岸田秀『古希の雑考』

古希の雑考―唯幻論で読み解く政治・社会・性 古希の雑考―唯幻論で読み解く政治・社会・性
岸田 秀 (2007/01/10)
文藝春秋

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 昨夜は、かかわっている雑誌の花見に参加。後楽園駅そばの公園(名前失念)にて。
 花見は久しぶりだし、そもそも飲酒が久々なので楽しかったのだが、いかんせん夜風が寒かった。震えながら花見(笑)。飲んでいるうちに気にならなくなったけど。 
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 岸田秀著『古希の雑考』(文春文庫/720円)読了。
 敬愛する作家・宮内勝典さんが解説を寄せておられるので、それが読みたくて購入。

 岸田秀の本を読むのは久しぶりである。
 ご多分に漏れず、私も青春時代には岸田の『ものぐさ精神分析』に衝撃を受けたものだ。1980年代に起きた事件の数々を「嫉妬」という切り口で読み解いた『嫉妬の時代』などは、いま読み返してみても面白い。

 だが、本人も認めているとおり、岸田の著作の多くは最初の『ものぐさ精神分析』の焼き直しだから、途中で飽きてしまって読まなくなった。

 本書もしかり。いつもの岸田流「唯幻論」(「人間は本能のこわれた動物であり、本能のかわりに自我という不安定なもので心を支えている」「すべては幻想である」など)を、最近の出来事にあてはめて語っているだけである。

 まあ、それでもそこそこ愉しめる。
 たとえば「日本文化としての痴漢」なんてエッセイがあって、この中で岸田は、「電車の中での痴漢はどうやら日本にしかないらしい。それはなぜか?」(趣意)ということを考察している。こういう突拍子もない視点から日本文化を語ってみせるあたり、岸田の真骨頂だろう。

(もっとも、電車内での痴漢がかりに日本にしかないとすれば、それは満員電車が日本にしかないからにすぎないのではないかと、私は思うけれど……)。

 ただ、文章は劣悪。もともとクセのある文章を書く人だったが、さらに書き殴ったような悪文になっている。
 たとえば、1ページの文章の間に一度も句点(。)を使わず、ダラダラと読点(、)でつないでいく判決文並みの悪文が平気で出てくる。
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都知事選について

 昨日取材した童門冬二さんは、作家デビュー以前は都庁の職員をなさっていた方である。しかも、都広報室長、企画調整局長、政策室長などの要職を歴任し、美濃部都政を支えた一人なのだ。

 で、遅ればせながら都知事選に私の意識が向いた。
「4年前の都知事選で誰に入れたんだっけ?」と思い、過去日記を検索してみたところ、ちゃんと書きとめてあった。ウェブ上に生活記録をつけておくと、こういう点が便利である。

 以下は、2003年4月13日の日記からのコピペ。
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 今日は都知事選の投票日。私は、消去法で選んで樋口恵子さんに入れようと思う。樋口さんが当選する確率はNASAの安全基準以下であろうが。

 石原慎太郎にだけは投票すまい、と早くから決めていた。危険な国家主義者であるとかレイシストであるということ以前に、私はこの人に対して「私怨」に近い感情をもっているのだ。

 というのも、石原の主導によって都立図書館の再編計画というものが進められていて、そのせいで私が愛用している都立多摩図書館の蔵書が大幅に減らされてしまったからだ。

 再編計画とはどういうものかというと、図書費用の削減のため、従来の「中央図書館と多摩図書館による地域分担」をやめ、一般資料は中央図書館に「一元化」し、今後、同じ本は都立全体で1冊しか収集・保存しないようにする、というもの。しかも、現有書庫の拡張はせず、あふれる蔵書は即除籍。多摩図書館の役割は、児童・青少年資料と文学、多摩地域の行政資料に「限定」されてしまった。

 その結果、多摩図書館の蔵書は激減。平成11年末の時点で約67万冊だった一般図書は、昨年末時点では43万8千冊にまで減ってしまった。しかも、開架図書のかなりの部分が児童書で占められるようになってしまい、私のような「多摩に住む大人」にとっての利用価値は半減した。

 要するに、「多摩の田舎者どもは、本が読みたかったら広尾の中央図書館まで来やがれ」と、石原都知事は言っているわけですね。

 都の財政が苦しいことは承知しているが、図書館費用はたいせつな「文化のコスト」であって、削減するとしても最後の最後にすべき領域であるはず。
 石原は自分が小説家のくせに(しかも芥川賞の選考委員をつとめるほどの「一流作家」のくせに)、「文化のコスト」から先に切り捨てにかかったのである。

 「文化をたいせつにしない小説家」なんて、「地球に優しい産廃業者」みたいなブラックユーモアではないか。

 そんなわけで、私は石原には投票しない(今後もずっと)。でも、十中八、九、石原再選だろうなあ。
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童門冬二さんを取材

新釈 三国志〈下〉 新釈 三国志〈下〉
童門 冬二(1996/01)
日本経済新聞社

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 今日は、歴史作家の童門冬二さんを取材。都内某所にある童門さんの仕事場にて。
 最近つづいている『三国志』がらみの取材なので、童門さんの『新釈三国志』(上下)を読んで臨む。

