渡邊十絲子『今を生きるための現代詩』


今を生きるための現代詩 (講談社現代新書)今を生きるための現代詩 (講談社現代新書)
(2013/05/17)
渡邊 十絲子

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 今週は、月~火曜が京都で取材。寺脇研さんと今井紀明さんの対談に立ち会い(で、私が対談をまとめる)。

 今井さんは、2004年の「イラク日本人人質事件」で人質となった3人のうち、いちばん若かった人(当時まだ10代)。事件後に日本で受けたバッシングのすさまじい内幕をうかがって、慄然とした。
 おりしもいま、辛坊治郎氏の一件で「自己責任」論がおかしな形で蒸し返されているが、これは偶然だ。

 水曜は、ちょっと話をしに、大雨のなか目黒区役所へ――。
 これは仕事ではなく、なんというか「読者サービス」のようなもの。私が雑誌に寄せた記事を読んで「話を聞きたい」というリクエストを受けたので、お応えしたのである。

 昨日は都内某所で、次に書く本の打ち合わせ。
 このように毎日出かける週は、私としては珍しい。


 渡邊十絲子(わたなべ・としこ)著『今を生きるための現代詩』(講談社現代新書/798円)読了。

 詩人による、風変わりな現代詩入門。
 著者が少女時代からのさまざまな現代詩との出合いを振り返り、その体験を深く掘り下げることを通じて現代詩の魅力を語る形をとっている。

 詩論としてもエッセイとしても読めるが、文章の一つひとつがそれこそ詩のように美しいので、本書自体が長編詩のようでもある。

 「現代詩とはぐれたのは、いつですか?」という問いかけから本文が始まる。
 私も現代詩はどちらかというと苦手だから、「現代詩とはぐれた」一人といえる。そんな読者たちのために、著者は現代詩の魅力を、思いがけない角度から語っていく。その語り口がすこぶる魅力的だ。

 印象に残った一節を、いくつか引く――。

 一般に人は、実力が足りないときには、対象を否定することしかできない。肯定や受容は、否定の数十倍のエネルギーを必要とするものだと思う。だから小さい子どもは、新しく接する未知のものを否定ばかりしている。いま自分が、好きではない詩を否定するやりかたではなく、好きになった詩を肯定することばを書けるのは、つまり、おとなになったということである。



 人間が万能であったら、芸術はうまれないと思う。ひとは完璧をめざして達成できず、理想の道筋を思いえがいてそれを踏みはずす。その失敗のありさまや踏みはずし方が、すなわち芸術ということなのではないだろうか。
 失敗は失敗だけれども「こんなところまで攻めることができた」。それを感じて、われわれ人間は芸術に感動するのではないか。その感動は、一流のスポーツ競技者を見るときの感動とまったくおなじものであると、わたしには感じられる。



 詩は謎の種であり、読んだ人はそれをながいあいだこころのなかにしまって発芽をまつ。ちがった水をやればちがった芽が出るかもしれないし、また何十年経っても芽が出ないような種もあるだろう。そういうこともふくめて、どんな芽がいつ出てくるのかをたのしみにしながら何十年もの歳月をすすんでいく。いそいで答えを出す必要なんてないし、唯一解に到達する必要もない。



 表現をしようとする者は、みなこの「わからない」という拒絶や無理解にどう処するかを問われているのだが、「わかる」といわれることを目的にしてはならないと思う。それは自分の表現意欲を、もっとも安直な方法で満足させることだし、「創造」とは誰でも知っているような既存の価値を再生産することではない。



 ただ一度「正解」にたどりついてしまえばもうそれで読み終わってしまうような詩はつまらない。それは、前もってあらすじを知ってしまったらもう読む価値のない小説みたいなもので、要するに中身がとぼしいのだ。



 いま人間が「不可知」とか「想定不能」とか称していることも、より高次元の知覚をもってそれらを見るならば、ごくシンプルで美しい法則によってすべてが説明できてしまうことなのかもしれない。
 詩は、こうした高次元の知覚や思考の「予告編」のようなものだと思う。



 ……こうしたシビレるフレーズからも見て取れるように、これは難解な現代詩の模範的な解釈を教える本ではない。
 むしろ、現代詩という迷路の中を、ゆっくりとさまよい歩く悦楽を教えてくれる本なのである。

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『観ずに死ねるか !  傑作ドキュメンタリー88』


観ずに死ねるか ! 傑作ドキュメンタリー88観ずに死ねるか ! 傑作ドキュメンタリー88
(2013/03/29)


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 『観ずに死ねるか !  傑作ドキュメンタリー88――総勢73人が語る極私的作品論』(鉄人社/1890円)読了。

