2015年に読んだ本BEST10



 大晦日の今日は、今年読んだ本のBEST10を――。

 「小説は除く」という縛りをかけ、今年刊行の本から選んだ。順不同(読んだ順に並べただけ)。タイトルをクリックするとレビューに飛びます。

 この中から強いてBEST1を選ぶなら、ミチオ・カクの『フューチャー・オブ・マインド』かな。これは本当に目からウロコの連続で、知的興奮に満ちた本であった。

 小説はあまり数を読んでいないが、一冊だけ選ぶなら宮下奈都さんの『羊と鋼の森』。1月発表の直木賞の候補にも上っている。
 直木賞をとるにはちょっと内容が地味かなァ、という気もするが、受賞してもおかしくない秀作だと思う。

 あと、面白かった本として、町田康訳『宇治拾遺物語』を挙げておきたい。池澤夏樹個人編集『日本文学全集』の第8巻に収録されたものである。
 オリジナルではなく訳業だから、BEST10にはそぐわないと思って外したが、個人的には「今年いちばん笑った本」であった。
 
 それではみなさん、よいお年を!


ミチオ・カク『フューチャー・オブ・マインド』

最相葉月『れるられる』

ヘドリック・スミス『誰がアメリカンドリームを奪ったのか?』

松尾豊『人工知能は人間を超えるか』

ポール・ロバーツ『「衝動」に支配される世界』

船橋洋一ほか『検証 日本の「失われた20年」』

四方田犬彦『犬たちの肖像』

清水潔『騙されてたまるか』

武田砂鉄『紋切型社会』

ジェレミー・リフキン『限界費用ゼロ社会』

次点:校條剛『作家という病』

■関連エントリ
2014年に読んだ本BEST10
2013年に読んだ本BEST10

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2015年に聴いた音楽BEST10



 2015年のBEST10、今日はまず音楽(CDアルバム)編である。
 ふだんは70年代ロックなど古い音楽を聴くことのほうが多い私だが、ここでは今年発表されたアルバムに絞る。

 順不同。当ブログにレビューを書いたものについてはリンクを貼る。

KIYO*SEN『DUOLOGY』
――KIYO*SEN(キヨセン)は、「カシオペア3rd」のオルガニスト・大高清美と、天才少女ドラマー・川口千里(いまは早大生)が組んだユニット。
 昨年も彼女らのファースト・アルバム『Chocolate Booster』をマイ・ベストワンに選んだのだが、このセカンドも最高の仕上がり。ファーストにあった「もろELP」な曲はなくなり、プログレ色が薄れたが、その代わりにポップな疾走感が全編をつらぬき、バツグンのカッコよさ。もっともっと売れてしかるべきユニットだ。

■関連エントリ→ KIYO*SEN『Chocolate Booster』

モンキー・ハウス『ヘッドクォーターズ』
――モンキー・ハウスは、「カナダの冨田ラボ」ドン・ブライトハウプトによるワンマン・プロジェクト。スティーリー・ダン~ドナルド・フェイゲンが好きな人にはたまらないアルバム。

矢野顕子『Welcome to Jupiter』
――「オトナ・テクノ」第2弾とのことだが、第1弾に当たる前作『飛ばしていくよ』よりも曲の出来が素晴らしく、古くからのファンも納得の仕上がり。

狭間美帆『タイム・リヴァー』
――ジャズ界のホープが、ファースト・アルバム『ジャーニー・トゥ・ジャーニー』から3年を経て放ったセカンド。
 今回も知的でエレガントなジャズを聴かせる。クラシックの豊かな素養の上にジャズを学んだ人ならではの、隅々にまで緻密な計算が感じられる音楽。それでいて、少しも堅苦しくも難しくもなく、ポップで色彩感豊か。

■関連エントリ→ 狭間美帆『ジャーニー・トゥ・ジャーニー』

GLIM SPANKY『SUNRISE JOURNEY』
――新人離れした風格を感じさせる初フル・アルバム。ブルージーで情感豊かなギターが核となったサウンドに、「ジャニスの再来」とも呼ばれる松尾レミの声が乗るとき、時代を超越した「本物のロック」が生まれる。
 多彩な楽曲はどれも質が高く、松尾がソングライターとしても傑出した存在であることを印象づける。

きのこ帝国『猫とアレルギー』
――メジャー初アルバム。インディーズ時代よりもポップ度が上がり、一般受けしやすい音になったが、根底にある先鋭性は不変。
 浮遊感と疾走感を併せ持つサウンドに載った美メロ、ウィスパーボイスなのに凛とした強さを感じさせるヴォーカル、私小説的なのに随所に日常を超越するきらめきを感じさせる歌詞……捨て曲なしの充実作だ。

リッチー・コッツェン『カニバルズ』
――リッチー・コッツェンには元々、ハードロック志向と、ファンクやソウルなどの黒人音楽志向の両面がある。過去のソロ作では2つの志向性の間を揺れ動いてきたが、いまやっているバンド「ザ・ワイナリー・ドッグス」がストレートなハードロックであるせいか、本作は黒人音楽志向がぐっと強まった。
 全体にファンキーでポップ。ヴォーカリストとしてのリッチーの魅力が、過去のどのアルバムよりも見事に開花している。彼が敬愛するプリンスの影響も顕著なアルバム。

