大前研一『日本の論点 2015~16』


大前研一 日本の論点 2015~16大前研一 日本の論点 2015~16
(2014/11/14)
大前研一

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 昨日は都内某所で取材。4人の方に30分ずつインタビューする(テーマは同じ)という、変則的な取材。1人に2時間インタビューするよりも、倍くらい疲れる。


 行き帰りの電車で、大前研一著『日本の論点 2015~16』(プレジデント社/1728円)を読了。

 『プレジデント』誌の連載「日本のカラクリ」の書籍化で、一昨年にも第1弾が刊行されているという(私は未読)。本書は、2013年後半から14年後半までの1年分からセレクトし、加筆修正を施したものである。

 経済・外交など、さまざまな側面から「日本の論点」を取り上げ、問題点と解決への展望を論ずるコラム集。コラムといっても一回分が10ページ程度の長いものであり、読み応えがある。

 計25の「論点」が取り上げられている。
 ただ、「この一冊で『日本の論点』は整理できる」(惹句の一節)というのは言いすぎ。内容は大前の得意分野に限られているから、多分野の専門家が寄稿する文春の『日本の論点』のような網羅性はないのだ。

 それでも、枝葉を大胆に切り落として問題点を抽出する手際は鮮やかで、面白くてためになる本である。「ニュース解説本」として見れば、池上彰の著作よりわかりやすいほどだ。

 とくに感心したのは、米国の「シェールガス革命」が日本に与える影響を論じたコラム、ドイツと日本の間にここ20年でついた大きな差(もちろんドイツのほうが上)の理由を分析したコラム、民主党政権下で尖閣問題が炎上した背景を探ったコラム。
 各コラムから、付箋を打った一節を引用しておく。

 石油権益を守るため、アメリカは国防費の八割を中東に振り向けている。しかしシェールガス革命で中東へのエネルギー依存が低下すれば、その必要もなく、アメリカは軍事予算を削れる。財政赤字のかなりの部分は国防費だから、アメリカの財政収支は大幅に改善される可能性がある。これもドル高要因だ。
(中略)
 米軍が中東から大きく手を引いた場合、中東の石油への依存度を高めている中国が、アメリカに代わって関与を深めてくる可能性が高い。



 ドイツの占領軍は「ナチスの恐ろしさ」を骨の髄までわかっていたから、アメリカ型の連邦制という統治システムのタガをはめた。日本の占領軍も軍部独裁と全体主義の恐ろしさは理解していたが、江戸時代から続いて日本の隅々まで根付いていた中央集権体制の危険性までは理解が及ばなかった。



 自民党外交の特徴は密約ベースの属人的な外交で、時のリーダーが相手国とどのような合意や約束をしたか(意図的に)文書にも残さず、正しい内容を国民に知らせてこなかった。それゆえに政権交代が起きると、外交関係が踏襲されないという大きな問題が依然として存在する。



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ロレッタ・ナポリオー二『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』


イスラム国 テロリストが国家をつくる時イスラム国 テロリストが国家をつくる時
(2015/01/07)
ロレッタ ナポリオーニ、池上 彰 他

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 ロレッタ・ナポリオー二著、村井章子訳『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』(文藝春秋/1458円)読了。

 「イスラム国」(IS)の概説書は日本でも昨年末から多数登場しているが、「とりあえず、どれか1冊読んでおこう」と思う向きには本書がオススメ。前史まで含めたISの歴史といまが、手際よくまとめられた良書だ。

 訳文は平明で淀みがなく、200ページに満たない本なのでサッと読める。それでいて、テレビニュースの解説だけ見ていたのではわからないISの本質を、鮮やかにえぐり出す深みがある。

 著者は対テロファイナンス(って何?)専門のエコノミストにして、PLOやIRAなど、国家形態を取るに至ったテロ組織の研究者。北欧諸国政府の対テロ対策コンサルタントも務めているという。

 そんな著者が、ISとほかのテロ組織の違い――たとえばアルカイダやタリバンとの違い――を、さまざまな角度から浮き彫りにしていく。

 人質を斬首するなどの残虐性ばかりが目につくことから、我々はとかく、ISを単なる無法者の集団、歴史の針を暗黒の中世に巻き戻す前近代的集団として捉えがちだ。
 そのようなイメージとは裏腹に、ISが近代性と現実主義を身につけた集団であることを、著者は指摘していく。

