『NQ/人間を幸福にする「思いやり」指数』



 キム・ムゴン著、久保直子訳『NQ/人間を幸福にする「思いやり」指数』(ソフトバンク・パプリッシング/1600円)読了。

 2003年に韓国でベストセラーになった本の邦訳である。2004年刊だが、日本ではベストセラーとまではいかなかった模様。

 「NQ」とは「NETWORK QUOTINENT」の略。IQ(知能指数)やEQ(感性指数)ならぬ、「ネットワーク指数」「共存指数」のことである(著者はその提唱者)。それが「思いやり指数」と意訳されているのは、「ネットワーク指数」では内容を誤解されやすいからだろう。

 というのも、本書でいう「ネットワーク」とはたんなる人脈・コネのことではなく、血縁や力関係によらない対等で柔軟な相互扶助関係のことであるからだ。
 たとえば、「親戚や大学の先輩に有力者がいる」というのはたんなる「人脈」であって、ここでいう「ネットワーク」ではない。そのような固定的な「タテの関係」ではない、利害抜きで助け合える対等な関係が「ネットワーク」であり、そうした人間関係を築く資質をもつ度合いが「NQ」なのだ。

 「幸せになるためには、IQやEQよりもNQこそがたいせつだ」というのが、本書の主張だ。
 IQやEQは個の内面の能力の尺度でしかないが、NQはよい人間関係を築く能力の尺度である。言いかえれば、IQ・EQは「利己」が基本であるのに対し、NQは「利他」が基本なのである。

 IQやEQがどんなに高くても、NQが低ければ、他人とうまくつきあってくことができない。人は1人では生きていけないから、NQの高さこそが幸福を決定づけるのだ、と、著者は説く。

 この手の本、つまり「知的な装いの自己啓発書」の中では「中の上」といったところか。

 類書で私がいちばん感銘を受けたのは、米国の心理学者マーティン・セリグマンの『オプティミストはなぜ成功するか』(講談社文庫)である。これは、実用書の枠を超え、ある種の感動すら覚える「目からウロコ」本であった。
 それに比べてこの『NQ』は、着想はよいものの、中身の“カンナがけ”が不十分という印象。
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岡留安則『編集長を出せ!』



 岡留安則著『編集長を出せ!/「噂の眞相」クレーム対応の舞台裏』(ソフトバンク新書/700円)読了。

 2年前に黒字のまま休刊した“スキャンダル・ジャーナリズム”誌」『噂の眞相』 の元編集長が、同誌の四半世紀に及ぶ歴史を「クレームとその対応」という切り口で振り返った1冊。

 岡留は少し前にも、集英社新書から『「噂の眞相」25年戦記』という回顧録を出している。本書は、部分的には同書と重複しているものの、初めて紹介されるエピソードも豊富なので、併読しても十分楽しめる。

 ウワシンの売りの一つに、作家やジャーナリストなどの著名な物書きについてのゴシップ記事があった。文芸書を出している大手出版社の雑誌では作家のゴシップはタブーだから、この分野はウワシンの独擅場であった。

 文芸出版社でもある集英社から出た『「噂の眞相」25年戦記』では、当然その手の話にはほとんど触れられていなかった。対照的に、本書では作家のゴシップ記事の舞台裏が、むしろ大きな柱になっている。

 出版業界にくわしい人ほど楽しめる本。また、「クレーム対応の心得とテクニック」を説く“実用書”としても、学ぶべき点が多い。

 私は、ウワシンのふんぷんたる“サヨ臭”には辟易することも多かったし、岡留の意見に首肯できない部分も少なくない。だがそれでも、相手が右翼だろうとヤクザだろうと政治家だろうと、一歩も退かずにガチンコ・バトルをくり広げてきた点には感服させられる。
 それに、本書で明かされたクレーム対応の舞台裏を見ると、岡留という人はじつに柔軟で飄々としていて、そこがよい。「反権力」を標榜する人やメディアにありがちな、視野狭窄の硬直が皆無なのだ。
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熊本マリさんを取材


 今日は、都内某所でピアニストの熊本マリさんを取材。
 あでやかな美しさをもった女性であった。きれいな人を取材すると、「なんだか今日は得したな~」という気分になる(笑)。

