『ゴースト・イン・ザ・シェル』



 ハリウッド実写映画版の『ゴースト・イン・ザ・シェル』を、映像配信で観た。



 巷では賛否両論で、とくにアニメ版(押井守版など)のファンには総じて不評のようだが、私はけっこう面白かった。
 「アニメ版とは別物」なのは当然であって、アニメを実写映像にただ置き換えただけなら、わざわざハリウッドで作る意味はないだろう。

 日本のマンガやゲームなどがハリウッドで実写化されると、奇妙奇天烈な珍作になる例が多いなかにあって、これはけっこう上出来。原作へのリスペクトも十分感じられる。
 何より、原作の哲学的テーマは保ちつつ、押井守版よりもずっと「わかりやすい」作品になっており、私はその点を買う。

 『ブレードランナー』の世界をもっとキッチュに極彩色にしたような未来都市の造型も、見ごたえがある。「意図的な悪趣味」という趣で、洗練ぶってないところがよい。

 スカーレット・ヨハンソンの“肉じゅばん”には苦笑したが、それを除けば美しく撮れているし、これはこれで一つの「少佐(草薙素子)」像としてアリだと思う。

 ただ、観た人の9割方はそう思うだろうが、荒巻課長役のビートたけしの演技がひどいったらない。滑舌悪いし棒読みだし、周囲がみな英語なのに一人だけ日本語で、違和感バリバリだし……。

 この記事によれば、たけしだけが日本語でセリフをしゃべるのは、彼自身が「下手な英語より、日本語でセリフを言いたい」と要望したためだという。
 その要望について、「製作側は猛反対だった」が、ルパート・サンダース監督が「大丈夫だから」と説得したのだそうだ。
 いやいや、大丈夫じゃないから。すっごくヘンだから。
 英語のうまい日本人俳優だっていまは多いのに、なぜわざわざたけし? いまのたけしは老害としか言いようがない。

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稲葉陽二『ソーシャル・キャピタル入門』



 稲葉陽二著『ソーシャル・キャピタル入門――孤立から絆へ』 (中公新書/821円)読了。
 
 ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)についての良質な入門書。
 仕事の資料として読んだものだが、とてもためになったし、読み物としても面白かった。

 ソーシャル・キャピタルは社会学・政治学・経済学・予防医学・社会疫学など多くの分野にまたがる学際的概念だが、著者は経済学者(日大法学部教授)であるため、本書は経済学的側面のウェートが高い。
 ただし、ほかの分野にも十分目配りがされている。ソーシャル・キャピタルをめぐる学説史、おもな論点などが手際よく紹介され、バランスの取れた概説書になっているのだ。

 「3・11」の約半年後に刊行された本であるため、当時注目された日本社会のソーシャル・キャピタルの再評価(被災地でも略奪のたぐいが起こらず、被災者たちが高い秩序を保って助け合ったことなど)に、ある程度の紙数が割かれている。

 たとえば、当時「絆」が称揚された一方、「『絆』という言葉の濫用は気持ちが悪い」などという反発もあったわけだが、研究者の間では、ソーシャル・キャピタルにそのような正負両面があることは常識になっているという。束縛につながるなどの負の側面は「ダークサイド」と呼ばれるとか。

 とはいえ、刊行から6年を経たいま読んでも、十分示唆に富んでいる。ソーシャル・キャピタルを毀損する最大要因は格差拡大であり、その点ではいまの日本社会にこそ、ソーシャル・キャピタル重視の視座が必要であるからだ。

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集団行動『集団行動』



 「相対性理論」の初期楽曲の大半を手がけてきた、「新世代のポップ・マエストロ」真部脩一(まべ・しゅういち)。
 2012年に相対性理論を脱退した彼が組んだニュー・バンド「集団行動」のデビューアルバム『集団行動』(ビクターエンタテインメント/2160円)を聴いた。

