宮谷一彦『ライク ア ローリング ストーン』



 宮谷一彦の『ライク ア ローリング ストーン』(フリースタイル/1620円)を購入。
 手塚治虫の虫プロが出していたコミック誌『COM』で1969年に連載されて以来、半世紀近く一度も単行本化されていなかった「伝説の名作」の初単行本化である。

 文春文庫ビジュアル版の『マンガ黄金時代  ’60年代傑作集』というオムニバスに、この作品の第1話が収録されたことがある。私はそれを読んだことがあるのみで、全編を通して読むのは今回が初めて。

 帯に「ひとりの漫画家の1969年3月からの120日間の記録」とあるとおり、作者の宮谷一彦自身(ただし、作中での名は「画村一彦」となっている)のマンガ家としての生活を描いた「私マンガ」である。

 中条省平は、本書の巻末に寄せた解説で次のように言う。

 まず本作の特徴は、日本初の本格的な「私マンガ」であるということです。(中略)作者・宮谷一彦は自分の分身である画村一彦を通じて、自分の思想とマンガ観をストレートに打ちだしています。本作は日本マンガ史上最も真摯な「マンガ家マンガ」なのです。



 私は、本作に先行する永島慎二の『漫画家残酷物語』(の中の数篇)こそ「日本初の本格的な『私マンガ』」であったと思うし、「日本マンガ史上最も真摯な『マンガ家マンガ』」という賛辞も、同作にこそふさわしいと思う。

 が、それはともかく、この『ライク ア ローリング ストーン』も、日本マンガ史上に突出する作品であることは間違いない。
 内容には観念的すぎて難解な部分も多いのだが、機関車や阿修羅像などのすさまじい細密描写を味わうだけでも、本書を買う価値は十分にある。

 この単行本の版元・フリースタイルが発行している季刊誌『フリースタイル』の直近号(36号)でも、宮谷一彦特集が組まれている。これも併せて購入。



 特集のメインは、宮谷一彦に大きな影響を受けた一人である作家の矢作俊彦(かつて「ダディ・グース」名義でマンガ家としても活躍)によるインタビュー。
 インタビューというより対談になっているが、内容は(宮谷と矢作のファンなら)とても面白い。

 なお、フリースタイルは今年、宮谷一彦の初期作品集『俺たちの季節(とき)』と『ジャンピン ジャック フラッシュ』の電子書籍版も刊行している。



 じつをいえば私は、『ライク ア ローリング ストーン』以降、どんどん難解になっていった宮谷作品よりも、この2冊に収録された初期の青春マンガをこそ愛する者である。この時期の宮谷こそ、私にとってはベスト。1971年から72年にかけて、三崎書房から刊行されたこの2冊は、いまでも私の宝物だ。

 収録作全編が傑作とは言わないまでも、6割方はマンガ史に残るレベルの青春マンガであり、マンガ技術的にも当時の最高峰・最先端である。

 たとえば、『ジャンピン ジャック フラッシュ』所収の短編「ラストステージ」は、日本におけるジャズ劇画の最高傑作だと思う。
 『BLUE GIANT』より40年も早く、これほどリアルに絵の中にジャズを刻みつけた作品が、日本にはあったのだ。

 また、同じく『ジャンピン ジャック フラッシュ』所収の短編「逃亡者」は、わずか24ページの作品ながら、日本におけるカーアクション劇画の最高峰の一つだろう。

 余談ながら、この「逃亡者」の中に出てくる、“車で時速200キロから目にも止まらぬ速さでシフトダウンをくり返し、直角に曲がる”という描写は、のちに池沢さとしが『サーキットの狼』でそっくりパクっている。
 
■関連エントリ
岡崎英生『劇画狂時代』
ダディ・グース『少年レボリューション』
 

眉月じゅん『恋は雨上がりのように』



 眉月じゅん『恋は雨上がりのように』の既刊1~8巻(ビッグコミックス)を読んだ。
 前から連載誌『ビッグコミックスピリッツ』で時々読んで、気になっていたマンガ。一気読みしてみたら、なかなか面白かった。

 ファミレスの店長をしている45歳の冴えないバツイチ男に、その店でバイトする17歳の美少女女子高生が恋をするという、“年の差恋愛マンガ”。
 中年男の妄想をそのままマンガ化したような話(作者は女性だが)であり、一種のファンタジーだ。