Char『ROCK十(ロック・プラス)』
――還暦記念として、12人の大物アーティストたちとコラボしたアルバム。「企画もの」的な安直さは微塵もなく、一枚のロック・アルバムとして充実の内容である。

■関連エントリ→ Char『Rock十 Eve~Live at Nippon Budokan』

サイモン・フィリップス『プロトコルⅢ』
――世界最高峰のドラマーによる、激しくも美しい傑作ジャズ・ロック・アルバム。ドラムスが主役の作りになってはいるが、バンドとしてのアンサンブルも十分に練り上げられたサウンド。心地よい緊張感がずっと持続する。
 ちなみに、Amazonのプライムミュージックでは、このアルバムの前作『プロトコルⅡ』を含むサイモンのソロ作数枚が聴き放題になっている。

黒船『BREAKTHROUGH』
――ジャズと日本の伝統芸能を融合させた、「クールジャパン」なバンドのセカンド・アルバム。

■関連エントリ→ 2014年に聴いた音楽BEST10

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石塚真一『BLUE GIANT』



 石塚真一『BLUE GIANT』(ビッグコミックス)の既刊1~7巻を、仕事上の必要があってkindle電子書籍で購入し、一気読み。

 本格ジャズ・コミックであると同時に、昔ながらの少年マンガのような匂いもあって(連載誌はオジサン・マンガ誌の『ビッグコミック』だが)、じつによくできた作品。

 宮谷一彦の初期作品に、ジャズ・ミュージシャンを主人公にしたいくつかの短編がある。中でも「ラストステージ」(1970年)という短編はまことに素晴らしく、ジャズ劇画の最高峰だと私は思っている。
 その気持ちはいまも変わらないが、時代の変遷もあり、ジャズをマンガで表現するための技法という点では、この『BLUE GIANT』のほうが数段進化している。

 「少年マンガっぽい」と感じさせるのは、「世界一のサックスプレーヤー」を目指して奮闘するまだ10代の主人公・宮本大の天真爛漫なキャラ設定が、まるで昔のスポ根マンガのヒーローのようだから。

 1巻から7巻までを一気に読むと、内容が尻上がりにどんどん深みを増してきたことがわかる。
 4巻途中までの仙台編(高校時代編)もまあまあ面白いし、大にサックスを教える師匠・由井との絆は胸を打つが、大が上京してからのほうが俄然面白い。
 とくに、天才肌でワンマンなピアニスト・沢辺雪祈(ゆきのり)との出会い以降は、彼と大のキャラのぶつかり合いがスリリングだ。

 メモしておきたいようなセリフも多い。
 「全力で自分をさらけ出す、それがソロだろ? 内蔵をひっくり返すくらい自分をさらけ出すのがソロだろ。君はソロができないのか?」(7巻)とか。

 コミックス各巻の巻末に、主人公・大が世界的プレーヤーになった近未来を舞台に、登場人物1人ひとりに大との「思い出」をインタビューしていくという体裁の「BONUS TRACK」が収録されている。これは、大変気の利いた好企画だと思う。

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西村賢太『東京者がたり』



 西村賢太著『東京者がたり』(講談社/1728円)読了。

 「東京物語」ならぬ「東京者がたり」。「東京者」としての強い自負をもつ西村賢太が、これまでの半生で関わりのあった東京の町や場所を題材に綴った連作随筆だ。

 鶯谷や後楽園球場など、過去の小説や随筆にもしばしば登場した町・場所が、たくさん出てくる。
 「神楽坂の銭湯」という一編もあり、これは名短編「腋臭風呂」(『二度はゆけぬ町の地図』所収)の舞台となった、あの銭湯のことである。
 最終回で取り上げられているのが、「芝公園」。賢太の「師」藤澤淸造が昭和7年に凍死を遂げた現場であり、彼にとっては特別な場所なのだ。

 かと思えば、下北沢や白金台のように、賢太が嫌ってやまない地をわざわざ一回を割いて取り上げていたりする。
 『苦役列車』でも下北沢に集うサブカル人士が痛烈にディスられていたが、本書でも下北沢が「まったくもって、人も街も安雑貨だ」などとこきおろされている。このへん、いかにも賢太らしい。

 賢太ファンなら、そこそこ楽しめる本である。私は彼の私小説の中でも10代のころを扱った作品がとくに好きだが、本書にも10代のころの思い出が数多く登場するので、その点も好ましい。

 だが、随筆集として質が高いかといえば、微妙なところ。

 本書の類似作として、小田嶋隆の初期作品『山手線膝栗毛』(1993年)が挙げられるだろう。
 これは、やはり生粋の東京人であるオダジマが、山手線の駅を一駅ずつ取り上げ、その地にまつわる思い出などを綴った連作エッセイ。質の高いユーモア・エッセイ集であるとともに、東京論としても秀逸な一冊であった。