 取材しながら、童門さんの該博な歴史知識に圧倒される。
 いや、ベテラン歴史作家であるから歴史にくわしいのは当然なのだが、想像していた以上の博識だったのだ。「打てば響く」という感じで、何を質問しても間髪入れずに的確な答えが返ってくる。しかも、なんの資料も見ずに話しているのに、人名などの固有名詞が少しの淀みもなくスラスラ出てくる。すごいものである。

 たんに知識が豊富であるだけではない。確固たる歴史観のフィルターを通して、それらの知識がちゃんと“血肉化”されている印象を受けた。つまり、「その歴史事象をどうとらえるか」という独自の意見が、あらゆる出来事に対して用意されている感じなのだ。

 小うるさいマニアも多い歴史小説の世界では、これくらい抜きん出た素養がないと、一流の作家にはなれないのだなあ。  
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本谷有希子『生きてるだけで、愛』

生きてるだけで、愛 生きてるだけで、愛
本谷 有希子 (2006/07/28)
新潮社

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 本谷有希子著『生きてるだけで、愛』(新潮社/1300円)読了。
 芥川賞候補にのぼった表題作と、書き下ろしの短編「あの明け方の」を併録した第4作品集。

 表題作は、なかなか。先日読んだデビュー作「江利子と絶対」の稚拙さと比べると、わずかな間に格段の進歩が見られる。

 主人公は鬱病の若い女性・寧子(やすこ)。彼女と雑誌編集者の奇妙な同棲生活が描かれる。「江利子と絶対」にも萌芽が見えたどす黒い自虐の笑いが、さらに鮮やかに開花している。山田花子(吉本のではないほう)のマンガや『自殺直前日記』を彷彿とさせるところもある。
 

 自分という女は、妥協におっぱいがついて歩いているようなところがあって、津奈木と付き合ったのも当然のように妥協だった。


 ……などという、笑いを誘う独創的な表現が随所に見られる。

 いわゆる「メンヘラー」の生きにくさと世界からの疎外感を、ここまでリアルに、しかも笑いにくるんで描き出せるというのは、一つのたしかな才能である。

 村上龍とかが引きこもりを主人公にした小説を書いても、「引きこもりを高みから観察してみました」感が拭えない。対照的に、本谷有希子はメンヘラー側に身を置いて書いているという印象を受ける(彼女自身がメンヘラーだという意味ではない)。

 ただし、併録作「あの明け方の」は、ページ数稼ぎみたいなどうでもいい駄作だった。
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鈴木祥子『鈴木祥子』


鈴木祥子鈴木祥子
(2006/01/25)
鈴木祥子

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 鈴木祥子のアルバム『鈴木祥子』(ワンダーグラウンド・ミュージック/3000円)を購入。昨年の1月に発売された、5年ぶりのオリジナル・フルアルバム。名前がそのまま冠されたタイトルには、「ここをスタートラインとして、再出発」の意志が示されているのだろうか。

収録曲目
1. 愛の名前
2. Love is a sweet harmony
3. 何がしたいの?
4. PASSION
5. 契約 (スペルバインド)
6. ラジオのように
7. Frederick
8. 忘却
9. LOVE/IDENTIFIED
10. BLONDE
11. 道



 私は鈴木祥子の熱心なリスナーではない。そもそも、矢野顕子が『ピアノ・ナイトリィ』で鈴木の「夏のまぼろし」をカヴァーするまで、彼女の曲を聴いたことすらなかった。

 しかし、前作にあたる『Love, painful love』(2000)はたいへん気に入って、それから過去のアルバムもさかのぼって聴いた。

 こんなことを書いたらファンおよび本人は気を悪くするかもしれないが、鈴木祥子は離婚を経験してからの作品のほうがよい。キャリア前半のアルバムとは深みがまったく違うと思う。

 昔、五木寛之の小説に、「アーティストには幸福をエネルギーにして創作するタイプと、不幸をエネルギーにして創作するタイプがいる」というような一節があったが、鈴木祥子は後者なのかもしれない。

 果たして、このアルバムもすごくよかった。
 鈴木祥子の曲について、「暗い、重い」ということがよく言われるが、この『鈴木祥子』はたぶんこれまでのアルバムで最もヘビー。心配になってしまうほどヘビー。しかし、ヘビーだからこそ、「心の奥まで響く、魂の唄」(帯の惹句)の数々。

 もっとも、その暗さ・重さには演歌的な湿り気は皆無だ。暗くて重いけど、乾いていておしゃれ。
 また、「弱々しい暗さ」でもない。背後に凛とした意志を感じさせる「力強い暗さ」である。たとえば、最後の曲「道」は、「ここからは、もうだいじょうぶ、ひとりで行くよ」という意思表明の歌だ。 

 生ピアノを核にした、シンプルで骨太な音。昔のジョニ・ミッチェルやウェンディ・ウォルドマンなど、1970年代米国のシンガー・ソングライターの作品群を彷彿とさせる。

 中盤の3曲(M6~8)はカーネーションの面々とのセッションになっていて、ここが非常に素晴らしい。とくに、パティ・スミスの「Frederick(フレデリック)」のカヴァーに背筋がゾクゾク。

 原曲は、私が「ラブソング・ベスト10」を選ぶとすればまちがいなく上位に入るくらい好きな曲だ。パティ・スミスの曲の中では、大ヒットした「ビコーズ・ザ・ナイト」よりもずっと好き。シンプルで気高く、美しいラブソング。鈴木祥子のカヴァーはわりとそっけないアレンジだが、それでもヴォーカルがじつによい。

