松田洋子『相羽奈美の犬(全)』ほか


相羽奈美の犬(全) (ビームコミックス)相羽奈美の犬(全) (ビームコミックス)
(2012/12/24)
松田洋子

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 アマゾンでまとめ買いしたコミックスが届いたので、さっそく読み倒す。

 買ったのは、松田洋子の『ママゴト』の3巻(完結巻)と『相羽奈美の犬(全)』、吉田秋生の『海街diary5 群青』、ひじかた憂峰作・たなか亜希夫画の『リバースエッジ 大川端探偵社』4巻、穂積の『式の前日』の5冊。

 『ママゴト』は、ラストにもうひとひねりほしかった気もするが、最後までクオリティを下げずに傑作のまま終われた感じなので、喜ばしい。

 『相羽奈美の犬』は初読。
 単行本はぶんか社から1巻のみ刊行され、完結巻である2巻は電子貸本でしか読めなかったといういわくつきの作品。それを『ママゴト』の版元であるエンターブレインが、全1巻(つまり2巻分の厚さ)のコミックスとして刊行し直したもの。「(全)」と銘打たれているのはそうした事情による。

 『ママゴト』や『赤い文化住宅の初子』とは違い、こちらはファンタジーである。
 自分が恋した美少女・相羽奈美をストーカーから救おうとして交通事故死した主人公の少年が、犬に生まれ変わって奈美に飼われる物語。ただし、人間だったころの記憶と意識は犬になっても残っている、という設定だ。

 松田洋子のことだから、通りいっぺんのキレイゴト・ファンタジーにするはずもない。短編連作形式で進む物語には、毎回人間の暗部を凝縮したようなドス黒いキャラが登場するし、ブラックなユーモアもちりばめられている。
 それでいて、ときどき胸をしめつけられるような切ない場面が登場する。つまり、ファンタジーではあってもいつもの松田洋子ワールドなのである。これは傑作。

 『海街diary5 群青』は、素晴らしかった。新刊が出るたびに買っている作品だが、この巻は過去4巻よりも一段高みにのぼった感じの仕上がりである。

 収められた4編とも人の死にかかわる話であるせいもあって、泣ける。この巻によって、『海街diary』は吉田秋生の最高傑作になることが確定した、といってもよい。

 『海街diary』とは逆に、巻を追うごとにクオリティが下がっているのが、『リバースエッジ 大川端探偵社』。1、2巻にはあった何度も読み返したい話が、この4巻には一つもない(「ぼったくりバー」という話はわりと気に入ったけど)。
 不定期連載中の『漫画ゴラク』にも最近載らないし、原作のひじかた憂峰(狩撫麻礼の別ペンネーム)はもうこの作品への情熱を失ってしまったのかも。この巻で打ち止めにすべきだと思う。

 穂積の『式の前日』は、新人マンガ家のデビューコミックス。短編6編を収めている。
 最近あちこちで絶賛されているので、買ってみた。

 なるほど、絵といい構成といいストーリーといい、どこをとっても手慣れたうまさで、新人離れした力量を感じさせる。
 ただ、「珠玉の“泣ける”読み切り短篇集」というカバーの惹句とは裏腹に、私はまったく泣けなかった。なんかこう、「どっかで見たような話ばかり」という印象なのである。

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速水健朗『都市と消費とディズニーの夢』


都市と消費とディズニーの夢  ショッピングモーライゼーションの時代 (oneテーマ21)都市と消費とディズニーの夢 ショッピングモーライゼーションの時代 (oneテーマ21)
(2012/08/10)
速水 健朗

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 速水健朗(はやみず・けんろう)著『都市と消費とディズニーの夢――ショッピングモーライゼーションの時代』(角川oneテーマ21新書/760円)読了。

 仕事の資料として読んだものだが、面白く読めた。
 タイトルだけを見るとなんの本だかわからないが、要は“ショッピングモールの歴史と現状をフィルターとした都市論”である。

 日本でショッピングモールというと、イオンのモールがまず思い浮かぶ。と同時に、いくつかのネガティヴなイメージが一緒に浮かんでくる。地方都市の風景を画一化し、古くからの商店街を疲弊させた、地方の貧しさの象徴としてのショッピングモール――といったイメージが……。

 しかし、本書によればそうしたイメージは日本特有のごく一面的なものであり、本来のショッピングモールはアッパーミドルクラスにターゲットしたものであるという。また、「ショッピングモール=郊外の商業施設」と捉えるのも日本でだけ通用する“常識”で、「ある時期以後のショッピングモールの歴史は都市の歴史に他なりません」という。

 じつは「ショッピングモール後進国」であるという日本と、他の諸外国におけるショッピングモール観にはかなりの開きがあって、著者は一つひとつその誤解を正していく。

 著者はショッピングモールの歴史を遡り、その背景にある「思想と理念」を解説していく。「それは都市やテーマパークといった存在との関係性、結びつき抜きには語れないもの」であり、ウォルト・ディズニーもショッピングモールの思想に強く影響されていたという。ディズニーランドもまた、その影響から生まれたものなのだ。

 そして、著者の視点は、現代の都市にさまざまな形で現れたショッピングモール化=「ショッピングモーライゼーション」にも向けられていく。

  ショッピングモーライゼーションとは、「モータリゼーション」をふまえた著者の造語。
 それは第1に、「都市のスペースが最大限活用されることで、“些細なものでありながら、量としては膨大な都市の変化”」を指す。たとえば、1990年代以降、日本の都市部に急増したコインパーキングだ。それは土地のすき間を利用した「些細なもの」だが、都市の景観と機能を一変させた。

 第2に、「都市の公共機能が地価に最適化した形でショッピングモールとしてつくり替えられ、都市全体が競争原理によって収益性の高いショッピングモールのようになっていくという変化」も、ショッピングモーライゼーションだ。
 ターミナル駅や空港、テレビ局や電波塔などを中核としたショッピングモールの誕生が、その顕著な例である。

 本書は先日読んだ新雅史の『商店街はなぜ滅びるのか』の類書だが、切り口がまったく違うので読み比べると面白い。

 ショッピングモールという存在と、 その根底にある新自由主義的な競争原理、ひいては「消費」という行為そのものを、著者はいずれも肯定的にとらえている(礼賛してはいないが)。その点が、本書の大きな特徴といえる。
 読めばショッピングモールのイメージが一変する、すこぶる独創的な都市論。

