近藤ようこ『水鏡綺譚』

水鏡綺譚 水鏡綺譚
近藤 ようこ (2004/05)
青林工芸舎

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 近藤ようこの『水鏡綺譚』(青林工藝舎/1600円)を読んだ。
 といっても、1980年代末から90年代にかけて月刊『ASUKA』に連載された分は、当時の単行本で読んでいる。これは、2004年に復刊された際、描き下ろしの完結編52ページをくわえた「完全版」なのである。

 素晴らしい! 最後の完結編で泣けた。
 この完全版は手塚治虫文化賞(2005年)の最終候補にまで残って惜しくも受賞を逸したのだが、受賞させるべきだったと思う。だって、その年の受賞作『プルートゥ』はまだ連載中だし、作者の浦沢直樹は過去にも同賞を受賞していたのだから。

 周知のとおり、近藤ようこの作品には、「現代女性もの」と「中世もの」の2つの系列がある。私は両方とも好きだが、この完全版『水鏡綺譚』こそ、「中世もの」のベストワンではないか。

 親に捨てられ狼に育てられた少年・ワタルと、野盗にさらわれて家を忘れた少女・鏡子(かがみこ)。2人が出会い、旅をつづける物語である。
 鏡子は、小さな鏡を両手に抱いて生まれてきたという不思議な少女。だが、自らの「魂」たるその鏡も、野盗にさらわれた際になくしてしまった。鏡子にとってワタルとの旅は、その「魂」を探し当てるための旅でもある。

 魔界と現実の境界があいまいな中世社会。毎回「怪し」の者たちが2人の前に現れる。女狐の化身、千年も生きつづける白比丘尼、夫婦松の精、沼の底に棲む龍神など……。
 各話は、それらの妖怪変化をワタルと鏡子が「鎮める」(あるいは退治する)顛末を描く短編としても愉しめる。そして、作品全体はユニークなラブストーリーである。

 近藤による「あとがき」には、網野善彦の話が出てくる。
 いわく――。
 “ある学者が『もののけ姫』について、網野史学に出てくる中世の職能集団を描いた先駆的作品として持ち上げていた。しかし、それを言うなら、自分が少女時代に読んだ白土三平の『カムイ外伝』に、網野史学的な職能集団はすでに描かれていた。私がこの作品で出したかったのは、『カムイ外伝』のような昔の少年マンガのテイストである”(趣意)

 この『水鏡綺譚』は、網野史学が描き出した魅惑的な中世社会像を、見事にマンガに移し得た傑作といえよう。
 そして、近藤がいうとおり、1960~70年代の少年マンガのテイストもたっぷりとある。少女誌に連載された作品ではあるが、むしろ、往時の少年マンガを読んだ世代の男にこそ愉しめる(そのためか、『ASUKA』では人気がなく、途中で打ち切られている)。

 「立派な人間」になるための修行の途上であるワタルは、「女に触れたら清浄が破れる」と、共に旅をし惹かれあいながらも、鏡子に手さえ触れない。そして、鏡子の家が見つかったなら、2人は別れなければならない。ストイックで神話的なラブストーリーである。

 描き下ろされた完結編で、鏡子はついに生まれ育った家に戻る。それは、2人にとっては永遠の別れを意味する。しかも、鏡子の守護者である観音菩薩の手によって、鏡子の心からはワタルと旅した記憶が消されてしまう。

 記憶を失った鏡子に、「いつかまた会おう」と別れを告げるワタル。美しくも哀切なラストは、大林宣彦版『時をかける少女』の名高いラストシーンを彷彿とさせる。
 「あとがき」の感動的な一節を引こう。

 「水鏡綺譚」は自分の仕事の中で一番好きな漫画だった。(中略)十二年もたって絵も変わっているし、今さら完結編を描くのはためらわれた。それを敢えて行ったのは、漫画に対して意欲を失いかけている自分自身を支えるためだった。私は昔、漫画が好きだった。それを思い出したかった。(中略)
 得るものと失うものの物語。十二年前に考えていた時は、もっと悲しい物語になると思った。今は少し違う。十二年の間にワタルと鏡子は私の中で成長したのかもしれない。
 だから二人を笑って別れさせようとしたけど、やっぱりそれだけは無理だったな。


 なお、近藤は高橋留美子と高校時代の同級生で、いまに至るも親友同士であるという。その高橋が、本書の帯に推薦の辞を寄せている。

水鏡綺譚は、長年忘れがたい未完の物語であった。旅が終わった今、この物語は愛しい泉の如く、心にあり続ける。


 あ、そうか。高橋留美子の『犬夜叉』は、この『水鏡綺譚』にインスパイアされた作品(というより、高橋版『水鏡綺譚』)だったのだな。いまやっと気づいた。ディープな高橋ファンには「何をいまさら」と言われそうだが……。
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A・バーザ『ウソの歴史博物館』