 そういえば、前作に入っていた岡村靖幸の「イケナイコトカイ」のカヴァーも素晴らしかった。鈴木祥子にはいつか全曲カヴァーのアルバムを出してほしい。
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チチ松村さんを取材

半音生活 半音生活
チチ松村 (2007/04/04)
ヒップランドミュージックコーポレーション

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 今日は、大阪で「ゴンチチ」のチチ松村さんを取材。市内某所のご自宅にお邪魔した。早朝に出発して夕方にはトンボ帰りの強行軍。

 松村さんとゴンザレス三上さんは、来月、14年ぶりのソロアルバムを同時発売する。そのプロモーションも兼ねての取材なのだが、取材のメインテーマは「クラゲ」。松村さんは日本有数の「クラゲ愛好家」として知られているのだ。

 お邪魔したマンションは、もとはご家族でお住まいだったそうだが、いまは松村さんの「趣味の城」となっている(うらやましい)。
 松村さんの趣味は、クラゲとイカと桃に関するコレクション(!)。ありとあらゆる珍しいクラゲ・グッズで埋め尽くされた「クラゲの部屋」、桃グッズがあふれる「桃の部屋」などを見せていただく。

 さすが関西人といおうか、一つひとつのコレクションについて説明する松村さんの語りがいちいち面白くて、笑いっぱなしの楽しい取材であった。

 ゴンチチそれぞれのソロアルバムのサンプル盤をいただいたので、帰宅してまずは一聴。
 ゴンチチは周知のとおりアコースティック・ギター・デュオだが、チチ松村さんの『半音生活』は、全編ヴォーカル入り。しかも、うち2曲は、私のお気に入りアン・サリーがゲスト・ヴォーカルとして参加してデュエットしている。
 デュエット曲の一つ「眉毛を描かれた犬」は、優しい脱力感がなんとも心地よい。なにしろ、歌い出しのフレーズが、

眉毛を描かれた犬のように/なんとも哀れな恋だった


 なのである。この言語センスはじつに松村さんらしい。
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佐々木毅『政治学は何を考えてきたか』

政治学は何を考えてきたか 政治学は何を考えてきたか
佐々木 毅 (2006/12)
筑摩書房

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 佐々木毅著『政治学は何を考えてきたか』(筑摩書房/2940円)読了。

 この著者(前東大総長/学習院大教授)の本は、以前『よみがえる古代思想』というのを読んだことがある。これは一般市民向けの公開講座をベースにした本だったので、語り口はすこぶる平明であった。
 だが、本書は一転してゴリゴリの学術論文集なので、かなり難解。読み通すのがしんどかった。 
  
 日本を代表する政治学者である著者は、もともとは政治思想史家として名高く、マキアヴェッリやプラトンなどの古典政治思想についての優れた研究をものしてきた。その一方で、近年は現在進行形の日本政治や国際政治についての論評・分析も盛んに行っている。

 本書は、そうした著者の来歴をそのまま反映した論文集である。「思想研究と政治分析が相並びつつ一冊の本を構成する」内容であり、古代から現代までの政治思想に広く通暁した学者らしい著作なのだ。

 ただし、本書で直接俎上に載るのは、20世紀から21世紀初頭に至る政治。近代以前の政治思想はその分析の土台として用いられている。政治思想史の中に位置づけたとき、20世紀とはいかなる特徴をもった時代であったのか――それが、さまざまな角度から論じられているのである。

 数年前には各分野に登場した類書と本書が異なるのは、具体的な事件ではなく、政治思想の流れそのものを指標に20世紀を総括している点である。思想動向という目に見えないものを扱いながら、それをあたかも立体的な構築物であるかのように腑分けしてみせる手際の鮮やかさは、この著者ならではだ。

 政治思想の流れを読者にも可視化するよすがとなるのが、各時期の政治学を代表する著作・論文である。ハンナ・アレント、フランシス・フクヤマ、サミュエル・ハンチントン、カレル・ヴァン・ウォルフレン、ネグリ=ハート等々の著作が、自在に引用・分析されていく。書名が『政治学は何を考えてきたか』であるのは、そうした構成ゆえだ。

 著者は、20世紀という時代の相貌を、「20世紀型体制」の確立と解体の過程を主軸に描き出している。

 「20世紀型体制」とは、「国家と民主政治が二人三脚を組み、互いに補強しあう関係」を結んだ体制をいう。その体制下では政治と経済が密着し、「利益政治の膨張と政治参加の利権化」が常態化した。我が国の「55年体制」も、「20世紀型体制」の一典型であった。

 だが、冷戦の終焉とグローバル化の進展によって国家の力が相対的に衰えると、「20世紀型体制」は解体へと向かった。かわりに膨張してきたのが「市場」の力であり、それは「新自由主義」の台頭を招いた。

 著者はそうした一連の流れをていねいに跡づけているが、たんなる過去の分析には終わっていない。これは、20世紀政治思想史の総括を通じて“政治の現在位置を示す座標軸”を提供し、未来を見通そうとする書でもあるのだ。
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三浦雄一郎さんを取材

人生はいつも「今から」 人生はいつも「今から」
三浦 雄一郎 (2006/04)
ロングセラーズ

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 今日は、都内某所でプロスキーヤーの三浦雄一郎さんを取材。

