかぎり、屋上屋を架すだけになってしまう。
 本書の新しい切り口は何かといえば、手塚の「大人マンガ」への挑戦に的を絞っていることだ。

 「大人マンガ」といってもよくわからないだろう。
 これはかつて、少年マンガ・青年マンガ・劇画などという区分が未分化だった時代、マンガ一般が「児童マンガ」と呼ばれていたことから、それに対する呼称として生まれた言葉。子ども向けではない風刺マンガなどを総称して「大人マンガ」と呼んだのだ。

 「児童マンガ」の世界に王者として君臨していた手塚治虫が、昭和40年代、「大人マンガ」の世界で初めて本格的なストーリーマンガに挑戦したその舞台が『漫画サンデー』であり、著者はその挑戦を間近に見つめた伴走者であった。
 『漫画サンデー』から生まれた手塚の「大人マンガ」としては、『人間ども集まれ!』、『上を下へのジレッタ』、『一輝まんだら』(未完)などがある。

 その時期の舞台裏が綴られているという点で、本書はマンガ史の貴重な資料と言える。
 とくに、手塚もその一員となった「漫画集団」(大人マンガの作者が中心となったマンガ家団体)とのかかわりが詳細にたどられている点は、他の「手塚本」には見られない独自性と言える。

 ただ、本書には次のような瑕疵があると思った。

 第一に、「漫画集団」内の大物マンガ家であった横山隆一、馬場のぼる、小島功らについて、必要以上にくわしく書きすぎ。「これでは『手塚本』ではなく、漫画集団の本だ」と思ってしまった。

 第二に、本書後半は手塚のアニメへの挑戦と「虫プロ」の興亡についての記述がメインとなるが、そのような構成にする必然性がまったく見えない。

 虫プロ時代については、『虫プロ興亡記』(山本暎一)などの優れた書物がすでにあるし、著者はそのへんのことを直接見聞きしたわけではないから、既成の本の引用と再構成によるしかない。要は、おもな「手塚本」をすでに読んでいる者にとっては“知ってる話”ばかりなのだ。

 著者自身の手塚との思い出だけでは一冊にならなかったのなら、後半は『漫画サンデー』以外に載った手塚の大人向けストーリーマンガ(『陽だまりの樹』や『アドルフに告ぐ』など)の紹介・分析に充てるべきだった。
 そうすれば、「大人向けマンガの描き手としての手塚治虫」について、体系的に論じた本になり得ただろう。

 なお、最終章「小林一三の恩恵」は、阪急電鉄創業者にして宝塚歌劇の生みの親である小林一三が、手塚の作品世界にいかに大きな影響を与えたかが論じられており、読み応えがある。
 しかしこれとて、桜井哲夫が『手塚治虫――時代と切り結ぶ表現者』(講談社現代新書/1990年)の「宝塚という不思議な空間」の章ですでにくわしく論じていることであり、著者の独創とは言えない。

竹宮惠子・内田樹『竹と樹のマンガ文化論』



 今日は、都内某所でタレント/女優のサヘル・ローズさんを取材。
 夕方のニュース番組「スーパーJチャンネル」のコーナー「新東京見聞録」でいつも拝見しているので、初対面という感じがしない。

 サヘルさんの自伝『戦場から女優へ』(文藝春秋)を読んで臨む。



 お話をうかがって、お母さん(戦争で孤児となった幼いサヘルさんを養女に迎えた人)のフローラさんとの強い絆に胸を打たれた。血のつながりを超える母と子の絆も、世の中にはあるのだ、と……。


 行き帰りの電車で、竹宮惠子・内田樹著『竹と樹のマンガ文化論』(小学館新書/799円)を読了。
 竹宮惠子の自伝『少年の名はジルベール』が大変面白かったので、一昨年出たこの対談集にも手を伸ばしてみた。内容には『少年の名はジルベール』と重複する部分もあるが、併読するといっそう理解が深まる。