 アレックス・バーザ著『ウソの歴史博物館』(文春文庫/657円)読了。

 中世から21世紀まで、古今東西のウソ、デッチ上げの数々を網羅的に紹介していく雑学本である。
 同じ文春文庫には、同傾向の『世界ウソ読本』(M・ハーシュ・ゴールドバーグ著)という本がある。これはたいへん面白い、私のお気に入りの一冊である。

 この『ウソの歴史博物館』のほうが、面白さでは一段落ちるかな。しかし、紹介されているウソの重複はごく少ないから、この手のトリヴィア本が好きなら両方読んでも損はない。
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赤星たみこさんを取材

もったいない事典―「50音エコ川柳」で今日から環境にやさしい生活 もったいない事典―「50音エコ川柳」で今日から環境にやさしい生活
赤星 たみこ (2005/12)
小学館

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 今日は、マンガ家/エッセイストの赤星たみこさんを取材。千葉県某市のご自宅にお邪魔した。
 赤星さんのマンガでおなじみのご主人(「しんちゃん」)に駅まで車で迎えにきていただき、恐縮する。

 赤星さんといえば、私の世代には『恋はいつもアマンドピンク』が印象深い。面白かったなあ。私は映画版まで観た(映画は、はっきりいってスカであった)。
 ただし、今日はマンガ家としてというより、「趣味のエコロジスト」としての赤星さんへの取材である。そう、赤星さんはいまや、世の女性たちに「エコな生活」の楽しさを説くカリスマなのである。エコライフに関する著作も多数。講演などの活動も盛んに行っておられる。

 赤星さんの数多い著作のうち、近刊『もったいない事典』(小学館)と、『エコロなココロ』『ゴミを出さない暮らしのコツ』(大和書房)を読んで取材に臨んだ。
 いずれも、「エコな生活って楽しそうだな」と感じさせる内容。紹介されている「地球と私にやさしい家事改革」の工夫の数々を、「主婦」ではない私でさえやってみたくなる。このあふれんばかりの「楽しさ」こそ、赤星流エコライフの真骨頂だ。「地球環境を守るためには楽しさを犠牲にしなければ」と、眉根にシワ寄せる苦行のようなエコではないのだ。

 「ホントにそのとおりだなあ」と思ったのが、「エコはダイエットに似ている」という話。そのココロは、「楽しくなければ長つづきしないし、無理してつづけると“リバウンド”がくる」ということ。ゴミを減らすことにせよなんにせよ、ゲーム感覚で楽しめることが結果的に地球にやさしい、というのがいちばんなのだ。
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森谷公俊『アレクサンドロスの征服と神話』ほか



 小杉泰著『イスラーム帝国のジハード』、森谷公俊著『アレクサンドロスの征服と神話』(いずれも講談社/2415円)読了。

 この間読んだ『空の帝国 アメリカの20世紀』と同じく、「興亡の世界史」シリーズの2冊。
 『イスラーム帝国のジハード』は、勉強にはなったけれど、あまり面白くなかった。途中、ムハンマド以降のイスラム帝国の歴史が延々と綴られる(ただし、オスマン帝国については独立した一巻が予定されているため、本書では省略されている)のだが、当方に基礎知識がないため、誰が誰やらさっぱりなのである。
 ホメイニやウサマ・ビンラディンなどが登場する終章だけは、たいへん面白く読んだけれど。

 もう一冊の『アレクサンドロスの征服と神話』は、メチャメチャ面白かった。アレクサンドロス大王の生涯について、神話と史実を腑分けしていく内容なのだが、神話のヴェールを引きはがしてもなお、ものすごくドラマティックなのだ。本書をネタ本にして長編小説が書けそうなほど。あのオリバー・ストーンが、大王を主人公に映画を作った(観てないけど)だけのことはある。 
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井上鑑『予言者の夢』


予言者の夢 PROPHETIC DREAM予言者の夢 PROPHETIC DREAM
(2009/09/16)
井上 鑑

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 井上鑑(あきら)の『予言者の夢』が、アマゾンから届いた。
 1982年に発表された、井上のソロ・デビュー作。私がまだ10代だった当時、アナログ盤で聴きまくったアルバムである。

収録曲目
1. バルトークの影
2. SUBWAY-HERO
3. レティシア
4. DOUBLE-CROSSING
5. LOST PASSENGERS
6. リンドバーグ物語
7. ヒンデンブルグ号へようこそ
8. COSMONAUT コスモノート
9. GRAVITATIONS
10. ユベスキューレ
11. GRAVITATIONS (シングル・ヴァージョン/ボーナス・トラック)
12. カレイドスコーピオ (ボーナス・トラック)
13. アポカリプス戦線 (ボーナス・トラック)
14. ロプノール (ボーナス・トラック)



 「井上鑑って最近何やってんのかな?」とふと思って検索してみて、このアルバムがCD化されていたことを知った。しかも、ボーナス・トラック4曲入りと豪華。で、さっそく注文したしだい。