 70歳でエベレストに登頂(最高齢登頂の世界記録)するなど、いくつになっても挑戦しつづける姿勢をつらぬき、世の中高年男性に希望を与えている三浦さん。世界的名士であるにもかかわらず、謙虚で気さくで、取材するこちら側にも細やかな気配りをされる素晴らしい方であった。

 私の過去20年の取材経験をふまえて思うに、一流の人物というものは総じて謙虚で温厚で、気配りが細やかだ。エラソーにふんぞり返って取材を受けるような人は、おおむね1.5流から2流どまりなのである。
 ……と、そんなことを言う私は、吹けば飛ぶような3流ライターですけどね。

 取材準備として、三浦さんの近著『人生はいつも「今から」』(KKロングセラーズ)、『三浦雄一郎の元気力』(小学館)、『高く遠い夢/70歳 エベレスト登頂記』(双葉社)の3冊を読んでいった。

 3冊とも自伝的な内容なので重複しているエピソードも多いが、それぞれ語り口を変えており、併読しても楽しめる。読むと元気になる内容だ。 
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『ツォツィ』

「ツォツィ」オリジナル・サウンドトラック 「ツォツィ」オリジナル・サウンドトラック
サントラ (2007/04/11)
ビクターエンタテインメント


 昨日は、京橋のメディアボックス試写室で『ツォツィ』の試写を観た。4月14日公開の南アフリカ映画(英国と合作)。アフリカ映画として史上初めて「アカデミー外国語映画賞」(2006年)に輝いた作品。

 「ツォツイ」とは南アフリカのスラングで、「不良」「ギャングスタ」の意。
 舞台は南アフリカの首都ヨハネスブルク。アパルトヘイト廃止から10年を経てもなお、黒人と白人との間に絶望的な経済格差があるなか、スラム街に生まれ育ち、あらゆる犯罪に手を染める黒人少年ギャングたちの姿が描かれる。

 主人公は、たった4人の小さなギャング・グループを率いる19歳の「ツォツィ」。本名は誰にも明かさず、ただ「ツォツイ」とだけ呼ばれているのだ。

 ツォツイはある日、南アにも少しずつ増えてきた裕福な黒人層を標的にする。BMWから降りた黒人女性に拳銃を突きつけ、車を奪うのだ。だが、車の後部座席には生後数ヶ月の赤ん坊がいた。仕方なく、赤ん坊を自分の住むバラックに連れ帰るツォツィ。

 この赤ん坊が、冷酷非情に悪事を重ねてきたツォツィの心に、大きな波紋を投げかけていく。心の鎧の奥底に隠されたなけなしの「人間らしさ」を、呼び覚ます触媒となるのだ。

 この展開を、「クサイ」と思う向きもあろう。だが、私はそうは思わなかった。

 私は以前、東京家庭裁判所が行っている非行少年の更生プログラムを取材したことがある。それは、非行少年・少女を家裁から老人ホームや乳児院(女子の場合)にボランティアに行かせるというプログラムだ。
 プログラムに参加した少年少女の多くが、見違えるように心の落ち着きを取り戻すという。老人ホームでお年寄りに心から感謝されること、乳児院で赤ん坊の世話をすること――それは彼らにとって、生まれて初めて味わう、心を揺さぶる感動体験なのである。

 この映画を観て、そんなことを思い出した。これはフィクションではあるが、野獣のような少年が赤ん坊の世話を通じて人間らしさを取り戻すことは、十分にあり得るのだ。

 近所に住む赤ん坊を抱いた若い女性に拳銃を突きつけ、家に押し入って“自分の赤ん坊”に乳をやれと脅すツォツィ。彼は、暴力を通じてしか人とコミュニケーションできないのだ。

 だが、その女性・ミリアムが乳をやる姿を見るうち、ツォツィの胸に、忘れかけていた母親の記憶が蘇る……よいシーンである。ミリアムを演じるテリー・ペートは、さながら「褐色の聖母」だ。スラム街に暮らしながらも気高く美しい。

 『罪と罰』のラスコーリニコフがソーニャとの出会いによって魂を救われたように、ツォツィは赤ん坊とミリアムとの出会いを契機に少しずつ人間らしさを取り戻していく。
 スラム街の過酷な現実を容赦なく描きながらも、その中に一条の希望を見出すまでを描く感動作。“南ア版『シティ・オブ・ゴッド』”という趣もあるが、こちらのほうがずっと「救い」がある。
 
 演出も洗練されており、ハリウッド産の映画と比べてもまったく遜色ない。「クワイト」と呼ばれる南ア風ヒップホップが使われた音楽も素晴らしい。
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『リンガー! 替え玉★選手権』

 『リンガー! 替え玉★選手権』を観た。4月公開のアメリカ映画である。

 公式サイト→ http://movies.foxjapan.com/ringer/

 知的発達障害者のオリンピック「スペシャル・オリンピックス」を題材にした映画。しかも、なんとコメディである。日本では絶対に通らない企画だろう。

 健常者の主人公が、金儲けのために知的発達障害者を装ってスペシャル・オリンピックスに出場し、金メダルを狙うというストーリー。主人公が障害者を演じる様子などが、観客の笑いを誘う。
 かなり「きわどい笑い」ではあるが、作り手が障害者を見つめる視線は終始あたたかい。映画を観終わったときには、スペシャル・オリンピックスと知的発達障害者が、ずっと身近に感じられることだろう。