 取材準備として、彼女のソロ・アルバムをあれこれ聴くと同時に、著書(エッセイ集)『ラ・ピアニスタ』や『音よ、耀け』を読んでいった。

 最近は『おもいッきりテレビ』の常連ゲストとしてお茶の間にもおなじみの熊本さんだが、私の世代だと、スペインの作曲家フェデリコ・モンポウの作品を集めたアルバムで「国際派美人ピアニスト」としてさっそうとデビューしたときのイメージが強烈である(てゆーか、私は彼女がデビューするまで、モンポウという人の名前すら知らなかった)。

 以後、モンポウの全作品をレコーディングし、モンポウの伝記を自ら邦訳するなど、「日本一のモンポウ弾き」の名をほしいままにした熊本さん。その後はタンゴやキューバ音楽、バロックまで、さまざまなジャンルの音楽に果敢に挑んでこられた。

 タンゴやキューバ音楽、バッハも悪くないけれど、やっぱり私は、モンポウの作品を取り上げた一連のアルバムが、熊本さんの作品の中ではいちばん好きだ。
 音楽史的にモンポウがどんな位置づけの人であるのか、正直私にはよくわからないのだが、ラヴェル/ドビュッシー/サティらのフランス印象派のピアノ曲を、もっと色彩感豊かに、もっと情熱的にした感じの音楽。とってもよいですよ。

 エッセイも、気取りのない平明な語り口に好感がもてる。

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松崎しげるさんを取材

〈COLEZO!TWIN〉松崎しげるの画像


 今日は、都内某所で歌手の松崎しげるさんを取材。

 少年時代に『噂の刑事トミーとマツ』を観ていた世代としては、あの松崎さんが目の前にいるのは不思議なうれしさであった。

 松崎さんの代表曲「愛のメモリー」は、さきごろテレビドラマ『富豪刑事』のテーマ曲に使われてリバイバルヒットとなった。もっとも、ミッチー王子様(及川光博)が歌ったカヴァー・バージョンだけれど……。

 やっぱり「愛のメモリー」は永遠の名曲だなあ、と思う。
 柳沢きみおが歌謡界を描いたマンガに『流行唄(はやりうた)』というのがあって、これは私が大好きなマンガの一つなのだが(柳沢作品では『男の自画像』がマイベストワン、2番目がこれ)、この中にも「愛のメモリー」が印象的な形で登場する。

 松崎さんは、とても気さくで腰が低く、明るくてエネルギッシュで、じつに感じのよい人であった。
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日野原重明さんを取材

続 生きかた上手の画像


 今日は、築地の聖路加国際病院で、同院理事長・医師の日野原重明さんを取材。
 あのミリオンセラー『生き方上手』の日野原さんである。

 取材準備として、『生き方上手』『続・生き方上手』(いずれもユーリーグ/1200円)、『私が人生の旅で学んだこと』(集英社/1400円)、『生きるのが楽しくなる15の習慣』(講談社+α文庫/648円)を読んでいった。

 このうち『生き方上手』は、さすがにミリオンセラーになるだけあって、すこぶるよくできた良書。人生訓と健康の智恵をちりばめつつ、それらがいずれも日野原さん自身の体験に基づいているため、説教臭がない。また、日野原さんの人物像がごく自然に内容に織り込まれている。
 この本をまとめた編集者(談話をまとめたものであることは、あとがきに明記されている)は、きわめて優秀だと思う。

 日野原さんは、御年94歳(!)。それでも、かくしゃくとしておられる。いつもどおりの声でインタビューしたが、「えっ?」と聞き返されることは一度もなかった。取材を終えたあと、写真撮影のため、取材場所のトイスラーハウス(聖路加病院の敷地内にある、同院創立者の記念館)の庭に立っていただいたのだが、そこにある小川を軽やかに飛び越えられたのには驚いた。
 こういう方の説く健康の智恵には、重い説得力があるというものだ。

 日野原さんは、「生活習慣病」という言葉の命名者でもある。「成人病」と呼ばれていたころから、「習慣病と呼ぶべきだ」と、20年間言いつづけてこられた方なのだ。
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松尾紀子『こんな教育発見!』


こんな教育発見!―家庭で生かしたい教育現場の知恵こんな教育発見!―家庭で生かしたい教育現場の知恵
(2006/01)
松尾 紀子

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 松尾紀子著『こんな教育発見!』(学研/1300円)読了。

 フジテレビのアナウンサーである著者が、お昼のニュース『FNNスピーク』の「教育特集」で取材した内容をまとめた本。ユニークな教育に取り組んでいる教育者や学校などを、1章に1人(1校)ずつ取り上げている。