 タイトルのとおり、ドキュメンタリー映画の作品ガイドである。

 この手の本を作るいちばんかんたんなやり方は、10人くらいの映画評論家に、それぞれ担当作品を割り振る形で原稿依頼することだろう。
 だが、本書の編者(尾形誠規という人)はそうしなかった。作品ごとに、「その映画を論ずるのにいちばんふさわしい人、論ずる必然性のある人」を選ぶという手間のかかる手法を選んだのだ。

 映画評論家も寄稿しているが、その場合にも、作品との個人的なかかわりや思い入れが前面に出た文章となっている。

 原一男の『全身小説家』を、小説家の中村うさぎが論ずる。
 オジサン・ロックバンドのドキュメンタリー『アンヴィル!』を、オジサン・ロッカーの大槻ケンヂが語る。
 子どものころ長兄から性的虐待を受けた女性監督のセルフドキュメンタリー『アヒルの子』を、『ファザーファッカー』を書いた内田春菊が語る。
 オウムのドキュメンタリー『A』『A2』を、骨太の事件ノンフィクションを多く手がけてきた吉岡忍が論ずる。
 筋金入りのボブ・ディラン・フリークであるみうらじゅんが、『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』を語る。
 『ゆきゆきて、神軍』を、原一男のドキュメンタリー作法に最も強い影響を与えた「師」である田原総一朗が語る。

 ……という具合に、全編にわたってキャスティングの妙が光る。「この人がこの作品を語るなら、読んでみたい」と思わせるのだ。

 まあ、キャスティングの面白さに比して中身がそれほどでもないものもあるが、全体的にはよくできたムックである。何より、編者自身が強い情熱をもって作ったことが、誌面から伝わってくる。熱気が感じられるのだ。

 欲を言えば、ドキュメンタリー映画史をかんたんに振り返るような、鳥瞰的視点の記事が一つあってもよかった。各記事が全部コマギレな印象なのである。
 それでも、映画好きなら持っておいてよい本だと思う。

■参考
『観ずに死ねるか!傑作ドキュメンタリー88』編集者・尾形誠規さんインタビュー
版元による本書の紹介ページ

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高野秀行『謎の独立国家ソマリランド』


謎の独立国家ソマリランド謎の独立国家ソマリランド
(2013/02/19)
高野 秀行

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 高野秀行著『謎の独立国家ソマリランド――そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』(本の雑誌社/2310円)読了。

 書評用読書。すでにあちこちの書評で絶賛されている話題のノンフィクション。たしかに面白く、500ページ超の大著を一気読みした。

 ソマリランドはアフリカ大陸東端のいわゆる「アフリカの角」に位置する国。ただし、国際的には独立国家として承認されておらず、ソマリアの一部とみなされている。

 紛争地域にあるにもかかわらず、ソマリランドはあたかも「台風の目」のように、奇跡的な平和を保っている。そればかりか、民主主義もきちんと機能しており、平和的な政権交代も成し遂げられたという。
 なぜそれが可能だったのか? その謎を探るため、ノンフィクション作家の著者が現地に乗り込み、果敢な取材をつづけて書き上げたのが本書である。

 ……というと、眉根にシワ寄せた感じの堅苦しい社会派ルポを想像する向きが多いだろう。
 だが、そうではない。著者の筆致はあくまで軽妙洒脱。仰天エピソードの連打でグイグイ読者を引っ張り、最後まで飽きさせないポップで楽しいノンフィクションになっているのだ。

 著者はソマリランドのみならず、より危険な南部ソマリアや海賊国家(ホントに海賊がいる。てゆーか、海賊が主要産業みたいになっている)プントランドという隣接国にも取材に赴く。そして、命を危険にさらすような目にも何度か遭う。それでも、著者は九死に一生を得た体験すら、ユーモアにくるんで飄々と綴っている。

 帯には、「西欧民主主義、敗れたり!!」という印象的な惹句が躍っている。この惹句のとおり、我々が生きる西欧型民主主義社会の常識では推し量れない突飛な出来事が、次から次へと登場する。そして、常識外れのやり方をしているにもかかわらず、ソマリランドの民主主義はちゃんと機能しているのだ。

 読みながら、「民主主義とは何か?」「国家とは何か?」という根源的な問いが、おのずと頭に浮かんでくる。
 世界のありようは、我々が考えているよりもはるかに多彩だ。……そんなことを改めて痛感させ、「世界が変わって見える」驚愕のノンフィクションである。

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梯久美子『声を届ける――10人の表現者』


声を届ける―10人の表現者声を届ける―10人の表現者
(2013/04)
梯 久美子

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 昨日は、ヤクルトスワローズのゴールデンルーキー・小川泰弘投手を取材。神宮球場のクラブハウスにて。