 一歩間違えば障害者蔑視になりかねない題材を扱いながら、ハート・ウォーミングでよくできたコメディに仕上げた「技」に脱帽。ハリウッドの脚本家の底力を感じる。

 主演のジョニー・ノックスヴィルは、風貌も芸風もジム・キャリーによく似ている。なかなかの芸達者。
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和田秀樹さんを取材

人は「感情」から老化する―前頭葉の若さを保つ習慣術 人は「感情」から老化する―前頭葉の若さを保つ習慣術
和田 秀樹 (2006/10)
祥伝社

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 今日は、都内某所で精神科医の和田秀樹さんを取材。テーマは「心の若さを保つ秘訣」について。

 ものすごい数の著作(300冊以上!)を出されている方だから、著作をすべて読んで取材に臨むのは無理。テーマに沿った近著、『人は「感情」から老化する――前頭葉の若さを保つ習慣術』(祥伝社新書)と『「現役年齢」をのばす技術』(PHP新書)を読んで臨む。

 後者は定年間近な「団塊の世代」を対象にした本なので、私にはあまり身近に感じられなかった。

 逆に、前者は「思い当たるふし」ありまくり。「感情の老化は40代から始まる」と和田氏は指摘するのだが、たしかに私も、20代のころに比べていろんなことへの意欲・好奇心が薄れてきている。

 たとえば、音楽への興味である。20代のころには音楽雑誌数誌をくまなく読み、ヒットチャートもチェックし、音楽界の新しい動向にぬかりなく目配りしていた。
 それが最近は、そんなことはどうでもよくなり、昔から聴いていた音楽をもっぱら聴いている。
 「40代ならそれも当然では?」と思う向きもあろうが、これはまぎれもない「感情の老化」のサインなのである。

 老化というと、とかく記憶力や体力の衰えばかりが問題にされがちだ。だが和田氏によれば、知力・体力の老化よりも先に、「感情の老化」がまず始まるのだという。
 そして、「感情の老化」は本人には実感しにくいからこそ見すごされがちであり、深刻になると知力・体力の老化も加速していくのだ、と。

 年齢よりも若々しい人は、「感情の老化」が進んでおらず、意欲や好奇心が旺盛に保たれている人なのだと、和田氏は言う。「そういえば」と思い浮かんだのは、先日取材した田原総一朗氏のことである。
 田原さんは72歳なのだが、私はてっきり還暦前だと思い込んでいた。
「僕は好奇心のかたまり。いまでも一日に平均4人くらいは新しい人と会う。人と会って話を聞くことが楽しくてたまらない」と田原さんは言われた。そうした「感情の若さ」こそが、若々しさの源なのだろう。

 ううむ。私も「感情の老化」対策を講じなければ、とマジで思った。
 和田氏によれば、「自分の好きなこと、時間を忘れて夢中になれること」をもつことこそ、感情の老化防止の要諦だという。
 いわゆる「ちょい悪オヤジ」や、韓流スターの追っかけをやっている中年主婦などを我々はバカにしがちだが、ああしたことも、「感情の老化防止」には大いに役立っているのだ。
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木根尚登『道』

道
木根尚登 (2007/04/04)
アール・アンド・シー

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 木根尚登のニュー・アルバム『道』(アール・アンド・シー/3060円)を、送ってもらったサンプル盤で聴く。4月4日発売。

 TMN時代には小室哲哉と宇都宮隆という派手な2人の間に挟まれ、目立たなかった木根。だが、彼が作る繊細なメロディのバラードは「木根バラ」と呼ばれ、当時からファンが多かったものだ。

 今回のアルバムも、スロー~ミディアム・バラードが中心の構成。音のほうもアコギが核を成しており、しっとりと落ちついた味わい。TMNのファンより、むしろ昔ながらの「ニューミュージック」のファンにアピールしそうだ。
 唯一のカヴァー曲としてかぐや姫の「妹」を取り上げているのだが、これが意外なほどの素晴らしさ。アレンジもヴォーカルもよい。

 オリジナル曲の中では、木根流の反戦歌「Soldier Blue」が群を抜いて素晴らしい仕上がり。反戦歌がとかく陥りがちな“押しつけがましい感じ”が皆無で、キャッチーでポップなのだ。

 それにしても、『道』という大上段に構えたタイトルはすごい。
 三田誠広が、「小説家は、内容に自信があるときほどシンプルなタイトルをつけるものだ。たとえば『大地』などというタイトルは、よほど自信がないとつけられない」という旨のことを書いていた。木根尚登にとって、この新作はよほどの自信作なのだろう。
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本谷有希子『江利子と絶対』

江利子と絶対―本谷有希子文学大全集 江利子と絶対―本谷有希子文学大全集
本谷 有希子 (2003/10)
講談社

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 本谷有希子『江利子と絶対』(講談社/1600円)読了。

 この間試写で観た映画『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』がたいへん面白かったので、原作者・本谷有希子の小説が読んでみたくなった。で、まずは2003年刊の第一作品集を読んでみたしだい。刊行当時、本谷はまだ23歳の若さ。

 「本谷有希子文学大全集」という副題にまず度肝を抜かれる。「いちばん安くあげた自費出版」みたいなカバー・デザインといい、自費出版によくある“作家気取りの自己陶酔”をパロったシャレなのだろう。
 
 困ったことに、小説の中身も自費出版的な稚拙さに満ちているので、それがシャレになっていない。とくに、収録作のうち最も長い中編ホラー「暗狩(くらがり)」は、小説以前の出来。

