山本鈴美香『エースをねらえ!』



 仕事上の必要があって、山本鈴美香の『エースをねらえ!』を全巻まとめて再読。
 中央公論社の分厚い「愛蔵版」全4巻で読んだのだが、元のコミックスだと全18巻に及ぶ雄編である。

 言わずと知れた、少女マンガにおけるスポ根ものの最高峰であり、マンガ史に残る名作。
 ちなみに、いまのマンガで『エースをねらえ!』のスピリットを正統的に受け継いでいるのは、日本橋ヨヲコの傑作『少女ファイト』(これはバレーボール・マンガだが)だと思う。



 『エースをねらえ!』は1970年代のマンガ(ただし、連載は80年まで続いた)だから、いま読むとマンガ技術的には古臭いし、絵柄も典型的な「昔の少女マンガ」なので、鼻白んでしまう部分もある。
 しかし、そのような細かい瑕疵が気にならないほど、ヒロイン・岡ひろみと宗方仁コーチの「師弟の絆」が感動的な物語である。

 『エースをねらえ!』について、「私は『師弟関係とは何か』について、武道の修行のあり方について、このマンガからすべてを学んだ」とまで言い切ったのは内田樹さんであった(『街場のマンガ論』所収「『エースをねらえ!』に学ぶ」)。
 たしかに、この名作は「マンガの形を借りた師弟論」として読んでも素晴らしい。
 
 そしてまた、『エースをねらえ!』は胸を打つ名言の宝庫でもある。
 以下、全編再読しながら付箋を貼った名言を列挙してみる(句読点は引用者補足)。

 たとえどんな思いをしようと、それはすべてテニスをするための苦しみじゃないの。同情なんかするもんですか。テニスができない苦しみだってあるのに!! (緑川蘭子が岡ひろみに)



 はじめはね、だれでもおそろしくヘタだよ。どんな名人だって生まれながらにテニスができたわけじゃないからね。うまくなるだけの努力をするかしないか、それだけだよ。(藤堂貴之がひろみに)



 なんなのさっきのプレイは! 負けることをこわがるのはおよしなさい! たとえ負けてもあたくしはあなたに責任をおしつけたりはしない。それより力をだしきらないプレイをすることこそをおそれなさい!! (お蝶夫人が、ダブルスを組んだひろみにコートで)



 いいか、勝敗を分けるのはいつでもたった1球だ。だがプレイしているときは、どれがその1球かわからない。だから、さいしょからさいごまでどんな球でもあんいに打つな! (宗方コーチがひろみに)



 やっといったな。おまえのほうからそういってくるのを、おれはもう7ヵ月まった(宗方コーチが、ひろみの「お蘭にお蘭のテニスを教えたように、わたしにもわたしのテニスをおしえてください」という覚悟の一言を受けて)



 おなじあいてに打ちこむ者としていう。男なら、女の成長を妨げるような愛し方はするな! (宗方コーチが、藤堂のひろみに対する想いに気付いて)



 基礎トレーニングはつらいし地味だ。だがな、土台のないところに家が建たないように、体力のない身でスポーツはできない。まして自分のプレイなど見つけられるはずもない。
 絵をこころざす者がいく枚もいく枚もデッサンし、本物の線一本をさがすために万の線をひくように、おまえもコートでの1打のために万のトレーニングをつまねばならないぞ。
 そんな地味でつらいことをやりぬけるほど、テニスを好きになれたおまえはしあわせだ。犠牲を犠牲と思わないその情熱があるかぎり、おまえはあらゆる欠点をテニスでなおすことができる。そしていつか、欠点のないテニスができるようになる。(宗方コーチがひろみに)



 ここまでだと思ったとき、もう1歩ねばれ! それで勝てないような訓練はしてない。(宗方コーチがひろみに)



 意識していようといまいと、おまえはその手で無数の選手を打ちたおし、全員を踏み台にしてここまでのぼってきた。その選手たちひとりひとりの、ふまれるいたみを思ったことがあるか。
 勝者はつねに敗者につぐなわねばならない。10人に勝ったらじぶんとあわせて11人ぶん努力するのが義務だ。100人に勝ったら101人ぶん、無数に勝ったら無数に……。それをおこたったとき、栄光の座からふりおとされる。(宗方コーチがひろみに)