 四半世紀を経ても少しも古びていない、永遠の名盤である。一言で言えば、スティーリー・ダンとエアプレイのサウンドに、日本でいちばん近づいたアルバム。
 たとえば、M1「バルトークの影」やM3「レティシア」は、『エイジャ』『幻想の摩天楼』のころのスティーリー・ダンそのまんまの極上AOR。M6「リンドバーグ物語」などは、ギターのリフが爽快なエアプレイ風ポップス。つまり、ジャジーな曲はスティーリー・ダン風味で、ロック色の強い曲はエアプレイ風味。両方の味が愉しめるのだ。

 井上鑑といっても知らない人もいるだろう。本業はアレンジャー。それも、寺尾聰の大ヒット・アルバム『リフレクションズ』など、有名どころの作品を多数手がけてきた売れっ子アレンジャーである。
 
 その井上が、初めて自らが主役となって作ったのがこのアルバムだ。一説には、『リフレクションズ』がミリオンセラーになったので、レコード会社がその「ごほうび」として作らせた、とも言われる(ホントどうか知らない)。

 一曲一曲に主人公と舞台となる日時・場所が設定されているという、凝った作り。歌詞カードには、各主人公についての説明文がつけられている。
 たとえば、「レティシア」は井上が愛してやまないフランス映画『冒険者たち』へのオマージュになっており、映画の主人公マヌー・ボレリがこの曲でも主人公となる(「レティシア」は『冒険者たち』のヒロインの名)。日時は「1966年秋 FINマークまで約3分」……ううむ、凝りまくりですなあ。
 また、「LOST PASSENGERS」という曲は、タイタニック号の事故に唯一日本人として遭遇した細野正文(たしか細野晴臣の祖父)が主人公である。

 そのように、まるで短編小説集のような物語性豊かな詞の世界が、極上の曲と演奏によって展開されていく。
 スティーリー・ダンやエアプレイのアルバムが最高レベルのスタジオ・ミュージシャンを集めて作られたように、このアルバムにも、日本屈指の腕利きミュージシャンたちが揃っている。次のようなメンツである。

ドラムス:林立夫、山木秀雄
ベース:岡沢茂、高水健司、後藤次利
ギター:今剛、野呂一生、鈴木茂、松原正樹
パーカッション:浜口茂外也、斉藤ノブ
サックス:清水靖晃
バック・ヴォーカル:EVE
(キーボードは井上自身。なお、井上は売れっ子スタジオミュージシシャンたちが結成した伝説のグループ「パラシュート」のメンバーでもあったが、このアルバムの参加者の多くもパラシュート人脈だ)



 こうしたメンツがそれぞれ高度なテクを披露するのだが(とくに、今剛のギターのカッコイイこと)、それでも頭でっかちの小難しい音にはならず、どの曲もきわめてポップ。ふつうに心地よいAORとしても楽しめるし、細部の職人技を堪能する聴き方もできる。聴き飽きない、奥の深いアルバムである。

 唯一の欠点は、井上自身のヴォーカルにあまり魅力がなく、弱いところ。まあ、プロのヴォーカリストではないから仕方ないか。

 私にとって、この再発盤の目玉は、名曲「GRAVITATIONS」のシングル・ヴァージョンがボーナス・トラックとして収録されていること。「ヨコハマタイヤASPEC」のテレビCMに使われたことで知られる曲だが、シングル・ヴァージョンのほうがずっとカッコイイ。LPレコードを買ったとき、アルバム・ヴァージョンの“改悪”ぶりにがっかりした記憶がある。

 残り3曲のボーナス・トラックは、当時シングルのB面として発表された曲。いずれも、B面にしておくのは惜しい質の高さ。

 なお、井上鑑は、私の世代にはなつかしいシンガー・ソングライター、やまがたすみこの夫でもある。この再発アルバムの帯の袖には、妻・やまがたの再発CDの広告がしっかりと入っていた(笑)。

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池谷裕二『脳はなにかと言い訳する』


脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!?脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!?
(2006/09)
池谷 裕二

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 今日は、東大で脳科学者の池谷(いけがや)裕二さんを取材。準備として、池谷さんの近著『脳はなにかと言い訳する』(祥伝社/1600円)を読んで臨んだ。

 池谷さんは1970年生まれで、まだ30代。2002年に刊行された糸井重里氏との共著『海馬――脳は疲れない』で一躍注目された方である。学生たちの中に混じっても違和感がないほど、ルックスも若々しい。

 『脳はなにかと言い訳する』は、素晴らしい本である。目からウロコ落ちまくり。脳科学を一般向けにかみくだいた科学エッセイは山ほど刊行されているが、その中でも一頭地を抜く面白さだ。