 グラブに「親孝行」と刺繍を入れているという小川投手は、一つひとつの質問にじっくりと考えて答える真面目な好青年であった。
 太腿が、まるで競輪選手のようにたくましい。大学時代、ノーラン・ライアン流の投球フォームを身につけるために、走り込みとウエイトトレーニングで作り上げた強靭な下半身である。


 行き帰りの電車で、梯久美子著『声を届ける――10人の表現者』(求龍堂/1680円)を読了。

 すっかり売れっ子ノンフィクション作家となった著者は、『散るぞ悲しき』で単行本デビューを果たす前から、『アエラ』の看板連載「現代の肖像」の執筆者の1人だった。
 私が彼女の名前を記憶したのも、「現代の肖像」で脚本家の中園ミホを取り上げた回があまりに素晴らしかったからであった。

 本書は、これまでに梯が「現代の肖像」で書いてきた10本の人物ルポを集めたもの。常連執筆者という印象があったが、意外にも、彼女が書いた「現代の肖像」はこの10本がすべてなのだという。

 以前当ブログに、「梯久美子が『現代の肖像』に書いたルポにはいいものが多いから、彼女のものだけ集めて本にすればいいのに。出たら私は絶対買う」と書いたことがあった。約束どおりゲットしたしだい。

 11年前に私を驚嘆させた中園ミホのルポも、当然収録されている。
 ほかに登場するのは、丸山健二(小説家)、西川美和(映画監督)、槇村さとる(マンガ家)、谷川俊太郎(詩人)、かづきれいこ(フェイシャルセラピスト)、石川真生(写真家)、向田和子(エッセイスト)、ウー・ウェン(料理研究家)、石内都(写真家)――。
 副題のとおり、広義の「表現者」ばかりである。

 10本とも素晴らしい出来。「人物ルポのヴィンテージ」と言ってもよい1冊になっている。

 私がいちばん感動したのは、かづきれいこを取り上げた回。そこには、次のような印象的な一節がある。

 うつむいている人に、つい目がいく。それが、かづきれいこの習い性だ。自分にも下を向いて生きていた頃があった。顔を上げるために、化粧を学んだのだ。
「でも化粧ってイヤな言葉や思わへん? 何で“化ける”いう字、使うの? 私これきっと、男が作った言葉やと思うわ」
 いつものように予定時間を大幅にオーバーした講演の帰り、タクシーの中でかづきが言う。テンションが上がると関西弁が交じる。大阪で生まれ、西宮で育った。



 これは導入部の一節だが、読者の心を鮮やかにつかみ、「つづきが読みたい」と強く思わせる文章だと思う。むずかしい言葉、奇をてらった表現は一つも使っていないのに、深い滋味と心地よいリズムがある。 

 本書に舞台裏が明かされているが、「現代の肖像」はすごく厚い取材を重ねて作られている。
 一本のルポのために、「数ヵ月から、長い人では一年間にわたって、仕事をする姿を見せてもらい、普段着の時間をともに過ごすことを許してもら」ったという。昨今のあわただしい日本の雑誌ジャーナリズムの世界では、めったに見られない贅沢さと言える。

 当代屈指の名文家・梯久美子がそれほど贅沢な取材をして書いたルポなのだから、よいものにならないわけがない。

 『散るぞ悲しき』で脚光を浴びたため、梯久美子はなんだか「太平洋戦争もの専門のノンフィクション作家」みたいな扱いになってきている。
 私は、そのことを惜しいと思う。本書のような普通の(というのもヘンだが)人物ルポを、ぜひまた手がけてほしいものだ。

■関連エントリ→ 梯久美子『散るぞ悲しき』レビュー

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西田亮介『ネット選挙』


ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容
(2013/05/31)
西田 亮介

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 西田亮介著『ネット選挙――解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社/1575円)読了。仕事の資料として読んだ。

 7月の参院選からいよいよ解禁になる「ネット選挙」(※)について、1983年生まれの若手社会学者(立命館大学准教授)がさまざまな角度から解説・分析したもの。

※正しくは「選挙運動におけるネットの利活用」の解禁。ネット投票が解禁になるわけではない。……ということは、大半の人がわかっていると思うけど。

 ネット選挙を解説した類書はほかにもあるが、本書はとてもよくできているので、「解禁前に、とりあえず解説書を1冊読んでおきたい」という向きにはこれがオススメ。

 この手の時事的な本の常で、突貫工事で書き上げた(あとがきによれば正味1ヶ月ほどで書いたという)ようだが、それにしてはよくまとまっている。ネット選挙の先進国であるアメリカ、韓国との比較や、解禁が論じられ始めてからの約20年間の歩み、解禁後に何がどう変わるかについての展望などが、バランスよく詰め込まれているのだ。

