「神様のピンチヒッター」老年版?

 以下のニュースが、妙に気にかかる。なんというか、「そこに至るドラマ」を想像せずにはいられないのである。

「入院女性が首切られ死亡、見舞い男性が殺害示唆の手紙」

 27日午前5時30分ごろ、愛知県瀬戸市陶原町の「中央病院」の病室ベッドで、入院中の同県尾張旭市旭前町新田洞、無職河合雅子さん(61)が首から血を流してぐったりしているのを、病室を訪ねたヘルパーが見つけ、医師が死亡を確認した。
 河合さんは右首付近を刃物のようなもので切られており、県警瀬戸署は殺人事件として捜査を始めた。病室内には、見舞いに来ていた知人男性(75)が書いたとみられる殺害を示唆する内容の手紙があり、この男性の行方を捜している。
(中略)
 手紙には、この男性のイニシャルとともに、「彼女の願いを拒めませんでした。彼女の後を追います」と書かれていた。
 男性は、ほぼ毎日見舞いに来ていたといい、ベッドの枕元近くの台の上にカッターナイフが置いてあった。河合さんは乳がんで、6月23日から入院していた。(2006年9月27日13時21分 読売新聞)


 この男性は夫ではなく、女性の自宅には夫がいるらしい。ううむ…。

 映画『ミリオンダラー・ベイビー』や、矢作俊彦の初期短編『神様のピンチヒッター』(ひいては、その“原典”たるホレス・マッコイ『彼らは廃馬を撃つ』)のラストシーンを思い出さずにはおれないニュースである。
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宮内勝典『麦わら帽とノートパソコン』

麦わら帽とノートパソコン 麦わら帽とノートパソコン
宮内 勝典 (2006/09)
講談社

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 宮内勝典さんの久々のエッセイ集『麦わら帽とノートパソコン』(講談社/1800円)を購入。

 たまにはアマゾンなどではなくリアル本屋で買おう、と思って仕事のついでに池袋のリブロに行ってみたら、在庫切れ。新宿の紀伊國屋書店本店でさえ、たった数冊しか置いていなかった。
 出たばかりの本なのに…。某や某々のクッダラナイ本は山積みになっているのに…。宮内さんほど優れた作家の著作は、もっともっと売れてしかるべきだと思う。

 読後に感想を書きます。
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akiko『コラージュ』

コラージュ コラージュ
akiko (2006/04/05)
ユニバーサルクラシック

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 akikoのベスト盤『コラージュ』をヘビロ中。

 akikoといっても矢野顕子でもアキコ・グレースでもなく、2001年にデビューした若いジャズ・シンガーである。あいにく私はこれまで知らなかったのだが、ニューヨークの名門レーベル「ヴァーヴ」と契約した初の日本人ジャズ・ボーカリストなのだそうだ。

 おしゃれなジャケットに惹かれてなんの気なしにレンタルしてみたのだが、すっごくよかった。
 元ピチカート・ファイヴの小西康陽とコラボレートしていたりして、ジャズといってもかなりクラブミュージック寄りのカッコイイ音。ジャズとポップの境界を軽やかに往還し、それでいてジャズとしての骨格はきちんともっているというか。

 たとえば、このベスト盤にはなんとキャロル(もちろん矢沢永吉の)の「ファンキー・モンキー・ベイビー」の英訳カヴァーが入っている。元々はキャロルのトリビュート盤に収録された曲だということだが、これがじつに素晴らしい仕上がり。原曲の泥臭さは見事に脱臭されて、オシャレでポップで、しかもちゃんとジャズになっている。「これこそ21世紀のジャズ・ヴォーカルだ!」という感じなのである。

 ヴォーカルにもクセがなく、「さりげなくうまい」ところがいい。アン・サリー以来久々に、私の琴線にビビッと触れたジャズ・ヴォーカル。ううむ、ファンになってしまいそうである。
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三遊亭小遊三師匠を取材

 今日は、阿佐ヶ谷の「タマス・バタフライ卓球道場」で、落語家の三遊亭小遊三師匠を取材。「笑点」でおなじみのあの方である。

 場所からわかるとおり、取材テーマは落語ではなく、師匠のご趣味である卓球。趣味といっても、青年時代に山梨県卓球選手権で優勝したこともあるほどの本格派。現在も「卓球・世界ベテラン選手権」に毎回出場され、「50代の部ダブルス」でベスト16に進出するなど、素晴らしい成績を残されている。

 師匠は、「ホントのこと言うと、私は落語より卓球のほうが好きなんですよ」と呵々大笑された。

 私のこれまでの取材経験から言うと、コメディアンなど「笑いのプロ」の方には、取材の際には意外に無愛想な人が多い(まあ、仕事で笑いを取るために悪戦苦闘しているからこそ、取材でまで笑いにエネルギーを費やしたくないのだろう)。
 しかし、小遊三師匠はそうではなく、取材時にも、さらには卓球の練習中にも周囲にガンガン笑いをふりまいておられた。その「サービス精神」が印象的であった。
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中島博行『君を守りたい』