 フルアルバムの体裁なのに、トータルプレイングタイムはたったの26分(全7曲)。うーん、短かすぎ。
 そういえば、相対性理論の初フルアルバム『ハイファイ新書』(2009年)も、トータルプレイングタイムはたった33分だったっけ。

■関連エントリ
相対性理論『ハイファイ新書』
相対性理論『シンクロニシティーン』

 しかし、くり返し聴くうちに、時間の短さはあまり気にならなくなった。7曲すべてがよい曲で、まさに「捨て曲なし」のアルバムだから。

 メジャーでの活躍を待望されながら、あえてインディーズで活動を続けてきた真部脩一が、初めてメジャーシーンに活動の場を広げ、自らが中心となる新たなプロジェクトとして立ち上げたのが、この「集団行動」である。
 このファーストアルバムの曲は、すべて真部の作詞作曲になる。

 集団行動のヴォーカリストは、アイドルオーディション「ミスiD2016」のファイナリスト・齋藤里菜。
 ルックスはバツグンだが、相対性理論の歌姫・やくしまるえつこと比べると、ヴォーカルはちょっと無個性すぎるかなァ。



 ……と、いちばん最初に公開された曲「ホーミング・ユー」を聴いた段階では思っていた。
 というのも、「ホーミング・ユー」はあまりにも「相対性理論っぽい曲」なので、どうしてもやくしまるえつこと比べたくなってしまうから。

 が、2曲目以降はしだいに、真部が“相対性理論の呪縛”から離れていくという趣。
 相対性理論よりもぐっと普通のロック寄り、J-POP寄りの音作りがなされているのだ。



 最後の曲「バックシート・フェアウェル」まで聴くと、「齋藤里菜のクセのないヴォーカルこそ、このバンドにふさわしい」と思えてくる。

 相対性理論よりも間口の広い、ロック・ファンにもJ-POPファンにもアピールする音。天才クリエイター・真部脩一の「本気」を、私は感じ取った。 

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みなもと太郎『マンガの歴史』1



 みなもと太郎著『マンガの歴史』1巻(岩崎書店/1080円)読了。

 出たばかりの本。マンガ史研究家としても評価の高いマンガ家・みなもと太郎さんが、「画業50周年」を記念して刊行開始した、書き下ろし(語り下ろし?)マンガ史の第1巻。全4巻の予定とのこと。

 図版がただの一つも使われていないという、シンプル極まりない本。「マンガ史本」としては異例だが、当然、はっきりした意図の下にあえてそうした体裁をとったのだろう。 

 この巻は、手塚治虫登場前夜(戦前・戦中)のマンガ状況から説き起こされ、手塚およびトキワ荘の面々の活躍、劇画の誕生、貸本マンガの台頭、初期の少女マンガ、週刊少年マンガ誌の登場などが、手際よくたどられる。
 最後の章で光が当てられるのが『巨人の星』だから、次巻は『あしたのジョー』の話から始まるのだろう。

 200ページに満たない本だからサラッと読めるが、マンガ史の肝を的確に押さえた記述はさすがだ。
 そして、『風雲児たち』の作者らしく、独自の確固たる「マンガ史観」が全編の底に流れていて、その史観に沿って戦後マンガ史をたどる内容になっている。各章がブツ切りになっておらず、日本のマンガ史が一つの太い流れとして理解できるのだ。

 蒙を啓かれる記述も多い。
 たとえば、私は「『あしたのジョー』はいま読んでもすごい名作だが、『巨人の星』はいま読むとお笑いマンガでしかない」と軽んじていたが、『巨人の星』がマンガ史においていかに画期的であったのかが、本書で初めて理解できた。