 「イスラム国」は、従来のジハード集団から神話とレトリックを受け継ぐ一方で、国家建設という野望の実現に必要な現実主義と近代性を身につけている。彼らはテロをみごとにビジネス化し、短期間でスポンサーから自立して、戦争だけに依存しない経済を確立した。地元のスンニ派の部族と手を組み、反感を鎮め、重要資源の奪取によって得た収入を分け合っている。彼らは用意周到だ。賢いとさえ、言ってよかろう。



 いまや世界平和にとって最強の敵となったISが、我々がイメージするよりもずっとしたたかで、国家建設という野望についても本気であることを、思い知らされる本だ。

 ISが欧米などのムスリムの若者たちを惹きつける理由も、本書を読むとよくわかる。たとえば、次のような一節が強い印象を残す。

 ユダヤ人は、世界に散らばるユダヤ人のために、古代イスラエルの現代版を建国した。まさにそれと同じように、「イスラム国」はスンニ派のすべての人々のために、二一世紀のイスラム国家を、それも国家としてしかるべく機能する国を、興そうとしている。少なくとも彼らのプロパガンダは、そう主張しているのだ。
 「イスラム国」のメンバーの残虐なふるまいとイスラエル建国の父たちのふるまいを比べるのは、不当だし不快だと感じられることだろう。だが、「イスラム国」を支持し共鳴する人々の目には、カリフ制国家再興の試みはそのように映っているのである。

 

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ジョセフ・S・ナイ『大統領のリーダーシップ』


大統領のリーダーシップ大統領のリーダーシップ
(2014/10/17)
ジョセフ・S. ナイ

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 ジョセフ・S・ナイ著『大統領のリーダーシップ――どの指導者がアメリカの絶対優位をつくったか?』(東洋経済新報社/1944円)読了。書評用読書。

 「ソフト・パワー」という概念の提唱者として著名な国際政治学者が、米大統領のリーダーシップを分析したリーダー論である。

 ナイはクリントン政権の国家情報会議議長・国防次官補を務めるなど、米政府の要職も歴任してきた人物。つまり大統領たちと間近に接してきた立場であり、一政治評論家が大統領のリーダーシップを論ずるのとはわけが違う。大統領の力量を査定する言葉に、深みと重い説得力があるのだ。

 ナイには『リーダー・パワー』というリーダー論の著作もあって、本書にはその応用編という趣もある。『リーダー・パワー』で明かされた評価基準によって、大統領を査定した内容とも言えるのだ。

 帯には「パフォーマンスより状況把握の知性を磨け!」という惹句が躍っている。これはナイが大統領に求める能力を要約した言葉だ。
 「状況把握の知性」は本書にくり返し登場するキーワードで、“ソフト・パワーとハード・パワーを状況に応じてどう使い分けるかを瞬時に判断する知性”を意味する。それこそがリーダーに求められる最重要の資質だと、ナイは言うのだ。

 リーダー論は世にあふれているが、その中でも抜きん出た1冊だと思う。
 ただ、本書だけを読むとわかりにくい部分も多いので、『リーダー・パワー』と併読するとよい。

■関連エントリ→ ジョセフ・S・ナイ『リーダー・パワー』レビュー

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アウトローズ『Best Of The Outlaws: Green Grass & High Tides』


Best Of The Outlaws: Green Grass & High TidesBest Of The Outlaws: Green Grass & High Tides
(1996/10/01)
Outlaws

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 昔LPレコードで聴きまくったアウトローズがむしょうに聴きたくなって、『Best Of The Outlaws: Green Grass & High Tides』(アリスタ)を輸入盤で購入。

 アウトローズはサザン・ロックのバンドだが、コーラスワークが美しく、ウエストコースト・ロックの味わいも併せ持っているのが特徴。「レーナード・スキナードとイーグルスを足したような音」と評されたりした。
 一般のサザン・ロック・バンドの多くが「ブルース寄り」であるのに対し、アウトローズは「カントリー寄り」のサザン・ロックなのだ。

 トリプルギターという編成で、3本のギターの豪快なからみ合いが大きなウリ。ギターだけに着目すればけっこうハードな音なのだが、そのハードネスとさわやかなコーラスがごく自然に融合している点が面白い。


淑女と無法者(紙ジャケット仕様)淑女と無法者(紙ジャケット仕様)
(2008/06/25)
アウトローズ

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 アルバム・ジャケット、曲名(「ガンスモーク」とか「ハリー・サンダウン」とか)、バンド・ロゴ、メンバーのファッションなどは、西部劇的なイメージで統一されており、聴いていると西部劇の場面が頭に浮かぶ。