君を守りたい―いじめゼロを実現した公立中学校の秘密君を守りたい―いじめゼロを実現した公立中学校の秘密
(2006/09)
中嶋 博行

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 中島博行著『君を守りたい/いじめゼロを実現した公立中学校の秘密』(朝日新聞社/1000円)読了。

 著者は現役弁護士にして作家で、犯罪被害者問題の第一人者でもある(らしい。帯によれば)。

 副題にある「いじめゼロを実現した公立中学校」とは、茨城県筑西市立下館中学校のこと。同校では十年前から、生徒たちが自発的に「君を守り隊」といういじめ撲滅のための校内パトロール隊を結成。その活動によって、いじめがなくなったという。

 私はてっきり、この本全体が「君を守り隊」のドキュメントなのだと思って買った。しかし実際には、隊の活動が綴られるのはごく一部。あとは著者自身のいじめ問題に対する意見がダラダラ書き連ねてある。この書名でそんな構成を取るのは、いささか詐欺的ではないか。

 “さまざまないじめはまぎれもない犯罪であるのに、「いじめ」としてくくられるとそのことが見えにくくなってしまう。いじめの首謀者は犯罪者として扱い、警察の力を借りてでも断固いじめを撲滅せよ”という著者の意見は首肯できるものの、単行本一冊を費やして論をぶつほどの内容ではないと思う。ちょっとガッカリ。

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庄野真代さんを取材/『蒲田行進曲 城崎非情編』


エッセンシャル・ベスト庄野真代エッセンシャル・ベスト庄野真代
(2007/08/22)
庄野真代

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 昨日は、渋谷で歌手の庄野真代さんを取材。そう、「飛んでイスタンブール」などのヒット曲で知られる、あの庄野さんである。

 庄野さんはNPO法人「国境なき楽団」の代表でもあり、難民キャンプで暮らす子どもたちに楽器を贈る運動や、訪問チャリティー・コンサートなどを活発に行っている。
 昨年からは、毎年9月11日にニューヨークで開催される「セプテンバーコンサート」(「9・11」の衝撃を受け、平和の祈りをこめて行われる)の日本版「セプコンジャパン」を主催してもいる。

 庄野さんはまた、40代になってから法政大学人間環境学部に入学して環境問題などについて学び、現在も早大大学院に在学中である。

 この社会を自分の手で少しでもよくしていこうとする利他心と情熱、学びつづける向上心。現代女性の生き方の「モデル」となる女性だと思う。「性格美人」ならぬ「生き方美人」とでもいおうか(いや、「ホントは美人じゃない」というニュアンスに響くから、こういう言い方はよくないな。庄野さんはホントに美人でした)。

 庄野さんは、「飛んでイスタンブール」が大ヒットして人気絶頂であったころ、決意して歌手を休業し、2年間をかけて世界28ヶ国を旅した。その先で出合った出来事によって環境問題に目覚めたのだとか。

 目先の名声にとらわれず、自分の生き方をつらぬいて後悔しないところもカッコイイのである。

 意外に知られていないが、庄野さんはシンガー・ソングライターでもあり、自作の曲も多い。そのうちの一つ「お・ん・な無限大」には、こんな印象的な一節がある。

昨日までの 私がライバル


 他人と自分を比べることでしか自分の幸福度が判断できない人が(男女ともに)多い現代にあって、庄野さんは他人と比べるのではなく「昨日の自分」と「今日の自分」を比べて生きておられるのだと思う。

 そのあと、同じ渋谷の青山劇場で、つかこうへいゴールデンシアターの「蒲田行進曲 城崎非情編」を鑑賞。演劇にはまったく門外漢の私だが、ご招待いただいたので。

公式サイト→ http://www.kamata2006.net/

 「銀ちゃん」が錦織一清、「小夏」が黒谷友香、「ヤス」が風間俊介というキャスト。

 3時間近い舞台だったが、まったく退屈しなかった。主要キャストはみな好演だが、とくに風間俊介の熱演に目を瞠った。
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シャンタル・ムフ『民主主義の逆説』

民主主義の逆説 民主主義の逆説
シャンタル ムフ (2006/07)
以文社

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 シャンタル・ムフ著『民主主義の逆説』(以文社/2500円)読了。
 ゴリゴリの学術論文集で、読み通すことは「脳の筋トレ」に近かった。

 ムフはベルギー出身の政治学者で、現在は英ウェストミンスター大学の民主主義研究所(そういうものがあるんですね)に所属している。ポスト・マルクス主義の立場からの「ラディカル・デモクラシー」を提唱してきた研究者である。

 「ラディカル・デモクラシー」とは、一言で言えば民主主義の根源的な問い直しをする思想。その背景には、先進国を中心に民主主義への幻滅が広がっていることがある。我が国を例にとっても、戦後の一時期にはまばゆいほど輝いて見えた「民主主義」という言葉が、いまやすっかり色褪せて映ることは否めまい。
   