 そして、そのような事実面での解説に加え、ネット選挙解禁の思想的意味についても深堀りしているのが、本書の特長である。

 日本の公職選挙法が志向してきた「均質な公平性」と、インターネットの設計思想である「漸進的改良主義」には、本来相容れない部分が大きい。ゆえにネット選挙の解禁は、じつは日本政治そのものに「価値観の転換」を迫るものであり、制度上の変更であるにとどまらず、大きな思想的意味をもっている……というのが著者の見立て。
 私自身は「へえ、そんなもんですかね」と思うのみで、著者の問題提起はピンとこないのだが。

 ネット選挙解禁までの歩みをたどった3~4章は、資料的価値はあるだろうが、退屈。
 逆に、解禁後の変化を予測した7章と、ネット選挙解禁の意義を民主主義という大きな枠組みの中で考察した終章(全体のまとめ・結論でもある)は、刺激的で面白かった。

 「ネット選挙解禁で、これまでより選挙にお金がかからなくなる」とか、「ネット選挙が解禁されれば若者が選挙に目を向けるようになり、投票率が上がる」などという誤解(少なくとも「そうとはかぎらない」こと)が、具体的データから正されていくのも面白い。

 たとえば、韓国ではネット選挙解禁後、大統領選の投票率はむしろ下がり、選挙運動の費用は下がっていないという。

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海老名香葉子『母と昭和とわらべ唄』


母と昭和とわらべ唄母と昭和とわらべ唄
(2013/06/10)
海老名 香葉子

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 海老名香葉子著『母と昭和とわらべ唄――しつけと情のある暮らし』(鳳書院/1575円)読了。
 
 書評用読書。言わずと知れた林家一門のおかみさんが、幼少期からの波瀾万丈の半生を点描したエッセイ集。

 幼少期からの思い出、初代林家三平と結婚してからのこと、三平死後のこと、そして最近の出来事が、ランダムに登場する。
 そのことが、時系列順にするよりもむしろ自然な感じでよい。親しい人と思い出話をするときには、こんなふうに脈絡なくあちこちに話が飛ぶものだからである。著者の傍らで思い出話に耳を傾けているような、アットホームな印象のエッセイ集だ。

 副題のとおり、子どもに対するしつけがきちんとなされ、人々の情が息づいていた古き佳き時代の日本が、印象的なエピソードを通じて描き出される。

 第2章の章題が「ていねいに暮らす」になっているが、本書は全編、昔の人々の“暮らしの手ざわり”をしっかりと伝えるものになっている。
 出てくる食べ物が、どれも素朴なものであるにもかかわらず、なんとおいしそうなこと。江戸弁の薫りを残す東京言葉の、なんと味わい深いこと。

 周知のとおり、著者は東京大空襲で一家6人を失い戦災孤児となった人である。ゆえに、戦争の記憶を綴ったエッセイはどれも悲しく重い。襟を正して読むべき内容といえる。
 が、全体から受ける印象は、楽しくあたたかいものだ。

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パティ・スミス『ジャスト・キッズ』


ジャスト・キッズジャスト・キッズ
(2012/12/20)
パティ スミス

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 パティ・スミス著、にむらじゅんこ・小林薫訳『ジャスト・キッズ』(河出書房新社/2499円)読了。

 「パンクの女王」パティ・スミスは、若き日にロバート・メイプルソープの恋人であった。
 本書は、2人が1967年のニューヨークで出会い、同棲し、別れ、メイプルソープの死によって永遠の別れを迎えるまでの20年余を、パティ自身の筆で綴ったものだ。

 みずみずしい青春物語であり、哀切なラブストーリーであり、2人のアーティストが自らの世界を築き上げるまでの過程をつぶさにたどった書でもある。

 パティとメイプルソープのどちらか、あるいは両方のファンなら必読。ファンでなくても、ロックや文学、およびアート全般に関心がある人なら面白く読めるはずだ。

 優れた詩人でもあるパティの文章は、詩的で美しい。メモしておきたいような一節が随所にある。たとえば――。

 時代を映し出すアーティストより、時代を変えていくアーティストを私は好んでいた。



 彼はいつものように私の一歩先を歩んでいた。私がジュネを読んでいたとき、すでにロバートはジュネになってしまっていたのだ。



「パティ、僕らみたいに世界を見る奴なんて、誰もいないんだよ」



 60年代末から70年代前半のニューヨークがおもな舞台となり、綺羅星のごとき各界のアーティストが次々と登場する。
 たとえば、デビュー前のパティは、最晩年のジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックスと出会い、サム・シェパードと一時期つきあい、アレン・ギンズバーグに男の子と間違えられてナンパされそうになり(ギンズバーグはゲイだった)、ジム・キャロルやトッド・ラングレンとも交流を結ぶ。なんともゴージャスな青春である。
 アーティストたちとの交友エピソードがちりばめられ、それらを読むだけでも「おなかいっぱい」になる本だ。

