大今良時『聲の形』


聲の形(5) (講談社コミックス)聲の形(5) (講談社コミックス)
(2014/08/16)
大今 良時

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 仕事上の必要があって、大今良時の『聲(こえ)の形』(講談社コミックス)を、既刊1~6巻まで一気読み。
 4巻時点で累計100万部を突破したというから、いまどきとしては大ヒット作と言ってよいだろう。

 聴覚障害をもった少女と、健常者の少年のラブストーリーである。

 ……というと、手垢にまみれた「感動もの」を連想するだろうが、本作には類似作には見られない斬新な仕掛けがなされている。
 主人公の少年を、転校してきた聴覚障害の少女を「率先してイジメた張本人」として設定しているのだ。これは新機軸というか、コロンブスの卵。「ううむ、その手があったか!」と唸った。

 過去の類似作では、イジメた側が主人公になることなど決してなかった。「そんな主人公が読者の共感を得られるはずがない」という、当然の判断からであろう。
 じっさい本作でも、小学生時代のイジメの経緯が描かれた1巻は、けっこう読むのがツライ。しかし、作品全体から見ればその部分はプロローグに過ぎず、2巻以降の展開こそがメインストーリーなのである。

 補聴器をくり返し壊すようなイジメが学校で問題化し、そこからこんどは少年がイジメのターゲットになる。それからほどなく少女は転校し、少年の前から消える。
 周囲から完全に孤立する日々の中で、高校生になった少年は絶望して自殺を決意する。そして、死ぬ前にやり残したこと――あの少女に会って謝罪すること――を片付けようと、消えてしまった少女を探し始めるのだ。

 「死ぬための再会」だったはずなのに、少年は少女に再会してふたたび「生きよう」と思う。贖罪のため、自分が壊してしまったものを取り戻すために……。

 俺は 俺が西宮から奪ったであろう沢山のものを 取り返さないといけない



 ……という少年のモノローグは、胸に迫る。

 まあ、身もフタもないことを言えば、「昔自分をイジメていた男子を好きになる障害者の少女なんて、いるわけねーだろ」という気もする。2巻以降のラブストーリー展開はファンタジーとしか言いようがない。
 しかし、基本設定の不自然さは否めないにしても、小学校~高校のクラス内の人間関係の描き方などは、すこぶる繊細でリアルである。

 『少年マガジン』連載の「もろ少年マンガ」なのに、私のようなオッサンにも「つづきが気になって仕方ない」と思わせるあたり、なかなかのものだと思う。

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赤崎勇『青い光に魅せられて』ほか


青い光に魅せられて 青色LED開発物語青い光に魅せられて 青色LED開発物語
(2013/03/26)
赤﨑 勇

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 昨日は名古屋大学で、先ごろノーベル物理学賞を受賞された天野浩教授を取材。

 赤崎勇著『青い光に魅せられて――青色LED開発物語』(日本経済新聞出版社)、中嶋彰著『「青色」に挑んだ男たち』(日本経済新聞社)、垂井康夫著『世界をリードするイノベーター/電子・情報分野の日本人10人』(オーム社)など、関連書籍・記事を読んで臨む。

 電子工学とか半導体工学とか、私にとっては思いっきり苦手分野なのだが、1日かけて関連書籍を熟読して取材準備をするうち、「よし、これで青色LEDについて完璧に理解したぞ」という気分になる(錯覚ですがw)。ライターの仕事は一夜漬けの勉強のくり返しなのだ。

 青色LEDの開発というと、今回の3人の受賞者の1人、中村修二さんをめぐる物語(=地方の小さなベンチャー企業にいた中村氏が、日本を代表する巨大企業群に打ち勝った「プロジェクトX」的物語)に注目が集まりがちである。

 しかしじつは、赤崎・天野という親子ほど年の離れた師弟研究者による「我ら二人荒野を征く」的な師弟共戦のドラマも、同じくらい感動的なのだ。

 天野教授は取材等が殺到し、人生でいちばんご多忙な時期であるはず。昨日も、私たち以外に数社の取材をまとめて受けておられた。
 インタビューは私たちが最後から2番目。おつかれのはずなのに、とても気さくに、ていねいに語ってくださり、楽しくも感動的な取材になった。