 もっとも、西部開拓時代にロックバンドなどいなかったのだから、それは錯覚なわけだが(笑)、サザン(南部)ロックなのに西部劇的イメージを多用していたあたり、なかなかユニークだ。

 このベスト盤は、ファーストから5thまでの5作から選りすぐったもの。傑作だったファースト、セカンドの比重が高い選曲も納得できるし、16曲も収録しているボリュームがうれしい。彼らのベスト盤はほかにもいくつかあるが、これがいちばんお買い得だと思う。

 レーナード・スキナードの「フリーバード」を意識したとおぼしき「グリーン・グラス&ハイ・タイド」はロック史に残る名曲だし、ほかにもいい曲が目白押し。







 レーナードやオールマン・ブラザーズ・バンドなど、ほかのサザン・ロック・バンドに比べれば知名度が低いが、もっと再評価されてよい名バンドだと思う。

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佐々木敦『ニッポンの音楽』


ニッポンの音楽 (講談社現代新書)ニッポンの音楽 (講談社現代新書)
(2014/12/17)
佐々木 敦

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 佐々木敦著『ニッポンの音楽』(講談社現代新書/864円)読了。

 タイトルを見ると日本の音楽史を通観した本のように思えるが、実際には扱っている範囲は1960年代末から現在まで。このタイトルは、同じ著者の『ニッポンの思想』の続編(音楽編)として構想されたがゆえのものだ。

 佐々木敦もいまや早稲田大学教授だが、『シティロード』などで彼の書くものを昔から読んできた人間にとっては、音楽(&映画)評論家というイメージが強い。
 私にはむしろ、彼が『ニッポンの思想』のような本を出すことのほうが意外だった。本書には、本来の専門分野に立ち返った印象がある。

 過去45年間の「日本のポピュラー音楽の歴史」を、「『Jポップ』という言葉が登場する『以前』と『以後』に、大きく二分割して論じ」た概説書である。

 いくらでも長大になり得るテーマを新書1冊に収めるのだから、枝葉はバサバサ切る必要がある。
 そのために著者が選んだ方法は、章ごとに一つのディケイドを扱い、各章に「主人公」にあたるアーティストを設定する、というもの。章立ては次のようになっている。


第一部 Jポップ以前
第一章 はっぴいえんどの物語
第二章 YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の物語

~幕間の物語(インタールード) 「Jポップ」の誕生~

第二部 Jポップ以後
第三章 渋谷系と小室系の物語
第四章 中田ヤスタカの物語



 ご覧のとおり、第一章は「はっぴいえんど」を主人公に1970年代を扱い、第二章はYMOを主人公に80年代を扱う……という具合になっているのだ。
 ほかのアーティストにも随時言及はされるが、「主人公」との関連の中での言及に、ほぼ限られる。

 ディケイドを象徴し得るアーティストに的を絞ることで、そのディケイドの「流れ」を浮き彫りにする、という手法を著者は選択したのだ。
 この手法は十二分に成功していると思う。総花的にいろんなアーティストを取り上げ、「こんなのもいた、あんなのもいた」とやって時代を映し出そうとするより、よっぽど気が利いている。

 「第二章 YMOの物語」はYMO論としても出色だし、中田ヤスタカについて論じた最終章も、音楽の作り方自体が昔(1970年代あたり)とは根本的に違っている「いま」を浮き彫りにして、目からウロコ。

 『J-POP進化論』(佐藤良明)など類書も多いが、管見の範囲では本書がいちばんわかりやすく、出来がよいと思う。

■関連エントリ→ 麻生香太郎『誰がJ-POPを救えるか?』レビュー

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NHK「女性の貧困」取材班『女性たちの貧困』


女性たちの貧困 “新たな連鎖女性たちの貧困 “新たな連鎖
(2014/12/16)
NHK「女性の貧困」取材班

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 NHK「女性の貧困」取材班・著『女性たちの貧困――“新たな連鎖”の衝撃』(幻冬舎/1512円)読了。

 「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」の「女性の貧困」シリーズを書籍化したもの。
 NHKならではの機動力と資金力(一つの取材に潤沢な手間ヒマをかけられる、という意味)を駆使して、丹念な取材・調査がなされた労作だ。

 「貧困に苦しむ女性なんて、日本にだって昔からたくさんいたではないか。なぜ最近になって急に『貧困女子』が騒がれているのか?」――各種メディアの「貧困女子」特集などを見て、そういぶかしむ人は多いだろう。
 本書を読むと、その理由がよくわかる。