 幻滅の蔓延とそこから生まれる政治的無力感に乗じて、思想界では民主主義に否定的な二つの潮流――個人の自由を強調する新自由主義と、逆に個人を国家などにしばりつけようとする新保守主義――が勢いを得ている。それらの思想とは対照的に、民主主義をいっそう深化させることによってその弱点を克服しようとするのが、「ラディカル・デモクラシー」なのだ。

 書名に言う「民主主義の逆説」とは、一つには、近代民主主義が伝統的民主主義と自由主義という「ふたつの異なる伝統」を接合させたものだということ。近代民主主義の重要な要素である「平等」「人民主権」「人権の擁護」「個人的自由の尊重」のうち、後二者は自由主義の伝統に基づくものであり、本来は民主主義と相容れない側面をもつ。たとえば、「平等」を徹底しようとすればおのずと「個人的自由の尊重」に抵触するように……。

 今日、我々は民主主義と自由主義の結合を自明のものととらえがちだが、実はそれは先人たちの苦闘の結果であり、いまなお両者の間には「異なる論理の諸作用から生じる緊張関係」がある。その中に、人々に幻滅をもたらした“民主主義の弱点”も潜んでいるのだ。

 本書は、そうした「民主主義の逆説」をさまざまな観点から論じたものである。ただし、著者には民主主義への否定や懐疑は微塵もない。むしろ、民主主義が孕む弱点を見据えればこそ、「自由民主主義をつねに補強し、擁護しなくてはならない」と主張しているのだ。

 収められた論文の中で、著者は新自由主義の論者を痛烈に批判する。また、自らとは異なるアプローチをとる他のラディカル・デモクラシー論者にも、詳細な批判的検討がくわえられる。“民主主義を鍛え直そう”とする情熱がみなぎる論文集である。
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『日本語大シソーラス』


HY>日本語大シソーラス類語検索大辞典 (<CDーROM>(HY版))HY>日本語大シソーラス類語検索大辞典 (<CDーROM>(HY版))
(2006/01)
山口 翼

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 山口翼編『日本語大シソーラス/類語検索大辞典』のCD-ROM版(9500円)を購入。

 ライターという職業柄、類語辞典のたぐいはよく引く。
 これまでは、名著の誉れ高い『角川類語新辞典』があれば事足りていた。
 これは非常によくできた味わい深い類語辞典だが、パソコンとネットでたいていの用が足りる時代になってから、引く回数がめっきり減ってしまった。「本を引っぱり出し、目指す項目を探し当てる」という動作自体がおっくうになってきたのである。
 それは類語辞典にかぎったことではない。『知恵蔵』のような時事用語年鑑も、最近は参照する回数が激減した。

 なので、辞典・事典類は、なるべくならパソコン上で引けるものに置き換えていきたいと考えているのである。

 『日本語大シソーラス』は、3年前に書籍版が出たときに買おうかどうしようか迷ったのだが、本が重そうで日常的に使用するには向かないし、とりあえず『角川類語新辞典』で十分だったので、買わずにいた。今年になってようやくCD-ROM版が出たので、買ってみたしだい。

 収録語数は『角川類語新辞典』の5倍以上(32万語)なので、かなり重宝しそうである。ハードディスク格納型なので、いちいちディスクを挿入せずに使える点もよい。
 ただ、実際の使い勝手は、ある程度使い込んでみなければ判定できないけれど…。 
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中村明一『「密息」で身体が変わる』


「密息」で身体が変わる (新潮選書)「密息」で身体が変わる (新潮選書)
(2006/05/24)
中村 明一

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 中村明一著『「密息」で身体が変わる』(新潮選書/1000円)読了。
 国際的に活躍する尺八奏者の著者が、尺八演奏に駆使される呼吸法「密息」について解き明かした本。

 「密息」とは、著者によれば次のようなものだという。

腰を落とし(骨盤を後ろに倒し)た姿勢をとり、腹は吸うときも吐くときもやや張り出したまま保ち、どこにも力を入れず、身体を動かすことなく行う、深い呼吸法です。(中略)この呼吸法では、一度の呼気量・吸気量が非常に大きくなり、身体は安定性と静かさを保つことができ、精神面では集中力が高まり、同時に自由な解放感を感じます。


 私は何かで本書の紹介を読み、この「密息」とやらを体得すればリラクセーションに役立ちそうだし、健康にもよさそうだし……と、一種のハウツー本として手にとった。

 じっさい、「密息」を身につけるためのハウツーにも一章が割かれているのだが、読んでみると、むしろ身体論・日本文化論として優れた本であった。

 著者によれば、密息は尺八演奏にのみ用いられる呼吸法ではなく、「日本人が古来、ごく自然に行っていた呼吸のしかた」だったという。日本人の生活スタイル(畳に座り、着物を身にまとい、農作業に従事するなど)が、おのずとそうした呼吸法を生み出したのだと。

 しかし、明治期に西洋風の生活スタイル(イスに座って机に向かい、洋服を着るなど)を取り入れてから100年以上の間に、日本人は密息を失っていった。さりとて、西洋式の腹式呼吸もまだ完全には身についていない。
 ゆえに、いまの日本人の呼吸はどっちつかずの中途半端なものになってしまっている。日本人が総じてあがりやすく、オリンピックなどの大舞台で緊張から実力を発揮できないことが多いのも、じつはそのためではないかと著者は言う。