 たとえば、太田惠美子という美術教師は、受けもった中学生に将来のヴィジョンを絵に描かせるという授業を行ってきた。中学3年間の美術の授業を通して、生徒たちは自らの将来とじっくり向き合い、歩むべき道、追うべき夢を探し出していくのだという。

 また、高名なフランス料理シェフ・三國清三は、本業のかたわら、小学校高学年の子どもたちを対象に、“味覚を鍛える授業”をボランティアで行っている。

 リクルートのサラリーマンから中学校校長に転身した藤原和博は、オリジナルの教科「よのなか」科を通じてユニークな教育を行っている。たとえば、「差異と差別の違いを考える」というテーマの授業では、女装をして女性として暮らしている男性をゲスト・ティーチャーに招いたりするのだとか。
 
 そのようなユニークな教育が、全部で12種類紹介されている。

 著者は自らも子育て真っ最中の2児の母であり、毎回、取材して学んだ「教育の知恵」を自らの家庭にも取り入れようと試みる。その試みの結果を記したコラムも、随所に置かれている。

 つまりこれは、さまざまな教育実践を取材した1人の母が、それを家庭教育に生かそうとした実践記録でもある。大所高所からの教育論ではなく、ふつうの母の視点から「教育現場の知恵」を紹介した本なのだ。その点に好感がもてる。
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 ちなみに、著者の松尾紀子は私が以前からひいきにしているアナウンサー。知的で清潔感があり、小柄でかわいくて、地味だけど好みなのである。
 「チノパン」だとか滝川クリステルだとか、世間でアイドル的に騒がれている女子アナには微塵も興味のない私だが、それでも何人かひいきの女子アナはいて、その1人。

 あと、最近のひいきはNHKの夜7時のニュースで「お天気お姉さん」をしている半井(なからい)小絵さん。彼女も清楚でチャーミング(…って、我ながらマニアックな好み)。
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『間宮兄弟』

間宮兄弟 スペシャル・エディション (初回限定生産) 間宮兄弟 スペシャル・エディション (初回限定生産)
佐々木蔵之介 (2006/10/20)
角川エンタテインメント

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 六本木のアスミック・エース試写室で、『間宮兄弟』を観た。江國香織の同名小説を森田芳光監督が映画化した話題作。GW公開。

 公式サイト→ http://mamiya-kyoudai.com/

 私は原作を読んでいないのだが、「へーえ、江國香織ってこういうのも書くんだ」と、ちょっと意外。オタク系でダサくて女性に無縁だった30代の兄弟が、一念発起して「恋愛してみる」そのプロセスを描いた物語なのだ。江國の恋愛小説のうちでも異色作なのだろう。

 間宮兄弟の兄・明信役は、最近テレビでやたらと売れっ子の佐々木蔵之介。弟・徹信役は、「ドランクドラゴン」の塚地。2人とも、映画を観終わったあとでは「この2人しかいない!」と思えるハマリっぷり。

 これは、一言で言ってしまえば、「森田芳光の原点回帰」という趣の映画。メジャー・デビュー作『の・ようなもの』と出世作『家族ゲーム』で展開したオフビートな笑いが、完全復活している。あのころの森田が好きだった人なら、観て損はない。
 全編、“ビミョーな笑い”の連続。爆笑ではなく、思わずクスッとしてしまう笑い。クドカン的なたたみかける笑いではなく、じわ~っとこみ上げてくる笑い。お笑い芸人でいうなら、ドランクドラゴンというよりアンガールズに近い感覚。 

 間宮兄弟をめぐる5人の女性たち――沢尻エリカ、常盤貴子、北川景子、岩崎ひろみ、戸田菜穂――が、それぞれ個性的なキャラで、それぞれチャーミング。とくに、女教師役・常盤の地味なメガネ姿はなかなか味わい深い。
 それと、中島みゆきがなんと間宮兄弟の母親役(!)で出演しているので、ファンは必見である。

 映画のおもな舞台となる間宮兄弟が暮らす部屋には、壁一面に本がギッシリ並んでいる。その中身をじっくり見てみたい思いにかられる(本のセレクトに兄弟のキャラが反映されているはずだから)。
 目を凝らして見たところ、私が10年ほど前に書いた『謎学の旅』シリーズ(二見書房)が、4冊揃って並んでいた。そのことがなんとなくうれしかったりして。
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『愛より強く』