 まず、昔の「女性の貧困」は「結婚をするまでの、一過性のもの」としてとらえられていたから、深刻視されなかったこと。
 だが、未婚化・晩婚化の進展や離婚の増加、男性側の収入の不安定化などがあって、「結婚をして貧困から逃がれる」という選択肢を持たない女性、または「結婚しても貧困から逃がれられない女性」が増えた。そのために「女性の貧困」が可視化されたのだ。

 また、男女間の賃金格差も、いまなお根強く残っている。
 たとえば、「同じ非正規雇用であっても、女性は男性の八割程度の賃金にとどまっている」という。非正規雇用の拡大が貧困層を拡大させた中にあっても、とくに女性の非正規雇用者は困窮に陥りやすいのだ。
 そうした賃金格差の背景には、「『長く働けない女性労働者は人材として活用できない』という考え方が定着している日本の企業文化」がある、と分析されている。

 データ/解説部分と、貧困女性たちの声を捉えた取材部分のバランスがよい本である。

 取材部分でとくに衝撃的なのは、10代の姉妹とその40代の母が、2年間もネットカフェで暮らしていたという事例。
 もっぱら貧困女性が宿泊に使うネットカフェ(利用者の約7割が女性の長期滞在者)が新宿にはあるそうで、そこに3人が一部屋ずつ(といっても、一部屋が一畳程度)を借りて暮らしていたという。
 いわば“ネカフェ難民家族”であり、「貧困の連鎖」をそのまま可視化したような事例といえる。

 また、シングルマザーが性風俗の世界に入る事例も、一章を割いて紹介されている。
 風俗店側もシングルマザーを貴重な労働力と見なして優遇しており(子どもたちとの生活がかかっている分、独身女性より真面目に仕事に取り組む傾向があるから)、独自の託児所をもうけるなどして彼女たちの生活を手厚くケアしている。

 社会保障の網をすり抜けてしまった貧困女性を、性風俗がセーフティネットとなって「救って」いる――そのことを、番組のコメンテイタ-となった専門家は「社会保障の敗北」と表現したという。

 「妊娠と貧困」の章では、予期せぬ妊娠によって自分では育てられない子どもを産んだ女性と、養子を欲しがる夫婦を仲介するNPO「Babyぽけっと」の活動が紹介される。
 この章はすこぶるドラマティックで、1冊の本に広げてもよいと思った。

 衝撃的な事実の数々を冷静な筆致で綴り、「女性たちの貧困」を多角的に浮き彫りにした好著。

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Nachiko『Warming up』


Warming up (MINI ALBUM)Warming up (MINI ALBUM)
(2013/10/30)
Nachiko

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 Nachiko(ナチコ=本名・舘岡奈智子)の『Warming up』(ワイワイミュージック)を聴いた。

 1980年代前半に、『薬屋の娘』『お花畑は水びたし』『髪舞』という3枚の傑作アルバムをつづけざまに出したあと、シーンから忽然と消えてしまったアーティスト、Nachiko。

 「日本のケイト・ブッシュ」とも評されたその独創的な作品群はまことに素晴らしく、私は当時LPレコードですり切れるほどに聴き込んだものだった。

 そのNachikoが、2013年に約30年ぶりに出した新作アルバムが、この『Warming up』である。
 「ミニアルバム」と表記されてはいるものの、トータルプレイングタイムは50分近く、フルアルバムと言ってもよいボリュームだ。

 かつてのNachikoのアルバムは、プログレ色、ジャズ・ロック色が強いものだった。森園勝敏、和田アキラなど、元四人囃子/プリズムの手練の面々をバックに揃えた演奏とアレンジは質が高く、いま聴いても古びていない。

 それに対し、本作ではプログレ/ジャズ・ロック色は後退し、代わりに1970年代前半のハードロックに近い味わいが前面に出ている。初期ディープ・パープル、ユーライア・ヒープ、キャプテン・ビヨンドあたりを彷彿とさせる音になっているのだ。ザクザクとした感触のギターと、ドッスンバッタンと騒がしいリズム・セクション。

 まあ、私はそのへんの音も好物なので嫌悪感はないが、違和感は覚える。Nachikoの声にこのサウンドは合わない気がするのだ。カルメン・マキあたりがヴォーカルだったらピッタリな感じのサウンドだから。

 Nachikoの歌声は、30年を経ているわりには劣化がない。
 ただ、さすがに高音の伸びはないし、往年の人間離れした迫力は消え、フツーの声になってしまっている。

 あえて忌憚なく言うなら、80年代のNachikoの「劣化コピー」以上のものではない――という感想を抱いてしまった。
 本作には何曲か、昔のアルバムの曲(「体が風になるまで」など)のリメイクが収められているので、それらについてはとくにそう思う。原曲のほうがはるかにいいのだ。