 以下、密息という独自の呼吸法が、日本文化のありように与えた影響が考察されていく。歌舞伎・能・書道・日本料理・俳句・茶道・武道・落語、果ては小津安二郎の映画に至るまで、あらゆる日本文化がいかに深く密息と結びついていたかが、説得的に論じられているのだ。

 呼吸法と音を切り口にした風変わりな日本文化論として、刺激的で示唆に富む一冊。とくに、著者が音楽家であるだけに、日本の音楽の特徴についての考察はすこぶる面白い。

 なお、著者は「kokoo(虚空)」というバンドを組んでもいる。
 尺八と箏という邦楽器のみの編成なのに、プログレッシヴ・ロックの名曲などをレパートリーにしているとか。不覚にも私はこのバンドを知らなかったのだが、ぜひ聴いてみたい。
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『サラバンド』

 京橋の映画美学校第二試写室で、『サラバンド』の試写を観た。
 巨匠イングマール・ベルイマンの、じつに20年ぶりの新作である。ベルイマンは今年88歳。自らも「遺作」と公言しているとおり、この『サラバンド』が最後の作品となるだろう。公開は10月21日。

 公式サイト→ http://www.saraband-movie.com/

 一組の夫婦の離婚に至る道程を描いた、『ある結婚の風景』(1974年)の続編だ。あの映画で夫婦であった2人――大学教授のヨハン(エルランド・ヨセフソン)と、弁護士のマリアン(リヴ・ウルマン)――が、離婚後30年を経て再び物語の主人公となる。

 ヨハンはもう80代、マリアンも60代前半。人生の終着点がくっきりと見える年代になって、マリアンは突然、ヨハンが余生を暮らす湖畔の別荘を訪ねる。何かの啓示を受けたかのように……。

 かつて愛し合った者同士の、30年ぶりの再会――。おりしも、ヨハンの家庭は波乱のただなかにあった。別荘のそばで暮らすヨハンの息子ヘンリックとその娘カーリンの間に、深刻な確執が生じていたのだ。また、ヨハンとヘンリックの父子も、長年互いを憎しみ合って生きてきた。

 ヘンリックの妻でありカーリンの母であるアンナは、そうした確執を消し去り「世を明るくする」存在だった。だが、アンナは2年前に病死。そのことが、父子の確執が再び表面化し、父と娘の間に初めて深い亀裂が生ずる引き金となったのだ。

 マリアンは、亡きアンナのかわりに2組の親子の確執を消し去るという使命を帯びて、神から遣わされた老いた天使のようだ。

 2組の親子の憎しみが荒れ狂う暴風と化し、やがてその暗雲の切れ間に愛の光がかいま見える……そんな趣の一幕の愛憎劇を、「狂言回し」のヒロインの目を通して描いている。

 役者は、ワンシーンだけ登場するマリアンの娘を含めてもたったの5人。ストーリーの大半はヨハンの別荘で展開する。まるで舞台劇のようなシンプルな映画である。
 しかも、登場人物たちの会話をクローズアップでとらえるシーンが、かなり多い(スクリーンいっぱいに映し出される顔のシワ!)。

 そうした要素だけを取り出してみると、ものすごく地味で暗くて退屈な映画に思えるだろう。じっさい、地味で暗い映画なのはたしかだが、しかし少しも退屈ではないのだ。深みのあるセリフの積み重ねと、出演者の繊細で見事な演技、そして演出の妙で、最後まで飽きさせない。まるで「能」のような静かで心地よい緊迫感が持続する。

 「愛と背中合わせの憎しみ」を克明に描き出す、いぶし銀の傑作。ベルイマンの最後の作品にふさわしい。

 老いの哀しみを体現する登場人物たちの中にあって、孫娘カーリン役のユーリア・ダフヴェニウスの健康的な若い肢体が、まばゆい「生の輝き」を放って印象的だ。
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吾妻ひでお『うつうつひでお日記』


うつうつひでお日記 (単行本コミックス)うつうつひでお日記 (単行本コミックス)
(2006/07/06)
吾妻 ひでお

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 吾妻ひでおの『うつうつひでお日記』(角川書店/980円)を読んだ。
 傑作『失踪日記』を執筆していた時期の自らの日常生活を淡々と描いた「日記マンガ」である。

 版元は違うのに、装丁が『失踪日記』そっくり。「へへへ、『失踪日記』の大ヒットにコバンザメさせてもらいまっさ」という身もフタもなさが笑える。

 失踪→ホームレス生活→アル中で入院という波瀾万丈の日々が描かれた『失踪日記』とは違い、こちらは読書とマンガ描きのくり返しだけの日常。なので、『失踪日記』の面白さには遠く及ばないが、それでもけっこう愉しめる。好きな作家のブログを読むような愉しさ。