 文芸評論家の斎藤美奈子は、ハードボイルド小説を「男性用のハーレクイン・ロマンス」と呼んだ。「うまいこと言うなァ」と思ったものだが、むしろ本作のような物語こそ「男性用ハーレクイン・ロマンス」と呼ぶにふさわしい。ハーレクイン・ロマンスは大衆恋愛小説だが、ハードボイルド小説において恋愛はメイン要素ではないのだから……。
 本作はいわば、「中年男のためのハーレクイン・ロマンス」なのだ。

 ヒロイン・橘あきらは、主人公の中年男のダメな部分、非モテ要素までも受け入れ、むしろそこを好きになってくれる。ほかのバイトからは「クサイ」と嫌がられる加齢臭すら嫌がらないという天使っぷりである。
 そんな“都合のいい天使”がいるはずもないのだが、私は「ありえねー」「絵空事だ」と思いつつ、けっこう楽しく読んでいる。
 世の腐女子たちは、BLマンガ・小説を、現実にはあり得ないことを百も承知でファンタジーとして楽しんでいるのだろう。それと同じだ。

 「恋雨」(と略すそうだ)はコミックス累計160万部突破、『マンガ大賞2016』で第7位、『このマンガがすごい!2016』でオトコ編第4位に食い込み、来年1月から深夜枠ながらもTVアニメ化……と、スマッシュヒットになっている。
 それだけ広がりがあると、さすがに読者が中年男ばかりとは思えない。この作品が幅広い層に受けていることが、いち中年男としては不思議である。

未知庵『三時のお水』『きなこ体操』



 未知庵(みちあん)の『未知庵の1 三時のお水』『未知庵の② きなこ体操』(Nemuki+コミックス)を購入して、読み倒す。

 まったく知らなかったマンガ家なのだが、変なマンガばかり集めてウェブ公開している「劇画狼のエクストリームマンガ学園」で、未知庵の「餅」「乳」という2編を読み、すっかり気に入ってしまった。

 で、いま買えるこの人の作品集2冊を、あわててゲットしたしだい。
 朝日新聞出版の『ネムキ』、『Nemuki+(ネムキプラス)』に掲載された作品を中心とした掌編集である。

 どの話も、シュールで不気味でおかしい。一言で言えばキモ面白い。しみじみとくだらなくて、それでいて妙に深みもあり、読んだあとに余韻が残る。

 絵はとてもうまい。描き込みもていねいで、時に執拗な印象を受けるほど。劇画的な陰影に富む絵柄でシュールなギャグを連発するから、そのギャップのせいでよけいにおかしい。

 2冊合計して40編以上の掌編が収録されている。そのすべてが傑作とは言わないまでも、かなり高水準な作品集である。
 細部までよく作り込まれているから、アイデア勝負の作風なのに、何度も読み返しても面白い。

 時々、すごくツボにハマる場面がある。
 「少年ファラオ」(『きなこ体操』の表紙に描かれているキャラ)がよろめいてぶつかり、郵便ポストがボコっとひん曲がってしまう場面など、声を上げて笑ってしまった(読んでいないとなんのことかわからないだろうが)。



 量産のきく作風ではないだろう。この2冊に収められた作品も、古いものは2006年くらいに発表されていて、約10年を費やして2冊分になったという感じだ。
 次の作品集も気長に待っているので、ぜひコツコツと描き続けてほしい。

三田紀房・関達也『銀のアンカー』



 三田紀房・関達也作『銀のアンカー』全8巻をセットで購入し、一気読み。
 
 仕事上の必要があって読んだ。コミックスのカバーに「内定請負漫画!!」とあるとおり、他にほとんど類を見ない(少なくとも、2006年の連載開始当時には類似作がなかった)「就活マンガ」である。

 アメリカ帰りの伝説的ヘッドハンターである主人公が、日本の大学生たちに就活の極意を指南していくというストーリー。
 作者が大ヒット作『ドラゴン桜』の三田紀房であることから、「就活版『ドラゴン桜』」と呼ばれている。

 三田とともにクレジットされている関達也という名前は、原作者かと思ったらそうではなく、三田の元チーフアシスタントで、途中まで(3巻まで)作画をまかされていたのだそうだ。