 私の30年近い取材経験をふまえていつも感じていることだが、各界一流の人物というのは例外なく謙虚である。自分に確固たる自信があるから、目下の者に威張り散らして「自分の力を確認」する必要がないのだ。

 「でも、私の知ってる◯◯さんは一流だけど傲慢だよ」と思う向きもあろうが、そういう人は「真の一流」ではないのだ。業界の位置づけ的に一流であったとしても、人間的には。

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山田参助『あれよ星屑』


あれよ星屑 2 (ビームコミックス)あれよ星屑 2 (ビームコミックス)
(2014/10/25)
山田 参助

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 山田参助の『あれよ星屑』(ビームコミックス)の既刊1~2巻を、電子書籍で購入。

 この人のマンガを読むのは初めて。元々は、おもにゲイ・マンガの世界で活躍してきた人らしい。これまで私の視界に入らなかったのはそのためだろう。
 
 終戦から1年を経た東京の闇市を舞台に、男臭いドラマが展開される。
 戦争で地獄を見た男と女が、その地獄を心に引きずりながら、懸命に日々を生きていく。

 闇市で雑炊屋を営みながら、酒浸りの日々を送る川島徳太郎。その前に、兵隊時代の部下であった黒田門松が現れる。再会を喜ぶ黒田に、川島は「俺はな、あのとき死んだほうが良かったと思っとる」とつぶやく。

 インテリの川島と、“脳みそ筋肉”で陽気な熊のような男・黒田。2人の再会によって、川島の虚無的な日々に新たな光が射し込み、物語が動き出す――。

 ……と、いうような話。
 版元がつけた惹句には、「闇市、パンパンガール、戦災孤児、進駐軍用慰安施設など、戦後日本のアンダーワールドの日常を、匂い立つような筆致で生々しく猥雑に描き出す、敗戦焼け跡グラフティ、開幕」とある。

 たしかに、男女いずれのキャラとも非常に生々しく活写されており、表情の一つひとつに血の通った色気がある。往年のバロン吉元の絵をもっとイラスト的にしたような、ハイセンスで味わい深い絵柄が素晴らしい。とくに、女たちの醸し出す儚いエロティシズムは絶品だ。

 コミックスの2巻は丸ごと、戦争末期の中国大陸での出来事を描く軍隊時代回想編である。
 この回想編はかなりキワドイ描写を含んでおり、「メジャーなコミック誌で、よくここまで突っ込んで描いたな」と驚かされる。たとえば、川島が将校の命令で八路軍の兵士を斬首させられる場面などが、すさまじいリアリティで描かれるのだ。

 戦中と終戦直後の日本を、一切のきれいごとを排して描いた、大人のためのマンガ。

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橘玲『バカが多いのには理由がある』


バカが多いのには理由があるバカが多いのには理由がある
(2014/06/26)
橘 玲

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 昨日は、取材で横浜市磯子区へ――。
 「接客コンテスト」で全国優勝した、某大手スーパーの店員さんの取材。さすがに人当たりが柔らかく、笑顔が魅力的な青年であった。


 行き帰りの電車で、橘玲(たちばな・あきら)著『バカが多いのには理由がある』(集英社/1512円)を読了。

 2012年11月から今年5月にかけて、『週刊プレイボーイ』に連載された時評コラムの単行本化。挑発的なタイトルだが、中身はタイトルほど「上から目線」ではない。

 一昨年から今春にかけて起きたさまざまな出来事をお題にした時評コラムが、政治・経済・社会・心理の4分野に分けてまとめられている。 

 著者の専門は経済・金融だから、やはり経済について論じたパートがいちばん読み応えがある。また、政治などを論じたコラムでも、経済学的知見を援用した部分に卓見が多い。

 私が付箋をつけた箇所を引用してみよう。

 経済学では、人間が完全に合理的であれば選挙などに行くわけがない、と考えます。国政選挙では自分の1票が候補者の当落に与える影響力はほとんどゼロですから、貴重な休日にわざわざ投票所まで出かけていく費用対効果もゼロで、投票率は業界団体や宗教団体など、投票の動機が明快なひとの数で決まることになります。
 実際には投票率はこのシニカルな仮説をはるかに超えていて、「ひとは常に経済合理的に行動するわけではない」という行動経済学の知見の正しさを証明しています。