 美点の第一として、盛り込まれている脳科学の知見の新鮮さが挙げられる。「はじめに」に次のような一節があるように……。

たいていの「脳の本」には載っていないような、できるだけ新しい知見を紹介しようと努めました。数年以内に学会で報告された新鮮なネタを、私なりの調理法で味付けしています。最終原稿の〆切直前、つまり本書が出るわずか一ヵ月前に発見されたピチピチの情報までもが含まれています。


 脳の本をよく書いている知識人というと、養老孟司氏や高田明和氏がまず思い浮かぶ。が、2人ともすでに「名誉教授」であり、研究の第一線からは退いている。対して、池谷さんは最前線で研究に従事する現役バリバリの脳科学者。その差が情報の鮮度にあらわれているのだろう。
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『プルコギ -THE焼肉MOVIE- 』


プルコギ -THE焼肉MOVIE- [DVD]プルコギ -THE焼肉MOVIE- [DVD]
(2007/10/03)
松田龍平、山田優 他

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 京橋の映画美学校第一試写室で『プルコギ -THE焼肉MOVIE- 』を観た。ゴールデンウイーク公開の邦画である。売れっ子CMディレクター、グ・スーヨンの映画第2作(第1作は『偶然にも最悪な少年』)。

 「焼き肉バトルロワイヤル」なるテレビ番組で常勝を誇る若き「焼き肉の達人」トラオに、「幻の焼き肉名人」に手ほどきを受けた若者・タツジが挑む、という竜虎対決のストーリー。じつは、2人は幼いころに生き別れた兄弟で……というベタな設定がなされている。

 焼き肉対決の映画というアイデアは面白いし、もしかしたら『下妻物語』みたいなブッとんだ傑作かもしれない――そう期待して観に行った(『下妻物語』の中島哲也監督も売れっ子CMディレクターだし)。

 が、かなり期待外れ。途中、笑いをとろうとしたセリフや場面が山ほどあるのだが、クスリとも笑えない。ギャグが全部ダダすべり。試写室が2時間しーんと静まり返っていた。

 そもそも、「赤肉対白肉」という映画の基本設定に無理がある。
 赤肉とはカルビやロースなどのことで、白肉とはホルモン(内臓肉)のこと。トラオは白肉を低級な肉として蔑視しているが、挑むタツジの店は白肉専門店で、「赤肉と白肉、どっちがうまいか決着つけよう!」という展開になるのである。

 あのー、これって「対決」になるの? ホルモンを蔑視している焼肉店なんてあるんだろうか? そりゃまあ、ホルモンが苦手な人もいるだろうけど、どっちが勝ちという話じゃないと思うのだが……。

 キャストが「ムダに豪華」な映画だ。津川雅彦・竹内力・倍賞美津子・前田愛などという主役級の俳優を、惜しげもなくチョイ役で使っている。これだけA級俳優をそろえて、映画の出来がB級というのも珍しい。

 ヒロイン・山田優のパーフェクト・ボディが素晴らしい。まるで、マネキンに命が吹き込まれたような見事なスタイルである。 ……って、それくらいしか美点が見あたらない映画。
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甲斐よしひろ『10Stories』

10 Stories 10 Stories
甲斐よしひろ (2007/02/07)
日本クラウン


 甲斐よしひろのニュー・アルバム『10Stories』(日本クラウン/2800円)を、サンプル盤を送ってもらって聴いた。2月7日発売。

 カヴァー・アルバムである。J-POPの新しいスタンダードともいうべき名曲がズラリと並んでいる。ラインナップは以下のとおり(カッコ内はオリジナル・アーティスト)。
 
 1. 今宵の月のように(エレファントカシマシ)
 2. 歌舞伎町の女王(椎名林檎)
 3. くるみ(Mr.Children)
 4. ハナミズキ(一青窈)
 5. 夜空ノムコウ(スガシカオ、SMAP)
 6. 接吻 KISS(オリジナル・ラヴ)
 7. 恋しくて(BEGIN)
 8. 色彩のブルース(EGO‐WRAPPIN’)
 9. すばらしい日々(ユニコーン)
 10. Swallowtail Butterfly~あいのうた(YEN TOWN BAND)

 音楽情報サイト「bounce.com」のこの紹介記事では、「甲斐よしひろ、初のカヴァー・アルバム」などと書かれているが、これはまちがい。甲斐は過去にも2枚のカヴァー・アルバムを発表している。『翼あるもの』(1978)と、その続編にあたる『翼あるもの2』(2003)である。
 個人のブログならともかく、音楽情報サイトがこんな凡ミスをしてはマズイのではないか。ものの1分で確認できることなのだから。

 さて、このアルバムの中身について。
 いまにして思えば、甲斐バンドのロックはよい意味で「歌謡曲テイスト」に満ちていた。「きんぽうげ」でも「安奈」でも「テレフォン・ノイローゼ」でもよいが、甲斐バンドの代表曲はどれも、歌謡曲シンガー(たとえば中森明菜や郷ひろみ)がカヴァーしてもまったく違和感がないだろう。
 その「歌謡曲テイスト」こそが甲斐の持ち味なのであって、J-POP(の最先端)が洋楽と見まがうばかりに洗練されたいまは、彼の曲の泥臭さがむしろ新鮮に感じられる。