 この本も、マンガ論(マンガ文化論・技術論)としてなかなか面白い。

 内田さんの唯一のマンガ論集『街場のマンガ論』は、牽強付会な論が多くて私は感心しなかった。
 しかし、本書では内田さんは基本的に聞き役に回っており、よい話をたくさん引き出しているので、『街場のマンガ論』よりもずっとよい。
 

竹宮惠子『少年の名はジルベール』



 土・日は鳥取へ――。鳥取市・米子市・北栄町の3ヶ所で講演をした(そんな柄じゃないんですけどね)。
 鳥取に行くのは、5年前に米子に企業取材で赴いて以来。いや、そもそも人生で2回目くらいかも。

 鳥取空港がいまは「鳥取砂丘コナン空港」になり(『名探偵コナン』の作者・青山剛昌が鳥取出身であることに由来)、米子空港が「米子鬼太郎空港」(水木しげるが鳥取出身であることに由来)になっているのだね。


 飛行機の中で、竹宮惠子著『少年の名はジルベール』(小学館/1512円)を読了。
 すでに各所で評判になっている、少女マンガの大御所による自伝である。

 手に取った瞬間、「意外に薄いな」と思った。いまどきの単行本としては平均的な分量(240ページ)だが、竹宮惠子のキャリアからしたら、いくらでも重厚な自伝にできるはずだからだ。

 だがそれは、20歳での上京(マンガ家デビューは17歳)からの約7年間に的を絞ったがゆえの薄さである。それ以前の人生も、30代以降の人生も、サラリと触れられるのみ。上京から代表作『風と木の詩』の連載開始までの、人生でいちばんドラマティックな期間に照準が定められ、残りはバッサリと切り捨てられている。

 また、その間の出来事の中でも、伝説の「大泉サロン」でのエピソードにウエートが置かれている。
 ともに新人マンガ家であった竹宮惠子と萩尾望都が同居し、山岸凉子、佐藤史生、坂田靖子らが集い、「24年組」の拠点となったアパート。「女性版トキワ荘」ともいわれるマンガ史のレジェンド。その舞台裏を、最大の当事者である竹宮惠子が綴るのだから、面白くないはずがない。

 これは少女マンガ史の貴重な資料であり、普遍的な「表現者の青春物語」でもある。とくに胸を打つのは、ライバルであり親友でもあった萩尾望都の才能への嫉妬に苦しんだことを、竹宮が赤裸々に明かしている点だ。

 萩尾望都は表現者としてつねに竹宮の一歩先を歩み、竹宮は劣等感と焦燥感を感じつづける。そして、ついには大泉サロンから出て行くことを決意する。
 伝説の大泉サロンを終焉させたのは、竹宮惠子の萩尾望都に対する嫉妬であったのだ。そのことに、萩尾は気付いていたのか、いなかったのか……。

 私が実はもう下井草(東京都杉並区)に部屋を見つけていることを話すと、萩尾さんも「じゃあ、私も近くにしようかな」と言った。「それはいやだ」という言葉が頭をかすめる。萩尾さんが遊びに来れば、また焦りや引け目を感じるに決まっている。本音が言えないまま、「うん、そうだね」。私にはことが運んでいくのをどうしようもなかった。



 なんとも切ない話である。
 萩尾望都が天才であるように、竹宮惠子もまた天才であり、だからこそ嫉妬が生まれた。はなから手が届かないほど才能の懸隔があったなら、嫉妬など感じもしなかっただろう。

 だが、その苦しみをバネとした竹宮の懸命の努力が、やがて『風と木の詩』による「少女マンガの革命」として結実する。その意味で、萩尾との共同生活は、竹宮が才能を開花させるために不可欠な“イニシエーション(通過儀礼)”でもあったのだろう。

 表現者としての苦悩と葛藤、そして歓喜が、丹念に書き込まれた第一級の自伝。マンガ好きのみならず、すべての分野のクリエイターおよび志望者に一読を勧めたい。

■版元による本書の特別サイト→ 「少年の名はジルベール」竹宮惠子|小学館


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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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