川本三郎『荷風好日』


荷風好日荷風好日
(2002/02/25)
川本 三郎

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 川本三郎は私の大好きな評論家だ。何を論じても変わらない、文章の平明さと対象へのあたたかいまなざし――それは、自分の頭のよさをひけらかし、他人を見下すために評論活動をしているとしか思えない一部の評論家の対極にある。

 ただ、『大正幻影』(90年)以来の一連の“ノスタルジーもの”には、あまり馴染めずにいた。80年代に『都市の感受性』を書いたころには先鋭的サブカルチャー(小劇場演劇、マンガ、映画など)にエールを贈っていた川本が、遠い過去に目を向け始めたことが寂しかったのだ。
 たぶん、90年代には川本ファンの総入れ替えが起こったにちがいない。若いファンが激減し、川本より上の世代のファンが増えたはずだ。

 しかし、川本の近著『荷風好日』(岩波書店/1800円)を読んで、認識を改めた。「ああ、川本三郎は少しも変わっていないんだな」と思えたのだ。

 『荷風好日』は、書名が示すとおり、川本が敬愛してやまない永井荷風について縦横に語ったエッセイ集である。その点で、『大正幻影』に端を発する一連の仕事の延長線上にある。
 すなわち、文士たちが愛した東京の風景を自らの足でたどり、そこから見えてくるものを論ずるスタイルである。そのスタイルが大きな結実をみたのが、読売文学賞を得た『荷風と東京』(96年)であった。本書はその続編ということになる。

 いや、続編というより発展形か。荷風作品の記述を手がかりにその足跡をたどる手法は同じだが、本書では荷風と東京の重なりにとどまらず、千葉県市川に住んだ晩年や、青年期の渡仏体験にまで論及しているからだ。川本は、荷風の足跡をたどってパリにまで赴いている。

 「川本は少しも変わっていない」と思えたのは、一見年寄りじみた懐古趣味のエッセイに思えながらも、本書が“荷風が歩いた街”をフィルターにした「都市論」であることに気づいたから。『都市の感受性』以来、一貫して魅力的な都市論の書き手であった川本は、都市論と文芸評論を合体させた新境地を拓いたのだ。

 また、川本と荷風にはかなり似通った部分がある。
 ピンク映画を熱っぽく論じた著書を出したこともある川本は、日の当たるものよりは日陰のものに、表通りよりは裏通りに惹かれる心性を強くもっている。それは、場末の娼婦たちをこよなく愛し、彼女たちの中にこそ「ミューズ」を追い求めた荷風の心性と相通ずる。川本は荷風を語りながら、“彼が愛したものを私もまた愛する”と、自らについても語っていたのだ。

 その意味で、論ずる対象が昔とはちがっても、川本という書き手の姿勢は何も変わっていないのだ。

 川本が荷風を語る視点は、研究者というよりは一愛読者のそれである。敬愛する作家だからこそ隅々にまで目が届き、意外な荷風像が提示される。
 たとえば、戦後の荷風の創作力減退について、川本は“戦中のたび重なる空襲体験によって、荷風は恐怖症に近い精神状態にあったのだろう”と推論する。石川淳が戦後の荷風を「老残」と批判するのみだったのとは対照的な、斬新な解釈である。

 荷風という孤高の文学者の心に深く分け入った、滋味あふれる大人のエッセイ――。

 P.S.
 私がいちばん好きな川本の著作は、『マイ・バック・ページ』(88年/河出書房新社)。60年代末から70年代初頭にかけての、川本が『週刊朝日』などの駆け出し記者だった時代の思い出を綴った、出色の青春グラフィティーである。
 伝説の作家・鈴木いづみとの邂逅、自殺した美少女タレントとの淡い交情、コルトレーンの訃報に接して『至上の愛』のLPを“埋葬”する若者たち……。あの時代の雰囲気を濃密に伝えて、感動を呼ぶ名著だ。
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橋本以蔵・たなか亜希夫『軍鶏』


軍鶏 (7) (Action comics)軍鶏 (7) (Action comics)
(2000/04)
橋本 以蔵、たなか 亜希夫 他

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 両親を刺殺して高等少年院に送られた主人公・成嶋亮は、そこで空手に出合い、ほかの院生たちに「殺されないため」に、独房の中で死に物狂いで訓練をくり返す。ひ弱な秀才少年だった亮だが、格闘家としての天性の資質が開花。少年院を出たあと、暗い血の騒ぐまま、「より強い敵」を求めて闘いをくり返していく――。
 橋本以蔵原作・たなか亜希夫画の『軍鶏(しゃも)』は、そんなマンガである。

 『餓狼伝』(夢枕獏)の流れを汲む「本格格闘もの」であり、作品としての第一の価値は緻密な格闘描写にあるだろう。たなか亜希夫の絵も、じつに素晴らしい。
 ただ、私はこの作品を『あしたのジョー』へのオマージュとして読んでいる。
 
 少年院の独房での訓練場面を見て誰もが思い出すのは、『あしたのジョー』で矢吹丈が少年院でジャブの練習をくり返す場面であろう。
 丈の“コーチ役”は丹下段平から送られた「あしたのために」の葉書だったが、亮を教え導くのは、院生たちに空手を指導する老空手家・黒川健児である。黒川はその後も、物語の中で“段平的役割”を果たしていくことになる。