 しかし、何より胸を打つのは、まだ何者でもなかったパティとメイプルソープが、触発し合い、切磋琢磨して、アーティストとして成長していく姿である。
 2人は互いにとっての「ミューズ」でもあった。彼らが出会わなければ、ロック・アーティストとしてのパティ・スミスも、写真家としてのメイプルソープも、おそらく誕生しなかっただろう。メイプルソープの死に際してパティが綴った追悼文に、「私の作品はすべて、あなたと過ごした素晴らしいひとときの賜なのです」という一節があるように……。

 同棲していた20代前半のころ、彼らはとても貧しかった。しかし、貧しい暮らしの中でも芸術についてだけは貪欲に学んでいく。その姿はすがすがしく、幸福感に満ちている。

 入館料を払う余裕は私たちにはなかった。美術館を訪れるときに払えるのは、一人分のチケットだけだった。それで、どちらかが入って展覧会を鑑賞し、戻って報告をすることにしていた。
(中略)
 私を待ってくれていたロバートと地下鉄に向かう途中、「いつかは一緒に入ろう。そして、そのとき展示されているのは僕たちの作品なんだ」と彼は言った。



 寒空の下、手のひらの中の少ないお金をどうやって使うかを話し合った。チーズサンドイッチを買うか、それとも美術用品を買うか。コインを投げて裏表で決めたりした。



 くーっ! しびれるねえ。若く貧しい、芸術にすべてを賭けた恋人たち。大貫妙子の「若き日の望楼」みたいだ。

 しかし、2人の進む方向は少しずつずれていく。
 メイプルソープは芸術を追求するうちにゲイとしてのセクシュアリティに目覚め、やがて男の恋人もでき、2人の肉体的な結びつきは薄れていく。いっぽう、詩人を目指していたパティは、いくつかの運命的な出会いを経て、ロック・アーティストとして開眼していく。
 アートという共通項によって恋人となった2人は、皮肉にも、アーティストとして成長するにつれ、違う軌道を進むようになるのだ。

 それでも、2人を結ぶ心の絆の強さは最後まで変わらない。

 本書の終盤で、パティ・スミスはロックスターとなり、メイプルソープは写真家として最大級の成功を収める。
 ロック史上最も有名なジャケ写の一つであるパティのファーストアルバム『ホーセス』のカバーは、メイプルソープが撮ったものだ。その撮影の舞台裏も、本書には描かれている。


ホーセスホーセス
(2013/03/06)
パティ・スミス

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 ロバートが《ホーセス》のジャケットの写真を撮るのは、当然のことだった。音楽という私の剣は、ロバートの写真という鞘に収められるのがふさわしい。どんな写真になるかはわからなかったが、本当の私の姿をとらえた写真になるのは間違いなかった。



 エイズで死の淵にあったメイプルソープとの最後の日々が綴られた終章は、涙なしに読めない。そこにはこんな印象的な一節がある。

「僕らには子供ができなかった」彼は寂しそうに言った。
「作品が私たちの子供だったのよ」



■関連エントリ→ 『パティ・スミス完全版』レビュー

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アニー・ハズラム『ムーンライト・シャドウ』


ムーンライト・シャドウ(アニー・ハズラム) - リマスター(直輸入盤・帯・ライナー付き)ムーンライト・シャドウ(アニー・ハズラム) - リマスター(直輸入盤・帯・ライナー付き)
(2010/06/16)
アニー・ハズラム



 アニー・ハズラムの『ムーンライト・シャドウ』を、中古で購入。

 英プログレ界が誇る美声の歌姫が、ルネッサンス解散後の1989年に発表したセカンド・ソロである。

 アニーももう60代半ばだが、本作は30代末の作品。だから当然といえば当然だが、5オクターブの伸びやかな歌声はルネッサンス全盛期とまったく変わらない。

 邦題が示すように、マイク・オールドフィールドのヒット曲「ムーンライト・シャドウ」をカヴァーしている。原曲のヴォーカル、マギー・ライリーも美声の持ち主だから、アニーのヴォーカルともピッタリ合っている。原曲と甲乙つけがたい出来。