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湯浅誠・茂木健一郎『貧困についてとことん考えてみた』


貧困についてとことん考えてみた (NHK出版新書 390)貧困についてとことん考えてみた (NHK出版新書 390)
(2012/10/05)
湯浅 誠、茂木 健一郎 他

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 湯浅誠・茂木健一郎著『貧困についてとことん考えてみた』(NHK出版新書/777円)読了。

 貧困問題の活動家と脳科学者が編んだ、ちょっと変わった形式の対談集。
 湯浅が内閣府参与となって手がけた「パーソナル・サポート・サービス」(※)の現場を、茂木と2人で探訪し、そこから感じたこと・考えたことを語り合う内容なのだ。

※「様々な生活上の困難に直面している方に対し、個別的・継続的・包括的に支援を実施する」もので、「全国19地域においてモデル・プロジェクトが実施されて」いるという。

 茂木は貧困問題に無関係だし、ミスキャストではないかと思ったが、読んでみたら意外にいいこともたくさん言っていて、悪くない。

 サポートの現場を訪ねた際の、当事者たち(サポートされる側と、スタッフ)とのやりとりも記録されている。
 そのうち、母子家庭の貧しさから中卒後すぐに働き始めたという15歳の少年とのやりとりが、たいへん感動的だ。そこでは、湯浅と茂木が二人がかりで抱きかかえるように少年を励まし、アドバイスしているのである。

 たとえば、母親に高校進学を反対されたという少年に、茂木は言う。

 お母さんは、君にとってすごく大きな存在だと思うんだけど、ある意味で、お母さんが小さな存在に見えたとき、初めてお母さんに恩返しができるっていうのかな。



 また、湯浅は次のように言う。

 いま仮に対立することがあったとしても、将来はもっと仲良くなることがある。その一方で、いま我慢することで、もしかしたら一生お母さんを恨むことになるっていう人生があるとしたら、こっちのほうがいいだろう。そういうこともあるんだよ。だから、今すぐに結論を出さなくてもいいから、もうちょっと考えてみるといいと思うよ、僕は。



 ほかにも、2人がそれぞれいい発言をたくさんしており、貧困問題を考えるうえで示唆に富む良書になっている。たとえば――。

 生活が困窮している人への支援について語るとき、これまでは、恵まれない方への温かい気持ちや、慈善の精神といった面だけが強すぎたような気がするんです。そうではなくて、自分をより豊かにしていくためにも、その人たちとのつながりをつくる、というように発想を変えていく必要がある。(茂木の発言)



 私は20年ぐらいこの分野で仕事をしてきたわけですが、ある人から「俺の知っている友達で生活保護を受けている奴はパチンコ三昧だ、だから生活保護なんてだめなんだ」と言われたりすることがあります。そうすると、私のほうとしては、「あなたはそういう人を一人知っているのかもしれないけれど、私はそうじゃない人を何万人か知っている」と思うわけです。こちらがこれまでやってきたことが、まったく尊重されない、あるいは配慮してもらえないことで、私自身もすごくがっかりした経験は何度もあります。(湯浅の発言)



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東直己『探偵はバーにいる』『バーにかかってきた電話』


探偵はバーにいる (ハヤカワ文庫JA)探偵はバーにいる (ハヤカワ文庫JA)
(1995/08)
東 直己

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 昨日、今日と取材で仙台へ。ゴーストの仕事なので、お相手はナイショ。

 行き帰りの新幹線で、東直己著『探偵はバーにいる』『バーにかかってきた電話』(ハヤカワ文庫JA) 読了。
 過日、DVDで『探偵はBARにいる』を観てとても面白かったので、その原作を読んでみたしだい。

 札幌・ススキノを舞台にしたハードボイルド・シリーズの、第1作と第2作。
 たいへんまぎらわしいことに、映画『探偵はBARにいる』は第2作『バーにかかってきた電話』の映画化であり、『探偵はバーにいる』の映画化ではない。

 2冊ともよくできていて、面白かった。とくに、『バーにかかってきた電話』は掛け値なしの傑作だと思う。最後の見事なワンセンテンスで鳥肌が立った。

 映画『探偵はBARにいる』も、小説の映画化のお手本のような仕上がり。原作のエッセンスを的確につかみとり、省略すべきところは省略し、変えるべきところは変えている。

 
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平山夢明『どうかと思うが、面白い』


どうかと思うが、面白いどうかと思うが、面白い
(2011/06/03)
平山 夢明

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 昨日は新宿にて、編集者とカメラマンとのささやかな忘年会。
 久々に終電まで飲んだ。若いころはよく終電まで飲んだので、新宿発高尾方面行きの終電が0時40分発であることはしっかり覚えていた。けっこうな量を飲んだのに、不思議と頭はスッキリ。

 行き帰りの電車で、平山夢明著『どうかと思うが、面白い』(扶桑社/1365円)を読了。
 ホラー小説作家として知られる著者が、『SPA!』に連載しているコラム(現在は「どうかと思うが、ゾゾ怖い」に改題)の単行本化。

 私は、著者の小説は大藪春彦賞受賞作『ダイナー』しか読んだことがない。なのでファンというわけでもないのだが、『SPA!』の連載コラムはときどき読んで、類のない面白さに感心していた(→『SPA!』のサイトで読める分はこちら)。

■関連エントリ→ 平山夢明『ダイナー』レビュー

 本書の帯には、次のような惹句が躍っている。

狂っているけど、あったかい
人気作家の身辺で起きた、爆笑ご近所ホラー譚!
ここにしかない、平山夢明ワールドへようこそ



 まさにこの惹句のとおりで、内容といい文体といい、誰にも真似できない唯一無二の個性をもったコラム集だ。事実と妄想の境界があいまいな、どす黒く歪んだ変態的世界。なのに、何ページかに一回は爆笑ポイントがあり、読後感はあたたかいのだ。