 私自身は就活というものをした経験がなく、そもそも「企業の正社員になる」という意味での就職をしたことがない(編プロにいたときはバイト扱いだったし)。
 なので、“就活という未知の世界”を垣間見る思いで読んだ。そのせいか、大変面白く読めた。

 三田紀房の絵柄は雑で好きになれないが、それでも彼のマンガはいつも水準以上の面白さを保っていると思う。高校生が株式投資をする『インベスターZ』なども、設定自体が卓抜だし、じつに面白い。

 絵柄については、三田自身が「自分は絵の魅力で売るタイプではないから、最低水準さえクリアすればよい」と割り切っているのかもしれない。
 彼の著書『徹夜しないで人の2倍仕事をする技術』 を読むと、じつにドライにビジネスと割り切ってマンガ作りに取り組んでいるようだし……。

■関連エントリ→ 三田紀房『徹夜しないで人の2倍仕事をする技術』

 この『銀のアンカー』は、就活に勝つためのノウハウ集としても読めるし、何より「就活に頑張って取り組もう!」と若者を鼓舞する効果が高いマンガだと思う。

「面接とは相手に本気を伝えることだ。それができれば必ず成功する。本気じゃない一流大生に、本気の三流大生は勝てる!」(句読点は引用者補足)



 ……などという、メモしておきたいような熱いセリフも多い。

南勝久『ザ・ファブル』



 最近気に入って、コミックスの新刊が出るたび買っているのが、南勝久の『ザ・ファブル』(『ヤングマガジン』連載中)。「ヤンマガ」はヤンキー系マンガが多く、私には縁遠いマンガ誌だが、まれにツボにはまる連載もある。

 てゆーか、南勝久のマンガ家としてのセンスが好きなのだな。
 彼の代表作『ナニワトモアレ』は関西の「走り屋」たちの物語で、私にはビタイチ縁のない世界が描かれていたが、にもかかわらず私にも面白かったし。

 『ザ・ファブル』は、「ファブル(寓話)」という通り名で知られる天才的な殺し屋の物語。
 ……というと、『ゴルゴ13』の亜流のようなハードボイルド・アクションを思い浮かべるかもしれないが、全然違う。殺し屋がボスから「今年は仕事をしすぎた(殺しすぎた)から、1年間休め」と命じられ、大阪で一般人として暮らす物語なのだ。

 殺人技術とサバイバル技術は卓越しているが、生活常識がポッカリ欠落している殺し屋が、頑張って普通の日常に溶け込もうとする。そのときに起きるさまざまな不協和音が、笑いとスリルを生む。そう、これは他に類を見ない“殺し屋アクション・コメディ”なのである。→第1話試し読み

 前に当ブログで取り上げた新機軸のヤクザマンガ『ドンケツ』に、タイプとしては近い。

 『ザ・ファブル』はヤクザマンガというわけではないが、ヤクザもたくさん出てくる。大阪で暮らすにあたって、一般人としての生活を邪魔しないでもらうよう、街を仕切るヤクザの組に話を通してある、という設定だからだ。
 「干渉しない」という約束なのに、伝説の殺し屋であるため、ちょっかいを出してくるヤクザもいる。そこからまたドラマが生まれる。

 『ドンケツ』も『ザ・ファブル』も、ヤクザ社会・裏社会のディテール描写は非常にリアルだが、キャラやストーリー展開にマンガ的な飛躍があり、その飛躍が笑いを誘う。そこが共通項である。

 いまどきの目の肥えたマンガ読者は、細部にリアリティがなければ受け付けない。さりとて、ただリアルであればよいというものではない。マンガには、マンガならではの飛躍――ぶっ飛んだ設定や展開、突出したキャラなど――が絶対不可欠なのだ。『ドンケツ』と『ザ・ファブル』は、細部のリアリティと良質な「マンガ的飛躍」を兼備しており、だからこそ傑作たり得ている。

 とくに『ザ・ファブル』は、これほど先の展開が読めないマンガも珍しく、一度ハマったら読むのをやめられない面白さがある。
 「1年間限定の一般人生活」という縛りがあるから大長編にはならないだろうが、最後までこのクオリティを保ってほしい。


Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
24位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
18位
アクセスランキングを見る>>