 ムーディー・ブルースのジャスティン・ヘイワード(ギター)や、元キング・クリムゾンのメル・コリンズ(サックス)など、豪華ミュージシャンが参加したサウンドもきらびやかである。


↑本作のサウンドを代表する曲「嘆きの天使(The Angels Cry)」

 ただ、「ルネッサンスそのものの再現」を求めてしまうと、肩透かしを食う。
 ルネッサンスはプログレ・バンドの中でもひときわクラシカルな、生ピアノ、生ギター、ストリングス中心のサウンドであった。対して本作は、プロデューサーでもあるラリー・ファーストのデジタル・シンセが核を成している。
 とはいえ、いわゆる「打ち込み」のペラい音とは一線を画しているのだが、それでもルネッサンス時代の音とはまるで別物である。もっとポップだし、もろ80年代的な音なのだ。そもそも、プログレ色も薄い。
 アニー自身もソングライティングに参加した「セレスティン」というバラードが、ほとんど唯一ルネッサンスぽいかな。

 それでも、曲は粒揃いだし、「ルネッサンスとは別物」とわきまえたうえで聴けば十分楽しめる良作。


↑ルネッサンス全盛期の名曲「Carpet Of The Sun」

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佐藤典雅『ドアの向こうのカルト』


ドアの向こうのカルト ---9歳から35歳まで過ごしたエホバの証人の記録ドアの向こうのカルト ---9歳から35歳まで過ごしたエホバの証人の記録
(2013/01/18)
佐藤 典雅

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 一昨日から昨日にかけて、取材で熊本県水俣市へ――。
 今回は雑誌記事ではなく、映像の仕事のシナリオハンティング。とはいえ、やることは雑誌の取材と同じで、いろんな人に話を聞くのである。
 2日間で20人以上の方にお話をうかがい、クタクタになって帰宅。

 熊本県はどこへ行っても「くまモン」だらけ。市職員の名刺もくまモン(名刺自体がくまモン型)なのであった。


 佐藤典雅著『ドアの向こうのカルト――九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』(河出書房新社/1890円)読了。

■参考→ 『ドアの向こうのカルト』公式紹介ページ

 幼少期から青年期にかけてエホバの証人の信者だった著者が、信者としての歩みと脱会に至る経緯を綴った自伝である。
 この手の本にありがちな声高な告発調ではなく、ごく普通の書き方をしているところが新鮮だった。「たまたまカルト教団に入った1人の男性の、風変わりな青春記」という趣なのだ。

 とはいえ、本書で初めて知った信者たちの暮らしぶりは、やはり衝撃的ではあった。
 たとえば、著者の少年時代、部屋に隠し持っていた『北斗の拳』のコミックスが母親に見つかり、それだけのことで激怒される場面がある。

「闘いを学ばないクリスチャンがなぜこのような血みどろのマンガを!!」
「こんなサタンのものを家に持ち込んで汚らわしい!!」



 そして、著者は母親に何度もビンタされ、部屋の本棚の中身をひっくり返され、隠し持っていたマンガ本やロック音楽のカセットテープをすべて捨てられてしまうのであった。「こういうサタン的なものを聞いているから、行状が良くならないの!」と……。

 それどころか、「デートのような不道徳の始まりとなるサタンの罠にはくれぐれも気をつけましょう」と言われ、結婚を前提としない男女交際も婚前交渉も禁止。
 ゆえに少年期の著者は、「その頃から私は自分で自分の感情を殺すようになった。好きにならないように感情のスイッチを切るのだ。よって私は青春時代にはキスはおろかデートすらしたことがない」という。

 カルトの思考スタイルを知るために役立つ本。
 ただ、脱会に至る経緯を綴った章で、著者が「霊能者」との出会い(それが洗脳を解く一つのきっかけになる)や江原啓之の本を肯定的にとらえている点には、ちょっと首をかしげた。カルトからスピリチュアルに鞍替えしただけなんかな、と……。

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池松江美『男性不信』


男性不信 (本人本04)男性不信 (本人本04)
(2008/03/20)
池松 江美

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 池松江美著『男性不信』(太田出版/1470円)読了。

 辛酸なめ子が本名名義で著した自伝的小説。主人公は辛酸なめ子ならぬ「虫唾ラン子」(笑)なるコラムニストになっている。

 自伝的小説と銘打たれてはいても、事実とフィクションの配合割合がどうなっているのかはよくわからない。
 が、少なくとも主人公のキャラ造型は、私たちが傍目からイメージする辛酸なめ子そのまんまである。