 お嬢さんは、仁を失っていままさに慟哭の時期にあります。が、わたしは思います。大した苦しみもないかわりに大した喜びもなく、大した努力もしないかわりに大した成果もえられず、ぬるま湯につかったように生きて死んでゆく人間が多い中で、慟哭を味わえる人間は幸福なのだと!
 だからその慟哭と真正面から対決しなければ真の人生は生きられないのだと! (宗方コーチの死後、ひろみの新たなコーチ役を宗方から託された親友・桂大悟が、ひろみの父に語りかける言葉)



柳本光晴『きっと可愛い女の子だから』



 柳本光晴の『きっと可愛い女の子だから』(アクションコミックス)を読んだ。
 例によって、Kindle日替わりセールで安かった(99円!)ので買ってみたもの。

 柳本は、この春「マンガ大賞2017」に輝いた『響~小説家になる方法~』の作者である。
 本書は、『響』で大ヒットをかっ飛ばす前に出された初期短編集だ。

 15歳の天才文学少女・鮎喰響(あくい・ひびき)の物語である『響』は、いま私が連載(『ビッグコミックスペリオール』)を楽しみに読んでいる作品の一つ。
 『響』のジェットコースター的面白さ(最近やや停滞ぎみだが、コミックス1巻あたりの面白さは非の打ち所がない)に比べると、この『きっと可愛い女の子だから』に収録の5編はまだ「習作」という趣だが、それでも十分楽しめる。

 

 クラスで孤立しているオタク少女、勉強の出来ないガングロギャル、行き遅れの堅物女教師など、普通のラブコメなら脇役にしかならないような女の子達をあえて主役として扱った異色のラブコメ短編集



 ……というのが、版元がつけた本書の惹句。そのコンセプトは十分奏功している。

 いまの時点から本書を読むと、どの短編も『響』の原型、プロトタイプに見えてくる。
 とくに、短編「保健室にて」に出てくる黒髪メガネっ娘は「もう一人の響」という感じだし、「図書館LOVER」に出てくる高校文芸部の世界は、そっくりそのまま『響』ワールドである。

 『響』が好きな人なら、そのスピンオフを読む感覚で楽しめる好短編集。
 

山田参助『あれよ星屑』


あれよ星屑 2 (ビームコミックス)あれよ星屑 2 (ビームコミックス)
(2014/10/25)
山田 参助

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 山田参助の『あれよ星屑』(ビームコミックス)の既刊1~2巻を、電子書籍で購入。

 この人のマンガを読むのは初めて。元々は、おもにゲイ・マンガの世界で活躍してきた人らしい。これまで私の視界に入らなかったのはそのためだろう。
 
 終戦から1年を経た東京の闇市を舞台に、男臭いドラマが展開される。
 戦争で地獄を見た男と女が、その地獄を心に引きずりながら、懸命に日々を生きていく。

 闇市で雑炊屋を営みながら、酒浸りの日々を送る川島徳太郎。その前に、兵隊時代の部下であった黒田門松が現れる。再会を喜ぶ黒田に、川島は「俺はな、あのとき死んだほうが良かったと思っとる」とつぶやく。

 インテリの川島と、“脳みそ筋肉”で陽気な熊のような男・黒田。2人の再会によって、川島の虚無的な日々に新たな光が射し込み、物語が動き出す――。

 ……と、いうような話。
 版元がつけた惹句には、「闇市、パンパンガール、戦災孤児、進駐軍用慰安施設など、戦後日本のアンダーワールドの日常を、匂い立つような筆致で生々しく猥雑に描き出す、敗戦焼け跡グラフティ、開幕」とある。

 たしかに、男女いずれのキャラとも非常に生々しく活写されており、表情の一つひとつに血の通った色気がある。往年のバロン吉元の絵をもっとイラスト的にしたような、ハイセンスで味わい深い絵柄が素晴らしい。とくに、女たちの醸し出す儚いエロティシズムは絶品だ。

 コミックスの2巻は丸ごと、戦争末期の中国大陸での出来事を描く軍隊時代回想編である。
 この回想編はかなりキワドイ描写を含んでおり、「メジャーなコミック誌で、よくここまで突っ込んで描いたな」と驚かされる。たとえば、川島が将校の命令で八路軍の兵士を斬首させられる場面などが、すさまじいリアリティで描かれるのだ。

 戦中と終戦直後の日本を、一切のきれいごとを排して描いた、大人のためのマンガ。

ヤマザキマリ+とり・みき『プリニウス』


プリニウス (1) (バンチコミックス45プレミアム)プリニウス (1) (バンチコミックス45プレミアム)
(2014/07/09)
ヤマザキマリ、とり・みき 他