 タイプとしては岸本佐知子、穂村弘系の妄想お笑いエッセイなのだが、キシモトやほむほむの本よりももっと歪んでいて、もっと下品。

 以下、私が爆笑した一節をいくつか引用。

 知り合いの女の子が通う高校の先生は、数学で方程式を教える時、「Yにこの式をブチ込む。するとXには何をブチ込めば良いのか? さらにZは丸ごとXをブチ込んで良いのか? いけないのか? いつになったらブチ込めるのか?」と代入を〈ブチ込む〉といい続けているんだそうです。ちなみに女の先生らしいんですがね。



 オイラも子どもの頃、「謝って川へ転落し」ってニュースで聞く度に「嗚呼、土手で謝罪するのは命取りだ」と信じていましたし、「電車が普通になりました」って聞く度に、変化する前の「異常な電車」に乗りたくて仕方ありませんでした。



 寒い地域に嫁に行った子がいまして、そこの実家では真冬になると暖房費の節約として家の中にテントを張るらしいんですよね。テントの中だけだと意外に人とミニコンロぐらいで温かくなるもので、これも生活の知恵の発露ですね、離婚しましたけど。



 各コラムのタイトルを列挙しただけでも、「いったいどんな話なのか?」と興味を覚えずにはいられないだろう。たとえば――。

「どんな女のオッパイでも、好きな時に好きなだけ自由に揉む方法」
「『金星からやってきたクラスメイト』との思い出」
「バーコードおやじの頭皮に書かれた謎のメッセージ」
「どんな肩凝りでも一瞬でトコロテンにする凄い薬」
「医者に褒められるくらい、〈器用に車に轢かれた〉男」
「『横浜スカンク』と呼ばれる殺人的タクシー」
「いまや『アネキ』になった『元アニキ』の微妙な置き土産」



 マンガ家・清野とおるが各コラムに添えた狂気を孕んだイラストも、文章とベストマッチでいい感じ。

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深町秋生『ダウン・バイ・ロー』


ダウン・バイ・ロー (講談社文庫)ダウン・バイ・ロー (講談社文庫)
(2012/05/15)
深町 秋生

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 クリスマス・イヴだというのに、今日は打ち合わせ&取材で仙台へ(日帰り)。ゴーストの仕事なので、お相手はナイショ。
 雑誌の年末進行がやっと終わったと思ったら、もう1月分の仕事の「仕込み」である。
 で、今日の打ち合わせの結果、今週の木・金でもう一度仙台に行くことに……。ああ忙しい。貧乏ヒマなし。

 帰りの中央線では、リア充カップルのイチャイチャ・ビームと、リア充子連れ家族の幸せビームがまぶしかった。非モテ独身青年だったら、この車内の雰囲気はイライラしてたまらんだろうな(笑)。


 行き帰りの新幹線で、深町秋生著『ダウン・バイ・ロー』(講談社文庫/760円)を読了。
 山形在住の著者が、満を持して山形を舞台にした書き下ろしバイオレンス・ミステリー。東北新幹線の車中で読むのにふさわしい。

 女子高生が主人公なのに、「青春ミステリー」的なさわやかさは薬にしたくもない、暗く乾いた世界。そこがいかにも深町秋生らしい。

 私が読んだ深町作品はこれで5冊目。相変わらず抜群のリーダビリティで、460ページをあっという間に読ませる。
 全編を彩る方言と、田舎町の閉塞感の描写がリアリティを倍加させる。私も閉塞感あふれる田舎町で育ったから、この作品に満ちた空気に懐かしさと親しみを覚える。

 ヒロインの女子高生が、名探偵並みの推理力と、ハードボイルド小説のヒロイン並みのタフさを兼備している。その点がいかにも絵空事で、興を削ぐ。それに、話の収束のさせ方もややご都合主義にすぎる。

 そんな瑕疵はあるものの、全体としては十分に楽しめる娯楽作品。深町秋生は、ホームランは打たないが着実にヒットを重ねる一番打者のような作家だと思う。

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いしたにまさき『あたらしい書斎』


あたらしい書斎あたらしい書斎
(2012/09/21)
いしたにまさき

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 いしたにまさき著『あたらしい書斎――忙しい人に必要な“自分空間”の作り方』(インプレスジャパン/1575円)読了。

 人気ブログ「みたいもん!」で知られるブロガー/ライターの著者による“書斎&知的生産の技術本”。

 1985年刊のベストセラー『スーパー書斎の仕事術』 (山根一眞)に強い影響を受けて以来、この手の本を見ると脊髄反射的に手にとってしまう私である。
 これまで多くの類書を読み散らかしてきたがゆえに、なんら新しい知見が得られずガッカリすることのほうが多いが、本書はわりと面白かった。

 ただし、書名とは裏腹に、「知的生産の技術本」としての目新しさは乏しい。自宅の狭い空間に機能的な書斎を作るノウハウも、クラウドやスマホなどを利用したIT書斎のノウハウも、すでに類書に書かれているようなことが大半なのだ。
 本書の面白さは、そうした実用性とは別方向にある。

 著者は本書の中で、江戸川乱歩が書庫として使った土蔵、松浦武四郎(江戸~明治期の探検家)が晩年に作った「一畳敷」など、先人の作った個性的な書斎を探訪する。
 また、小飼弾が自宅の豪華マンションに構築した「究極の書斎」を訪ねて小飼に書斎論を聞いたり、建築家に依頼して「未来の書斎」がある斬新な家を実際に設計してもらったりする。

 そうした試みを通じて、書斎のありようについて改めて考察していくくだりが、なかなか示唆に富んでいる。つまり、実用書としてよりもむしろ、多角的な取材をふまえた書斎論として楽しめる本なのだ。

 なお、第2章を丸ごと割いて、IKEAの全面協力のもと、著者自身の自宅書斎を徹底改造する顛末が紹介されている。この章も面白いといえば面白いのだが、あまりにIKEAの宣伝臭いところが玉に瑕。

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能町みね子『オカマだけどOLやってます。 完全版』


オカマだけどOLやってます。完全版 (文春文庫)オカマだけどOLやってます。完全版 (文春文庫)
(2009/08/04)
能町 みね子

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 能町みね子著『オカマだけどOLやってます。 完全版』(文春文庫/690円)読了。