 タイトルのとおり、世の男どもがいかに女性たちを美醜でしか判断していないか、いかに下心に満ちていて、いかに馬鹿かを、怨念のこもった観察眼でねちっこく描き出している。
 そして、そんな男どものクダラナイ基準で価値判断され、主人公が少女時代からいかに傷つけられてきたかが、縷々告白されている。

 ……というと、暗く重苦しい小説を思い浮かべるかもしれない。が、そんなことはまったくない。辛酸なめ子がコラム等で見せるねじれたユーモア、鋭敏な批評眼が全編にわたって発揮され、ポップで楽しい小説になっているのだ。私は面白くて一気読み。大いに笑った。

 本書を読んで思い出したのは、桐野夏生の『グロテスク』。もちろん小説としてのタイプはまったく異なるが、女性ならではの「研ぎ澄まされた悪意」が共通なのだ。

■関連エントリ→ 研ぎ澄まされた悪意――桐野夏生『グロテスク』

 『グロテスク』前半の舞台となるお嬢様学校での、隠微な差別とイジメ。それは読んでいて寒気がするほどリアルに描かれていたが、本書で主人公が周囲の男ども、女たちに向ける怜悧な批評眼にも、同じような寒気を覚える。
 ただし本書の場合、その研ぎ澄まされた悪意はユーモアでシュガーコーティングされているのだ。

 ちなみに、辛酸なめ子はすっかりブス扱いされているが、私はけっこうカワイイと思う。
 でも彼女自身は、「辛酸なめ子タイプをカワイイと思うオジサンの心理」など先刻お見通しで、本作の中で完膚なきまでに叩き斬っているのであった(笑)。
 本作によれば彼女は(てゆーか、主人公は)、若いころから同世代の若者には冷たくされてきたものの、オジサン層には「変なモテ方」をしたのだという。わかるわかる。 

■関連エントリ→ 『辛酸なめ子の現代社会学』レビュー

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ジャン=リュック・ポンティ『Original Album Series』


Original Album SeriesOriginal Album Series
(2012/12/10)
Jean-Luc Ponty

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 旧作アルバムを5枚セットで廉価販売する『Original Album Series』にジャン=リュック・ポンティが加わっていたので、購入。

 フランスのヴァイオリニストであるポンティは、おもにジャズ~フュージョンの分野で活躍してきた。
 このセットは、1970年代後半にアトランティック・レコードから発売された、ジャズ・ロック色の濃い一連のアルバムを集めたもの。75年の『Upon the Wings of Music』から、78年の『コズミック・メッセンジャー(Cosmic Messenger)』までが収められている。

 私は、ポンティのアルバムでは77年の『秘なる海(Enigmatic Ocean)』と、ベストアルバム1枚をすでに所有していた。
 本セットにも『秘なる海』は入っているし、収録曲にはベスト盤に入っているものも多いが、なにしろ激安なので多少かぶっても気にならない。

 アラン・ホールズワースが参加した『秘なる海』はジャズ・ロックの名盤として知られており、私も大好きなアルバム。ほかの4作は通して聴いたのは初めてだが、それぞれよかった。



 とくに、76年の『桃源への旅立ち(Imaginary Voyage)』は、『秘なる海』と甲乙つけがたい傑作だと感じた。
 「The Gardens Of Babylon(バビロンの園)」という曲の流麗な美しさは悶絶ものだし、20分に及ぶ組曲形式のタイトルナンバーもドラマティックな絶品だ。



 『コズミック・メッセンジャー』も、タイトルどおりのスペイシーなジャズ・ロック・アルバムで、スピーディーにたたみかける展開が素晴らしい。

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西村賢太『棺に跨がる』


棺に跨がる棺に跨がる
(2013/04/22)
西村 賢太

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 西村賢太著『棺に跨がる』(文藝春秋/1365円)読了。

 「秋恵もの」ばかりが4編並んだ最新短編集。

 今回はわりと正攻法で作られていて、4つの短編が時系列順に並んでいる。
 その4編を通して、秋恵の肋骨にヒビが入るほどのひどいDVで2人に決定的な亀裂が入り、ついに秋恵が貫多(西村の分身)のもとを去るまでが描かれている。

 西村作品の大きな柱となってきた「秋恵もの」も、いよいよクライマックスを迎えたわけだ。
 あとは、出て行った秋恵がほかの男のもとに走っていた(それでも西村に彼女を責める資格などないが)ことを知り、修羅場になる顛末が描かれる作品を残すのみか。

 別離に至る経緯が描かれた作品集だけに、本書のトーンはほかの「秋恵もの」より陰鬱だ。
 それでも、西村は相変わらずサービス精神旺盛で、笑いを誘うギャグ的フレーズが随所にちりばめてある。救いのない話なのに、私は読みながら何度も声を上げて笑った。