 で、今回取り上げられた曲を見てみると、やはり「歌謡曲テイスト」を共通項とした曲が選ばれているように思う。「歌舞伎町の女王」や「色彩のブルース」などはとくにそうだ。
 その意味で、選曲の意外性はあまりない。いかにも甲斐が好きそうな、選びそうな曲ばかりである。女性シンガーの曲がいくつも選ばれているのを意外に感じる向きもあろうが、甲斐は過去のカヴァー・アルバムでも、服部富子の「満州娘」や石川セリの「八月の濡れた砂」などを取り上げていたのだ。

 甲斐と同じく、これまでに3枚のカヴァー・アルバムを出しているのが矢野顕子である。矢野のカヴァーは、原曲を完全に“脱構築”して矢野色に染め上げる。それに対し、甲斐のカヴァーはあくまでも原曲のよさをそのまま活かすスタイルをとっている(※)。今回のアルバムに甲斐自身が寄せたコメントに、次のような言葉があるように……。

あくまでもオリジナルの雰囲気を壊さず、でもアレンジで裏切っていくというスタイルをとりながらも、聴きやすい大人のサウンドに仕上げたつもりだ。


 どの曲も、アレンジが素晴らしい。スティーリー・ダンを思わせる洗練されたクールなサウンド。メロディとヴォーカルの湿った泥臭さとのコントラストが、面白い味わいになっている。

※甲斐がこの新作で取り上げているユニコーンの「すばらしい日々」は、矢野顕子もアルバム『エレファント・ホテル』でジャジーにカヴァーしている。聴き比べてみるのも一興である。
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香坂みゆきさんを取材

ゴールデン☆ベスト 香坂みゆき シングルコレクション ゴールデン☆ベスト香坂みゆき シングルコレクション
(2003/11/26)



 今日は、都内某所でタレントの香坂みゆきさんを取材。
 香坂さんは、私と“同学年”にあたる。彼女のアイドル時代を知っている世代の一人として、至近距離でお話しできた(って、仕事なのだが)のはうれしかった。

 「ママさんタレント」となったいまでも、チャーミングな女性である。よい意味で普通っぽい。
 女優・タレントというと、微笑は浮かべても顔がクシャッとなるような「満面の笑み」は浮かべないイメージがあるのだが、香坂さんはときどき「ニコーッ!」と顔全体で微笑む。その笑顔がすこぶるキュートだった。
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森達也『東京番外地』

東京番外地東京番外地
(2006/11/16)
森 達也

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 森達也著『東京番外地』(新潮社/1470円)読了。

 『職業欄はエスパー』(私はこれがいちばん好き)『放送禁止歌』『A』『下山事件』など、独創的でスリリングなノンフィクションを多くものしてきた森達也だが、本書はエッセイとノンフィクションの中間に位置する内容である。取材に基づいて書かれてはいるが、一つのテーマを直線的に追ってはおらず、取材しながら森が考えたことが随筆のように綴られていく。

 書名のとおり、一般人はあまり足を踏み入れない“東京の異界”を、1ヶ所ずつ探訪するシリーズだ。たとえば、小菅の東京拘置所、山谷のドヤ街、代々木上原のジャーミイ(ムスリムが集団礼拝を行うモスク)、芝浦のと場(食肉市場)、東京地裁など……。

 タイトルはいいし、企画としてもすこぶる面白そうなのだが、内容はいま一つであった。森の書き手としての美点が発揮されていないと思う。

 森達也のノンフィクションは、取材対象と深く切り結び、相手との「関係性」を描くものである。その描写の中に、相手の意外な素顔(=一般に流布したイメージとは別の顔)が鮮やかに浮かび上がる。そのさまがスリリングなのだ。

 ところがこのシリーズは、取材対象に深く切り込むことをあえて「禁じ手」にしてしまっている。取材のアポも取らず、場所の下見もせず、ただ「無目的に歩き回」って書くというスタイルをとっているのだ。そうすることで過去の森作品とは違う味わいを出そうとしたのだろうが、その目論見はうまくいかなかった。むしろ、いつもの森作品のスリリングな魅力がすっぽりと抜け落ちている感じだ。

 ただし、全15編の中にはよいものもある。
 たとえば、浅草の観音前交番に毎年9月だけ設置される「身元不明相談所」(一年間に都内で見つかった身元不明遺体のデータを集め、親族の問い合わせに応ずるもの)を訪ねた一編。これなど、「もっと取材を深めて長編ノンフィクションにすればよいのに」と思った。

 また、過去の森作品の「メイキング・オブ」になっている回もあって、舞台裏をのぞく面白さがある。
 たとえば、松沢病院(有名な精神病院)の患者たちによる運動会を取材した一編。その中では、森があの佐川一政(本には実名は出てこないが)のドキュメンタリーを撮ろうとして途中でポシャった経緯が紹介されている。

 いっぽう、箸にも棒にもかからない出来のものもある。
 たとえば、森がただ上野動物園に行くだけの回、多摩霊園を見て回るだけの回、皇居の一般参観に行くだけの回などは、「なんじゃこりゃ?」という感じのトホホな内容だ。そもそも、上野動物園や多摩霊園のどこが「東京番外地」なのか?