 Nachikoが80年代に発表した埋もれた傑作群(いまではオンデマンドで手に入る)に光を当てる一助となっただけでも、本作には意義があったというべきか。





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高野文子『ドミトリーともきんす』


ドミトリーともきんすドミトリーともきんす
(2014/09/24)
高野 文子

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 遅ればせながら、高野文子の『ドミトリーともきんす』(中央公論新社/1296円)を読んだ。

 前作『黄色い本』から、じつに12年ぶりの新作コミックス。
 季刊誌『フリースタイル』の「THE BEST MANGA 2015 このマンガを読め!」で第1位に選ばれるなど、各紙誌絶賛の話題作である。

 科学者たちがものした自然科学の名著について、マンガで読書案内をした作品。
 終盤にジョージ・ガモフが「ゲスト」の形で登場する以外は、一昔前の日本の優れた科学者たちが取り上げられる。朝永振一郎、牧野富太郎、中谷宇吉郎、湯川秀樹といった面々である。

 前作『黄色い本』も、自らが高校生時代に『チボー家の人々』を夢中で読んだ体験をベースにした、他に類を見ない「読書マンガ」であった。その意味では、前作の延長線上にあるとも言える。

 絵柄は前作よりもさらにシンプルを極め、もはや「余分な線や点は一つもない」という域に達している。
 シンプルでありながら緻密に計算された絵の素晴らしさを味わうだけでも、一読の価値がある。

 架空の学生寮「ドミトリーともきんす」の2階に、学生時代の科学者たち4人が住んでいる、という設定。主人公の母子と4人の交流という形で、彼らの著作が紹介されていく。

 ただし、いわゆる「科学解説マンガ」ではまったくない。
 最終章で湯川秀樹の「詩と科学」が取り上げられることが象徴するように、科学者の中にある詩心――いわば「理系のロマンティシズム」が抽出されていくマンガなのである。

 高野文子以外には作り得ない世界だと思うし、愉しく読んだが、世のマンガ好きがこぞって絶賛するほどの作品だろうか、という気もする。
 高野文子は、並外れた寡作ゆえに神格化され、過大評価されている面があると思う。ちょうど、つげ義春が作品を描かなくなったことでむしろ神格化されていったように……。

 私は高野作品なら『黄色い本』のほうを買うし、「マンガによる読書案内」としては『草子ブックガイド』(玉川重機)のほうが優れていると思う。
 『ドミトリーともきんす』に向ける注目のせめて10分の1でも、マイナーな傑作『草子ブックガイド』に向けてやってほしいところだ。

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高橋暁子『ソーシャルメディア中毒』


ソーシャルメディア中毒 -つながりに溺れる人たち- (幻冬舎エデュケーション新書)ソーシャルメディア中毒 -つながりに溺れる人たち- (幻冬舎エデュケーション新書)
(2014/12/03)
高橋暁子

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 高橋暁子著『ソーシャルメディア中毒――つながりに溺れる人たち』(幻冬舎エデュケーション新書/840円)読了。

 ITジャーナリストの著者が、LINE、ツイッター、フェイスブックなどのソーシャルメディアの負の側面を描き出した概説書。
 著者は元教員だそうだ。だからこそであろう、ソーシャルメディアが子どもたちに及ぼす悪影響について、かなり紙数が割かれている。

 人目を引く派手さはない本だが、ソーシャルメディアの歴史と現状、今後取るべき対策についての提言などが、手際よくまとめられた良書。平明ですっきりとした文章も好ましい。

 ソーシャルメディアをめぐる事件についての記述は、フツーにネットに接している人なら知っていることがほとんどで、新鮮味はない。
 ただ、いまの子どもや若者の生活にとってソーシャルメディアがどれほど欠かせないものになっているか、そこからどのような軋轢が生じているかの紹介・分析では、何度も目からウロコが落ちた。
 たとえば――。

 ティーンはオンラインの付き合いをとても大切にするので、オンラインでの自分をとても大切にする。すなわち、SNS内での自分のイメージ、仲間内でのポジション、ソーシャルゲームでの強い自分などだ。その挙げ句、リアルの生活をないがしろにして、オンラインに没頭することも多くなる。「会ったことがないけれど親友」「会ったことはないけれど恋人」という不思議な事態が起こるのはそのためだ。



 私学では、「SNSを利用したら停学」というところも増えている。公立の中学高校でも、SNSを利用禁止とし、同意書を配布して保護者の同意を取り付けようとしている学校もある。