 『山手線膝栗毛』と比べてしまうと、この『東京者がたり』は、やはり私小説書きの余技という感じがしてしまう。

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テイスト『ベスト・オブ・テイスト』



 昨日は昼間に企業取材、夜は小規模な忘年会。
 で、今日も午後にまた取材。さすがにこのあとは取材仕事は入らないだろうから、これが今年の取材納めだ(でも、仕事納めではない)。


 取材と忘年会の合間に少し時間が空いたので、新宿のディスクユニオン各店舗を回って中古CD漁りをした。

 で、けっきょく、テイストの『ベスト・オブ・テイスト』、ロベン・フォードのライヴ盤『Discovering the Blues』、ポール・バターフィールズ・ベター・デイズのファースト『ベター・デイズ』を購入。

 ロリー・ギャラガーがソロになる前にやっていた短命なバンド、テイスト。先日ライヴ盤『ワイト島のテイスト』を買ってみたらすごくよかったので、ベスト盤を買ってみた。

 これもよい。いい曲が目白押し。

 ちなみに、ファースト・アルバム(1969年)収録曲「いつもの話(Same Old Story)」は、リフやギターソロの入れ方がダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」(1975年)とそっくり。
 時系列からいって、宇崎竜童がパクったのである。 



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神保彰『JIMBO de CTI』



 神保彰の『JIMBO de CTI』がAmazonのプライムミュージックにアップされていたので、聴いてみた。

 Amazonのプライム会員なら聴き放題のプライムミュージック、少しずつ登録アルバム数も増えてきて、かなり使えるサービスになってきた。
 この『JIMBO de CTI』なんて、発売は今年初頭だから一応「最新作」なわけで、タダで聴かせてしまっていいのだろうかと心配になる。たぶん、1回聴かれるごとにアーティスト側にも少しずつ使用料が入るのだろうけど……。

 本作は、名ドラマー・神保彰による「CTIレーベル」の名曲カバー集だ。
 CTI――クリード・テイラー・インクは、1970年代のクロスオーバー(のちのフュージョン)・ブームを先導した米国のレーベル。いわば現在のスムース・ジャズの源流である。
 
 CTI名曲集といっても、本作は全9曲中5曲までがデオダートの2枚のアルバムから選ばれており、実質的にはデオダート名曲集となっている(ほかに、アイアート・モレイラの「Tombo in 7/4」、フレディ・ハバードの「Red Clay」のカバーなどを収録)。
 ジャケットも、デオダートの『ラプソディー・イン・ブルー(デオダート2)』のパロディというか、オマージュだ。



 デオダートは、CTIレーベルの看板アーティストであった。そもそもCTIは、彼のアルバム『ツァラトゥストラはかく語りき』(1972年)の大ヒットによって世界に知られたのだ。

 本作で5曲がカバーされている『ツァラトゥストラはかく語りき』『ラプソディー・イン・ブルー』は、私も少年時代にLPレコードで聴きまくったアルバム。神保彰もこの2枚に決定的影響を受けたと知って、シンパシーを覚える。

 デオダートとCTIに対する私の思い入れについては、以前このエントリに書いたので、興味ある向きはご一読を。

 さて、本作の感想だが、うーん……、よくできてはいるが、原曲をしのぐカバーは一つもないなあ。
 原曲が完全に脱臭・消毒されているというか、きれいにまとまりすぎている。雑味とかエグみを除去したら、曲の味わいまで薄まってしまった感じ。

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ジェレミー・リフキン『限界費用ゼロ社会』



 ジェレミー・リフキン著、柴田裕之訳『限界費用ゼロ社会――<モノのインターネット>と共有型経済の台頭』(NHK出版/2592円)読了。書評用読書。

 世界的な文明評論家である著者の本は、本書の前著に当たる『第三次産業革命』(2011年)を読んだことがある。
 蒸気機関と印刷技術が担った第一次産業革命、石油動力と電話などの電気通信技術が担った第二次産業革命につづき、いま、太陽光発電などの再生可能エネルギーとインターネット技術の融合によって、第三次産業革命が起こりつつある、という本であった。

 本書は、その続編ともいうべき内容だ。著者の提唱する第三次産業革命が、「IoT」(Internet of Things=モノのインターネット)時代の到来でいよいよ本格的に始まったことをふまえ、進行中のパラダイムシフトを改めて論じた書なのだ。

 「限界費用」とは経済学の用語で、「モノやサービスを一つ(一単位)追加で生み出す費用」のこと。あらゆるモノがネットを介してつながる「IoT」時代には、コミュニケーション、エネルギー、輸送の効率性・生産性が極限まで高まることで、この限界費用がほぼゼロになっていく。
 たとえば、電子書籍や音楽のネット配信は、印刷費や輸送費などがかからないことで、すでに限界費用がほぼゼロになっている。今後は、あらゆるモノやサービスにこういう変化が起きていく。
 そして、限界費用ゼロ社会では、モノやサービスがどんどん無料化していくことで、企業の利益が消失し、資本主義が成り立たなくなる。

 では、その先の「ポスト資本主義社会」とはどのような社会なのか? リフキンはその問いに、さまざまな角度から答えていく。

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田亀源五郎『弟の夫』



 田亀源五郎の『弟の夫』(アクション・コミックス)1巻を読んだ。仕事の資料として。
 海外でも人気の高いゲイ・エロティック・アーティストの著者が、初めて一般コミック誌(『月刊アクション』)に連載中の作品。