愛より強く スペシャル・エディション [DVD]愛より強く スペシャル・エディション [DVD]
(2007/02/23)
ビロル・ユーネル

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 『愛より強く』という映画を、映画会社から送ってもらったサンプルビデオで観た。GW公開のドイツ映画。ベルリン国際映画祭金熊賞(最高賞)受賞作だ。

 公式サイト→ http://www.elephant-picture.jp/aiyori/

 主人公とおもな登場人物、監督のファティ・アキンはいずれもトルコ系ドイツ人である。描かれているのもトルコ系の人々の世界なので、ドイツ映画という感じはあまりしない。物語の舞台も、半分はイスタンブールだし。

 主人公ジャイトとヒロインのシベルは、それぞれ自殺未遂をし、収容された病院で出会う。
 ラブストーリーの質は、主人公たちの「出会い方」にかなりの程度まで規定されるものだ。「自殺未遂をした同士が、一命を取りとめた病院で出会う」というすさまじい出会いを設定したことで、この映画は世にも激しく痛々しいラブストーリーとなることが決定づけられた。

 シベルはジャイトに偽装結婚を持ちかける。彼女は、あまりに保守的で厳格なムスリムの家庭から逃れ、自由に生きようとしていた。そのためには、偽装結婚によって家から出る以外に方法がなかったのだ。

 「形だけの夫婦」であったはずの2人の間に、いつしか愛が芽生える。破滅型の2人は、互いを傷つけ合いながらも、少しずつ愛を深めていく。だが、その矢先、2人を引き裂くある悲劇が……。ジャイトとシベルはその悲劇を乗り越え、愛をつらぬくことができるのか?

 ……と、いうような話。

 エキセントリックなヒロイン像は、『ベティ・ブルー』を彷彿とさせる。
 たとえば、シベルは偽装結婚を持ちかけて一度はジャイトにことわられるのだが、その瞬間、ワインの瓶をテーブルに叩きつけて割り、そのかけらで「ザクッ!」と手首を切ってふたたび自殺を図るのだ。心のままに生きる彼女の激しさに圧倒される。
 
 おまけに、ジャイトもまた中年男ながらパンクロッカーのような生きざまをつらぬく男。ゆえに、2人の愛の形は、『シド・アンド・ナンシー』のような破滅的なものにならざるを得ない。

 なんともまあ、激越なラブストーリーである。「心から血を流しつづけるような愛」とでも言おうか。ハリウッド製の洗練された小ぎれいなラブストーリーと比べると、ごつごつとした感触。洗練など薬にしたくもない。だが、そこがむしろ新鮮に映る。

 シベルを演じるシベル・ケキリが、ハリウッド女優とはコードの異なるエキゾティックな美しさで魅力的だ。
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『Vフォー・ヴェンデッタ』

Vフォー・ヴェンデッタ Vフォー・ヴェンデッタ
ナタリー・ポートマン (2006/09/08)
ワーナー・ホーム・ビデオ

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 日比谷のワーナー試写室で、『Vフォー・ヴェンデッタ』を観た。4月公開のアメリカ映画。

 公式サイト→ http://wwws.warnerbros.co.jp/vforvendetta/

 『マトリックス』のウォシャウスキー兄弟が脚本を書き、ジョエル・シルバーがプロデュースした話題の大作。独裁国家と化した近未来のイギリスを舞台に、「V」とだけ名乗る仮面のテロリストが政府転覆を狙ってくり広げる闘いを描いたSFアクションである。

 ただし、「V」は最後まで仮面を脱ぐことがない。主人公は、「V」に命を救われ、数奇な運命の糸にあやつられて彼の革命のパートナーとなる女性・イヴィー(ナタリー・ポートマン)だ。

 舞台となる独裁国家は、ナチス・ドイツとオーウェルの『1984』をミックスしたイメージ。テレビメディアなどによる情報操作と、ハイテクを駆使した国民監視、そして軍事力による恐怖支配が作り出すディストピアなのである。
 
 1人のテロリストが強大な独裁国家と互角に闘うなど、現実にはもちろんあり得ない。そんなことは重々承知のうえで、これは“大人のための革命ファンタジー”として楽しめる映画である。
 二刀流の古風な剣で敵をなぎ倒していく「V」の姿には剣戟の醍醐味があるし、頻出する爆破シーンにもカタルシスがある。
 事前に入ってきた情報から、もっと重苦しい「革命映画」を想像していたが、意外なほどポップな娯楽アクションであった。ストーリーにもいくつかの山場が無理なく組み込まれ、2時間12分の長尺を少しも飽きさせない。