 著者は性同一性障害をもつ元・男性で、現在は性転換手術を受けて戸籍上も女性となり、エッセイスト/ライター/イラストレーターとして活躍している。

 本書は、著者がまだOLとして働いていたころ(そしてまだ男性だったころ)に書いていたブログをまとめたデビュー作。元は竹書房から2冊の単行本として出ていたものを、文庫化にあたって1冊にしている(といっても正味300ページほど)。
 いわゆる「コミックエッセイ」ではなく、エッセイ1本ごとに1~2点のイラストを添えたイラストエッセイである。

 著者の本を読んだのはこれが初めてだが、たいへん面白かった。
 男性であることを隠してOL生活をつづけていたがゆえの苦労話がいちいち興味深いし、少・青年期の思い出を綴ったエッセイ群は性同一性障害のドキュメンタリーとして秀逸だ。著者が自分の性的アイデンティティに気づき、戸惑い、受け入れ、女性になろうと悪戦苦闘を重ねていく過程が、生々しくも軽快に振り返られているのだ。

 単行本あとがきには、こんな一節がある。

 どうも「性同一性障害」に居心地の悪さを感じてしまいます。ずいぶんマスコミでも取り上げられたし、「がんばってる苦労人」扱いはもういいじゃん。お笑い系のオカマか、オンナ顔負けの美形ニューハーフか、苦労を重ねて世間と戦う性同一性障害か、3つしか選択肢がないなんてイヤですよ。私はそのどれでもないところで、ごくふつうの女子になっちゃいますからね。



 著者が書名にあえて「オカマ」という言葉を用いたのも、「性同一性障害」という言葉に感じる「居心地の悪さ」ゆえだろう。
 そして、「ごくふつうの女子になっちゃいますからね」との言葉どおり、本書は従来の「性同一性障害もの」の本にはなかった淡々とした「ふつう」さに、最大の特長がある。

 文庫版あとがきによれば、著者にとって本書は未熟な「若書き」で、不満点もあるようだ。いわく――。

 ブログという手段であるがゆえに、本になるという実感もないまま書いているのでまあいーかげんな書き散らしかただ。全体的に妙にうわっついたテンションで、元来が根暗でイヤミなはずなのにキャラ違いも甚だしく、個々の文のまとめ方もてきとーだし、読みながら「ギシャー!」と奇声をあげて頭蓋骨で爪を研ぎたくなる衝動が何度も起こりました。



 が、私は「妙にうわっついたテンション」という印象は受けなかった。むしろ、抑制の効いた、静かにつぶやくような文章のタッチが好ましいと感じた。

 タイトルのインパクトで食わず嫌いしてしまう人も多いだろうが、エッセイとしてふつうに楽しめる一冊だ。

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開沼博『フクシマの正義』


フクシマの正義 「日本の変わらなさ」との闘いフクシマの正義 「日本の変わらなさ」との闘い
(2012/09/12)
開沼 博

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 開沼博(かいぬま・ひろし)著『フクシマの正義――「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎/1890円)読了。

 著者は『フクシマ論』で脚光を浴びた新進社会学者。1984年生まれで、まだ20代。『絶望の国の幸福な若者たち』の古市憲寿とは東大・上野千鶴子ゼミの一年先輩に当たるという。
 本書に収められた対談で高橋源一郎も言っているが、著者と古市には書き手として似たところがある。オジサン論者たちの硬直した言説に異を唱える挑発的な論調が共通しているのだ。

■関連エントリ→ 古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』レビュー

 本書は、著者が3・11以後、一般メディアに発表してきた評論・エッセイ・ルポ・対談などを集めたもの。
 著者は、研究のかたわらライターとしての仕事もしてきたのだそうだ。ゆえに、本書に収められた文章も学者らしからぬ平明さをそなえている。

 『フクシマの正義』という書名ではあるが、第一部のタイトル「正義を疑う」が示すとおり、多くの知識人が脱原発を錦の御旗として叫ぶその「正義」に、むしろ疑問符を突きつける内容である。

 著者は福島に生まれ育ち、2006年からずっと福島原発の調査研究をつづけてきたという。だからこそ、3・11が起きてから急に脱原発を叫ぶようになったニワカ連中の薄っぺらさが、うそ寒く思えるのだろう。

 『「日本の変わらなさ」との闘い』という副題のとおり、著者は3・11以降も日本社会は「何も変わっていない」という。本書所収の文章や対談では、そのことを言葉を変えて何度もリフレインしている。たとえば――。

 二◯一一年三月一一日を境に、世界が「変わった」と言う人がいる。「いる」というか、少なくとも、震災から数ヶ月は圧倒的にマジョリティとして存在した。
(中略)
 しかし、「何も変わってなんかいない」。これが、震災直後から、私が述べ続けてきたことだった。(45ページ)



 自分たちが声を上げられる、あるいは自分たちの「知識」と「正しさ」をひけらかせる機を見つける毎に中途半端に食いついて安直な希望を語ってみせ、興味がなくなると「忘却」する。まさに「後出しじゃんけん」性そのものを基盤にしたある種の渡り歩きのデモンストレーションの中で、主要な課題が放置されたまま今日に至ってしまった。それこそが近代そのものであった。(108ページ)



 今脱原発の喧騒の中にいる者たちが五年後、一◯年後、いや半年後にすら今ほどの熱意を持ってその志向にコミットしている可能性は限りなく低い。脱原発運動の関係者にインタビューをすれば、社会運動にありがちな、自らの絶対的正義を疑わない者同士の内部分裂が始まっていることが漏れ伝わってくる。(300~301ページ/荻上チキとの対談での発言)



 読みながら、フリクションの「100NEN」の「100年経ったら変わるか?」というフレーズを思い出した。100年経っても、何が起きても、日本は根底のところでは何も変わらないのかもしれない。
 私も一ライターとして福島を含む東北の被災地に通ってきたが、今年3月以降の被災地以外における関心の風化の速さは、驚くばかりだった。脱原発の盛り上がりも、長つづきするとはとても思えない。

 多くの震災関連書が共有する“ありがちな視点”に冷水をかける本書の主張は、読者にとっても苦い。が、それはいまの日本に必要な苦さである。

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渋谷直角『直角主義』


直角主義直角主義
(2011/12/28)
渋谷 直角

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 渋谷直角著『直角主義』(新書館/1260円)読了。

 ライター兼マンガ家である著者の人気ブログ「ロベルトノート」の、ベストセレクション。書き下ろし原稿もあって、「ロベルトノート」をいつも読んでいる人にも楽しめる内容になっている。