 ゲイの世界を描いたマンガは、これまでにもたくさんあった。
 山上たつひこの「至上の愛」(『喜劇新思想大系』の一編)あたりが嚆矢なのだろうが、その後は少女マンガの世界でさまざまな形で描かれてきたし(吉田秋生の『カリフォルニア物語』のゲイたちとか)、「BL」も広い意味ではゲイ・マンガといえる。

 しかし、自らもゲイである作者が、ゲイではない読者が大半の一般コミック誌にゲイのマンガを描くのは、本作が初だろう。その意味で、これは日本マンガ史の期を画す作品である。

 主人公・弥一(やいち)の双子の弟がカナダで客死し、翌月、「弟の夫」マイクがカナダから日本にやってくる(カナダは同性婚が合法の国であり、外国人も同性パートナーと結婚できる)。

 マイクは日本滞在中、弥一と娘の夏菜(カナ)が2人で暮らす家に住むことになる。
 弥一はノンケ(=ゲイではない)であり、マイクにどう接したらよいかわからない。
 戸惑いばかりの共同生活の中で、弥一はマイクを通じて、少しずつゲイに対する理解を深めていく。

 ……と、いうような話。
 ていねいかつスッキリとした絵が素晴らしい。また、ゲイに関する基礎知識などが、あからさまな啓発臭を漂わせることなく、ストーリーの中に自然な形で織り込まれている点も好ましい。

 ただ、私が本作の欠点だと思ったのは、主人公の娘・夏菜の描き方である。

 夏菜は小学校低学年という設定だと思うが、その年頃の女の子が、突然外国からやってきた見知らぬオッサンを、きたその日から家族の一員としてすんなり受け入れるなんて、あり得ないだろう。
 べつに「男と男が結婚するなんて、キモーイ!」とか言わなくてもいいけれど(それはそれで紋切型だし)、少しは戸惑いとか葛藤があってしかるべきではないか。
 本作でマイクの登場に戸惑うのは弥一のみであり、夏菜はまったく戸惑わない。そこにリアリティの欠如を感じる。

 弥一とマイクの人物像には十分にリアリティがあるのに、夏菜だけが「絵空事のキャラ」という印象を受けてしまうのだ。
 これからのストーリーの中で、そのへんの不自然さが払拭されていくことを願う。

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松中権『LGBT初級講座――まずは、ゲイの友だちをつくりなさい』



 松中権(ごん)著『LGBT初級講座――まずは、ゲイの友だちをつくりなさい』 (講談社+α新書/907円)読了。
 前エントリの『同性婚』と同じく、仕事の資料として読んだ。

 著者は、ゲイであることをカミングアウトしている電通マン。
 「LGBT初級講座」と謳う以上、LGBTの入門書を目指したのだろうが(読者も当然そう期待する)、いかんせん、入門書としてはあまり役に立たない。

 『同性婚』のレビューで、私は「『自分語り』の部分と、社会の動きを概説した部分のバランスが絶妙で、同性婚について考えるための優れた入門書になっている」と書いた。
 本書は逆に、著者の「自分語り」が85%くらいを占めており、たんなるエッセイになってしまっている。入門・概説書としての記述は、1章の「セクシュアリティはグラデーション」(の一部)くらいしかないのだ。

 ゲイとしての葛藤などを綴ったパーソナルなエッセイとして読む分にはそこそこ面白いが、「LGBTをめぐる社会状況について、ざっくりと知りたい」と思って読むと肩透かしの内容だ。

 あと、全体に著者の文章がおちゃらけすぎ。文中に「(笑)」を使いすぎているし、笑いを狙ってすべってる箇所も多々あるのだ。
 著者はまえがきに、「『僕ら大変です、苦しいんです(涙)』と弱者目線で同情を訴えるつもりはさらさらありませんし、かといって『LGBTの権利を主張するのだ!(怒)』と、一方的にこぶしを振り上げるつもりもない」と書いている。
 つまり、「LGBTについて、深刻にならず軽やかに語りたい」という意図から、あえて狙ったライトタッチなのだとは思うが、ちょっとやりすぎ。

 LGBTの入門書としては、『同性婚』のほうがはるかに優れている。

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南和行『同性婚』



 南和行著『同性婚――私たち弁護士夫夫(ふうふ)です』(祥伝社新書/842円)読了。仕事の資料として。

 同性パートナーと弁護士事務所を営む著者が、自らのゲイとしての半生を振り返るとともに、同性婚をはじめとするLGBTをめぐる問題を概観した書。
 「自分語り」の部分と、社会の動きを概説した部分のバランスが絶妙で、同性婚について考えるための優れた入門書になっている。

 著者が弁護士であるだけに、同性婚をめぐる法律の諸問題(「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」という憲法24条の記述をどう考えるべきか、など)の解説には深みがあり、読ませる。
 また、諸外国における同性婚をめぐる状況や、そこに至るまでの歴史についても、手際よくまとめられている。