 日本の宝くじは期待値(当せん確率・当せん金)が5割未満で、世界でもっとも割の悪いギャンブルです。そのため経済学者はこれを「愚か者に課せられた税金」と呼んでいますが、この国では自治体関係者とスポーツ関係者が“愚か者”の財布を奪い合っているのです。



 いちばん目からウロコだったのは、日本が先進国中でいちばん“母子家庭に冷たい政策”をとってきた理由を論じたコラム(「母子家庭を援助すべき“不都合”な理由」)。

 生活困窮者への自立支援として行われる職業訓練は、「母子家庭の失業者には有効」だが、「それ以外にはほとんど役に立たず、とりわけ低学歴の若者と高齢者への教育投資はまったく効果がない」という(福祉就労支援の先進国である、英米の経済学者の政策評価による)。
 
 したがって、「もっとも効率的な政策は生活保護から母子家庭を切り離し、従来の基準を上回るじゅうぶんな援助をすることです」と著者は言い、次のようにつづける。

 それではなぜ、こんなかんたんなことができないのでしょうか。理由は、母子家庭以外の受給者が母集団(ふつうのひとたち)とは異なると政府が認めることになってしまうからでしょう。
 政治家にとっては、“不愉快な事実”をひとびとに告げるより、母子家庭が苦しむほうがずっといいのです。



 著者のこの見立ての正否はさておき、傾聴に値する意見だろう。

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左巻健男『病気になるサプリ』


病気になるサプリ 危険な健康食品 (幻冬舎新書)病気になるサプリ 危険な健康食品 (幻冬舎新書)
(2014/07/30)
左巻 健男

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 今日は、都内某所で打ち合わせが一件。
 行き帰りの電車で、左巻健男著『病気になるサプリ――危険な健康食品』(幻冬舎新書/842円)を読了。仕事の資料である。

 筆鋒鋭いニセ科学批判で知られる著者(法政大学教授)が、ニセ科学の巣窟とも言うべき健康食品業界に斬り込んだ1冊。

 類書も多い分野だが、本書はその中でも決定版といえる内容だ。「健康食品・サプリの危険性を製造の背景・広告手法・科学的根拠の面から徹底追及」(カバーの惹句)していて、目からウロコが落ちまくる。

 図表・データも豊富で、資料的価値も高い。巻末には「人気サプリの実力寸評」が付されており、9割方のサプリは飲む価値なしと判定されている。

 健康食品・サプリを愛用している人が、医学的根拠に無頓着な無知蒙昧とはかぎらない。むしろ半分くらいの人は、「既成の現代医学や栄養学などのほうが時代遅れなのであり、私たちこそが時代の先端を行っている」と思い込んでいたりするのだ。

 そのあたりにこの問題の根深さもあるわけだが、「薬にできるほどの有効性が立証されていないからこそ、サプリにとどまっている」というあたりまえのことを、肝に銘じたい。

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柳川範之『東大教授が教える独学勉強法』


東大教授が教える独学勉強法東大教授が教える独学勉強法
(2014/07/17)
柳川 範之

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 柳川範之著『東大教授が教える独学勉強法』(草思社/1404円)読了。

 著者は東大経済学部の教授。
 高校には行かずに独学で学び、大検を受けて慶應義塾大学通信教育課程へ入学。「大学時代はシンガポールで通信教育を受けながら独学で学ぶ」生活を送ったという。院生時代はさておき、その前まではすべて独学で学んできた人なのだ。

 いわば「独学で東大教授になった人」であり、そのような人が書いた「独学勉強法」の本なら読んでみたいと思い、手に取ってみた。
 が、かなり期待外れ。

 落合信彦は、貧乏だった10代のころ、名画座で朝から晩まで同じ洋画を観続け、聞き取れたセリフをすべてノートに書き込む(小さな懐中電灯で手元を照らしながら)という方法で英語を学んだそうだ。
 そして、ある程度英語が話せるようになると、浅草にやってくる外国人に観光ガイドをして、生の英語のやりとりに慣れていったという。