 ただし、残りの2作は悪くない。とくに表題作「江利子と絶対」は、表現上の稚拙さはあっても、磨けば光る「原石の輝き」に満ちている(「絶対」とは、ヒロインのひきこもり少女が飼っている犬の名。このネーミング・センスからして只者ではない)。
 絶望的なひきこもりライフを描きながらも、どす黒い自虐の笑いがちりばめられ、読後感はいっそ爽快ですらある。
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矢作俊彦『ららら科學の子』

ららら科學の子 ららら科學の子
矢作 俊彦 (2006/10)
文藝春秋

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 矢作俊彦著『ららら科學の子』(文春文庫/700円)読了。

 元本は2003年刊。いまさらの読了だ。矢作は好きな作家だが、私が好きなのは「ハの字」(※)の矢作。『マンハッタン・オプ』や、『真夜中へもう一歩』などの二村永爾シリーズ、『暗闇にノーサイド』『ブロードウェイの戦車』の矢作である。

※ハードボイルドのこと。かつて「ニュー・ハードボイルドの旗手」との売り文句で颯爽とデビューした矢作だが、近年は「ハードボイルド」という言葉すら使うのを嫌がり、「ハの字の小説」と呼ぶのである。

 私は、「スズキさんのナントカ」という長編を途中で放り出して以来、昭和と1960年代にこだわった一連の矢作作品は敬遠しており、大傑作と評判の『あ・じゃ・ぱん』もいまだに読んでいない。

 だが本書は、ナイトキャップがわりになにげなく手にとって読んでみたら、すごく面白くて朝までかかって読み終えてしまった。これは傑作。

 学生時代、安保闘争の混乱の中で殺人未遂を犯し、中国の僻地へ「身をかわした」主人公が、30年ぶりに日本に戻ってくる。
 浦島太郎状態の彼の心には1968年までの日本がフリーズドライされており、変貌した日本の姿にいちいち戸惑う。その戸惑いぶりを描くことを通じて、“68年からの30年間で、日本の何が変わったのか?”が浮き彫りにされていく。つまり、一種のタイムスリップもの。

 説明を省き、わかる人にはわかる形で随所に提示される“時代のイコン”の数々が、すこぶる愉しい。
 たとえば、主人公が日本を去る直前に観た“加山雄三が殺し屋の役をやる映画”が物語のアクセントとして何度も登場するが、ついにタイトルは書かれずじまい。「ああ、『狙撃』のことね」と即座にわかってニヤニヤできる読者に向けて書かれているのだ。

 適度に「ハの字」の匂いがちりばめられている点も好ましい。たとえば、次のような一節――。

 彼は自分の人生が、前半分だろうと後ろ半分だろうと、ただのひとときも破壊されたことなどなかったと思った。たとえ、どんな経験をしようと、死の前に屈伏しない限り人生はあり続ける。プロ野球のバッターが十回の打席で七回死んでも三割打者と称賛されるように。


 これなど、「ハの字」の祖でもあるヘミングウェイの『老人と海』の名セリフ、「人間は負けるために造られたわけではないんだ。そりゃあ、殺されることはあるかもしれん。でも、負けはしないんだぞ」を彷彿とさせる。

 主人公が、生き別れた年の離れた妹のことをくり返し思うくだりが切ない。泣けそうなほど。あの矢作がこんなにセンチメンタルな心理描写をするとは……。矢作も年取ったなあ。でも、そのセンチメンタルな感じは悪くない。

■関連エントリ→ 矢作俊彦『ロング・グッドバイ』感想
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『イノセントワールド -天下無賊- 』

中国語で短編小説を読もう! ~天下無賊~ 中国語で短編小説を読もう! ~天下無賊~
趙 本夫 (2005/05/26)
語研

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 京橋の映画美学校第二試写室で、『イノセントワールド -天下無賊- 』の試写を観た。ゴールデンウィーク公開の中国映画。主演は香港映画のトップスター、アンディ・ラウ。

 公式サイト→ http://www.official.cine-tre.com/innocentworld

 中国映画らしからぬ、オシャレで遊び心に満ちたアクション・エンタテインメント。すごくよかった。

 英題は「A world without thieves」。なるほど、「泥棒のいない世界」だから邦題が「イノセントワールド」なわけだ。
 タイトルとは裏腹に、これは泥棒たちが「技」を競い合う映画である。

 アンディ・ラウ演ずるワン・ポーは、恋人ワン・リー(レネ・リウ)とコンビを組んで中国各地で荒稼ぎをしてきたプロの泥棒。
 だが、ワン・リーはこの稼業から足を洗いたいと考えていた。じつは彼女はワン・ポーの子を身ごもっており、我が子に罪障を背負わせたくなかったのだ。
 
 2人はチベットへ旅したおり、人を疑うことを知らない純朴無比の青年と知り合う。青年は出稼ぎで貯めた結婚資金の六万元をもって故郷に帰るところだった。2人と青年が乗った列車には、別のスリ・グループも乗り合わせていた。ワン・ポーとスリ・グループは、青年の六万元を狙う。ワン・リーは逆に、その六万元を守ってやろうと決意する。
 かくして、中国大陸を疾駆する長距離列車を舞台に、プロの泥棒たちのプライドを賭けた三つ巴の闘いが幕を開ける。

