深町秋生『地獄の犬たち』



 深町秋生著『地獄の犬たち』(KADOKAWA/1728円)読了。

 数えてみたら、この人の小説を読むのはもう10冊目である。
 10冊読んでの印象としては、「100点満点の小説は書かないが、着実に60点は超えてくる安定した打率のエンタメ作家」というもの。

 本作も、440ページを一気読みした程度には面白かった。
 警視庁を揺るがす「ある秘密」を握った、関東一の大暴力団の会長を抹殺するため、一人の潜入捜査官が顔も名前も変えて別人となり、その組織の一員となる。そして、殺しも辞さない激烈な仕事ぶりで急速に出世し、会長の護衛役に抜擢される。果たして、主人公は正体を覚られぬまま任務(=会長を殺すとともに、彼が握る「秘密」を消去する)を遂行できるのか?

 ……と、いうような話。荒唐無稽で劇画的ではあるが、細部までよく練られていて、読んでいる間は現実味のなさを意識させない。二転三転する展開で退屈しないし。

 著者の7年前の旧作『ダブル』は、一度は犯罪組織を追われた主人公が、整形手術で顔を変え、別人になりすまして組織に舞い戻り、組織のドンの命を狙う物語であった。骨子は本作に似ているのだが、比べてみれば本作のほうがはるかによくできている。エンタメ作家として、この7年間で着実に腕を上げたということだろう。

■関連エントリ→ 深町秋生『ダブル』

 ただ、つかの間の娯楽としてハイクオリティではあるが、「読み返したい」と思わせる魅力に乏しいのも、深町作品の特徴であるような……。文章は読みやすくてキビキビしているが、「独自の文体」と呼べるほどの魅力はないし。

栗沢まり『15歳、ぬけがら』



 昨日は台風にもかかわらず、出かける用事が3つもあり、そのつどずぶ濡れになって帰宅。それだけで体力を消耗してしまった。
 用事の一つが、私がいま理事長をしているマンションの管理組合の、年1回の定期総会。「よりによって台風の日かよ」という感じだが、滞りなく終わってホッとした。


 一昨日の新幹線の中で読んだ2冊目が、栗沢まり著『15歳、ぬけがら』(講談社/1404円)。講談社児童文学新人賞で佳作に入った、著者のデビュー作だ。

 貧しい母子家庭の中学3年生・麻美を主人公に、「子どもの貧困」問題を小説仕立てにした作品。

 麻美の母親のキャラ造型がややステレオタイプで、血が通っていない印象を受けた。『ルポ母子家庭』とかの本を読んで、頭で作ったキャラという感じ。

 あと、麻美がお風呂にあまり入れずに体のニオイを気にするとか、ニオイに関する描写がしつこすぎ。
 「五感に訴える文章を」との意識からそうしているのだろうが、そういうのはここぞという場面で一、二度言及すればよいのであって、あまりくり返されるとげんなりする。
 そのへんの瑕疵が、佳作にとどまった要因かもしれない(エラソーですが)。

 ……と、ケチをつけてしまったが、全体としてはよい作品だ。
 後半、貧困家庭の子どもに無料で勉強を教える学習支援塾「まなび~」との出合いによって、麻美はよい方向に変わっていく。その蘇生のプロセスが感動的である。

 「よい大人」の象徴として描かれる「まなび~」の塾長の言葉によって、麻美は初めて自分の未来を明るいものとしてイメージする。
 その場面の麻美のモノローグ――「あたしたち、未来って考えてもよかったの?」は、物語全体のキーフレーズともいうべき言葉で、深く胸を打たれた。

 『15歳、ぬけがら』というタイトルは一見ネガティブだが、後半に出てくるセミの抜け殻のエピソードを通じて、「ぬけがら」に込めた著者のポジティヴなイメージが明かされていく。そのへんのイメージ転換も面白かった。
 
 塾と勉強の様子についての描写が冴え渡っている。それもそのはずで、著者は公立中学の教師、塾講師、学習支援塾スタディアドバイザーをしてきた経歴の持ち主だという。その経験が活かされているのだ。

宿野かほる『ルビンの壷が割れた』



 宿野かほる著『ルビンの壷が割れた』(新潮社)読了。

 8月下旬に発売予定の新刊を2週間限定で全文無料公開し、読者から本のキャッチコピーを公募するというユニークなキャンペーンで話題の作品。

 一気読みしてしまう程度には面白かった。覆面作家のデビュー作だそうだが、文章も展開も手慣れていて、「じつは現役の人気作家が変名で書いた」と言われても信じられる感じ。

 ヒロインは黒木華をイメージして書いたのかな。
 学生演劇の世界が舞台の一つになるのだが、黒木華は学生演劇のスターであったし、映像化するならピッタリだと思う。

 ただ、担当編集者の「ものすごく面白く、そして、ものすごく奇怪な小説でした。/あまりにすごいので、私はいまだ、この作品にふさわしいコピーを書けずにいます」という言葉は、大げさすぎ。