 よい意味で雜誌的な作り。デザインもカッコいい。
 著者の文章と、ヘタウマ風ではあるが味のあるマンガ/イラストが入りまじって、心地よいリズムを刻んでいく。

 まったく「ためにならない」本だし、読者の人生を変えるような教訓は何一つ得られないが、それでもじつに面白い本。
 著者の個人的な思い出を扱った文章と、著者の周囲で起きたヘンな出来事を観察して綴った文章が二本柱になっている。いずれも、話ができすぎていて「盛ってる」感ビンビンだが(毎回オチまでついてるし)、面白さはかなりのもの。

 たとえば、著者の近所にあるスーパーのアルバイトの若者たちの人間模様を客として観察したシリーズは、まるで風変わりな連続ドラマのようだ(ブログでもまだ読める→「スーパーのアルバイト6 ~女の正体編~」)。

 また、著者がライターとして出発したころの思い出を綴った“連作青春コラム”「sweet 90's blues」は、同業者としてたいへん興味深く読んだ。

 著者は、『Relax』などマガジンハウスの雑誌を中心に活躍してきたライター。専門学校に通いながらマガジンハウスでバイトしていたところ、椎根和氏(『Hanako』を成功させた辣腕編集者として知られる)に、「キミ、『ハナコ』のバイトをやめて、ライターになりなさい」と言われたのだという。
 著者はそう書いてはいないが、要は書き手としての才能を椎根氏に見出されたということだろう。その意味でこれは、一人のライターのささやかなサクセス・ストーリーでもある。

 「それにしても、一回り世代が下で、しかもマガハ系ライターともなると、同じライターでも私の20代とは違って華やかな青春だなあ」と思った。著者自身は華やかだとは思っていないかもしれないが……。

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笠井奈津子『甘い物は脳に悪い』


甘い物は脳に悪い (幻冬舎新書)甘い物は脳に悪い (幻冬舎新書)
(2011/09/29)
笠井 奈津子

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 笠井奈津子著『甘い物は脳に悪い――すぐに成果が出る食の新常識』(幻冬舎新書/777円)読了。

 最近、私は糖質の摂取をなるべく控えるように気をつけているので、参考になればと思って読んでみたもの。
 マスメディアでも広く活躍する栄養士・食事カウンセラー・フードアナリストの著者が、食生活の改善によって仕事の効率を高めたり、疲れにくくしたりするコツを紹介したもの。タイトルはアイキャッチであって、糖質の話ばかりが出てくるわけではない。

 かなり期待はずれだった。栄養学や脳科学の最新知識を駆使した科学的・客観的な内容を期待したのに、著者の主観が大幅に混入していて眉ツバな記述が多いのだ。
 たとえば――。

 要するに、好物は、その人にとって疲労回復の効率がいい食べ物なのです。
 ところが、いまの20代、30代の飽食で育った世代は、ちょっと違った好物の捉え方をしています。
 たとえば、それは「はまる食べ物」であったり、「癖になる食べ物」であったりします。元気が出る食べ物というよりは、嗜好優先の意味合いが濃く、体調がよくなるということにはあまり結びついていません。逆に、食べると決まって食べ疲れをしたり、身体がだるくなったりする料理でも、好物でよく食べるという人がたくさんいます。(14ページ)



 昔の人は好物を食べると疲労回復したのに、いまの若者は好物を食べると逆に身体がだるくなったり、「食べ疲れ」(って何?)をしたりするのだそうだ(笑)。
 何を根拠に言っていることなのか不明だし、そもそも栄養学とは微塵も関係のない記述である。

 ほかにも、「若者世代を中心に、食事をしていても何となくおいしそうな顔をしていない人が増えていると感じる」なんて一節があったりする。
 「おいしそうな顔」って(笑)。たまたま著者と食事を共にした若者の印象(それもごく主観的な)だけで、日本人全体の「食」を語るのもおかしな話である。

 要するに、著者は「昔の日本人の食生活はよかった。いまはダメだ」という先入観にとらわれてしまっていて、それに添って話を進めているだけのように思える。

 どの食べ物が脳にいい・悪いという話もたくさん出てくるのだが、著者の脳科学についての知識もかなりアヤシゲだ。というのも、次のような記述があるから。

 脳の神経細胞の数は、生まれたときに備わっていた数から、ひとつとして増えることはありません。年齢が進むにつれ、どんどん少なくなっていくだけです。(135ページ)



 成人後も一部の脳神経細胞が新しく生まれること(「新生ニューロン」という)は、1998年に立証され、いまではシロウトの私でさえ知っていること。そんなことも知らない著者に、脳科学を看板にした本を出す資格はないと思う。

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齋藤美和『編集者 齋藤十一』


編集者斎藤十一編集者斎藤十一
(2006/11)
斎藤 美和

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 齋藤美和・編『編集者 齋藤十一』(冬花社)読了。

 新潮社の「陰の天皇」と呼ばれ、『週刊新潮』『FOCUS』『新潮45』を立ち上げた「伝説の編集者」齋藤十一(じゅういち)。その七回忌を記念して、2006年に刊行された追悼文集である。
 夫人が編者となり、新潮社の幹部など、生前の齋藤をよく知る人々が寄稿している。

 そうした成り立ちゆえ当然ながら、齋藤の人を人とも思わぬ怪物的側面はあまり出てこない。むしろ、「意外にいい人じゃん」と思わせるような「ちょっといい話」が多い。
 なので、私には物足りない内容なのだが、それでも、齋藤を批判的にとらえる立場の者にも必読の本である。

 なにしろ、生前の齋藤はマスコミにほとんど登場しなかったため、彼に関するまとまった資料は本書以外にほとんどないのだ。わずかに、『週刊新潮』の編集部にいた亀井淳氏(故人)の『反人権雑誌の読み方――体験的「週刊新潮」批判』が、齋藤について一章を割いている程度。
 本書には、齋藤の数少ないインタビューも再録されている(雑誌『ビジネス・インテリジェンス』によるものと、死の少し前に行われたテレビ番組「ブロードキャスター」によるもの)。その意味でも資料的価値が高い本である。