 そして、現在のパートナーと弁護士事務所を立ち上げるまでのいきさつはドラマティックで感動的であり、このままテレビドラマや映画にできそうだ。

 渋谷区が同性カップルに「パートナーシップ証明書」を発行する条例を可決させるなど、今年は日本でも同性婚をめぐる状況が大きな潮目を迎えた。その潮目の年にふさわしい、時宜を得た好著。

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野口悠紀雄『「超」集中法』



 野口悠紀雄著『「超」集中法――成功するのは2割を制する人』(講談社現代新書/799円)読了。
 「超◯◯法」シリーズ(?)最新刊である。

■関連エントリ
野口悠紀雄『クラウド「超」仕事法』
野口悠紀雄『実力大競争時代の「超」勉強法』
野口悠紀雄『超「超」整理法』
『「超」〇〇法』次作予想

 タイトルから「集中力を高める極意」が開陳された本を期待したのだが、そうではなかった。これは、いわゆる「80対20の法則」(本書は「2:8法則」と表記)「パレートの法則」についての本なのだ。
 野口は、“世の中のことはたいてい、2割の人・こと・モノが全体の8割の成果を上げている。「コア」となるその2割に力とリソースを集中することが、仕事・勉強・組織作りの極意である”とし、その実例を挙げ、2割の「コア」を見極める方途を探っていく。

 野口がたくさん出してきた「知的生産」本のうち、真に独創的なのは最初の『「超」整理法』だけだと思う。
 それ以後の著作は、そこそこ参考にはなるものの、独創性はあまりない(一般書の話。経済学者として出した専門書の独創性については、私にはわからない)。

 本書も、「80対20の法則」を援用したビジネス書・知的生産本ならほかにも多いし、とくに独創的ではない。

 それに、過去の著作の焼き直しにすぎない章もあって、その点でも感心しない。
 第3章は『「超」整理法』の焼き直しだし、第4章は『「超」勉強法』の焼き直しだ(『「超」整理法』も『「超」勉強法』も、じつは「2:8法則」に沿った方法論だった、というエクスキューズがつけられている)。

 あと、本書は過去の野口の著作と明らかに文体が違う。読点が妙に多い、ノロノロした感じの「です・ます調」になっているのだ。おそらく、ライター等に話をまとめさせたのだと思う。過去の著作は歯切れよい明晰な文体がそれ自体魅力的だったので、その点もマイナス。
 まあ、野口ももう後期高齢者だから、自分で書くのはシンドイのかもしれないが……。

 それでも、随所に卓見はあるので、「駄本」とまでは言わない。
 たとえば、古典や歴史を学ぶことの重要性についての指摘(140ページ~)。

 ビジネスであれなんであれ、何が2割の「コア」に当たるかを的確に見抜く目を持つためには、全体観を持たねばならない。その全体観を養うために大切なのが、古典や歴史を学ぶことなのだと、野口は言う。

 古典は、学問が現代のように専門化し細分化していなかった時代の知を表しています。ですから、古典をいま読むことは、全体像を把握する上で、有用です。
 歴史は、教養の中で重要な地位を占めています。技術が進歩し、資本蓄積が進んでも、社会活動とは、所詮人間集団の営みだからです。権力者や大国が勃興し、滅びるさまを見ると、現代社会の把握にも、重要な示唆を与えてくれます。



 これはまったくそのとおり。大前研一など、底の浅い「古典的教養無用論」を説く論者が最近散見するが、私はこれからの時代こそ、ビジネスシーンにおいても、古典をしっかり学んでいる人の重要性が増すと思う。

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黒船『BREAKTHROUGH』



 黒船のセカンド・アルバム『BREAKTHROUGH(ブレイクスルー)』(PEACE OF CAKE/2700円)をゲット。昨年のファースト・アルバム『CROSSOVER』が大変気に入ったので……。

 黒船は、ジャズと日本の伝統芸能を融合させた、ユニークなクロスオーバー・ジャズ・バンドである。
 ベース、キーボード、ドラムスの3人に、奄美島唄の里アンナ、津軽三味線の白藤ひかりを加えた編成。


↑このアルバムのオフィシャル・トレイラー。ほぼ全曲のさわりが聴ける。

 前作のレビューで、私は次のように書いた。

 全曲ヴォーカル入りにすればよいものを、余計なインスト・ナンバーも入っていて、それらはイマイチ。
 いや、演奏はうまいし、けっして悪くはない。ただ、普通の和風コンテンポラリー・ジャズであって、「うーん、なにも黒船のアルバムでやらなくても……」という気がしてしまうのだ。
 次作はぜひ、全曲ヴォーカル入りの島唄カヴァーで作ってほしい。



 その提案を聞き入れてくれたわけでもあるまいが(笑)、本作はファーストよりも曲目に奄美島唄・民謡が増え、それ以外の曲でも里アンナのヴォーカルの比重がぐっと上がっている。
 私にとっては「我が意を得たり」の変化で、好ましい。とはいえ、基本的には前作の延長線上にあるサウンドだが。