 タイトルの「ヴェンデッタ」とは、マフィアの言葉で「復讐」の意。「V」が独裁政権転覆を狙うのは、政権中枢にいる男たちに復讐するためでもあった。映画全体のトーンは、『オペラ座の怪人』や『巌窟王』のような古典的復讐劇のようで、けれん味たっぷりである。

 ただし、背景にあるテーマは深遠だ。
 歴史上、数えきれないほどあった、自由を圧殺する権力に抗する民衆の闘い、革命家たちの長く孤独な道程。それが、「V」の闘いと二重写しになる。
 とくに、「V」の呼びかけにこたえて民衆が蜂起するラストは、深い感動を呼ぶ。エンドロールで流れるストーンズの「ストリート・ファイティング・マン」(!)の見事なハマリっぷりに、背筋がゾクゾクとした。 →ちなみにこんな歌詞

 ナタリー・ポートマンの堂々たる演技にも目を瞠った。「お姫様」的イメージの強かった彼女だが、ここでは、少しずつ革命に目覚め“近未来のジャンヌ・ダルク”に変貌していくヒロインを、見事に演じている。その姿は凛々しく、しかもチャーミングである。
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アマルティア・セン『人間の安全保障』

人間の安全保障 (集英社新書)人間の安全保障 (集英社新書)
(2006/01)
アマルティア セン

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 アマルティア・セン著、東郷えりか訳『人間の安全保障』(集英社新書/680円)読了。

 アジア初のノーベル経済学賞受賞者であり、「経済学と哲学を架橋し、経済問題の検討に倫理的要素を持ち込んだ」と評価される、セン博士(米ハーバード大学教授)の小論集。数式が頻出するような経済学ではなく、センならではの「経済哲学」を展開した書である。

 センの著作は、本格的な論文形式の場合にはかなり難解なのだが、本書に収められた小論は講演をベースにしたものが多く、いずれも話し言葉で書かれているため、わかりやすい。
 本書に先んじて、同じ集英社新書からセンの講演集『貧困の克服』が刊行されているが、本書はいわばその続編だ。

 昨今の新書には粗製濫造で内容スカスカのものが多いけれど、本書は昔ながらの「新書らしい新書」という感じがする。本格的な勉強のとっかかりとして最初に読むのにふさわしい、すこぶる密度の濃い入門書的著作なのである。

 内容は多岐にわたる。
 「グローバル化」の功罪を独自の視点から問うもの、インドの核武装問題を通して平和を論ずるもの、環境問題についての基本姿勢を表明した一文など……。それらの多彩な小論に通底するテーマが、書名になっている「人間の安全保障」だ。

 従来の「国家の安全保障」は国防中心の概念であるため、各国で暮らす人々の安全には間接的にしかかかわりをもたない。対照的に、「人間の安全保障」は民衆中心の概念である。国防よりも、生活を脅かすさまざまな不安から人々を守ることを目的としているのだ。

 著者のセンは、この「人間の安全保障」について思索をつづけてきた経済学者である。少年時代に祖国インドで「ベンガル大飢饉」に遭遇した衝撃を原点に、飢饉や貧困などの解決方法を考えることを、学者としての生涯のテーマとして掲げたのだ。

 「人間の安全保障」が扱う分野は幅広い。飢餓や極度の貧困からの保護はもちろん、紛争などの直接的暴力からの保護、自然環境の保全、基礎教育の機会均等までが含まれるのだ。
 センは、そのすべてに目配りしてきた。本書と『貧困の克服』は、「人間の安全保障」の概念が含む各分野についてのセンの基本的な考えを、簡潔にまとめた内容である。

 センはたとえば、女性の識字率向上がその国の子供の死亡率を下げる傾向があることなど、実証的データに基づいて、基礎教育が「人間の安全保障」に果たす役割の大きさを説く。

 そしてまた、本書はハンチントンの『文明の衝突』に代表される西洋中心主義への批判の書としても読める。たとえば、センは「グローバル化」を「西洋化」と混同する安易な見方を、一章を割いて論破している。

 欧米社会からの視点に偏らず、貧困などに苦しむ弱者に寄り添って世界を見つめてきた経済学者アマルティア・セン。その思想の、格好の入門書だ。
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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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