 「マンガ史本」はこれまでにも少なくないが、本シリーズこそ決定版になるのではないか。全4巻、買い続けることを決定。

 そういえば、『風雲児たち』は三谷幸喜脚本で来春のNHK正月ドラマになるとか。慶賀に堪えないが、「どうせなら大河ドラマにすればいいのに」と思ってしまった。

■関連エントリ→ みなもと太郎『レ・ミゼラブル』

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ライトニン・ホプキンス『モージョ・ハンド』



 ライトニン・ホプキンスの『モージョ・ハンド』を、71分収録の「コンプリート・セッション」ヴァージョン(Pヴァイン)で入手。ヘビロ中。

 ブルース史上一、二を争うほど有名なジャケットのアルバム。真っ赤な地を突き破る拳が強烈な印象を残す。
 最近私が座右に置いてしょっちゅう参照している小出斉著『ブルースCDガイド・ブック』のカバーにも、このジャケが用いられている。



 ちなみに、同書での本作の評価は、「怖くなるぐらいの名盤」「ライトニンの喉から、指先からブルースが湧き上がってくるようだ」と大絶賛である。

 1960年の作品で、ライトニンが弾いているのは生ギターのみ。にもかかわらず、生ギターが野太くドスが利いていて、まるで空気を切り裂くような音。ヘタなエレクトリック・ギターが裸足で逃げ出す迫力だ。
 ダミ声のヴォーカルと相まって、少しも薄めていないブルースの原液を飲み干すような気分が味わえる。

 タイトルナンバーの「モージョ・ハンド」に代表されるゴキゲンなブギと、ド迫力のスロー・ブルースが半々くらいの構成。そのどちらも素晴らしい。



 スロー・ブルースでは、「俺を裏切った浮気女をショットガンでぶち殺してやるのさ」という物騒な歌詞をおどろおどろしく歌い上げる「Bring Me My Shotgun」など、ねちっこい曲が出色。
 生ギター、ベース、ドラムスのみのシンプルな編成で、すき間の多いサウンドなのに、ピンと張りつめた緊張感がある。


 
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滝川一廣『子どものための精神医学』



 滝川一廣著『子どものための精神医学』(医学書院/2700円)読了。書評用読書。

 ベテラン児童精神科医が、自らの豊富な臨床経験をふまえて書き下ろした、児童精神医学の概説書である。
 中井久夫・山口直彦の名著『看護のための精神医学』の「児童精神医学版」を企図した書であり、中井久夫自らが「あの本には子どものことが書いてない。そこを君に」と、弟子筋である滝川を指名したという。

 500ページ近い浩瀚な書であり、内容も非常に濃い。隅々にまで価値ある情報が詰まっている。2700円という価格は一般書としては高いと思うかもしれないが、情報量からいえばむしろ割安だ。

 入門書と呼ぶにはいささか高度な内容だが、精神医学に携わる者はもちろん、教育者、保育士、そしてもちろん親など、子どもに深く関わる立場の人間なら一読の価値はある労作。
   
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築山節『定年認知症にならない脳が冴える新17の習慣』ほか



 昨日は、脳神経外科専門医の築山節(たかし)さんを取材。築山さんが所長を務める北品川クリニックにて。私はお盆期間も「絶賛仕事中」である。

 このブログ内を検索してみたところ、前回築山さんを取材したのは8年前の2009年のこと。品川から一駅先なのにまったく目立たない北品川駅で降りるのも、8年ぶりだ。

 築山さんの最新著作『定年認知症にならない脳が冴える新17の習慣』(集英社)、『脳神経外科医が教える「疲れない脳」の作り方』(PHP新書)を読んで、取材に臨む。

 2つのうち、『定年認知症にならない脳が冴える新17の習慣』はとくによい本であった。
 これは、累計57万部突破のベストセラーとなった築山さんの旧著『脳が冴える15の習慣』をふまえた続編ともいうべき本で、タイトルのとおり認知症予防に重点を置いた内容。

 「予約のとれない認知症外来の名医」(帯の惹句より)である築山さんの、長年の診療経験をふまえた、いわば“現場で磨かれた脳科学”の卓見が満載だ。

■関連エントリ
築山節『脳が冴える15の習慣』
築山節『脳から変えるダメな自分』

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ジェイムス・コットン・バンド『ライヴ&オン・ザ・ムーヴ』