 私自身は、「SNSはやらない」と決めている(ミクシィもやったことがないし、ツイッターもフェイスブックもLINEもやらない)。
 そのためにいろいろ不便が生じているのかもしれないが、そもそもやったことがないから不便も感じない。
 ゆえに、本書に紹介されたSNSのネガティブな側面を見ても「大変だなあ」としか思わないのだが、いまのティーンにとっては「SNSはやらない」という選択肢自体がないのだろう。

 大人の「ソーシャルメディア中毒」予備軍の人たちにとっても、一読の価値がある。

 SNS内の友達数や「いいね!」の数、フォロワー数は、言ってみればゲーム内通貨だ。ゲームをやっている間はとても価値がある気がするが、ゲームが終わったら何にも使えない仮想の通貨となる。



 ……などという一節は、ほんとうにそのとおりだと思う。

 喫茶店のスターバックスとドトールを比較すると、「スタバ(スターバックス)なう」というツイートは、「ドトールなう」に比べて約10倍となる。
(中略)
 お洒落なスターバックスにいることは周囲に言いたいが、カジュアルな店であるドトールにいることはあえて言わないということだ。



 ……なんて話も面白い。

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鈴木大介『最貧困女子』


最貧困女子 (幻冬舎新書)最貧困女子 (幻冬舎新書)
(2014/09/27)
鈴木 大介

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 鈴木大介著『最貧困女子』(幻冬舎新書/842円)読了。

 裏社会・触法少年少女をおもな取材対象に、「犯罪現場の貧困問題」「犯罪する側の論理」をテーマとしてきたルポライターが、「貧困女子」の問題に独自の視点から斬り込んだ1冊。

 鈴木の旧著『家のない少女たち』や『出会い系のシングルマザーたち』(※)にも、貧困問題を描いた本としての側面があった。本書もその延長線上にあり、彼にとっては自家薬籠中の物というべき題材だ。

※本書が売れたためか、『最貧困シングルマザー』と改題して、先頃文庫化。

 巷間話題の「貧困女子」とは、給料が安すぎてギリギリの生活を強いられている非正規雇用の女性などを、おもに指すのだと思う。
 それに対して「最貧困女子」とは、「給料が安い」などというレベルではなく、定収入がなく、それでいてなんらかの理由で生活保護を受給していない女性たちを指す。
 その多くが、援交・援デリや裏風俗など、最底辺のセックスワークにからめとられていく。

 『闇金ウシジマくん』にしばしば登場するような、最底辺に生きる壊れた感じの女性たちが、多数登場する(じっさい、著者は取材先の一部を闇金業者から紹介されている)。

 私はこれまで貧困問題の本をたくさん読んできたが、本書はその中でも一、二を争うダウナーな内容だ。読んでいて気が滅入ってくる。
 たとえば、次のような一節が不意打ちのように登場するのだ。

 僕の取材した家出少女らの中には、親に加えられた「傷害の痕跡」を残した者も少なくなかった。
(中略)
 「ジャンケンができない少女」というのもいた。彼女は親によって指を手の甲側にへし折られ、何年経ってもいくつかの指を握り込むことができないのだ。
「パーしか出せないから、チョキ出されたら100パー負けますね」と笑って言う少女に、何も返す言葉がなかった。



 売春する相手への嫌悪感を消すために薬物中毒になった少女がいた。
 「身体が売れなくなったら死ぬときだ」と真顔で言う16歳の少女は、初めての売春は小学5年生のときだと言った。その身体中に、虐待の傷痕があった。



 日本の生活保護制度は「捕捉率」(受給対象となる人たちのうち、実際に受給している人の割合)が低いことで知られるが、その低さの理由の一端も、本書を読むとわかる。

 彼女らの欲しい物のほとんどを、行政や福祉は与えてくれない。だが実はセックスワークは、彼女らの求めるものを彼女らの肌触りがいい形で、提供してくれる。
 これが、長期間大都市部に家出する少女らが高確率でセックスワークに吸収というか、「捕捉」される理由だ。



 自分の子どもが予防接種を受ける段になって、初めて「予防接種って何だっけ、あたし受けてねぇわ」と気づいたというシングルマザーも登場する。

 彼女たちは、著者が名づけた「三つの無縁」――「家族の無縁・地域の無縁・制度の無縁」に阻まれ、行政の保護が届かない場所に生きているのだ。そして、セックスワークという「路上のセーフティネット」によって生きのびている。