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 ヤマザキマリ+とり・みきの『プリニウス』1巻と、吉田秋生『海街diary』6巻を購入。

 『海街diary』6巻の帯には、「実写映画化決定」と大書されている。
 監督は是枝裕和。主人公の四姉妹にはそれぞれ、綾瀬はるか・長澤まさみ・夏帆・広瀬すずというキャスティングだそうだ。
 ワタシ的には中原俊さんに監督してほしかったところだが、是枝さんでも十分納得(及川中でなくてよかった)。
 キャスティングは……三女役の夏帆がイメージ違いすぎ(笑)。ほかは、まあ納得。

 『プリニウス』は、第一線のマンガ家2人による共作というチャレンジングな試み。よくある「原作担当と作画担当」という形ではなく、また一回限りの「企画もの」でもない、本格的な共作である。
 第1巻を読むと大長編になりそうな雰囲気だし、月刊誌(『新潮45』)連載だから、完結まで何年かかるかわからない。無事につづいてほしいものだ。

ヤマザキマリさんがネームと人物画、とり・みきさんが背景・仕上げを担当。毎回、ストーリーについて議論しながらネームを起こし、まずはヤマザキさんが人物を中心に描画。それを受けてとりさんが背景などを描き、往年の特撮映画のように2人の絵を合成して仕上げてゆく――。

 

 ……という形の共作なのだそうだ。
 この贅沢なコラボが、1+1が10にも100にもなるようなケミストリーを生んでいる。すごいクオリティーである。
 『テルマエ・ロマエ』のヤマザキマリが、こんどはコメディではなくガチンコで描く古代ローマ社会。我々にはなじみのない遠い世界が、鮮やかなリアリティで紙上に再現されていく。

  「世界史上もっとも著名な博物学者にして、ローマ艦隊の司令長官。古代ローマ一の知識人にして、風呂好きの愛すべき変人」である主人公プリニウスは、すこぶるキャラが立っている。マンガの主人公たるにふさわしい、描き甲斐のある人物なのだ。
 とはいえ、古代ローマ社会に精通したヤマザキマリでなければ、プリニウスが主人公のマンガなど、そもそも考えもつかなかったのではないか。

 『ヒストリエ』(岩明均)や『チェーザレ 破壊の創造者』(惣領冬実)と並んで、日本のマンガの豊穣さ、表現ジャンルとしての成熟度を思い知らされる作品。

柳内大樹『軍艦少年』


軍艦少年(1) (ヤンマガKCスペシャル)軍艦少年(1) (ヤンマガKCスペシャル)
(2013/01/04)
柳内 大樹

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 柳内大樹(やなうち・だいじゅ)の『軍艦少年』(ヤンマガKCスペシャル)全2巻を読んだ。

 ヤンマガに連載されたヤンキー系マンガ。本来なら、私にとってはいちばん縁遠い世界である(趣味嗜好の上でも、実生活上も)。
 しかしこの作品は、作家の深町秋生が連載コラム「コミックストリート」で絶賛していたのを読んで、「お、なんかよさげだな」と思ったのだ。で、アマゾンでポチってみたしだい。

 読んでみたら、けっこうよかった。

 主人公は、最愛の母の死をきっかけに荒れまくり、ケンカばかりしている高校生。したがってヤンキー系マンガには違いないのだが、この手のマンガにはあまり見られない哀切さに満ちている。ヤンマガに載るヤンキー・マンガより、むしろ少女マンガに登場するヤンキー/不良に近いテイスト。たとえば、紡木たくの『ホットロード』とか、吉田秋生の『河よりも長くゆるやかに』あたりを彷彿とさせる。

 なぜタイトルが『軍艦少年』なのかというと、軍艦島(正式名称は端島)にほど近い長崎の沿岸部が舞台で、なおかつ軍艦島が重要な役割を果たすから。
 主人公の少年の両親は、いまは無人島と化した軍艦島で生まれ育った、という設定なのである。

 妻/母の死によって「生きる意味」を見失った父と子が、紆余曲折を経て再生していくまでの、荒々しくも美しい物語。
 まあ、クサイといえばクサイし、ベタといえば思いっきりベタな話ではある。しかし、絵柄もストーリーもストレートで力強く、読む者の心にグイグイと迫ってくるため、クサさやベタさがまったく気にならない。

 ヤンキー系マンガの枠を超えた、正統派青春マンガの佳編だと思う。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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