 そういえば、角川が出していた雑誌『バラエティ』で、1980年代に『ひでおと素子の愛の交換日記』というのを連載していたっけ(吾妻の日記マンガと新井素子のエッセイのコラボレーション)。あれもわりと面白かった。
 それを考えると、本書も『失踪日記』の二番煎じというより、『愛の交換日記』の平成版と言えなくもない。同じ角川だし。

 小説やマンガに対する吾妻の好みはわりと私に近い(ただし、SFマニアの吾妻とは違って私はSFにはまったく不案内)ので、日記の中で下される評価を読むだけで面白い。

 「へー、名作『自虐の詩』を吾妻がいまごろ初めて読んで感動してらぁ」とか、「吾妻が絶賛している『ホーリーランド』という格闘技マンガを、私も読んでみなきゃ」などと、脳内ツッコミ・脳内メモしながら読む。

 タイトルが示すとおり、吾妻は抗うつ剤を常用しているが、それでも読んで気の滅入る本ではない。むしろ、このような日記マンガでさえ、吾妻は随所で持ち前のサービス精神を発揮している。

 日記の内容に関係なく、見開き1回のペースで出てくる美少女イラストはロリオタ諸君へのサービスだろうし、笑えるところも多い。図書館で「マンガの描き方」という本を見つけて「か、借りてみるか…」と手に取るシーンとか(笑)。

 マンガ業界・出版業界の面白いウラ話もちりばめられている。
 “大塚英志がみなもと太郎さんのアシスタントをやっていたことがある”なんて「へーえ」な話も出てくるし、「(『失踪日記』を)どこも出してくれなかったら青林工藝舎があるさ!」などという業界ウケの笑えるセリフも多し。

 なお、『失踪日記』の続編については、今年6月の段階で「1ページも描けてません」だそうだ(笑)。
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『いちばんきれいな水』

いちばんきれいな水 [DVD]いちばんきれいな水 [DVD]
(2009/01/28)
加藤ローサ菅野莉央

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 京橋の映画美学校第2試写室で、『いちばんきれいな水』の試写を観た。10月7日公開の邦画。古屋兎丸のマンガの映画化である。

 公式サイト→ http://www.cplaza.ne.jp/kireina-mizu/

 小学6年生の夏美には、難病で11年間眠ったままの姉・愛がいる。
 夏休みのある日、母の妹がブラジルで事故に巻き込まれたとの連絡が入り、両親は2人の娘を自宅に残してあわただしく現地に向かう。

 姉妹が初めて2人きりで過ごす夜、奇蹟は起きた。眠ったままだった愛が突然目を覚ましたのだ。

 実際には19歳の愛だが、心は眠りについた8歳のときのまま。12歳の妹のほうがはるかにしっかりしている。幼子のように無邪気な愛の行動に、振り回される夏美。

 やがて愛は、「いちばんきれいな水」があるという場所へと夏美を誘う。その場所には、愛が夏美に明かさなければならない一つの「秘密」が封印されていた。
 だが、3日間を2人で過ごしたあと、愛はふたたび長い眠りにつくのだった……。

11年前の大切な秘密を伝えるために、今夜、彼女は目を覚ます。
姉と過ごした奇蹟の3日間。姉妹のかけがえのない夏がはじまる。

 
 ――というのが、チラシに書かれたこの映画のコピー。なかなか魅力的ではないか。

 愛を演ずるのは、最近テレビドラマやCMでよく見る加藤ローサ。
 夏美役の菅野莉央は、『ジョゼと虎と魚たち』で池脇千鶴の子ども時代を演じていた子だ。「天才子役」との評価に恥じない達者な演技をみせる。
 
 「点滴だけで生き長らえていた少女があんなにふくよかなはずがない」とか、「11年間眠りつづけていたのに、起きたその日から普通に活動できるはずがない」とか、そういうことは言いっこなし。これはあくまでファンタジーなのだから。

 童話の「いばら姫」をふまえた「眠れる美少女」のイメージに、加藤ローサはまさにうってつけ。彼女のふわっとした透明感が、現実離れした設定の違和感を帳消しにしている。

 監督のウスイヒロシはこれがデビュー作だが、以前からJ-POPのビデオクリップの世界では売れっ子で、CMの世界でも活躍しているという。この映画でも、絵作りのうまさや音楽の使い方のセンスは「さすが」と思わせる。

 残念なのは、中盤の笑いを狙った場面がことごとくすべって笑えない点。

 「19歳なのに内面は8歳」というギャップ、「妹のほうが姉より人生経験が豊富」という逆転した関係。それは十分に笑いの駆動力になり得たはずで、たとえばクドカンのように笑いが得意な脚本家なら、この中盤部分で10回は観客を笑わせただろう。
 この映画の脚本家(三浦有為子)も監督もセンスはよいのだが、「笑い」については不得意なようだ。

 終盤に自然な転調があって、姉の秘密が明かされるクライマックスは怒濤の「泣き」展開となる。このへんは非常に素晴らしい。泣ける。だからこそ、中盤でもっと笑えていたなら、そのクライマックスがさらに活きただろうと惜しまれる。