 さまざまなテクニックを駆使して、盗んでは盗み返し、騙し騙される悪党どもの攻防が、スタイリッシュなアクションの中に描かれる。映像も美しい。とくに、序盤の舞台となるチベットの壮大な風景は、息をのむ迫力。

 最後の最後まで次の展開が予想できない、スリルに満ちた一級の娯楽作である。
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『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ 腑抜けども、悲しみの愛を見せろ
本谷 有希子 (2005/07)
講談社

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 昨日は、京橋の映画美学校第一試写室で、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』の試写を観た。
 まだ20代の若さで自らの劇団を率いるとともに、小説の世界でも注目を集める本谷有希子。その代表作である同名戯曲・小説の映画化。初夏公開予定。

 公式サイト→ http://www.funuke.com/

 女優を目指すエキセントリックな長女・澄加(すみか)に振り回される家族の悲喜劇。一触即発の家族関係を、強烈なブラック・ユーモアの中に描く傑作だ。
 観客は澄加の行動を笑いながらも、彼女がいつしか“もう一人の自分”に思えて感情移入してしまう。「なにものにもなれない、あなたの物語」というキャッチコピーは、この映画の核を一言でとらえて秀逸だ。

 全編にどす黒い笑いがあふれているのに、その底には胸をつくような深い悲しみが流れつづけている――そんな作品。グロテスクなのに美しい。狂騒的なのに哀切。

 なにより、ヒロインを演ずる佐藤江梨子が素晴らしい。女優生命を賭けたようなブチキレ演技で観る者を圧倒する。「サトエリ、本気だな」という感じ。こんなにいい女優だったとは……いや、お見それしました。
 共演の永瀬正敏も永作博美も、サトエリの妹役のメガネっ娘美少女・佐津川愛美もみんな好演だが、サトエリがあまりにも素晴らしいためにかすんでしまっている。

 私のお気に入り・チャットモンチーが主題歌「世界が終わる夜に」を担当しているのだが、これがまた絶品。

わたしが神様だったら こんな世界は作らなかった

 というリフレインが映画の内容にハマリまくり。
 近年の邦画の中では、『ジョゼと虎と魚たち』の「ハイウェイ」(くるり)、『害虫』の「I don't know」(ナンバーガール)と並ぶ「3大名主題歌」に選びたい。
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『恋しくて』

恋しくて―映画原作小説 恋しくて―映画原作小説
中江 裕司 (2007/04)
新潮社

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 京橋のメディアボックス試写室で、『恋しくて』の試写を観た。4月14日公開の邦画である。

 公式サイト→ http://koishikute2007.jp/

 監督・脚本は、『ナビィの恋』『ホテル・ハイビスカス』の中江裕司。

 中江監督は沖縄に住み(出身は京都)、沖縄を舞台にした映画を撮りつづけてきた。本作もしかり。石垣島の高校生たちがバンドを組み、東京でデビューするまでを描く青春映画だ。

 ……という骨子で、このタイトル。石垣島出身の「BEGIN」と、彼らが生んだ名曲「恋しくて」を誰もが思い出すだろう。
 じつはこの映画は、BEGINのエッセイ「さとうきび畑の風に乗って」が原案なのだ。主人公たちが組むバンドは、BEGINならぬ「ビギニング」。「恋しくて」は、クライマックスで歌われる彼らのデビュー曲として登場する。

 ただし、BEGINの青春物語ではない。彼らのエッセイにインスパイアされて中江が創作した、架空のバンドの物語だ(BEGINの3人はエンディング・テーマを歌っており、映画にも登場する)。

 バンドが成長していくプロセスと、ヴォーカルの少年と幼なじみの少女の恋が並行して描かれる。
 ストーリーは、はっきりいってありきたり。それでも、ストーリー以前の“空気感”がたまらなく魅力的な映画である。
 沖縄の夏のムード、地域社会のあたたかいふれあい、主人公たちの肉体の躍動、ゆったりとした時間の流れ……それらがスクリーンを突き抜けて観る者に伝わってくる。「ウチナーグチ」(沖縄方言)のセリフのやりとりも耳に心地よい。

 つまり、この映画の魅力は沖縄の風土と分かちがたく結びついている。かりに、同じストーリーで舞台だけ沖縄以外に置き換えたなら、魅力は半減以下になるだろう。

 登場人物のうち、プロの俳優は『カナリア』の石田法嗣など3人のみ。ほかは、オーディションで選ばれた石垣島の高校生と、地域の名士たちだ。
 石垣島の風景と人々が織りなす、ハッピーで心温まる青春映画。
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capsule『Sugarless GiRL』


Sugarless GiRLSugarless GiRL
(2007/02/21)
capsule

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 今日は、故・横山光輝氏の「光プロダクション」へ取材で赴く。妹さんにあたる徳永俊子代表に、横山さんの思い出をうかがった。
 取材のあと、横山作品のお宝キャラクター・グッズなどがぎっしりとつまったお部屋を見せていただいたりして、楽しいひとときをすごす。

 帰宅後、capsuleのニュー・アルバム『Sugarless GiRL』(ヤマハ/2310円)がアマゾンから届いていたので、聴き倒す。

 capsuleは、中田ヤスタカとこしじまとしこのユニット。私は、2004年にCMソング「レトロメモリー」がスマッシュヒットしたときに彼らを知り、一時的にファンになったのだが、すぐに飽きてしばらく忘れていた。