 私は本書にも、そのような話を期待していた。著者の体験をふまえた、ドラマティックで独創的な独学法が開陳されると思ったのだ。
 だが、そういう要素は希薄。ごく一般的な“独学の心構え”がメインになっている。

 私にかぎらず、読者の多くは具体的な独学の方法論を期待して手に取るだろうに、実際の中身は大半が抽象的な心構え。しかも、著者が説く心構えの多くはありきたりで、どっかで聞いたような話ばかり。

 著者の経歴からしてもっと面白く作れたはずなのに、残念な出来の本である。

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市川ラク『白い街の夜たち』


白い街の夜たち 1 (ビームコミックス)白い街の夜たち 1 (ビームコミックス)
(2014/06/25)
市川 ラク

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 どんどん騒動が拡大しつつある、月刊誌『創』による柳美里さんへの原稿料不払い問題――。
 同じフリーの物書きという立場ゆえ、どうしたって柳さんの側に感情移入して報道を読んでしまう。

 私もフリーが長いので、不払いトラブルには何度も遭遇してきた。また、それとは別に、原稿料が出ない媒体にボランティアで書いたことも何度もある(書き手の側が納得ずくなら、それはそれでアリ)。
 しかし、連載開始時に約束した原稿料が、もう何年も払われていないというのはスゴイ。こんな例は聞いたことがない。

 何がムカつくって、不払いの当事者・篠田博之編集長(創出版社長)の弁明コメントだ。久々に「虫酸が走る」という感覚を味わった。

「『創』が赤字であることは以前から話していたし、(『創』の状況を理解して書いてくれている)他の執筆者と同様に『続けよう』という意思で書いてくれている、『応援してくれている』と考えてしまっていた。認識の行き違いがあった」(「J-CAST ニュース」の取材に対するコメント



 セクハラで逮捕されたオヤジが、「彼女も喜んでくれていると思っていた」と言いわけするのに近いものを感じる(笑)。

 『創』のブログに掲載された弁明「作家・柳美里さんとのことについて説明します。」も、なかなかスゴイ。

 『創』はこの何年か、赤字が累積して厳しい状況が続き、制作費がまかなえなくなっています。その雑誌の赤字を個人で補填してきたわけですが、私はもともと会社からは報酬を得ていないので、補填するにも限界があり、いろいろな人に迷惑をかけるようになってしまいました。(中略)ビジネスとして考えるなら雑誌を休刊させるしかないのですが、休刊させずにがんばってほしいと言ってくれる人も多かったので、無理を重ねてきました。



 一連の言いわけの何が「虫酸が走る」かというと、「オレ様は雑誌ジャーナリズムを担っているんだ。普通の中小企業とはわけが違うんだ」的な思い上がりと、その思い上がりに起因する甘えが透けて見えるからだ。
 「社会的意義のある特別な仕事をしているのだから、原稿料が払えなくて執筆者に迷惑かけても許されるはずだ」とでも言いたげなのである。

 しかも、「私はもともと会社からは報酬を得ていないので」(=「社長のオレだって給料もらわずに頑張ってるんだぞ!」)とか、「休刊させずにがんばってほしいと言ってくれる人も多かったので」とか、責任逃れと自己正当化が随所に見えて、いっそう見苦しい。
 だいたい、「休刊させずにがんばってほしいと言ってくれる人」たちというのは、「原稿料が払えなくてもいいからガンバレ」とでも言ったのか? んなアホな。

 これが一般の、製造業とかの中小企業経営者だったら、こんな言いわけは絶対にしないだろう。
 「ずっと支払いが滞っているが、下請けや取引先のみなさんも、ウチのことを応援してくれていると思っていた」なんてね。その前にとっとと会社畳めや、という話だ。


 市川ラクの『白い街の夜たち』(ビームコミックス)の既刊1~2巻を電子書籍で購入。
 これも例によって、「カドカワ祭り」で安くなっていたので買ったもの。2冊で500円以下。

 ひょんなことから新宿のトルコ料理店でバイトすることになった専門学校生をヒロインに据えた、エキゾティックでみずみずしい青春マンガである。

 出てくるトルコ料理が、ことごとくおいしそうだ。
 料理のみならず、トルコの文化を日本人に知らしめる啓蒙マンガとして優れているし、そのうえで青春マンガとしてもフツーに面白い。