 齋藤に発見され、鍛えられ、育て上げられた作家は枚挙にいとまがない。吉村昭、柴田錬三郎、山崎豊子、瀬戸内寂聴、山口瞳などなど……。また、小林秀雄も齋藤を深く信頼していたという。
 文芸編集者としては、たしかにまれに見る才能、慧眼の持ち主ではあったのだろう。

 しかし反面、齋藤によって「潰された」作家も数多い。そして、齋藤が創った『週刊新潮』などは、出版社系週刊誌の世界をスキャンダリズムと俗物主義の不毛な荒野にしてしまった。
 本書の証言からもうかがい知れるのだが、そもそも齋藤にはジャーナリズムに携わっているという自覚そのものがなかった。文芸の延長線上に週刊誌を創ったのである。

 よくも悪くも「怪物的」な存在であった齋藤十一の、素顔がかいま見える本。

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斎藤環『被災した時間』


被災した時間―3.11が問いかけているもの (中公新書 2180)被災した時間―3.11が問いかけているもの (中公新書 2180)
(2012/08/25)
斎藤 環

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 昨日は取材で京都へ(日帰り)。ゴーストの仕事なので、お相手はナイショ。
 紅葉の季節がほぼ終わってしまっていたのが残念。もっとも、紅葉の季節真っ只中の京都は混雑して大変だそうだが(……などとノンキに考えていたころ、関東~東北ではけっこう大きな地震があったのだね。深刻な被害がなくて何より)。 

 行き帰りの新幹線で、斎藤環著『被災した時間――3.11が問いかけているもの』(中公新書/840円)を読了。

 メディアでも活躍する精神科医の著者が、3.11以後、新聞・雑誌に発表してきた震災と原発事故をめぐる文章を集めたもの。

 短い新聞コラムもあれば月刊誌に寄せた長い文章もあり、対談・鼎談・インタビューまである。寄せ集めなので雑然とした感は否めないし、一部に内容の重複もある。それでも、傾聴に値する卓見が数多くちりばめられており、なかなかよい本だった。
 私が読んだ類書に池澤夏樹の『春を恨んだりはしない――震災をめぐって考えたこと』があるが、比べてみれば本書のほうがずっとよい。

 著者はひきこもり問題の治療・支援・啓蒙活動で知られるが、本書でも震災被災者となったひきこもりの事例がいくつか紹介されている。私はそれらに最も強い印象を受けた。たとえば、次のような一節――。

 不思議なことに、ひきこもりの人々は、津波が来ても逃げようとしなかったという話はほかにもある。長年ひきこもり事例とつきあってきた立場からすれば、その心情は必ずしも不可解ではない。彼らは二階の自室にいることが多いが、そこにいれば何とかなると希望的に考えている。彼らからすれば、来るかどうかわからない津波よりも、避難して近所の人に自分の姿を見られたり話しかけられたりするほうが恐ろしいのだ。信じがたいことかもしれないし、すべてのひきこもりがそうだとも思わないが、中にはそう考えて逃げようとしない人がいても不思議ではない。


 
 震災を機にひきこもりをやめられた人がいる一方で、避難所の中ですらダンボールの壁の中にひきこもったままの人もいる(!)のだという。

■関連エントリ→ 斎藤環・山登敬之『世界一やさしい精神科の本』レビュー

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西原理恵子『生きる悪知恵』


生きる悪知恵 正しくないけど役に立つ60のヒント (文春新書 868)生きる悪知恵 正しくないけど役に立つ60のヒント (文春新書 868)
(2012/07/20)
西原 理恵子

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 西原理恵子著『生きる悪知恵――正しくないけど役に立つ60のヒント』(文春新書/840円)読了。

 サイバラ流「人生相談エッセイ」。
 すでにベストセラーになっているが、それもうなずけるバツグンの面白さ。インタビューの形で読者からの相談に答えたもののようだが、回答の多くが破天荒なユーモアに満ちていて、大いに笑える本なのだ。

 たとえば、「夫の前妻の子との距離感がつかめません」という相談に対しては、次のように答える。

 こんなこと考えつくのはヒマだからじゃないの? 子供産みたい気持ちがあるなら、どんどん産んじゃいましょう。3人も4人も産んじゃったら、もう距離もクソもなくなるから。



 また、「使えない部下にイライラします」という相談に対しては、次のように一刀両断する。

 それは「ネジ」だと思ってください。人として扱うから腹が立つんです。
 あなたの前にいるのは人じゃなくてネジなんだから、「このネジは何に使えるのかな」ということを考えましょう。



 「忘れ物や人との約束を忘れたりが多すぎる」という相談には、次のようにアドバイスする。

 「これを忘れたらえらいことになる」状態にしておくといいかもしれない。携帯とかに、自分の恥ずかしい写真、ものすごいまぐわってるようなやつを入れといたら、死んでも忘れませんよ。「これを見られたら、もう終わりだ」みたいな。



 いや、痛快痛快!
 このような快刀乱麻の回答が、60本ギッシリ詰まっている。笑いにくるまれた回答ではあるが、サイバラの波瀾万丈の半生で磨きぬかれた世間知は、端倪すべからざる鋭さを具えている。

 推察するに、本書の企画者は、サイバラのベストセラー『この世でいちばん大事な「カネ」の話』を読んで、「彼女が人生相談に答える本を作りたい」と考えたのではないか。あの本のテイストが、カネの問題のみならず人生万般に広がったような、そんな印象の本なのだ。

■関連エントリ→ 西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』レビュー

 タイトルの印象から「偽悪的で突飛な回答が多いのでは」と思う向きもあろうが、そうではない。言っていることはまっとうな正論がほとんどだ。ただ、その正論の提示・展開の仕方にただならぬ「芸」があって、読んでいて楽しめるのである。

 思わず膝を打つ名言も多い。たとえば――。

 女の人ってポイントカード制だから、ずーっと何も言わなくてもポイントは貯まってて、最後の何気ない一言でカードがいっぱいになって、激怒して別れたり刺したりするんだから。