 とはいえ、全体的にはよくできたファンタジーであり、愛すべき佳編だ。上映時間90分とこじんまりまとまっている点も含め、上質の短編小説のような味わいがある。
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ブラック・クロウズ『ロスト・クロウズ』

ロスト・クロウズ ロスト・クロウズ
ブラック・クロウズ (2006/09/27)
ワーナーミュージック・ジャパン

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 ブラック・クロウズのニュー・アルバム『ロスト・クロウズ』(ワーナー/3480円)を、サンプル盤を送ってもらって聴いた。9月27日発売。

 ブルースをベースにした男臭いアメリカン・ロックを聴かせるブラック・クロウズは、私の好きなバンドの一つ。2002年に一度解散したが、昨年再結成。満を持して発表した2枚組の新作が、この『ロスト・クロウズ』だ。

 といっても、これは再結成してから作られたものではなく、1990年代に録音されながら未発表となっていた2枚のアルバムをカップリングしたものである。ゆえに、タイトルが「ロスト・クロウズ」。ディスク1が97年のセッションで、ディスク2は93年のセッションを収めたもの。

 つまり、いわゆるアウトテイク集なわけだが、それでも、2枚とも内容は非常に充実していて、なぜお蔵入りにしていたのか不思議なくらいだ(※)。ジャムセッション的なゆったりした雰囲気ながらも、いきいきとした躍動感に満ちた音。

※念のために言うと、この『ロスト・クロウズ』には、サード・アルバム『アモリカ』収録曲の初期ヴァージョン5曲、「バイ・ユア・サイド」のタイトルを変えた初期ヴァージョンも収録されている。

 私は彼らのアルバムでは、ハード・ロックに最も接近した『バイ・ユア・サイド』(99年)がいちばん好きだ。
 この『ロスト・クロウズ』では、『バイ・ユア・サイド』に近い時期に録られたディスク1のほうがハード・ロック寄りで、ディスク2はそれ以前の泥臭い音に近い。なので、私はディスク1のほうをヘビロ中。

 ブラック・クロウズは、2000年にジミー・ペイジと共演したライヴ・アルバムを発表し、その中ではツェッペリンのナンバーを完コピしていきいきと演奏していた。
 そんな彼らだから「ハード・ロック・バンド」と呼んでもいいと思うのが、なぜか彼らはいつも「ロックンロール・バンド」と呼ばれる。「ロックンロール」というとキャロルやクールスやストレイ・キャッツを思い浮かべてしまう私は、そのことにちょっと違和感。

 彼らの音はむしろ、オールマン・ブラザーズ・バンドなどのサザン・ロックと、フリーやバドカンのようなブルース・ベースのハード・ロックの間をつなぐものである(ま、ジャンル分けなんかどうでもいいけど)。

 で、この『ロスト・クロウズ』も、その手の音――男臭くて泥臭くて骨太で、それでいてある意味では洗練されたロック・チューン――が満載である。
 渋い! カッコイイ! いわゆる「ちょい悪」って、正しくはこういう感じを言うのじゃないだろうか。

 2001年の『ライオン』以来の、ホントの意味での新作が楽しみだ。 
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『そうかもしれない』

 東銀座の松竹試写室で、『そうかもしれない』の試写を観た。
 私小説作家・耕治人が晩年にものした、いわゆる「命終三部作」(「天井から降る哀しい音」「どんなご縁で」「そうかもしれない」)の映画化である。

 公式サイト→ http://www.soukamoshirenai.jp/

 半世紀連れ添った妻が認知症になり、少しずつ「こわれて」いくさまを、そばで見守る小説家の夫――。私小説に刻まれた実話をもとに、老いの哀しみと夫婦愛を描いた佳編だ。9月30日公開。

 夫は懸命に老々介護をつづけるが、やがて自らも喉頭がんを病み、2人は病院と特別養護老人ホームで別々に暮らし始める。
 妻はホームの職員に付き添われて夫の病院を見舞うが、すでに痴呆が進んで夫のことがわからない。「ほら、ご主人ですよ」と言われてじっと夫を見つめ、つぶやいた言葉が「そうかもしれない」。それがタイトルの由来である。

 映画を観ながら、3ヶ月ほど前に取材した江村利雄・前高槻市長のことが思い出されてならなかった。
 江村氏は、市長としての任期を1年残したまま、奥様の介護のため辞任された方。辞任を発表する記者会見で「ほかに何か辞任の理由があるのでは?」と勘ぐる記者に、氏はこう言ったのだった。

「おたくら、まだ若いからピンとこないやろと思いますけど、まあ50年連れ添うてみなさい。50年連れ添うた者にしかわからん感情、嫁はんにとってダンナは私しかおらんのや、みたいな感情いうのがあるんですわ。市長のかわりはなんぼでもいるやろけど、夫のかわりはおりませんやろ」


 この映画もまた、「50年連れ添った者にしかわからない」(だろう)夫婦の絆がていねいに描かれ、感動的である。

 保坂延彦監督(脚本も)の演出は、静謐な詩情を終始保ち、俗に流されることがない。安易なメロドラマにはなっていないのだ。
 重いテーマにもかかわらず、淡いユーモアが随所にちりばめられ、あたたかい雰囲気の映画になっている点も好感。