 回を重ねるごとに各キャラクターのバックグラウンドが少しずつ明かされていき、その分だけ読者の感情移入が深まっていく。
 まるで、現実に知り合った人との友情が少しずつ深まっていくような感覚。巧みな構成だと思う。

 すき間が多いのに濃密な印象を与える絵も素晴らしい。ペン画なのに鉛筆デッサンのような味わいがある独特な絵柄である。

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鈴木みそ『限界集落温泉』


限界集落(ギリギリ)温泉第一巻限界集落(ギリギリ)温泉第一巻
(2013/01/05)
鈴木みそ

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 鈴木みその『限界集落温泉』(ビームコミックス)全4巻を、Kindle電子書籍版で一気読み。「限界集落」の上に「ギリギリ」とルビが振ってある。

 最新作『ナナのリテラシー』がすごく面白かったので、前作にあたるこの作品を読んでみた。
 第1巻だけがお試し価格100円で売っていたのでポチッてみたのだが、面白くてけっきょく全巻買ってしまった。

 伊豆の山奥の限界集落にある、かつては繁盛していたが、いまは廃業寸前の温泉宿が舞台。
 仕事から逃げ出して温泉街にやってきた天才的ゲームクリエイターが、ひょんなことからその宿の「再生計画」の指揮をとることになる。

 そこに偶然死に場所を求めてやってきた(このへんの展開はいかにもご都合主義だが)メンヘラ・コスプレアイドルを宿のシンボルに仕立て、彼女を追ってやってきたファンのオタクたちをブレーンに巻き込んで、型破りな温泉再生計画が進められていく。

 限界集落という社会問題を扱ってはいるものの、社会派作品というより、むしろビジネス・マンガとしての側面が強い。「倒産寸前企業の再生ストーリー」として読んでも、なかなかよくできている。
 奇抜な戦略を矢継ぎ早にくり出す主人公のゲームクリエイターは、『ナナのリテラシー』における天才コンサルタント・山田仁五郎の原型になっているわけだ。

 『ナナのリテラシー』に比べると、まだこの路線を試行錯誤中という趣がある。ビジネス・マンガ、コメディ、オタク向けのマニアックなマンガの要素がゴチャゴチャに混在しており、どっちつかずで中途半端な印象があるのだ。

 それでも、つづきが気になって最後まで読まずにはいられないストーリーテリングの冴えは、なかなかのもの。

 じつは先日、鈴木みその旧作『銭』も読んだのだが(例の「カドカワ祭り」で安かったので)、これはあまり面白くなかった。
 鈴木みそは、この『限界集落温泉』でマンガ家として一皮むけ、『ナナのリテラシー』に至って一つの完成をみたと言えるのではないか。

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佐藤優『創価学会と平和主義』


創価学会と平和主義 (朝日新書)創価学会と平和主義 (朝日新書)
(2014/10/10)
佐藤 優

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 佐藤優著『創価学会と平和主義』(朝日新書/821円)読了。

 プロテスタントのキリスト教徒として、元外交官としての立場から、正視眼で「創価学会と平和主義」について論じた意欲作。こういう本が朝日新書から出ることに、ある種の感慨を覚える。

 集団的自衛権行使を容認する(と見える)文言を入れた、安倍政権のいわゆる「7・1閣議決定」。その直後から、多くの論者が「公明党は『平和の党』の看板をおろした」と批判した。
 そのなかにあって、孤軍奮闘に近い形で公明党支持の論陣を張ったのが、著者の佐藤氏であった。

 主張の骨子は、“一連の経緯は、じつは公明党の圧勝。集団的自衛権行使に対する歯止めは、むしろ閣議決定前よりも厳格になった”というもの。そのことは、本書の第1章「集団的自衛権容認の真相――公明党は本当に押し切られたのか」で改めてくわしく論じられている。
 佐藤氏の論陣によって潮目が変わり、同様の見方をする識者も少しずつ増えていった。

 本書は、集団的自衛権をめぐる論争があったからこそ緊急出版されたものであろう。
 つまり、第1章こそが本書の目玉であるわけだが、第2章以降も読み応えがある。創価学会の歴史を振り返り、その平和主義を評価していく内容である。中立的視点から書かれた創価学会入門としても、優れた本となっている。

