小谷野敦『文豪の女遍歴』



 昨日は、都内某所で取材が一件。
 行き帰りの電車で、小谷野敦著『文豪の女遍歴』(幻冬舎新書/907円)を読了。

 女性遍歴ではなく「女遍歴」。身もフタもないタイトルですな。
 本書は、「近代日本の文学者たち六十人程度について、その異性関係(や同性関係)を記述する試み」である。もちろん、女流作家の男性関係も取り上げられている。

 「作家に限らず、伝記でいちばん面白いのは、異性関係である」、「私はもちろん、のぞき見趣味だ週刊誌だと言われたって、異性関係について読んだりするのが大好きである」と、著者は「まえがき」で言う。

 私も好きだ。いまはなき月刊誌『噂の眞相』を私は愛読していたが、その理由の一つは、あの雑誌がしばしば人気作家のゴシップ記事を載せていたからだ。作家のゴシップ記事だけをスクラップし、冊子状に綴じて保存したりしていた(笑)。
 講談社や新潮社など、小説も多数刊行している出版社の週刊誌は作家のスキャンダルを報じないから、作家のゴシップ記事は『噂の眞相』の独擅場だったのである。

 もっとも、本書の版元・幻冬舎も小説をたくさん出しているわけだが、取り上げている作家はとうの昔に物故した人ばかりだから無問題。

 「小説は作家の人間性とは切り離して、作品のみを虚心に味わうべきだ」と考える立場もあろうが、私はそう考えない。むしろ、書いた作家がどういう人間であるかをよく知ってこそ、作品も深く味わえるのだと思う。

 興味のない作家についての項目は飛ばして読もうと思ったのだが、面白くてけっきょく全部通読。
 著者の専門分野だけあって内容が濃く、目からウロコの記述が随所にある。

 美人・不美人、ハンサム・ぶ男などと、登場する作家や関係者の容姿を容赦なく批評する身もフタもなさも痛快だ。

保苅瑞穂『モンテーニュの書斎』



 昨日は麹町のホテル・ルポール麹町で、「GGG+フォーラム2017」の取材。このフォーラムは去年も取材したので、2年連続。

 で、今日も都内某所で取材が1件、打ち合わせが1件。明日も都内某所で打ち合わせが1件。今週はいろいろ重なって忙しい。


 保苅瑞穂著『モンテーニュの書斎――「エセー」を読む』(講談社/2916円)読了。書評用読書。

 東大教授などを務めた高名なフランス文学者が、モンテーニュの名著『エセー』を改めてじっくりと読み解く書である。

 モンテーニュの人物像・生涯を、『エセー』の内容に即して、14のテーマに分けて考察している。
 たとえば、第8章「最後の抱擁」ではモンテーニュの恋愛観・性愛観に的が絞られ、第10章「本との付き合いについて」では読書遍歴と読書観がくわしく論じられる、という具合。
 ただし、堅い論文調ではなく、本書自体が薫り高いエッセイ集になっている。

高橋順子『夫・車谷長吉』



 高橋順子著『夫・車谷長吉』(文藝春秋/1728円)読了。

 2015年に亡くなった私小説作家・車谷長吉の思い出を、妻で優れた詩人である著者が振り返ったもの。2人の出会いから永訣までが、ほぼ時系列で綴られている。

 もう10年以上前だが、私はこのご夫妻を某誌の「おしどり夫婦特集」で取材させていただいたことがある。そのときのことを思い出しつつ読んだ。

 2人は共に40代後半で晩い結婚をしたから、夫婦として過ごしたのは約20年。
 その間、車谷の直木賞・川端康成文学賞受賞、高橋の読売文学賞・藤村記念歴程賞受賞などがあり、思えば華々しい年月である。

 だが、その一方で、車谷の病や、私小説に描いた人から名誉毀損で訴えられるなどの筆禍が続き、波乱万丈の20年でもあった。

 本書は全体が6つのパートに分かれている。そのうち、愛の物語として最も胸を打つのは、結婚に至るまでの日々を綴った「Ⅰ」の部分である。

 高橋の詩「木肌がすこしあたたかいとき」に深く感動した車谷は、計11通もの絵手紙を一方的に送りつけるなどして、彼女への思慕をつのらせていく。
 それは、高橋を自らの「ミューズ(芸術の女神)」として渇仰するような、特異な恋のありようであった。

 一方、高橋も、車谷の小説を読んで次のように思う。

 これほどの小説を書く人が世に埋もれているのは、よほど頑固で風変わりな人ではないかと思った。それとともに、この人はおろそかにできない、という気持ちが湧いてきた。



 2人の結びつきは、互いの才能を認め合うところから始まったのだ。
 その意味で、与謝野晶子と鉄幹、パティ・スミスとロバート・メイプルソープの恋のような、「表現者同士の恋」の物語として強い印象を残す。

 本書には言及がないが、車谷が高橋について書いた「みみず」という名エッセイがある(『錢金について』所収)。
 作家として「埋もれて」いた車谷は、高橋との出会いを機に、三島賞を受賞するなどして脚光を浴びる。そのことで「あなたは私のミューズだった」と讃えると、高橋は「私なんて蚯蚓(みみず)ですよ。でも、蚯蚓は土の滋養になるのよ」と答えたという。