 7ヶ所くらいの「番外地」に絞って、一編一編の取材をもっと深めればよかったのに……。
 ノンフィクションとして読むには薄味すぎ、エッセイとして愉しむには文章が粗雑すぎる(いつもはいい文章を書く人なのに)という、なんとも中途半端な一冊。

■関連エントリ
 『A』『A2』(映画感想)
 森達也の作品(読書録)
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大前研一『ザ・プロフェッショナル』ほか

ザ・プロフェッショナル ザ・プロフェッショナル
大前 研一 (2005/09/30)
ダイヤモンド社

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 正月早々風邪を引いてしまった。仕事はいろいろあるのだが、執筆できる状態ではないので、一日中寝床に入って、図書館で借りてあった本をボーっと読む。

 大前研一の『ザ・プロフェッショナル』(ダイヤモンド社)、佐藤優の『国家の罠』(新潮社)、根本敬の『因果鉄道の旅』(KKベストセラーズ)の3冊。アンバランスも極まった組み合わせである。

 3冊ともまあまあ面白かったのだが、風邪のせいかあまり頭に残らず。
 『ザ・プロフェッショナル』についてだけ一言。これはビジネス書/実用書である以前に、「大前節」を堪能するための一冊である。

 毎度のことながら、豪快な自慢話(ビル・ゲイツもジャック・ウェルチも俺様のダチだ、みたいな)と、21世紀に乗り遅れた旧態依然のビジネスマンへの罵詈雑言の連打。それが鼻につく人もいるだろうが、大前の著作を読み慣れている者には痛快。「お、やってるやってる」という感じで楽しめる。たとえば――。
 

 青臭い組織観は、どこの会社にも見られます。日本の組織はその一大名所といえるでしょう。その昔学級委員だったとか、生徒会をやっていたとか、体育会の主将だったとか、静かに自慢する人がいますが、このような人たちはたしかに調整能力には優れています。しかし困ったことに、これをマネジメントやリーダーシップの能力と勘違いしているものですから、せこい権力をくれてやるとすぐ官僚主義に走ったり、ビジネスをやらせても学園祭のクレープ屋程度のセンスしかなかったりと、まったく口ほどにありません。


 大前はこの本の中で、「プロフェッショナル」と「スペシャリスト」は似て非なるものだとくり返し強調する。そして、両者を分かつ最大の差は、状況の変化に適応する能力の有無だと言う。たんに専門的なスキルや知識をもっているだけでは「スペシャリスト」にすぎないのだと……。

 プロフェッショナルは状況が変わっても、変わらぬ力を発揮します。野球でいえばイチローと松井秀喜がプロフェッショナルというにふさわしいでしょう。アメリカというまったく異なる環境でトップ・アスリートの地位を確立しているのです。これは日本のスキルを持ち込んだのではなく、アメリカに適応した新たなスキルを身につけたからだと思われます。一方、多くの「日本のヒーロー」が大リーグで討ち死にしているのは、彼らが日本のベースボールのスペシャリストにすぎなかったことを物語っています。


 なるほどなるほど。私も、物書きとしての「プロフェッショナル」でありたいものだと思う。
 大前の本は、我々フリーランサーにとっても示唆に富んでいる。
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清水國明さんを取材

森のチカラ、生きるチカラ―清水国明の“自然暮らし”を楽しむ 森のチカラ、生きるチカラ―清水国明の“自然暮らし”を楽しむ
清水 国明 (2005/05)
日東書院


 今日は、タレントの清水國明さんを取材。河口湖畔にある、清水さんが経営する「ワークショップ・リゾート」「森と湖の楽園」にて。
 清水さんは現在、河口湖に生活拠点を置いて、趣味と実益を兼ねたアウトドアライフを日々満喫。テレビ等の仕事があるときだけ東京に出てくるという暮らしを送っておられる。

 取材場所に向かう車の中で、カメラマンと2人、「いいなあ、そういう暮らしがしたいなあ」という話で盛り上がる。

 通勤の必要がない我々フリーランサーは、その気になれば田舎暮らしができないことはない。私の場合、困るのは取材と打ち合わせのときくらいだ(試写会に行きづらくなるとか、細かく見ればいろいろ不便はあるが)。情報・資料収集はネットとアマゾンがあればなんとかなる。取材も打ち合わせも毎日あるわけではないから、田舎に引っ込んで、週一くらいで上京する形をとってもよい。