 「あとがき」には、次のような一節がある。

 本書を上梓するにあたって「創価学会について書くと、余計な敵を作ることになるので、止めたほうがいい。職業作家としてマイナスになる」という忠告を数人の友人から受けた。しかし、敵を作ることよりも、真実を書かないことによって戦争への道を加速することの方を私は恐れる。



 その勇気やよし。

 テーマからして激しい賛否両論を巻き起こすに違いない本書だが、その論議が思考停止のレッテル貼りに終わらず、実りあるものになることを祈りたい。

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中川淳一郎『夢、死ね!』


夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘 (星海社新書)夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘 (星海社新書)
(2014/07/25)
中川 淳一郎

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 木、金と、取材で長野県へ――。塩尻市と諏訪市を回る。
 今月は、珍しく地方に泊まりがけの取材が多い。最近は地方取材でも日帰りが多かったので、泊まりだと気分転換になってよい。なにせ、家から出ない日も多い仕事だから……。


 中川淳一郎著『夢、死ね!――若者を殺す「自己実現」という嘘』 (星海社新書/886円)読了。
 
 『ウェブはバカと暇人のもの』以来、ネットの負の側面に的を絞った著書を出しつづけてきた著者が、こんどは仕事の負の側面に光を当てた仕事論である。

 2010年に出た『凡人のための仕事プレイ事始め』(文藝春秋)を改題し、加筆したものだが、タイトルは今回のほうが断然いい(「夢、死ね!」は、元本でも章題の一つ)。
 てゆーか、元本のタイトルではなんの本だかさっぱりわからない。文春は書籍のタイトルづけがヘタで損をしている出版社だと思う。

 『ウェブはバカと暇人のもの』は、梅田望夫の『ウェブ進化論』への“アンサーブック”であり、ダーク・ヴァージョンであった。同様に、本書は世にあふれる“自己啓発系仕事礼賛書”に対するアンチテーゼの書であり、ダーク・ヴァージョンといえる。
 「がんばれば夢はかなう」「仕事を通じて自己実現できる」という、いわば「自己啓発書イデオロギー」に、思いっきり冷水をぶっかけ、仕事についてホンネで論じた書なのである。

 マスコミ、テレビ業界、広告業界など、華やかに見える業界であっても、仕事の現場というものがいかにクダラナイ力学で動いているかが、著者の経験をふまえた印象的なエピソードを通して明かされていく。
 とくに、ライター業界のトホホ話の数々は、同業者として大いに身につまされた。

 ライター、ミュージシャン、作家、アーティスト、お笑い芸人など、一般に「クリエイター」としてくくられがちな職業を目指す若者の多くが、「がんばれば夢はかなう」「仕事を通じて自己実現できる」という幻想に振り回され、人生をしくじっていく。そうした若者たちに、現実の厳しさを知らしめる良書である。

 私が身を置くライター業界について言えば、「自己表現をしよう」などと思ってライターになりたがる若者というのは、じつに困った存在である。

 たしかに、ライターの仕事にはクリエイティブな側面もないではない。だが、ライターというのはクリエイターである以前に一種の「サービス業」であって、クライアントの求めるサービスを提供できることが何よりも重要だ。「自己表現」をするのは作家センセイの仕事であって、ライターの仕事ではないのだ。

 「自己表現をしたい(=自分のことを書きたい)」と考えてライターになりたがる若者は、そのへんがまるでわかっていない。ゆえに、多くの場合「使えない」のである。
 本書に登場する、文章はすごくうまいのに「使えない」ライターの事例に、「あー、あるある」と大いにうなずいた。

 才能よりも良好な人間関係を作れるか否かが仕事では重要

 

 ……という本書の一節は、至言だと思う。

 私のようなオッサンには笑えて共感できる本だが、“夢を目指すプロセス真っ只中”の若者諸君にとっては、ショッキングで苦い本かもしれない。

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笠井潔・白井聡『日本劣化論』


日本劣化論 (ちくま新書)日本劣化論 (ちくま新書)
(2014/07/09)
笠井 潔、白井 聡 他

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 笠井潔・白井聡著『日本劣化論』(ちくま新書/907円)読了。