 車谷長吉にとってのミューズ・高橋順子が、万感の思いを込めて亡き夫との年月を綴った書。車谷作品の愛読者なら必読だ。

■関連エントリ
車谷長吉の作品
高橋順子『けったいな連れ合い』
高橋順子・佐藤秀明『恋の名前』

斎藤美奈子『文庫解説ワンダーランド』



 斎藤美奈子著『文庫解説ワンダーランド』(岩波新書/907円)読了。

 現在活躍中の文芸評論家のうち、いちばん文に「芸」があるテクニシャン・斎藤美奈子――。本書も、彼女らしい技巧が冴え渡る一冊だ。
 
 文庫本の巻末に付される、評論家や作家などの筆になる「解説」。そのうち、おもに有名文学作品の解説を俎上に載せ、批評していくコラム集である。
 
 ダメな解説は完膚なきまでにメッタ斬りにし、素晴らしい解説は「どこが素晴らしいのか?」を鮮やかに腑分けして称賛する。
 また、ロングセラーとなり、多数の文庫化がなされている名作については、解説の変遷の中に、その作品についての評価の変遷をも浮き彫りにする。

 文庫解説という狭いフィールドを素材に、これほど多彩で知的興奮に満ちた評論が成り立つとは、私には想像すらできなかった。企画の勝利、柔軟な批評眼の勝利である。
 
 私がいちばんスゴイと思ったのは、川端康成の『伊豆の踊子』と『雪国』を取り上げた回。
 三島由紀夫などの大家が書いた文庫解説がいかにダメであるかをズバリと解説したあとで、著者は『伊豆の踊子』『雪国』の「正しい」解説の手本を示してみせるのだ。

 ほかにも、『走れメロス』を取り上げた回、『智恵子抄』を取り上げた回などは、作品を見る目が一変するほど驚きに満ちている。文庫解説を批評するというフィルターを通して、斎藤美奈子ならではの名作解題の書にもなっているのだ。

 斎藤自身がこれまでにかなりの数の文庫解説を書いているし、これからも書いていくのだろうから、既成の文庫解説にケンカを売るような本を書くこと自体、ものすごい勇気の要ることだと思う。

 全23編のコラムの中には調子の出ない回もあるが、それでも、ここまでの「芸」を見せてくれれば十分。
 斎藤美奈子は、相変わらずバツグンに面白い本の書き手だ。

■関連エントリ
斎藤美奈子『文芸誤報』
関川夏央『「解説」する文学』

小谷野敦『芥川賞の偏差値』



 小谷野敦著『芥川賞の偏差値』(二見書房/1620円)読了。

 1935年の第1回から今年1月の最新156回まで、芥川賞の歴代全受賞作(164作)を俎上に載せ、「偏差値」の形で点数をつけ、批評した一冊。

 現代日本の作家の作品に点数をつけて評価した類書に、福田和也の『作家の値うち』(2000年)がある。
 本書は、芥川賞作品に的を絞り、しかも著者自身が芥川賞候補に2度のぼった実作者でもある点で、『作家の値うち』とは異なる価値を持つ。
 
 「受賞作なし」の回についても候補作などが紹介され、著者の評価が示される。また、長文の「まえがき」で芥川賞の成立事情をくわしく綴るなど、簡便な「芥川賞事典」としても読める構成になっている。

 私自身が読んだことのない受賞作もけっこうあるが(1940年代までのものはほとんど読んでいない)、読んだ作品についての評価は著者とかなり違う(同意できる評価も多いが)。
 畑山博の『いつか汽笛を鳴らして』、長嶋有の『猛スピードで母は』、池澤夏樹の『スティル・ライフ』、髙樹のぶ子の『光抱く友よ』、南木佳士の『ダイヤモンドダスト』、北杜夫の『夜と霧の隅で』など、私の好きな受賞作の評価が軒並み低く、ちょっと悲しくなった。

 が、それはそれとして、著者の歯に衣着せぬ作品・作家評は総じて痛快で、一気読み。

 嫉妬心など、自分の心のネガティブな部分を隠そうともせず、赤裸々に書いてしまうのがこの著者のすごさで、それは本書でも十全に発揮されている。
 たとえば、自作が候補になり落選した回の受賞作「九年前の祈り」(小野正嗣)についての文章は、次のように結ばれている。

 小野は受賞作としては売れず、その後出したのも売れていないようだ。ざまあ見ろ。



 かつて筒井康隆は、直木賞に落選した私怨を、直木賞(作中では「直廾賞」)の選考委員全員を主人公が惨殺する傑作小説『大いなる助走』で晴らした。
 本書は、“小谷野敦にとっての『大いなる助走』”として書かれたのかもしれない。

 卓見や痛烈な皮肉など、読みどころも随所にある。たとえば――。

 世間で「カルチャーショック」などと言われているものの大半は、その正体は単なる言語的障壁だと私は思っているが、言語藝術である文学が、そういうものをちゃんと書いてこなかったのは不思議である(私の「鴎たちのヴァンクーヴァー」には書いてある)。李良枝の「由熙」も、そこのところを描いているから名作なのである。



 作家は、自分の親について書いた時にひとつ山を越える、という気がする。



 大学の文学研究者などには、いかに一般世間が「文学」などどうでもいいと思っているか理解していない者が多く、「大学の文系学部の一部廃止」とかに反論しているが、これは別に悪辣な政治家が考えているのではなく、一般世間がそんなもの要らないと考えているのだ。



 もし、芥川賞をとる秘訣はと問われたら、といっても、そもそも候補になること自体が難しい場合もあるのだが、それは措いて、
「退屈であること」
 がまず第一にあげられるだろう。ただし、いかにもうまいという風に書いて、かつ退屈であることが重要なのである。




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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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