 じっさい、私のライター仲間にも、関東や静岡などの田舎に生活拠点を置き、たまに上京する形で仕事をつづけている人が何人かいる。
 売れっ子作家なら、沖縄に住もうが海外に住もうが、用があるときには編集者のほうからやってきてくれる。だが、しがないライターはそうはいかない。「週一くらいで上京できる範囲内」でないといけないのである。

 私もマジで田舎暮らしを考えようかな。
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生井英考『空の帝国 アメリカの20世紀』



 生井英考著『空の帝国 アメリカの20世紀』(講談社/2415円)読了。さきごろ刊行が始まった『興亡の世界史』シリーズの第1回配本。書名のとおり、米国の20世紀の概説書である。

 米国の20世紀を概観するための切り口は100通りくらいあるだろうが、本書の切り口は、飛行機の歴史と米国の歴史を重ね合わせるというもの。ライト兄弟とリンドバーグに象徴される航空史の黎明から、飛行機によって米国の心臓部が狙われた9・11テロに至るまで、飛行機という串で刺し貫かれた形で米国史が語られるのだ。

 この切り口が面白いし、そもそも、生井英考(いくい・えいこう)を著者にしたのもユニークな人選である。
 生井は共立女子大教授で、写真を中心とした映像文化史、とくにアメリカ文化史が専門。つまり、プロパーの歴史学者ではないのだが、だからこそ、ほかの歴史概説書には見られない独創的な内容になっている(ただし、オーソドックスな概史を望む者には期待外れの内容だろう。アマゾンのカスタマー・レビューなど、見事に酷評揃いである)。

 生井といえば、私の世代には、いまはなき名誌『シティロード』で映画評などをよく書いていた人というイメージがある。大学教授におさまっていたとは知らなかった。
 歴史マニアには受けが悪くても、映画などの好きな人には面白いという、風変わりな歴史概説書である。

 『シティロード』で思い出した。
 文部科学官僚としていわゆる「ゆとり教育」の旗振り役をやった寺脇研(すでに退官)は、かつて『シティロード』にピンク映画評を連載していた。「ええッ! あの寺脇が、こともあろうに教育行政の舵取りを?」と、あまりの落差にビックリしたものだ(ピンク映画を蔑視する気持ちはさらさらない。「柄じゃないだろ」ってことである。為念)。
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宮崎哲弥『新書365冊』



 宮崎哲弥著『新書365冊』(朝日新書/800円)読了。
 宮崎が『諸君!』に連載していた新書評を、ジャンル別にまとめ直したもの。ブックガイドとして有益であるのみならず、通読すれば、全体が「教養の現在」を照射する優れた評論にもなっている。

 詰め込まれた情報量が圧倒的で、並の新書10冊分くらいの情報価値がある。宮崎の幅広い教養にも脱帽。
 内容は、意外にも正統的な書評集になっている。読者の目を引こうとわざと極論・暴論をくり出すようなあざとさは微塵もないのだ。「書評のお手本」にもなる本である(※)。

 ただ、難解で古めかしい熟語を多用する悪癖は相変わらず。「省思」「肯綮」「窺知」「制縛」「截然」「防遏」(全部読めますか?)などという言葉は、それぞれもっとわかりやすい言葉に置き換えればよいのに……。
 師匠筋の呉智英と宮崎は甲乙つけがたい名文家だと思うが、宮崎には呉に比べ、わかりやすさへの配慮がいま一つ不足している。

 ※ついでのことに、私が「書評のお手本」としてきたほかの本を挙げておこう。池澤夏樹の『読書癖』全4巻ほかの書評集、弓立社から刊行されていた書評アンソロジー『ブックレビュー』1~3、故・向井敏の『傑作の条件』などの書評集、といったところだ。
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『カラスヤサトシ』

カラスヤサトシ カラスヤサトシ
カラスヤ サトシ (2006/08/23)
講談社

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 カラスヤサトシ著『カラスヤサトシ』(講談社/562円)を読んだ。
 月刊『アフタヌーン』の読者ページにひっそりと連載されている4コマ・マンガの、過去3年分を収録した一冊。

 いやー、面白い! もう最高である。
 内容はいずれも、作者カラスヤサトシの幼年期から現在までの実体験に基づいたもの。カラスヤとその友人・知人たちの奇行・愚行、ヘタレぶりと微妙なズレまくりぶりが笑いを誘う。

 過去の4コマ・マンガの系譜からは少し外れた感じで、むしろお笑い系ウェブサイトの面白さに近い。最も近いのは、ヘタレを芸にまで高めた「プチ日記」だ。「プチ日記」の内容を4コマ・マンガで表現したら、ちょうどこんな感じになるのではないか。「プチ日記」が好きな人ならこのマンガにも絶対ハマるはず。