 あと、西村は相変わらずタイトルづけがバツグンにうまい。
 本書所収の4編はそれぞれ、「棺(かん)に跨がる」「脳中の冥路」「豚の鮮血」「破鏡前夜」というタイトルで、どれもイメージ豊かだし、古典的名作のような風格があり、強い印象を残す。

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武井一巳『Kindle新・読書術』


Kindle 新・読書術 すべての本好きに捧げる本Kindle 新・読書術 すべての本好きに捧げる本
(2013/01/25)
武井 一巳

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 武井一巳著『Kindle新・読書術――すべての本好きに捧げる本』(翔泳社/1344円)読了。

 IT分野にくわしいジャーナリストで、第2世代キンドル(初代は日本では買えなかった)からのヘビーユーザーであるという著者が書いた、キンドルの楽しみ方入門。キンドルを使った読書についてはもちろんのこと、それ以外の便利な機能についてもくわしく解説されている。

 また、アマゾンでの電子書籍自費出版である「キンドル・ダイレクト・パブリッシング」(KDP)についても、一章が割かれている。私はKDPで本を出してみようと思っているので、この章で概要がつかめたのはよかった。

 ただし、本書で扱っているのは「キンドル・ペーパーホワイト」のみ。Androidタブレットである「キンドル・ファイア」にはほとんど言及されていない。

 細かい機能についてまで懇切丁寧に紹介されていて、キンドル購入前に読んでおいて損はない本だ。

 かくいう私も本書を読んで背中を押され、「キンドル・ペーパーホワイト3G」をポチった。
 ご多分にもれず私も本の収納には悩まされてきたから、今後はできるだけ電子書籍で買おうと思う。

 KDPについては本書の1章のみでは不十分だと思うので、ほかに解説書を買うつもり。それについてはまたエントリを改めて。

 ところで、佐々木俊尚が書いた「ネオヒルズ族は稼げてライターは稼げない 情報産業でメシを食うのに必要なこと」という「日刊サイゾー」の記事は、たいへん身につまされるものだった。

 ライターの多くが、「いまは食えているけど、5年後に同じように食えているとはとても思えない」と感じていることだろう。私もその一人。
 それで、既成の雑誌や書籍以外の食い扶持をみんなが探しているわけだが、いまのところ誰にも「これだ!」という決め手が見つからない。

 相場の安いウェブメディアの原稿料だけでは、とても食っていけない。有料メルマガなどの個人メディアで食っていけるのも有名人だけ。アフィリエイトで稼げるのは小遣い銭程度……。
 けっきょくは、いろんな方面に手を広げ、少しずつリスクヘッジしていくしかないのだろう。ライター以外の仕事との兼業も、今後はあたりまえになっていくはずだ。

 KDPだけで生活している人は日本にまだ一人もいないはずだが、近い将来、少なくとも収入源の一つにはなり得るだろう。そう考えて、暗中模索しているしだい。

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『ボウリング・フォー・コロンバイン』再見


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(2003/08/27)
マイケル・ムーア

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 仕事上の必要があって、マイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』を再見。
 この映画に出てくるマリリン・マンソンの発言に原稿で触れる必要があったので、確認のために観たのである。

 レンタル落ちの中古DVDを、アマゾンのマケプレで1円で購入。便利な時代である。映画評論家も、昔に比べたら仕事がやりやすいだろうなと思う。

 ビデオ普及以前の古い映画評論の本を読むと、映画の内容に関する細かい事実誤認がけっこうあったりする。評論家が自分の記憶に頼って書くしかなかった時代ゆえだろう。
 しかし、かんたんに確認作業ができるということは、逆に映画評論家にとってシンドい面もあるか。記憶だけで書いたらすぐに間違いを指摘されるから、いちいち確認しないといけないし。

 この映画を最初に観たときの感想を読み直そうと思い、当ブログ内を検索してみたら、あれ? ない。
 まだブログを始める前に観たのだったか、あるいは感想エントリを書かなかったのか。

 ついでに言うと、当ブログは私の仕事にいろんな面ですごく役立っている。なんのためにいちいち感想や日常雑記を書き記しているかといえば、何よりも「自分の仕事のため」である。

 私は、マイケル・ムーアの映画ではこれがいちばん好きだな。奇天烈な身なりのマリリン・マンソンが、チャールトン・ヘストンなどよりもずっとまっとうなことを言っているのも面白い。

 ついでに、マリリン・マンソンの最新作『ボーン・ヴィラン』もレンタルで聴いた。
 カーリー・サイモンの「うつろな愛」をメタリックにカヴァーしているのが、いとをかし。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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