 ジャズ/フュージョンのカバー曲が3曲入っているのだが、それらもわりと伝統芸能寄りのアレンジになっている。
 そのうち私が気に入ったのは、パット・メセニー・グループのカバー「Have You Heard」。
 元曲は、マイ・フェイバリット・アルバムでもあるPMGの『レター・フロム・ホーム』のオープニング・ナンバー。
 パット・メセニーのギターの代わりに白藤ひかりの津軽三味線がメロディーを奏で、ペドロ・アズナールのスキャットの代わりに里アンナが島唄風スキャットを聴かせる。


↑本作のリード曲「行きゅんにゃ加那節」。あわれが深うてよろしいなあ(アラカン風)。

 奄美島唄・民謡を取り上げた5曲はそれぞれ素晴らしいが、中でも、ラストを飾る「やんばる」がダントツにカッコイイ。
 島唄とコンテンポラリー・ジャズの見事な融合。まさに「クールジャパン」である。2020年の東京オリンピック開会式には、こういう曲、こういうアーティストこそが取り上げられて欲しいものだ。

 期待を裏切らない、充実のセカンド・アルバム。


↑奄美島唄「よいすら節」をジャズ化した「YOISURA」。美しい。

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笠原倫『リスク――エンドレス・ドラッグ・ウォーズ』



 笠原倫の『リスク――エンドレス・ドラッグ・ウォーズ』全2巻を、kindle電子書籍で購入。なんと、2巻で110円の激安セールだったので。

 このマンガについては、前に当ブログで取り上げた岩井道の『マンガけもの道』で紹介されていて、「絶対読みたい!」と思っていた。ただ、紙のコミックスは中古で高値を呼んでいて、手が出なかったのだ。やっと読めた。

 そのブッ飛んだ内容についてはネットでも読める岩井のコラムで詳細に紹介されているので、興味ある向きは一読あれ。

 古臭い絵柄といい、泥臭いストーリーといい、典型的「B級劇画」ではある。しかし、B級なりにしっかりと魂込めて描かれた作品で、じつに面白い。

 主人公の麻薬取締官は、捜査途中で犯人に捕らえられ、覚醒剤を大量注射されて生死の境をさまよった過去をもつ。その後遺症のフラッシュバックに苦しめられながらも、執念の捜査で元締めの暴力団組長を追いつめていく。
 フラッシュバックが来そうになると、それを抑えるためにサックスを吹きまくる……という設定も面白い。

 また、“扱うシャブは自分が試し打ちして質を確かめるのが商人のモラルだ”と言いつつ、どんどんシャブ中がひどくなっていく宿敵の組長も、キャラが立ちまくり。『殺し屋1』の垣原組長に匹敵する名キャラといえる。

 シャブの取り締まりに命を賭ける麻取と、シャブを広めることに命を賭ける組長の間に、立場を超えてある種の「リスペクト」が生まれる。しかし、2人はともに死に向かって突き進んでいく……という展開もシビれる。ある意味「フィルム・ノワール」的。

 たった2巻で終わってしまったのが惜しい、隠れた名作である。

 ちなみに、作者の笠原倫(りん)は、近年になって「RIN」と名義を変え、『どげせん』というヒット(板垣恵介と組んだ土下座エンタメ・マンガの怪作)を放った。

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牧村康正・山田哲久『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』



 牧村康正・山田哲久著『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』(講談社/1620円)読了。

 私世代にはなじみ深い名前――『宇宙戦艦ヤマト』のプロデューサーにして「生みの親」・西崎義展(よしのぶ)の生涯をたどったノンフィクション。
 共著だが、執筆・構成は牧村によるもの。西崎のアシスタント・プロデューサーであった山田は、いわば“筆頭証言者”としての役割だ。
 山田以外にも多くの関係者に取材して書かれた力作ノンフィクションであり、「ヤマト世代」には面白い本。

 何より、西崎の人物像が強烈で、それが読者を引っ張る駆動力となる。
 傲岸不遜で見栄っ張り。大ぼら吹きの山師。金にルーズ。自分の会社の社員たちに対しては朝令暮改の独裁者。儲けた端から湯水のように散財し、取っ替え引っ替えの愛人を平然と自分の秘書にする。

 それでいて、プロデューサーとしての力量は天性のもの。金持ちを口説いてカネを調達する能力とか、大企業の偉いさんを口説いて企画を通す能力などが抜きん出ているのだ。

 こんな人間が身近にいたらたまらんだろうな、と思う反面、映画界の独立プロデューサーはこういう人でなければ成功できないのだろうな、とも思う。
 カリスマの複雑な人間像を鮮やかに描き出す一冊であり、「狂気」と冠されたタイトルとは裏腹に、著者たちの西崎へのリスペクトも感じ取れる。

「なにもか嘘だらけの西崎さんですが、『ヤマト』への愛情だけは本物だったのでしょう」

 
 ――これは、西崎の秘書を務めた女性(愛人ではない、ホントの秘書)のコメント。通読して、私も同じ感慨を抱いた。

 西崎と、あの山崎正友との深い関係についても言及されている。山崎の「シーホース事件」に巻き込まれたことが、西崎の破滅の契機になるのだ。
 本書に描かれた西崎の行動には山崎とよく似たところがあり、2人のウマが合ったというのも納得がいく。