 女の人って一途になりがちだけど、それって相手の悪いところが見えなくなる病気だから。でも、二股、三股かけておくと、それぞれのいいところと悪いところがよくわかる。



 なお、「震災や原発のことを考えると無力感で落ち込みます」という相談に対する回答が、ほぼ唯一笑い抜きのシリアスなものなのだが、それがすごく胸を打つ。たとえば、次のような一節――。

 震災後、よく「被災者の方を励ますひとことを」ってインタビューが来たんだけど、そんなの何も言えませんよ。家も仕事も子供も全部持ってる私が、全部なくした人に何を言えるのか。ふざけるな、と思って。それでテレビの人に言ったんですけど、世界には戦争や災害ですべてをなくした経験のある人が大勢いる。そこからどうやって立ち上がってきたのかという話を取材してきてもらえませんか、と。今、聞きたいのはそういう話だと思うんです。同じような体験をした人が、どうやって立ち上がって歩いてきたのか。この言葉はきっと宝石のようにきれいで太陽のように温かくて力強いと思う。そういう言葉が被災者の方たちにとっても一番の救いになるんじゃないでしょうか。



 橋本治の『青空人生相談所』などと並んで、今後「人生相談の名著」に数えられてしかるべき本。

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今野晴貴・川村遼平『ブラック企業に負けない』


ブラック企業に負けないブラック企業に負けない
(2011/09/26)
NPO法人 POSSE、今野 晴貴 他

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 今野晴貴・川村遼平著『ブラック企業に負けない』(旬報社/987円)読了。

 若者の「働くこと」に関するさまざまな問題に取り組むNPO法人「POSSE」の代表と事務局長である著者たちが、いわゆる「ブラック企業」への対処術を、豊富な相談経験をふまえて教える本。

 うちのムスメがまさに今月から就活を始めたところなので、この手の本が気になっていろいろ手を伸ばしている。
 『週刊ダイヤモンド』の先週号の特集が「今、入るべき会社――就活親子の大誤解」というものだったので、これも思わず買ってしまった。この特集の中にも、「負け組にならない! ブラック企業の内情と見分け方」なる記事があった(笑)。

 本書は正味100ページほどの薄いムックだが、じつに手際よくまとまっていて有益な本だった。ブラック企業とはいかなるものか、もしそういう会社に入社してしまったらどのように(法的に)戦えばよいのかを、過不足なく伝える内容なのである。

 とくに、最後の章「ブラック企業発生の背景」は、なぜ急にブラック企業が増え、社会問題化しているのかの理由を解き明かして、目からウロコだった。

 また、前半に紹介される、ブラック企業のやり口の事例――狙い定めた若手社員を辞めさせるために人格を破壊し、うつ病になるまで追い込む――はすさまじい。怒りを覚える以前に笑ってしまうほど。まるで、キューブリックの『フルメタル・ジャケット』に出てくる鬼軍曹みたいなのだ。

 で、「やっぱり公務員がいちばんかなあ」とか身も蓋もないことを考えたりするのだが、それはそれでクレーマー市民への対応が大変らしいしなあ……。

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北杜夫『見知らぬ国へ』


見知らぬ国へ見知らぬ国へ
(2012/10/22)
北 杜夫

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 北杜夫著『見知らぬ国へ』(新潮社/1575円)読了。

 昨年逝去した北杜夫の、これまで単行本未収録だったエッセイばかりを集めたもの。おそらく、新刊として出る最後のエッセイ集になるだろう。

 収録エッセイのうち最も古いものは、1969年にアポロ11号の打ち上げを間近で見たときの見聞記。
 いちばん最近のものは、2009年に「ほとんど遺稿」との端書つきで送稿されたという、「手塚さんの偉大さ」という一文。手塚治虫との思い出を綴ったもので、「未発表」(雑誌等にこれまで掲載されていない)とクレジットがあるが、私はこれとごく近い北杜夫の文章を読んだ記憶がある。どこで読んだか思い出せないが、よく似た内容のエッセイがあるのだろう。

 エッセイ集としての出来は、あまりよいとは言えない。
 北杜夫のエッセイの真骨頂はやはり「どくとるマンボウ」シリーズの2大傑作『航海記』と『青春記』にあるわけだが、本書はあの2冊のクオリティに遠く及ばない。
 やはり、これまで単行本未収録だったのにはそれなりの理由があるわけで、本書は「落穂拾い」以上のものではないのだ。

 ただ、中にはよいエッセイもある。

 たとえば、ヴィスコンティの『ベニスに死す』を、原作と比べてどこがダメかを厳しく指摘した「『ヴェニスに死す』あれこれ」は、トーマス・マンを敬愛してやまなかった北杜夫にしか書けない鋭い批評となっている(ただし、北は『ベニスに死す』を、マンの映画化のうち最も優れたものとして評価している)。

 親友・辻邦生の逝去に際して追悼文として書かれた「辻さんあれこれ」は、さすがにしんみりとした名文になっている。

 また、最後の章には『北杜夫全集』の月報に寄せられた自作解題エッセイ「創作余話」がまとめられており、これは資料的価値が高い。

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矢部宏治・須田慎太郎『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』


本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド
(2011/06)
矢部 宏治

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 矢部宏治・須田慎太郎著『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること――沖縄・米軍基地観光ガイド』(書籍情報社/1365円)読了。

 版元・書籍情報社の代表でもある矢部が、カメラマンの須田とコンビで作った本。沖縄国際大学教授の前泊博盛が監修を務めている。

 副題のとおり、「観光ガイド本」を模した体裁で作られている。おすすめ観光スポットの紹介もあれば、有名レストランの場所を含むマップもある。しかし、メインに紹介されているのは米軍基地と関連施設ばかりなのだ。

 こうした本のつくり自体、痛烈なアイロニーになっている。米軍基地さえなければ、ハワイをしのぐ国際的リゾート地となるはずの沖縄。県内の一等景勝地が、軒並み米軍に占領されてしまっている沖縄――そんな苦い現実が、行間から浮かび上がってくるのだ。

 そして、一風変わった沖縄観光ガイドとしても、十分な実用性を具えた本である。
 米軍施設の中に入って写真を撮るわけにはいかないから、著者たちは施設がよく見える周辺スポットを探し、そこから撮影している。そして、どの場所から撮影した写真なのかが、逐一マップで示されている。それらの場所は、沖縄を旅した際に米軍基地をよく見てみたいと考えた者にとって、咎められずに観察ができる絶好のスポットとなるのだ。