 ジェイムス・コットン・バンドの『ライヴ&オン・ザ・ムーヴ』(ブルース・インターアクションズ)を購入し、ヘビロ中。

 「スーパー・ハープ」の異名で知られる、シカゴ・ブルース界きってのブルース・ハープの名手ジェイムス・コットン(今年3月逝去)が、自らのバンドを率いて放った強力ライヴ・アルバム。
 1976年の発売時にはLP2枚組だったアルバムで、全19曲・76分というボリューム。激アツのファンク・ブルースがテンコ盛りだ。

 まず、ジャケットがサイコーである。上半身裸のスリムなネーチャンのジーンズのフロント部分に、無造作に突っ込まれた数本のブルース・ハープ。「このジャケで中身がダサいわけがない」と確信させるカッコよさだ。

 中身も、期待を裏切らぬ素晴らしさ。
 スロー・ブルースは2曲のみで、あとはノリノリのファンク・ブルース大会だ。ダンサブルでファンキーなのに汗臭さがなく、クールでオシャレ。ブルース・ハープの素晴らしさは言うまでもないが、バックを固めるバンドの演奏も絶品だ。

 ブルースについて知らない人が抱きがちな誤解として、「ブルースって、暗くて悲しい曲ばかりなんでしょ?」ということがある。
 ほんの数枚でもブルースの名盤を聴いてみれば、それが誤解であることがわかるはずだ。
 もちろん、暗く哀切なブルースもある。しかし、それよりもはるかにたくさん、楽しいブルース、エロい歌をカッコよく歌うブルース、豪快なブルース、聴くだけで元気が湧いてくる熱いブルースがあるのだ。

 「ブルースは暗く悲しい音楽」という誤解を手っ取り早く解くためには、本作か、B.B.キングの数あるアルバムの中でも屈指の傑作『ライヴ・アット・ザ・リーガル』を聴いてみたらよい。

 『ライヴ・アット・ザ・リーガル』は、「エンタテインメントとしてのブルースの最高峰」といってもよいほど、ゴージャスで楽しいライヴ盤である。

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眉月じゅん『恋は雨上がりのように』



 眉月じゅん『恋は雨上がりのように』の既刊1~8巻(ビッグコミックス)を読んだ。
 前から連載誌『ビッグコミックスピリッツ』で時々読んで、気になっていたマンガ。一気読みしてみたら、なかなか面白かった。

 ファミレスの店長をしている45歳の冴えないバツイチ男に、その店でバイトする17歳の美少女女子高生が恋をするという、“年の差恋愛マンガ”。
 中年男の妄想をそのままマンガ化したような話(作者は女性だが)であり、一種のファンタジーだ。

 文芸評論家の斎藤美奈子は、ハードボイルド小説を「男性用のハーレクイン・ロマンス」と呼んだ。「うまいこと言うなァ」と思ったものだが、むしろ本作のような物語こそ「男性用ハーレクイン・ロマンス」と呼ぶにふさわしい。ハーレクイン・ロマンスは大衆恋愛小説だが、ハードボイルド小説において恋愛はメイン要素ではないのだから……。
 本作はいわば、「中年男のためのハーレクイン・ロマンス」なのだ。

 ヒロイン・橘あきらは、主人公の中年男のダメな部分、非モテ要素までも受け入れ、むしろそこを好きになってくれる。ほかのバイトからは「クサイ」と嫌がられる加齢臭すら嫌がらないという天使っぷりである。
 そんな“都合のいい天使”がいるはずもないのだが、私は「ありえねー」「絵空事だ」と思いつつ、けっこう楽しく読んでいる。
 世の腐女子たちは、BLマンガ・小説を、現実にはあり得ないことを百も承知でファンタジーとして楽しんでいるのだろう。それと同じだ。