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まんしゅうきつこ『まんしゅう家の憂鬱』



 昨日は、「ふるさと納税の達人」金森重樹さんを取材。都内某所のご自宅にて。

■関連エントリ→ 金森重樹『100%得をするふるさと納税生活 完全ガイド』

 当然「ふるさと納税」に関する取材なわけだが、金森さんの本業(企業グループ経営者)のほうの自伝である『借金の底なし沼で知ったお金の味』(大和書房)も読んで臨む。
 25歳のときに1億2千万円もの借金を背負い、そこから這い上がるまでの苦闘の記録である。これも面白く、次は企業経営のほうの話もお聞きしたいと思った。


 まんしゅうきつこの新刊『まんしゅう家の憂鬱』(集英社/1188円)がアマゾンから届いたので、さっそく読む。

■参考(著者インタビューの映像が見られる)→ 美人漫画家・まんしゅうきつこさんが明かす「まんしゅう家」のお話

 彼女の『アル中ワンダーランド』を当ブログで取り上げたとき、「ブログに描いていた、過去の自分を振り返ったエッセイマンガのほうが、はるかにこの著者のよさが出ていたと思う(あれは一冊にまとめないのだろうか?)」と書いたのだが、これはそのブログの待望の書籍化である。

 ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」は、いまではほとんどのエントリが削除されてしまったが、それはこの書籍化のためだったのかな。
 
 帯には「身の回りのゲスな話をユーモラスに、時にシュールに描く、抱腹絶倒の全17編!」とあるが、ホントにそのとおり。すごく笑えるし、笑ったあとに一抹の寂寥感が残る感じがたまらない。

 『小説すばる』に掲載された4編のエッセイ(マンガではなく文章)も併録されているが、それらもバツグンの面白さ。

 ただ、作者とその家族の実体験を描いたものだけに、量産のきくような作品ではあるまい。一回こっきり、一世一代の傑作エッセイマンガである(もしかしたら、こういう奇妙な体験のストックが彼女にはまだたくさんあるのかもしれないが……)。

 あと、ブログで発表されたマンガがすべて収録されているわけではない。何編かカットされているのだ。
 おそらく、登場人物の名誉・プライバシーに配慮してのカットだろうが、惜しい。

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志村貴子『放浪息子』



 志村貴子の『放浪息子』(ビームコミックス)全15巻を、仕事上の必要があって一気読み。

 積み上げたコミックスを寝っ転がって読んでいる姿は、傍目にはボーッと遊んでいるようにしか見えないだろう。
 「年末進行で忙しいとか言ってるわりには、こいつヒマそうやな」と思われている気がして、家人に「これ、仕事で読んでるからね」と、しなくてもいい言い訳をしてしまう(笑)。

 ちなみに、私はこんなのも書いているのです。

 先ごろ、ゲイ・エロティック・アートの巨匠・田亀源五郎の初の一般誌連載マンガ『弟の夫』が、「文化庁メディア芸術祭」のマンガ部門で優秀賞を獲得した。

 時代は変わったなあ、と感慨深いわけだが、LGBT(性的少数者)の問題を先駆的に取り上げたマンガといえば、なんといってもこの『放浪息子』である。
 連載当時、『コミックビーム』で読んではいたものの、最初から最後まで通しで読んだのは初めて。改めて素晴らしい作品だと思った。

 「女の子になりたい男の子」と「男の子になりたい女の子」が小学校で出会い、中学・高校と進んでいく年月を、10年超の長期連載でじっくり描いた作品。「LGBT大河マンガ」というか、「LGBT群像劇」というか……。

 主人公たちが性的アイデンティティをめぐって悩み、葛藤するさまが描かれてはいるが、少しも「声高な感じ」がないところがいい。
 「LGBT」という言葉も、「性同一性障害」という言葉も、作中ではただの一度も使われていない。説教臭さもなければ、「社会問題を扱ってる、啓発的で意識高い系マンガです」的な「どや顔」感もない。
 水彩画のような淡く美しい絵柄とあいまって、淡々としたタッチで「LGBT」の問題が描かれているのだ。

 むしろ、版元がつけた惹句のとおり、「思春期学園ラブストーリー」としてフツーに楽しめる。そこがよい。

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穂村弘『にょにょにょっ記』



 穂村弘著『にょにょにょっ記』(文藝春秋/1620円)読了。

 穂村が『別冊文藝春秋』に長期連載している、日記のようで日記ではない“ニセ日記形式”のコラム「にょっ記」。その単行本化第3弾である。
 2009年に出た第2弾が『にょにょっ記』。本書は「にょ」がまた増えて、さらにわけがわからなくなっている。

■関連エントリ→ 穂村弘『にょにょっ記』

 私がいちばん最初に読んだ穂村の本が『にょっ記』であり、そのときはものすごく斬新なユーモア・コラム集だと感じたものだった。
 しかし第3弾ともなると、私のほうが穂村流ユーモアに耐性がついてしまったのか、あまり面白くなかった。クオリティも、初期のころより落ちている気がする。