 『永続敗戦論』が高い評価を得た若き政治学者・白井聡と、親子ほども年の離れた笠井潔との対談集。

■関連エントリ→ 白井聡『永続敗戦論』レビュー

 対談集というのはじつにピンキリであって、出来の悪いものは、文章で書いた著作をただ薄めただけの内容になる。作り手の側が、「忙しくて本を書く時間がないから、対談でやっつけちまえ」という安直な姿勢で臨むとそうなるのである。

 対談集なら、丸一日もあれば1冊分の対談は済んでしまう。あとはライターにまとめさせて、本人たちはゲラでチョイチョイと訂正・加筆すればいい。手抜きしようと思えばいくらでも手抜きできるのが、対談集なのだ。

 だが、本書はそういう手抜きには陥っておらず、非常に中身の濃い対談集になっている。おそらく、話されたままの内容ではなく、両者ともかなり時間をかけて加筆していると思う。

 内容は、おおむね『永続敗戦論』の延長線上にある。つまり、戦前~戦後から現在までの日本の歩みを射程に入れながら、日本の「いま」と「これから」を論じた時事的政論だ。

 かなりの紙数を割いて、「反知性主義」をキーワードに、日本の保守の「劣化」が論じられる。とくに安倍晋三については、「ネトウヨレヴェルの総理大臣」として完膚なきまでに叩き斬っていて、読み応えがある。
 さりとて、サヨ的内容かといえば意外にそうでもなく、右も左もなで斬りにしている。

 また、“21世紀の日中戦争”の危険性を説得的に論じたくだりや、天皇制についての突っ込んだ言及、歯に衣着せぬネトウヨ批判は、いずれもラディカルで刺激的である。

 何より、両対談者の使う言葉がいちいちカッコよくて、「うまいこと言うもんだなあ」と感心させられる。
 私が感心したくだりを、いくつか挙げてみよう(カッコ内は発言者)。

笠井 欧米に見下されながら、欧米を模倣して今度はアジアを見下してきたのが、要するに近代日本です。オリエンタリズムの客体でありながら主体でもあるという倒錯的二重性と、日本による対アジアの特殊な暴力性は密接に関係していました。とすれば、かつての日本軍の残虐性と、今日の排外主義の屈折した暴力性は連続していることになりますね。



 議会政治とは、街頭で闘われる叛乱の政治の結果として生まれたにすぎない。デモを議会制民主主義の潤滑剤におとしめる俗論が目に着きますが、デモこそが議会制民主主義の生みの親であることを忘れてはなりません。(笠井)



 反知性主義というのは、知性が不在だということではなくて、知性への憎悪ですから。(白井)



 社会運動というのは、ある種交差点みたいなものであって。運動自体はこれといって何を成し遂げるわけではなくても、そこを通過することによっていろんな方向に発展していく可能性があります。(白井)



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西村賢太『疒(やまいだれ)の歌』


(やまいだれ)の歌(やまいだれ)の歌
(2014/07/31)
西村 賢太

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 西村賢太著『疒(やまいだれ)の歌』(新潮社/1620円)読了。

 西村にとって初の長編小説である。
 とはいえ、私小説である以上、これまでの短編群と本質的な差異があるわけではない。

 北町貫多(西村の分身)十九歳の日々を描いている。
 『二度はゆけぬ町の地図』所収の数編など、十代の北町貫多を描いた一連の作品は、どれもある種の青春小説であるわけだが、本作はその中でも際立って「青春小説」然としている。作中に、「自分にだって青春の果実の一片を囓る権利がある」という貫多の切ないモノローグが出てくるように……。

 肉体労働のバイトに汗を流し、そこで知り合った仲間と酒を酌み交わし、同い年の若い女事務員にほのかな恋心を抱き……と、描かれた出来事の骨子を並べてみれば、オーソドックスな青春小説そのものではないか。

 だが、北町貫多の青春が、普通の青春小説のように甘酸っぱいものになるはずがない。

 バイト先の小さな造園会社のアットホームな雰囲気のなか、貫多は時折、それまでのすさんだ暮らしでは得られなかった喜びを感じる。

 “チームワーク”と云う、これまでの彼の人生にはまったく縁のなかったものに、この職場では自分もそれを形成する一員と云う風に言ってもらえたことが、何かひどくうれしくもあった。