 「恋雨」(と略すそうだ)はコミックス累計160万部突破、『マンガ大賞2016』で第7位、『このマンガがすごい!2016』でオトコ編第4位に食い込み、来年1月から深夜枠ながらもTVアニメ化……と、スマッシュヒットになっている。
 それだけ広がりがあると、さすがに読者が中年男ばかりとは思えない。この作品が幅広い層に受けていることが、いち中年男としては不思議である。

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石塚真一『BLUE GIANT SUPREME』



 石塚真一『BLUE GIANT SUPREME』(ブルージャイアント シュプリーム)の既刊1~2巻(ビッグコミックススペシャル)を、Kindle電子書籍で購入。

 10巻で一応の完結を見た『BLUE GIANT』の続編・海外編である。

■関連エントリ→ 石塚真一『BLUE GIANT』

 賛否両論の嵐を巻き起こした『BLUE GIANT』のラストがあまりに衝撃的だったので(どんなラストだったかはググられたし)、私もショックを受け、この『BLUE GIANT SUPREME』はしばらく読む気がしなかった。
 が、『ビッグコミック』での連載を立ち読みしてみたら面白かったので、コミックスを買ってみたしだい。

 東京のジャズシーンで一定の評価を得、日本一のジャズクラブ「So Blue」のステージにも立った主人公・宮本大は、バンド「ジャス」を解散し、ヨーロッパに“サックス武者修行”に出る――。
 まずはドイツのミュンヘンとハンブルクを舞台に、「世界一のサックス・プレーヤー」を目指す大の孤軍奮闘が描かれるのが、『BLUE GIANT SUPREME』の序盤の展開だ。

 すでに複数の人が指摘しているように、物語の骨子は、五木寛之の60年代の青春小説『青年は荒野をめざす』を彷彿とさせる。
 『青年は荒野をめざす』に限らず、初期の五木作品には「ジャズ青春小説」と呼びたい作品が多い(「海を見ていたジョニー」「さらばモスクワ愚連隊」など)。私は少年時代にそれらの作品を愛読していたから、この『BLUE GIANT SUPREME』には懐かしさも感じる。

 ただ、五木の「ジャズ青春小説」が、金髪ネーチャンとの激しい恋とか、不良たちとの大立ち回りとかが出てきて通俗的なのに対し、『BLUE GIANT SUPREME』は生真面目で求道的な青春マンガである。

 2巻で登場する女性ベーシスト、ハンナと大がこの先の展開で恋に陥りそうではあるが、ハンナのキャラもすごく地味だし……。
 何より、大が昔の少年マンガの主人公のような“天真爛漫まっすぐキャラ”だから、五木作品みたいな通俗展開にはなりようがない。でも、その生真面目さがとても好ましい。

 2次元の画面でジャズの音を表現するという難しい課題に挑みつつ、青春マンガとしても王道をゆく面白さ。正編『BLUE GIANT』をしのぐ傑作になるかもしれない。

 
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河合雅司『未来の年表』



 河合雅司著『未来の年表――人口減少日本でこれから起きること』 (講談社現代新書/821円)読了。

 『産経新聞』論説委員による、「人口減少が進んでいくとどんな社会になっていくのかを、カレンダーの如く一覧できる新書」。すでに12万部突破のベストセラーになっているという。

 著者は人口減少を「静かなる有事」と表現する。その視点は、「人口減少は日本にとってチャンスだ」などという楽観論とは対照的である。もっぱら人口減少のマイナス面に光が当てられ、読んでいるとだんだん暗澹たる思いになってくる。

 今年から2115年にわたる向こう1世紀の未来を見据え、「年代順に何が起こるのかを示した」第1部は、すごい迫力だ。幅広い問題を丹念に調べてあって、資料的価値も高い。