 とはいえ、電車の中で読んでいて思わず吹き出した箇所もいくつかあるのだが……。
 そのうちの一つを引用。

仕事で京都を巡る。
電車の中でぼんやりしていると、アナウンスが流れてきた。

「神仏を見かけた方は駅係員までご連絡ください」

さすが京都。
さすが。



 これは当然「不審物」のことなわけだが、あえてそこまで書かずに寸止めするところが穂村流なのである。





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本田幸夫『ロボット革命』



 昨日は、都内某所で大阪工業大学ロボット工学科教授の本田幸夫さんを取材。
 本田さんの近著『ロボット革命――なぜグーグルとアマゾンが投資するのか』(祥伝社新書/864円)などを読んで臨む。

 ロボットをめぐる日本と世界の現状と今後の展望を、的確に概説した好著。
 いちばん目からウロコが落ちたのは、これまでの日本がずっと「技術で勝って商売で負けてきた」との指摘。

 自動運転車も、ルンバのようなロボット掃除機も、世界で初めて開発したのは日本であり、にもかかわらずそれらは商品化できなかった、というのである。
 その理由はいくつかあるのだが、一つにはリスクを取りたがらない日本人の国民性ゆえだという。「自動掃除機がもしも寝ている赤ちゃんにぶつかってケガでもさせたら、誰が責任を取るんだ?」などという意見がたくさん出て、開発がストップしてしまうのだという。

 本田さんは、日本電装(現・デンソー)や松下電器産業(現・パナソニック)でロボット開発に携わり、その後大学教授に転身された方。現在もロボット関連企業の経営者でもある。
 つまり、ビジネスの視点からロボットを見るプロなのだ。その視点が全編に及んでいるのが本書の大きな特長で、研究者一筋の人が書いた類書とは違う面白さがある。

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Char『Rock十 Eve~Live at Nippon Budokan』



 11月中に終わらせる予定の仕事が、数本12月にずれ込んでしまった。
 そうこうするうち、なし崩し的に怒涛の「年末進行」に突入してしまい、修羅場っている。

 「7月中に夏休みの宿題を全部終わらせて、8月は目一杯遊ぼう」とか考えるくせに、けっきょくは8月末にヒイヒイ言っていた子ども時代から、私はまったく進歩がない。


 Charの『Rock十 Eve~Live at Nippon Budokan』を観た。
 発売元のZICCA RECORDS(Char自身が主宰するレーベル)さんよりご恵投いただいたもの。

 今年還暦を迎えたCharが、その記念に出したアルバム『ROCK十』(読み方は「ロック・プラス」だが、「六十」にかけたシャレ)。
 その全曲が披露された、還暦(の誕生日)前夜の武道館コンサートを、ほぼノーカットで収録したDVD+CDのセット。

 『ROCK十』は素晴らしいアルバムだった。今年の日本のロック・アルバムで、五指には入ると思う。
 このライヴ盤は、スタジオ盤以上に楽しくゴージャスな内容になっている。
 
 『ROCK十』は、Charがその長いキャリアの中で関わりのあった12人の大物と、1曲ずつコラボするという凝った企画。
 参加アーティストは、泉谷しげる、佐橋佳幸、布袋寅泰、ムッシュかまやつ、石田長生、奥田民生、松任谷由実、佐藤タイジ(シアターブルック)、JESSE(RIZE)、福山雅治、宮藤官九郎、山崎まさよしという面々だ。干支が一巡する還暦にちなみ、それぞれの干支から1人ずつ選ばれている。

 全曲書き下ろしの詞・曲のみならず、アレンジ、サウンドの方向性などのプロデュース全般に至るまでが、12人の参加アーティストに委ねられたという。

 コンサートには、12人のうち10人までが参加。宮藤官九郎作の曲「チャーのローディー」で、使えないローディー役で出演した阿部サダヲは、ビデオでの出演。
 そして、残る1人――「石やん」こと石田長生は、コンサートの際は食道ガンの闘病中であり、翌月(7月)に世を去った。

 10人の豪華ゲストが、自作曲を演るときだけステージに出てきて、曲が終わったらすぐに引っ込んでしまうという、なんとも贅沢なコンサート(ただし佐橋佳幸だけは、コンサート全体のサイドギタリストを務めたので、出ずっぱり)。

 それ以外の出演陣も豪華だ。一曲演奏するためだけにスカパラのホーン・セクションがゲスト出演したり、シンガーソングライターとして活躍している福原美穂がバックコーラスを務めたり……。

 全編でCharのギターが堪能できるのはもちろんのこと、それ以外にも見どころがいっぱい。
 布袋寅泰との華麗なギターバトルなどは、スタジオ・バージョンを凌駕する迫力だ。

 また、「次の人は、今日は来れないんですが、別のところで頑張っています」というMCから始まる石田長生作の「ニッポンChar, Char, Char」は、闘病中だった石やんに捧げる渾身の熱演。曲が終わったあとの「石やん、おおきに!」というCharの一言が泣ける。
 曲自体も絶品。石やんとCharが組んだアコースティック・デュオ「BAHO(馬呆)」のバージョンで、この曲が聴いてみたかった。 

 名ギタリストの還暦記念にふさわしい、素晴らしいコンサートである。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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