 ……と、なんでもないことに喜ぶ貫多の様子は、なかなか胸に迫る。

 だが、宿痾のごとき酒席での暴言によって、せっかく得た平穏な日々は、もろくも崩壊していく。と同時に、貫多の片恋も包丁で断ち切るようにあっさり終焉を迎える。
 その「崩壊」のさまがクライマックスに置かれた本作は、要するに「いつもの西村節」である。

 ただ、これまでなら短編一編に凝縮されて描かれていた出来事が、長編でゆったりと描かれているだけに、その分ディテールが濃密になっていて、楽しめる。

 たとえば、貫多が一人侘びしく居室で晩酌をする場面などは、それだけでなかなか味わい深く、読ませる。
 こんなどうでもいいことを長々と描いて読者を退屈させないのだから、西村の小説家としての力量はやはり大したものだと思う。

 青春小説的側面が強い分だけ、いつもの西村作品よりも笑いの要素は抑えぎみだ。それでも、思わず爆笑してしまう場面やフレーズが随所にある。
 
 たとえば、片恋相手の事務員に対する貫多の自意識過剰ぶりと、彼がくり広げる中二病的妄想の数々には、哀しさスレスレの滑稽味が漂う。
 また、古めかしい文体の中に、「根がムーディー趣味にもできてる」などと、ふいに外来語が挿し挟まれるあたり、練達のドラマーのフィルインのような絶妙のアクセントとなって、笑いを誘う。

 物語の終盤で、貫多は田中英光の私小説と運命的な出合いを果たし、英光の作品に救いを見出していく。そして、藤澤清造の名を初めて知る。つまり、作家・西村賢太の原点が描かれた作品でもあるのだ。

 「十代の北町貫多もの」の、現時点での集大成と言える力作。

■ 関連エントリ→ 西村賢太『二度はゆけぬ町の地図』レビュー

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松田洋子『好きだけじゃ続かない』


好きだけじゃ続かない (ビームコミックス)好きだけじゃ続かない (ビームコミックス)
(2014/05/24)
松田 洋子

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 一昨日は、取材で八王子の東京富士美術館へ。
 館長さんへのインタビュー。そのあと、同美術館で開催中の「華麗なる英国美術の殿堂 ロイヤルアカデミー展」を観賞。とても豊かな気持ちになった。

 で、昨日は都内某所で打ち合わせが一件。行き帰りの電車で、松田洋子の『好きだけじゃ続かない』(ビームコミックス)を読んだ。
 カドカワの本が電子書籍で買うと半額になる「カドカワ祭り」をやっているので、ついあれこれポチってしまったうちの1冊。本作はなんと7割引(225円)だった。

 短篇集である。
 表題作は地味な田舎中学生の初恋物語。キスもハグもなしで、交換日記と自転車の二人乗りが恋のクライマックスだという、なんとも淡~いラブストーリー。

 しかし、松田洋子のことだから、ただリリカルなだけでは終わらない。その初恋を、主人公2人が疲れきった中年になった現在の視点から描くことで、ビターな味わいの作品に仕上げている。

 残りの3編は、いずれも自伝的要素の強いもの。
 松田の幼年期をベースにした「平凡なヨウコちゃん」(松田自身の名前の読みは「ひろこ」だが、主人公の女の子の名前は「松戸ヨウコ」)と、ど田舎のサブカル女子高生の青春を描いた「青空必携1982」「ビックリハウス・ゲイトウェイ」の3つである。

 そのうち、「平凡なヨウコちゃん」が突出して素晴らしい。私は表題作よりもこちらに強い印象を受けた。
 欲の皮の突っ張った祖父母や頼りない遊び人の父に翻弄され、夜逃げ先でつらく貧しい暮らしを送る母と幼い娘たち。だが、すさんで見えるその暮らしが、松田洋子の手にかかると、笑いと哀感に満ちた「冒険譚」になる。
 代表作『ママゴト』や『赤い文化住宅の初子』が好きな人なら、気に入ること間違いなしの作品だ。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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