 映像も美しい。とくに、近所の家々に咲いた花や公園を流れる小川などの“日常の中の自然”が、ハッとするほど美しくとらえられている。

 夫を演ずる桂春團治の演技もよいのだが、なんといっても素晴らしいのが妻役の雪村いづみ。鬼気迫る熱演で、少しずつ痴呆でこわれていく妻という難役を見事にこなしている。
 夫の眼前で失禁する場面など、かなりきわどいシーンもあって、「往年の大スターがここまでやるか」と、その女優根性に胸打たれた。年末の各種映画賞で、主演女優賞にノミネートされること間違いなしだ。
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気分は複雑……。

 ある小説の単行本が、アマゾン・マーケットプレイスに安値で出ていた。前から欲しかった本だったので、すかさず購入。

 今日、その本が届いた。帯もついて新品同様の美品なので、うれしくなる。が、中を開いてみたところ、ハラリと「著者謹呈」の札が落ちた。しかも、その札には著者のサインと謹呈先の名が筆で記されていた。

 相手の名は、高名な大学教授のものだった。どういういきさつか知らないが、その教授は、作家から謹呈された本を古本屋に売り払ったのである。しかも、わざわざ「謹呈」の札をつけたまま。もちろん、読んだ形跡などない。

 失礼などというレベルを超えて、謹呈した作家にケンカ売ってるとしか思えない行為だ。札を捨ててから売れば誰の仕業かはわからないのに、あえてそのままにしたのだから。
 それとも、ここに自分の名前が書かれていることすら見ないまま、本を一度も開かず右から左へ売り払ったのだろうか。それはそれで超・失礼だ。

 好きな作家のサイン入りの美本が安く手に入ったという点ではうれしいのだが、物書きの一人として気分は複雑である。当の作家にメールでタレコミしてやろうかな(笑)。

 そういえば、高木ブーさんの本『第5の男』(朝日新聞社)のアマゾン・カスタマーレビューの1つに、次のような一節があった。

【引用始まり】 ---
なお本書は古書店で入手した。手紙がはさんであり、これを書いたライターから某有名落語家宛の献呈本であることがわかった。止めてあったゼムクリップを外した形跡さえない。開きもせずに売り払ったのではないか、と思う。ライターの好意が気の毒であった。
【引用終わり】 ---
 こういうことする奴って、けっこういるんだなあ。度し難い無神経である。
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『文学賞メッタ斬り! リターンズ』


文学賞メッタ斬り!リターンズ文学賞メッタ斬り!リターンズ
(2006/08)
大森 望、豊崎 由美 他

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 大森望・豊崎由美著『文学賞メッタ斬り! リターンズ』(PARCO出版/1600円)読了。

 バツグンに面白い本だった『文学賞メッタ斬り!』の続編。正編刊行以来の2年余りの間に世に出たおもな文学賞の受賞作と選評をネタに、相変わらずの毒舌芸が冴え渡る。

 ただし、正編と比べてしまうと、面白さも情報の密度も2割減といったところ。

 島田雅彦をゲストに迎えた公開鼎談を収録した「ROUND1.文学賞に異変!?」が、突出して面白い。「現役作家で、文学賞の選考委員もやってる当事者がここまでホンネをさらけ出していいのか?」と心配になるほど、島田が言いたい放題。たとえば――。

どの賞も、ある程度は福祉なんですよ。新人賞はニートやフリーターのための福祉であり、デビューはしたものの、売れない作家の福祉としての芥川賞、三島賞、野間文芸新人賞とかって考え方もあるわけでしょ。


 しかし、その後は章を追うごとにテンションが下がっていく。両著者が決める「文学賞メッタ斬り! 大賞」(ROUND5.)なんて、無意味なページ数稼ぎでしかない。

 でもまあ、正編と比べるからアラが目立つだけで、これも十分に面白い本ではある。最近2年間のおもな文学賞の受賞作を全読破して採点・寸評をくわえたコーナーが「付録」についているなど、かなりの労作ではあるし。
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戸田誠二『説得ゲーム』

説得ゲーム 説得ゲーム
戸田 誠二 (2006/07/11)
宙出版

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 戸田誠二の新刊『説得ゲーム』(宙出版/900円)を読む。
 『生きるススメ』など、ヒューマンな作風のショート・ショートで注目を集めた若手だが、今回は初めてSF作品だけを集めた短編集である。

 もともと理系の人らしいから、SF的な舞台設定はお手のものであろう。
 収録作品は5編。どれも、アイデア・設定はたいへん面白い。

 たとえば、表題作「説得ゲーム」は、プレイヤーがバーチャル空間に現れる自殺志願者を説得するゲームソフトの話。
 自殺を思いとどまらせればクリア。説得できずに自殺されてしまったらゲームオーバー。ソフト開発者の正体は不明だが、ゲームをすべてクリアできた者には賞金1000万円が用意されている。
 だが、開発者の正体は……。