 では、そのような「最貧困女子」たちにどう手を差し伸べればよいのか? 最終章では著者なりの処方箋が提示される。
 その一つが、最貧困女子たちへの「恋活」――すなわち、まっとうな恋愛をするために必要な心構えなどを教えることだという。
 最貧困女子の多くが極度の恋愛依存体質であり、ろくでもない男に引っかかる「恋愛自爆率」も異様に高いからだ、と……。
 著者はこの提案を「炎上覚悟の爆弾」と呼んでいるが、私は「けっこうアリ」だと思った。

 気が滅入る本だが、内容は重要だ。鈴木大介はルポライターとして、誰もやっていない社会的意義のある仕事をつづけている。

■関連エントリ
鈴木大介『出会い系のシングルマザーたち』レビュー
鈴木大介『家のない少女たち』レビュー
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吉田豪『聞き出す力』


聞き出す力聞き出す力
(2014/12/19)
吉田 豪

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 吉田豪著『聞き出す力』(日本文芸社/864円)読了。

 プロインタビュアー・吉田豪が初めて出した「インタビュー集以外の単行本」。
 『漫画ゴラク』連載のコラムの単行本化で、タイトルや帯が示すとおり、阿川佐和子のミリオンセラー『聞く力』のあからさまな便乗本だ。ちなみに、「『聞く力』の便乗本を出して欲しいというオファー」は、ほかにも殺到していたという。

 取材力を磨くためのライター入門として、また、あらゆる職業の人が「聞き出す力」を高めるための実用書として、読めないこともない。しかしそれ以前に、インタビューの舞台裏を明かしたエピソード集として、単純な娯楽読み物として楽しめる本だ。

 そもそも、本家『聞く力』からして、実用書というよりは肩のこらない娯楽読み物であった。
 そして、読み物として比べるなら、『聞く力』よりも本書のほうがずっと面白い。1項目4ページのコラムの中に印象的なエピソードがギュッと詰め込まれていて、密度が濃いのだ。

 徹底した下調べをしてインタビューに臨むライターとして知られる吉田豪だが、当人はその点を強調されることに戸惑いぎみだという。

 ろくに下調べもせず、アイドルとか相手にタメ口で馴れ馴れしく取材するタイプのライターも確かに多いけど、そっち側を基準にしてどうするって話で。
(中略)
 下調べをするからプロというよりも、下調べをしないのはプロ失格ってだけのことなのだ。



 いや、まったくそのとおりだと思う。
 
 「ダハハハハハ!」(吉田豪のインタビューのトレードマーク)と笑えるコラムも多い本だが、その笑いの底には、インタビュアーとしてつねに真剣勝負に臨んできた矜持が流れ通っている。

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『Light Mellow 伊勢正三』


Light Mellow 伊勢正三Light Mellow 伊勢正三
(2014/11/19)
伊勢正三

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 先週の土・日は、取材で伊豆下田へ――。
 泊まりがけの取材自体3ヶ月ぶりだし、伊豆の海も見られて、温泉にも入れて、よい気分転換になった。

 でも、あと4、5日は〆切の連続で修羅場ってるのであった。


 『Light Mellow 伊勢正三』(ポニーキャニオン)を聴いた。

 音楽ライター・金澤寿和氏が選曲監修する「Light Mellow 和モノ」シリーズのコンピレーション・アルバム。
 この「Light Mellow」シリーズは、総じて選曲のセンスがバツグン。本作も素晴らしい選曲だ。「Light Mellowならではの、シティ・ポップス、AOR、フュージョン的な切り口から選曲」(内容紹介)したものである。

 私は日本のフォークが苦手なので、フォーク時代(かぐや姫~風・前期まで)の伊勢正三には興味がない。
 好きなのは、風・後期の「海風」や「ほおづえをつく女」あたり、ソロアルバムで言うと『スモークドガラス越しの景色』あたりの、スティーリー・ダンをもろに意識した曲だ。

 なので、そっち系の曲のみを集めた(「風」時代の曲はなし)このコンピは、まさに「我が意を得たり」という感じ。
 とくに、過去にいくつかあった伊勢正三のベスト盤には入っていなかった名曲「僕と君の子午線」が収録されている点がグッジョブ!
 「リゾート・ポップス」というジャンルがかりにあるとすれば、「僕と君の子午線」こそ、日本が生んだ最高のリゾート・ポップスだと思う。