 が、久々に聴いたこのニュー・アルバムは非常によい。従来の「オシャレでカワイイ」路線から微妙に方向転換し、「オシャレでカッコイイ」極彩色のエレクトロディスコ・サウンドになっている。「レトロメモリー」「idol fancy」のころに比べ、ビートは強靱になり、スピード感も格段に増した。男性ファンも一気に増えるのではないか。

 「Starry Sky」「Sugarless GiRL」「Spider」「Sound of Silence」「Secret Paradise」の5曲のカッコよさといったらない。とくに、タイトル・ナンバーは素晴らしい仕上がり。「未来世界のテクノ・サンバ」という趣で、クールでキュートでハッピーな絶品である。

 収録時間が約36分というのは、いまどきのアルバムとしては例外的に短くて、ちょっと物足りない。
 まあ、中田ヤスタカにとっては、CDに歌詞カードをあえてつけないこと(このアルバムも歌詞カードなし)と同様、この短さもまた自らの美学のあらわれなのだろう。収録可能時間ギリギリまで曲を詰め込むような態度は、きっと、彼にとっては「カッコ悪いこと」なのだ。
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野村進『千年、働いてきました』


千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン (角川oneテーマ21)千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン (角川oneテーマ21)
(2006/11/09)
野村 進

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 野村進著『千年、働いてきました――老舗企業大国ニッポン』(角川Oneテーマ21新書/705円)読了。
 仕事がらみで読んだものだが、示唆に富む良書であった。

 日本は、世界に冠たる「老舗企業大国」なのだという。
 世界最古の老舗企業は日本にあるし(なんと飛鳥時代創業!)、創業100年以上の老舗企業がじつに10万社以上もある。

 いっぽう、韓国には100年以上つづく老舗企業は一社もなく、ほかのアジア諸国にも老舗企業はごく少ない。アジアの中で、日本にだけ老舗企業が集中しているのだ。
 比較的老舗も多いヨーロッパでも、最古の企業は創業640年にすぎず、それより古い老舗が日本には100社近くもある。

 なぜ、日本にはこれほど老舗企業が多いのか? この謎に迫るため、ノンフィクション作家の著者は全国19社の老舗企業を徹底取材し、その持続力の源を探っていく。

 着眼が卓抜だし、大宅賞と講談社ノンフィクション賞をダブル受賞した著者だけに、取材・リサーチも綿密である。
 かなりリラックスした調子の文章で書かれていて、「息づまる迫力」のたぐいは皆無だが、内容はすこぶる深い。深いことがわかりやすく書かれている。

 去年の11月に初版が出ていて、私が買ったものは2月に出た5版。売れているのだ。この内容ならそれも納得。
 企業経営者が読めばビジネスヒントがたくさん汲み取れるだろうし、「老舗企業をフィルターにした日本文化論」としても興味深く読める。

 強い印象を受けたのは、登場する老舗企業の経営者たちが、異口同音に「本業で社会に貢献する」ことの大切さを語っている点。
 たとえば――。
 

「儲かればいいと思って、本道からはずれたらあかん。どんな商売でも、なぜそういう商売をするのかという説明がつかんとあかんわね」(カタニ産業社長)
 「企業が存続するには、大きい倫理と理念が必要」(勇心酒造社長)
 「いかに人のためになるか。そういうコアミッションから離れないことが、自分の身のほどをわきまえるということやなと思いますね」(福田金属副社長)


 これらの言葉をタテマエ、きれいごとととらえる向きもあろうが、私はそうは思わない。「世のため人のため」という大義がまったくなく、ただひたすら金儲けのためだけにやっている企業は、一時的には栄えても、長い年月の風雪に耐えることはできないのだと思う。
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横山版『三国志』再読


三国志全30巻漫画文庫 (潮漫画文庫)三国志全30巻漫画文庫 (潮漫画文庫)
(2002/11/01)
横山 光輝

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 仕事がらみで、横山光輝版の『三国志』を通読。

 文庫版全30巻、ふつうの新書版コミックスでいうと全60巻。完結までに15年を費やした、日本のストーリー・マンガ史上屈指の長編である。さすがの読みごたえであった。
 
 この大長編マンガ、昔雑誌(『希望の友』→『少年ワールド』→『コミックトム』)に連載していたころにリアルタイムで読んではいたが、コミックスで通読するのはじつは初めて。

 読み始めると面白くてたまらず、ほかの仕事を中断してはちょこちょこと読みふけってしまった。偉大なアルチザン・横山光輝の、手堅い職人仕事の精華である。
 おびただしい数の戦死が描かれる殺伐とした物語ながら、横山光輝の絵が昔ながらの少年マンガ・テイストなので、むごたらしさがないのもよい。

 英雄・豪傑が1人、また1人と死んでいく後半は、読んでいて切ない。蜀滅亡で終わるラストシーンのずっしりとした「諸行無常」感も格別である。

 読み終えて“現世”に戻ってみたら、宇多田ヒカルは離婚し、飯島愛は引退を表明し、池田晶子は亡くなっていた。

 池田晶子といえば、昔「朝まで生テレビ!」に出演したときの彼女のことを、ナンシー関がコラムで「『だんだん眠くなる美女』をリアルタイムでお茶の間に!」と評していて、爆笑したことがあったっけ。
 
 そのナンシー関ももうこの世にない。ううむ。諸行無常。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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