 力石徹にあたる役割を果たすのが空手界の王者・菅原直人で、菅原との闘いは物語のクライマックスとなる。そして、力石が丈との闘いの果てに死ぬように、亮は闘いの末に菅原を廃人にしてしまうのであった。

 この『軍鶏』という物語全体が、『あしたのジョー』を丸ごと暗転させた「陰画」のようである。

 矢吹丈は孤児だったが、成鳴亮は自らの手で両親を殺す。丈は白木葉子と最後まで手一つ握らないが、亮はマドンナ役の船戸萌美(菅原直人の恋人)をあろうことか陵辱してしまう。
 『あしたのジョー』にはドヤ街の子どもたちのように心あたたまるキャラクターがいたが、『軍鶏』に登場するのは裏社会に生きる獣のような人間ばかりである。

 『あしたのジョー』から約30年の歳月を経た時の重みが、2つの作品の差異に反映されているようだ。
“いまの荒涼とした時代にあって矢吹丈のような完全燃焼の青春を描くためには、このような形で描くしかなかった”
 ――原作者の橋本以蔵はそう言いたいのではないだろうか?

 「裏返しの矢吹丈」たる成嶋亮が無事に燃えつきるまで、このまがまがしい物語を見守りたい――。

P.S .
 連載誌『漫画アクション』の休刊→再刊のドサクサにまぎれて、『軍鶏』は中途半端な形で終わってしまった。終盤の主人公交代(!)も、「なんだかな~」という感じ。私にとっての『軍鶏』は、亮が菅原直人に勝った場面で終わったのである。
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Cocco『ベスト+裏ベスト+未発表曲集』


ベスト+裏ベスト+未発表曲集ベスト+裏ベスト+未発表曲集
(2001/09/05)
Cocco

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 Coccoが引退してから、もうすぐ1年になる。だからというわけでもないのだけれど、昨年9月に発売された2枚組のベスト盤『ベスト+裏ベスト+未発表曲集』(スピードスター)を買ってきた。彼女が遺した4枚のオリジナル・アルバムは全部持っているので購入を控えていたのだが、「初回特典シングルCDつき」のものを中古CD屋で見つけて、つい買ってしまったという次第。

 しかし、買ってよかった。なにしろ、未発表曲とアルバム未収録曲だけでたっぷりアルバム1枚分はあるし、その中にもいい曲がたくさんあったからだ。

 半月ほど前だったか、「Coccoは未婚の母だった」という記事が芸能マスコミを賑わせた。彼女はいま、故郷・沖縄で、3歳になる子どもとともに暮らしているのだという。ちょっと驚いたけど、そのあとで「さもありなん」と納得してしまった。Coccoこそ「日本のビョーク」だと私は思っていたし、そのビョークも未婚の母だからだ。

 彼女の歌には自らの傷をさらけ出すようなもの、狂気を孕んだものが多いけれど、それはたんに腺病質なだけではなく、その奥に強靭な生命力をも感じさせるものだった。「遺書。」や「Raining」のようにあからさまに自殺志願者を主人公にした曲でさえ、少しも弱々しくはなく、聴く者の心を鷲づかみにするパワーに満ちていた。ただたんに馬鹿明るいのではなく、深い絶望をくぐり抜けてきた者の力強さ――。また、「強く儚い者たち」のようにエロティックな詞の歌を歌っても、生臭いエロティシズムを超越した不思議な透明感があった。私は、その2点にこそビョークの諸作との相似をみるのだ。

 私はシングルCDをほとんど買わないので、シングルにのみカップリングされていた曲には初めて聴くものが多い。その中でもとくに気に入ったのが、成田忍作曲の数曲。Coccoの曲は基本的に自作だが、作曲のみ他のソングライターにまかせたものもある。たとえば、彼女の最大のヒット曲「強く儚い者たち」は柴草玲作曲だし、私がいちばん好きなCoccoの曲「遺書。」は成田忍(ちなみに男性)作曲だ。成田はかつて「アーバン・ダンス」というYMOの二番煎じみたいなバンドをやっていた人。自分のバンドではぱっとしなかったけど(失礼!)、じつにいい曲を作る。遊佐未森の「デスティネーション」という名曲の作曲者でもあるんだけど、こんなマイナーな曲誰も知らないでしょうね…。

 成田作品以外の未発表曲の中では、名曲「ポロメリア」をさらにスケール・アップしたような「もくまおう」が強烈な印象を残す。「もくまおう」とは、海岸の防潮林によく使われる高木の名だという。彼女の作品には、このように樹や花の名をそのままタイトルに使ったものが多い。ファースト・アルバムは『ブーゲンビリア』だったし、「ポロメリア」(=プルメリア)も花の名だ。また、ラスト・アルバムのタイトル『サングローズ』も、「珊瑚細工のバラ」を意味するという。よけいな言葉をいっさい削ぎ落として、ただ樹や花の名だけをタイトルに冠するセンスはいかにもCoccoらしい。

 ボーナスCDに入った1曲「ひよこぶたのテーマPART2。」は、NHK『みんなのうた』に使われたという曲。「えっ? これってCoccoの曲だったの?」と、ちょっとビックリ。我が息子の幼稚園での「おゆうぎかい」の演目BGMに使われていて、「かわいい曲だなあ」と印象に残っていた曲だったからだ。いつものCoccoの曲とはまるでイメージがちがうので、よもや彼女の曲とは思わなかったのでした。
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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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