 写真の合間に入れられた、矢部による計28本のコラム(書名の『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』に相当するもの)も、じつによくできている。
 コラムといっても1本が4ページ程度のわりと長いもので、沖縄と米軍基地をめぐるさまざまな問題がひととおり概観できる内容だ。我々「本土の人間」にとっては目からウロコの事実も、多数盛り込まれている。

 ヴィジュアルと文章の両面から理解できる、上質の「沖縄・米軍基地問題入門」である。  

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高橋一清『作家魂に触れた』


作家魂に触れた作家魂に触れた
(2012/06)
高橋 一清

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 高橋一清著『作家魂に触れた』(青志社/1680円)読了。

 過日読んで感銘を受けた『編集者魂』の続編。
 正編同様、著者が文春の文芸編集者だったころに深くかかわった物故作家たちの思い出を綴ったエッセイである。10人の小説家と1人の画家(宮本輝の『青が散る』の装画などで知られる有元利夫)を取り上げている。

 これもいい本ではあるが、正編があまりに素晴らしかったため、一段落ちる印象は否めない。正編の中上健次の章のような、激しく心揺さぶる一編が見当たらない。

 文章も、正編の緊密さに比べやや冗長。
 たとえば、井上ひさしを取り上げた章では、著者と井上がファクスで交わした往復書簡的なやりとりが、なんと20数ページにわたって延々と引用されている。こんなに長く引用する必然性があったとはとても思えず、手抜きにしか見えない。

 ただ、いいものもある。庄野潤三の章、水上勉の章はとてもよかった。

 印象的だったのは、水上が中国で天安門事件に遭遇し、救援機で帰国した直後に心筋梗塞で倒れたとき(※)のエピソード。
 生還はしたものの、心機能の3分の2を失った水上に、著者は「死の淵からの生還記」という原稿を依頼する。そのくだりがすごい。

「おい、おれを殺す気かい」
 弱々しい声ではあったが、叱声には違いない。しかし、私は引き下がらなかった。
「その覚悟で伺っております」
 私はこの文章がどうしても欲しい、私が編集する誌上に掲げたい、と繰返した。作家にこれぞと思う原稿を依頼する時に、編集者は情け容赦もない。編集者魂がそうさせる。私は席を立つ気になれなかった。水上さんは根負けして、最後には「じゃ、書くよ」と言って下さったのである。



※そういえば、このニュースがテレビの「やじうまワイド」で報じられたとき、コメンテーターとして出演していた長谷川慶太郎は、「文学者というのは、こういう死にざま(歴史的な動乱に遭遇して、という意味だろう)をするものなんだねえ」と発言した。テレビを観ていた人たちはみな、「おいおい、まだ死んでねーぞ!」とツッコミを入れたことだろう。

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ロバート・アラン・フェルドマン『フェルドマン式知的生産術』


フェルドマン式知的生産術 ― 国境、業界を越えて働く人にフェルドマン式知的生産術 ― 国境、業界を越えて働く人に
(2012/10/12)
ロバート・アラン フェルドマン

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 ロバート・アラン・フェルドマン著『フェルドマン式知的生産術――国境、業界を越えて働く人に』(プレジデント社/1470円)読了。

 モルガン・スタンレーMUFG証券の日本担当チーフ・アナリスト、経済調査部長を務める著者が、自身の仕事に用いる知的生産術を一般向けにブレイクダウンした本。2008年刊の『一流アナリストの「7つ道具」』の増補改訂・改題版だそうだ。

 まず、訳者を立てずに著者が自分で書いているのに、非常に読みやすい日本語になっていることに驚く。1970年に留学生として初来日して以来、日本での生活も長かったとはいえ、ここまで文章がこなれているのはすごい。

 内容も、読み物としてはなかなか面白い。
 アナリストの分析手法をわかりやすく紹介した章は興味深く読めるし、「数字力」「プレゼン力」「商売力」などをテーマとしたほかの章も、説明のために用いられるエピソードや喩え話がいちいち面白い。

 たとえば、いわゆる「セルフブランディング」について説いたくだりでは、「そのジャンルでは自分が一番」といえるスキルをもつことが何よりも強力なブランディングになる、と言い、次のような例を挙げる。

 リンドバーグは世界中のどの国の人にも知られていますが、二番目に大西洋を渡ったバート・ヒンクラーの名前は誰も知りません。では、大西洋を三番目に飛んだ飛行士はどうでしょうか。エミリア・エアハート(※)です。彼女はよく知られています。なぜなら、大西洋を最初に横断した最初の女性飛行士だからです。「女性」と限定することで一番になることができたわけです。


※日本での一般的表記はアメリア・イアハート

 もう一つ例を挙げる。

 新しい星はどうやってできるのかご存知ですか? 星雲と星雲がぶつかったときにできるのだそうです。アイデアも同じです。意図的ではないけれども、それまで遭遇することのなかった考え方がぶつかったときに、新しい発想が生まれます。
 スティーブ・ジョブズがピクサー社の本社ビルを建てるときに、関係のない部署の社員同士がひんぱんに顔を合わせるように設計させました。具体的には、ビルのど真ん中にカフェテリアなどをつくり、社員が移動するときに必ずそこを通らないといけないようにしたのです。(中略)計画的に偶然をつくれば、アイデアが生まれやすくなります。



 このように、思わずメモしておきたくなるような話が随所にちりばめられている。
 ゆえに面白くは読めるのだが、本書に紹介された知的生産術が我々の仕事に役立つかは疑問。「ここに書かれている方法をどうやって自分の仕事に取り入れようか」と考えてみると、意外に応用が難しかったり、意外に陳腐なアイデアで実用性はなかったりするのだ。

 たとえば、関係ない部署の社員同士が顔を合わせる仕組みをつくればアイデアが生まれやすくなる、という話にしても、よく考えれば、ありふれた異業種交流会と同程度の発想でしかない。

 「会社の朝礼で話材に使う」などという形でネタ本にするにはよいが、実用性にはやや疑問符がつく本。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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