 この言葉から、人は「きわめて斬新な、常識はずれの手法で書かれた、これまでに読んだこともないような小説」を思い浮かべるだろう。
 私もそういう作品を期待して読んだ。しかし、斬新さはあまり感じられなかったし、べつに「奇怪な小説」でもなかった。むしろ、「湊かなえとか、沼田まほかるあたりが書きそうな小説だな」と思った。

 ネタバレになることは書けないが、最後のどんでん返しは無理がありすぎだと思う。ラストでズッコケた。
 あと、この作品だけで一冊にするには短すぎる気がした。紙書籍版は160ページと表記があるから、せいぜい中編程度の長さか。

 斬新さはないものの、よくできたエンタメではあると思う。
 このキャンペーンによって、「わりとよくできたエンタメ」が「ものすごく面白いエンタメ」に嵩上げされ、小型新人が大型新人に見えたとすれば、「大成功!」ということになるだろう。

荻原規子『源氏物語 宇治の結び』



 昨日は、取材で京都へ(日帰り)――。

 行き帰りの新幹線で、荻原規子訳『源氏物語 宇治の結び』(上下巻/理論社/各1836円)を読了。書評用読書。

 『源氏物語』のラスト十帖である「宇治十帖」を、児童文学やファンタジー小説で知られる作家の荻原規子が現代語訳したもの。
 京都に行く新幹線の車中で読むのに、これほどふさわしい本がほかにあるだろうか? しかも、今回の取材先は宇治市の「宇治おうばく病院」であったし。

 荻原規子は以前にも、『源氏物語』の主要部分を「紫の上」を中心に再構成した、『紫の結び』という現代語訳を刊行している。本書はその続編というか、スピンオフというか。
 そもそも、「宇治十帖」は光源氏没後の物語であり、それ自体が『源氏物語』のスピンオフのようなものと言えなくもない。

 光源氏の末子・「薫」と、光源氏の孫で明石の姫君が産んだ「匂宮」という2人の貴公子が、宮家の姫君たちと恋をしていく物語。

 三角関係のラブストーリーである点など、現代の恋愛小説に通じる部分もある。
 林真理子も、「宇治十帖」をフランスの心理小説のようなタッチで現代に蘇らせた『STORY OF UJI  小説源氏物語』というのを書いている。

 色恋のことしか考えていない平安貴族の思考回路は、私にはまるで共感できない。それでも、四季折々の美しい風物の描写が随所に織り込まれ、愉しく読めた。

 荻原規子の訳は平明にしてスピード感があり、現代の読者を『源氏物語』の世界に誘う最初の入口としてふさわしい。

福島次郎『蝶のかたみ』



 福島次郎著『蝶のかたみ』(文藝春秋)読了。

 2006年に亡くなった著者の代表作である「蝶のかたみ」と「バスタオル」の2編(いずれも芥川賞候補にのぼった)を収めたもの。
 私は、小谷野敦氏が「バスタオル」を高く評価していたので読んでみた。

 収録作2編とも、同性愛者であった著者の自伝的小説である。
 「蝶のかたみ」は、同性愛者の兄弟の絆を描いたもの。「バスタオル」は、高校教師と教え子の同性愛関係を描いたものだ。

 「蝶のかたみ」も好編ではあるが、一冊読了したあとには「バスタオル」のほうが鮮烈に印象に残る。芥川賞候補にのぼった際、選考委員の石原慎太郎・宮本輝が強く推したというだけのことはある。

 「バスタオル」は、途中までは哀切な純愛小説として読める作品だが、ラストに大きな転調がある。
 ネタバレになるので細かく説明はしないが、このラストは評価の分かれるところだろう。

 たとえば、芥川賞の選考委員であった古井由吉は、選評で「ただし末尾のバスタオルの悪臭は、『バスタオル』全篇を侵したと思われるが」と書いた。同様に、三浦哲郎と河野多恵子も、選評でラストに否定的評価を下した。

 私は逆に、ラストこそがすごいと思った。このラストを付したことによって、「バスタオル」は同性愛を描いた小説の白眉とも言える作品になったのではないか。
 
 かつて丸山健二は、『まだ見ぬ書き手へ』で次のように書いた。 

 三十歳を過ぎてしまうと、如何なる男女の交際もすでに恋愛などと呼べる代物ではないのです。どんなに言葉で飾ってみても、薄汚い、おぞましい関係なのです。(中略)
 いい年をした大人の男がそうまでしてその男女関係を美化せずにはいられないのか、ということまで書き、そうでもしなければならないほど己れの人生が惨めなものである、ということまでずばりと書いてこそ本当の恋愛小説なのです。



 「バスタオル」が描くのは男女関係ではないが、それはさておき、恋愛の「薄汚い、おぞましい」側面までも、自らの傷を抉るようにして描き切った点で、これこそ「本当の恋愛小説」だと思う。 


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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