 うーむ、骨子だけ聞くとじつに面白そうである。が、読んでみるとそれほどでもない。アイデア倒れ。

 「クバード・シンドローム」は、男性の出産を認めた「クバード法」が成立した近未来を舞台に、妻にかわって子どもを出産する男を主人公にした短編。「クバード」とは、男が妊娠・出産を模倣する未開社会の風習の名だという。

 これも設定はよいのだが(男が産む話自体はシュワちゃんの映画であったけど)、感動するというほどではないんだなあ。

 収録作5編のうちでは、「キオリ」がいちばん面白かった。これはたしか、戸田がデビュー前にネットの自分のサイト「コンプレックス・プール」に発表した作品だ(「説得ゲーム」も)。

 若手脳科学者・高橋が、自殺した女性の脳をひそかに培養するプロジェクトに参加する。
 脳には音声装置がつながれ、コミュニケーションがとれるようになる。「体なんかなくたって大丈夫ですよ」「今の時代、脳さえあれば十分ですよ」と脳に語りかける高橋だったが、脳はやがて原因不明の萎縮を始めて……という作品。

 SF的な設定をとっても、戸田誠二のメッセージははつねに変わらない。「生きることの意味」を読者に問いかけつづけているマンガ家なのだ。その問いかけが、「キオリ」では切実さをもって読者に迫ってくるが、「説得ゲーム」などではやや空回りしている。

 戸田誠二の既刊5冊(『生きるススメ』『しあわせ』『ストーリー』『化けの皮』『唄う骨』)を私はすべて読んだけれど、けっきょく、デビュー前に自分のサイトで発表した作品を集めた最初の2冊が、最もインパクトが強く、感動も深かった。商業誌より制約がない分、戸田の才能がエッジを削られることなく発揮されているためだろう。

 あと、苦言を一つ呈すると、キャラの横顔を描くときに目・鼻・口のバランスが崩れていることが多くて、読んでいて気になって仕方ない。横顔だけ猛練習すべし。

 とはいえ、大いに期待しているマンガ家なので、がんばってほしいところだ。
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『鉄人28号』漬けの日々

鉄人28号論 鉄人28号論
光プロダクション (2005/03)
ぴあ

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 マンガは私のライターとしての得意分野の一つなので、マンガ関連の仕事を受ける機会が少なくない。
 で、このところ、横山光輝の『鉄人28号』がらみの仕事をしていたので、頭の中はすっかり鉄人漬け。いまではちょっとした「鉄人28号博士」である。

 刊行中の『鉄人28号/原作完全版』(全24巻・潮出版社)の既刊をくり返し読んだほか、研究本のたぐいを熟読。たとえば、『鉄人28号論』(ぴあ・光プロダクション監修)、飯城勇三著『「鉄人28号」大研究』(講談社)、『「鉄人28号」公式ガイドブック』(小学館)といった本である。

 ちなみに、研究本の中では『鉄人28号論』がいちばんよくできていた。ハードカバーの立派な作りで、内容もすこぶる充実。あらゆる角度からのオタク的探求がなされた一冊である。価格は2500円と安くはないが、鉄人ファンならもっていてよい本だ。

 『鉄人28号』は昭和30年代の子ども向けマンガであるから、素朴といえば素朴な内容なのだが、じっくり読んでみるとやはり名作であると感じる。

 最大の売りであるロボット・バトルにしても、「鉄人が必殺技を出して終わり」というワンパターンには陥らず、毎回趣向が凝らされている。それに、登場するロボットのデザインやアクション・シーンの構図などが、いちいちスタイリッシュ。当時としては画期的なカッコよさだったろう。

 いまの時点から振り返って読んでみると、いろいろ発見もある。
 たとえば、『ゲッターロボ』のように合体して闘うロボットがすでに『鉄人28号』にも登場していて、その先駆性に驚いたり…。
 
 『鉄人28号』は当初、正太郎少年が悪のロボット・鉄人を溶鉱炉に追い込んで倒して終わる短期連載の予定だったという。予想外に人気が高まったために、正太郎が正義のために鉄人をあやつる長編マンガになったのだ。

 「悪のロボットを溶鉱炉に追い込んでやっつける」といえば、映画『ターミネーター2』のラストがまさにそんな展開であった。
 ハリウッドの映画人が日本のマンガを読んでネタを探すのも、近年ではよくあること。ジェイムズ・キャメロンは、『鉄人28号』の当初のアイデアをどこかで読んで「パクった」のかも知れない。

 『ターミネーター2』と『鉄人28号』の類似点は、もう一つある。

 『T2』は周知のとおり、前作では敵だったシュワちゃんのターミネーターが、主人公を守る正義のロボットになる話。「最強の敵が味方に変わる」という展開は、じつは『鉄人28号』の中にもある。「鉄人ワールド」最強のロボット「ブラックオックス」は、のちに正太郎少年が“操縦権”を奪い、鉄人を助ける強い味方になるのだ。

 やはり、J・キャメロンは『鉄人28号』を読んでいたんじゃないだろうか。まあ、パクリというほどではないけれど。
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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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