 あと、穂村弘のエッセイにもちょっと近いかな。カラスヤサトシも穂村同様「世界音痴」族だという気がする。

 ギャグ・マンガの面白さを言葉で伝えても詮ないことだが、4コマのネームをそのまま引用してみよう。
 

 子供のころから新しいものが嫌いであった。なんだか悲しくなってしまうのである。
 小学校にあがる時、両親がせっかく買ってくれたピカピカのランドセルが悲しくて、じっと見てるとどうしようもなく悲しくなって、めちゃくちゃに踏んでボロボロにしたことがある。
 「なにすんねやサトシ! せっかく買うたったのに…!!」
 あの時の両親の心情を思うと今さらながら胸が痛む。
 私はおそらく「嬉しい」と「悲しい」の区別がついていなかったのだ。
 あの時私はもうどうしようもなく嬉しかったのだと、今ならわかる。


 うーん、やっぱり言葉だけでは面白さが伝わらないかな。「『嬉しい』と『悲しい』の区別がついていなかった」というあたりで、私は爆笑してしまったのだけれど……。
 もう一つ引用。
 

 私はあほやったので、中学くらいまで、ずっと見張っていれば食べものは腐らないと思っていた。
 だから夏場、あまりに暑い日には休み時間になると、こまめに弁当を開けて見ていた。


 ともあれ、笑いの密度とクオリティはすこぶる高い一冊。コミックスのカバー裏にまで新作4コマをびっしり描き下ろす、貧乏性なまでのサービス精神にも好感。オススメである。
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藤原正彦『国家の品格』

国家の品格 国家の品格
藤原 正彦 (2005/11)
新潮社

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 仕事上の必要があって(原稿に引用したい箇所があった)、藤原正彦著『国家の品格』(新潮新書/680円)を読む。言わずと知れた、昨年を代表するベストセラーである。「220万部突破!」だそうだ。

 著者が行った講演をベースに作られた本だという。それだけに読みやすく、わかりやすい。見開きに一つくらいの割合で古今の印象的な逸話などが盛り込まれているし、「講演ではここで聴衆が笑ったのだろうな」と思わせる軽いジョークもちりばめられている。サービス満点だ。

 私は何年か前に著者の藤原氏を取材したことがあるが、そのときにうかがった話のいくつかも本書に登場する。つまり、講演やインタビューでくり返し語ってきた長年の持論のエッセンスをまとめたものなのだろう。

 帯には「画期的日本論!」とあるが、本書は論というよりむしろ語り下ろしエッセイに近い内容であり、それ以上のものではない。著者の主張には、かなり牽強付会な“三段跳び論法”も散見される。

 鷲田小彌太や太田昌国が、本書に対する批判を書いていた。

 → 鷲田小彌太のコラム
 → 太田昌国の書評

 いずれももっともな批判だが、エッセイに近い内容の本に対して、論文のような厳密性を求めても詮ない気がする。エッセイと割り切って読めば、かなりよくできた、楽しめる本である。
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諸星大二郎『スノウホワイト』

スノウホワイト グリムのような物語 スノウホワイト グリムのような物語
諸星 大二郎 (2006/11/30)
東京創元社


 諸星大二郎の『スノウホワイト/グリムのような物語』(東京創元社/952円)を読んだ。

 『トゥルーデおばさん』(朝日ソノラマ/800円)の続編。グリム童話を諸星流にアレンジしたブラック・メルヘン短編集である。版元が変わっているのは、発表誌が違うため。こちらは、『ミステリーズ!』という東京創元社の雑誌に発表された分をまとめたものだ。

 グリム童話をアレンジした短編マンガ集といえば、少し前に読んだ戸田誠二の『唄う骨』もそうだったが、やはり諸星のほうが一段も二段も上だ。イマジネーションの飛翔力が違う(ただし、私は戸田の現代ものはすごく好きである)。

 「いつか見た悪夢」のようにグロテスクなのに、なつかしくてワクワクする世界。「白雪姫」をホラーにアレンジした表題作、SFにアレンジされた「ラプンツェル」など、再読三読に堪える深みをもった傑作も少なくない。
 
 諸星作品について語るとき、意外に見すごされがちなのが、絵柄の魅力と「笑い」の要素である。諸星の絵は、「うまい」とは言えないかもしれないが、ほかの誰にも出せない味がある。また、諸星の笑いのセンスはけっこう鋭い。
 「グリムのような物語」は、諸星の絵の魅力と笑いのセンスが、ほかのどの作品にも増して発揮されているシリーズだと思う。

 たとえば、この『スノウホワイト』所収の作品のうちでは、「めんどりはなぜ死んだか」「藁と炭とそら豆」は完全なスラップスティック・コメディで、大いに笑える。それでいて、笑ったあとには一抹の寂寥感と不条理テイストが胸に残る。その奇妙な味わいがたまらないのである。

 絵柄の魅力については、各編の主人公をコラージュした表紙絵を見てもらえば一目瞭然だろう。不気味なのにカワイイ、怖いのに滑稽なキャラクターが満載なのだ。
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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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