 井上鑑の『予言者の夢』や冨田ラボの諸作のように、伊勢正三よりもずっと上手に「スティーリー・ダン風の音作り」をする作品が出現したあとでは、ここに集められた曲は色褪せて見える。フォーク/ニューミュージックの尻尾が残っていて、いまいち垢抜けないのだ。英語詞の曲は発音がもろカタカナ英語で鼻白んでしまうし……。

 だがそれでも、「スティーリー・ダンになリたいのに、なりきれない」という苦闘の痕も含めて、味わい深い。日本のシティ・ポップスの一時代を画した作品群だと思う。

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ルディー和子『合理的なのに愚かな戦略』


合理的なのに愚かな戦略合理的なのに愚かな戦略
(2014/10/23)
ルディー和子

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 「2月はわりとヒマになる」という腹づもりでいたのだが、いつの間にか月末まで仕事がギッシリ。
 ま、我々フリーランサーにとっては、「仕事がないつらさ」に比べれば、「忙しいつらさ」なんて「つらさ」の範疇にも入らないのだが……。


 ルディー和子著『合理的なのに愚かな戦略』(日本実業出版社/1836円)読了。仕事の資料として読んだものだが、読み応えある好著だった。

 著者はマーケティング界の第一人者にして立命館大学教授。セブン&アイ・ホールディングスの社外監査役でもある。
 その著者が、日本や各国のさまざまな有名企業の失敗事例を通して、失敗の深層を分析していく本。
 畑村洋太郎さんがずっと取り組んでいる「失敗学」の、ビジネス特化版という趣もある。

 マーケティング理論のみならず、行動経済学や心理学、脳科学など、さまざまな分野の先端的知見を駆使しての分析の手際は、鮮やかでスリリング。読んでいて知的興奮を覚える。

 おもな対象読者は企業経営者などのビジネスマンであろうが、私のような門外漢が読んでもためになる。

 たとえば、第2章「プライシングの逆説」では、いわゆる「牛丼戦争」(吉野家・松屋・すき家などによる牛丼の安売り競争)が「10年間を棒にふった」大失敗に終わった原因が、くわしく分析されている。
 この部分だけでもすこぶる面白く、質の高いビジネス論として独立した価値を持つものである。

 また、第4章「コミュニケーションの逆説」は、日本企業のコミュニケーション下手の深層に迫って、一種の日本文化論としても読める内容になっている。

 そのように、たんなるビジネス書に終わらず、さまざまな読み方が可能な奥深い内容になっているのだ。第一級のビジネス書である。

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中川淳一郎『縁の切り方』


縁の切り方 (小学館新書 228)縁の切り方 (小学館新書 228)
(2014/12/01)
中川 淳一郎

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 中川淳一郎著『縁の切り方――絆と孤独を考える』(小学館新書/799円)読了。

 なかなか刺激的なタイトルだが、中身はこれまでの中川の著作の延長線上にある。
 すなわち、『ウェブはバカと暇人のもの』からつづく「ネットのおバカ事件ウォッチング・エッセイ」としての側面と、『夢、死ね!』で開花した社会批評的側面を、併せ持った本なのである。

■関連エントリ→ 中川淳一郎『夢、死ね!』レビュー

 著者は、3・11以来の「絆」至上主義、ツイッターやLINEなどのSNSを中心とした「人のつながり」重視の風潮に、思いっきり冷水を浴びせてみせる。
 絆や「つながり」って、そんなにも大切で麗しいものなのか? むしろ、人生の不幸の多くは、ろくでもない人間との「つながり」から生まれてくるのではないか? ならば、不要な人間関係はどんどん切っていこうではないか、と……。

 「渾身の社会批評」(本の惹句)というほどのものではないし、むしろ著者の主張はある意味あたりまえのことばかりだと思った。たとえば、次のような主張――。

 自分にとってムダだと思う人間関係はバッサバッサ切っていいし、敵意を持っている人間を味方にする必要もない。無視するのが吉だ。なぜなら人生はあまりにも短く、人間はあまりにも多いからである。



 ただ、本書には、著者がそのような諦観にたどりつくまでの個人的経験が赤裸々に明かされており、その部分にはすごい迫力がある。

 少年時代の滞米生活(父親の海外赴任についていった)での、苛烈な被差別体験。学生時代の親友に、社会に出てから冷たくされた体験。そして何より、20代のころ、婚約者に自殺されてしまった体験……。
 隠していた傷跡をすべてさらけ出すように綴られたそれらの体験は、読者の目を釘付けにせずにはおかない。

 安易に一般化できる内容ではないし、ましてや上手な「縁の切り方」を教える実用書(だと思って手に取る人は多いだろう)でもないが、一読の価値はある本だ。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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