 ただ、「第2部 日本を救う10の処方箋 ――次世代のために、いま取り組むこと」は、著者がドヤ顔で書く(そういう感じの文章なのだ)「処方箋」に、絵空事や小手先の弥縫策と思えるものが多く、全体にパッとしない。

 少子化対策として第3子には一律1000万円を国が支給するだとか、高齢者の定義(いまは65歳以上)を「75歳以上」に変えることで高齢者を「削減」するだとか、「ホントにそんなことが抜本的対策になると思ってるの?」と問いつめたくなるような提言が目立つのだ。

 とはいえ、第1部だけでも十分に読む価値がある新書ではある。

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矢島賢&ヴィジョンズ『REALIZE』



 矢島賢&ヴィジョンズの『REALIZE』(ワーナーミュージック・ジャパン)を聴いた。
 アナログ盤では1982年に発売された、矢島賢にとって生涯唯一のリーダー・アルバム。今回、初CD化だそうだ。

 私は、恥ずかしながら矢島賢というギタリスト自体を知らなかった。
 いつも愛読している金澤寿和さん(音楽ライター)のブログ「Light Mellow on the web」で記事になっていたのを読み、興味を持って手を伸ばしてみたしだい。

 80年代日本のフュージョン系ギタリストにはそれなりに目配りしていたつもりだが、私がこれまで知らなかったのは、矢島がキャリアの大半をJ-POP系のスタジオ・ミュージシャンとして生きたからだろう。
 「長渕剛からは、“唯一頭が上がらないソロ・ギタリスト”と呼ばれるほど、厚い信頼を置かれていた」(金澤氏ブログ)人なのだそうだが、あいにく私は長渕剛に微塵も興味がないし。

 それはさておき、このアルバムはJ-POPとはまったくかけ離れた内容である。全曲インスト。ギター中心の、プログレ色の濃いフュージョンなのだ。

 レコード会社側がつけた宣伝文句には、「ジェフ・ベックの名盤『ブロウ・バイ・ブロウ』への日本からの回答というべき強烈なギター・インストゥルメンタル・アルバム」という言葉が躍っている。
 『ブロウ・バイ・ブロウ』も『ワイアード』も大好きな私としては、この惹句で大いに期待して聴いた。

 だが、うーん……、期待したのとはちょっと違った。
 全8曲中、「おお、これはもろジェフ・ベック!」と思わせる曲は2曲だけ。「D.Box」と「Elephant Dance」がそうで、この2曲はたしかにジェフ・ベック好きならたまらない仕上がりだ。





 で、残り6曲はといえば、ジェフ・ベックというよりはピンク・フロイドのデイヴ・ギルモアに近い線。
 「Wet Dream」なんて曲もあって、ピンク・フロイドのキーボーディスト、リック・ライトに同名のソロ・アルバムがあったことを彷彿とさせる(ちなみに、「Wet Dream」とは「夢精」の意)。
 ハードなインスト・ロックというより、夢幻的でドラマティックなプログレ・フュージョンのアルバムなのである。

 むろん、そのことが悪いわけではない。むしろ、映像喚起力に富む荘厳華麗なギター・インスト・アルバムとして、非常によくできている。
 プログレ色が濃くなっていた時期のプリズムが好きな人なら、絶対気に入ると思う。

 
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『ラ・ラ・ランド』



 『ラ・ラ・ランド』を動画配信で観た。



 私はミュージカル映画が苦手だ。そういう人はきっとほかにも多いと思うのだが、登場人物が突然歌い出す不自然さに対する違和感がどうしても拭えず、映画に入り込みにくい。
 これまでの人生で観たミュージカル映画(苦手だから当然少ない)の中で気に入ったものといったら、『サウンド・オブ・ミュージック』一つだけしか思い浮かばない。

 が、本作はミュージカルが苦手な私もしっかりと映画に入り込めた。
 冒頭、渋滞したハイウェイで人々が突然歌い出し、踊り出す場面では「うへーっ。こういうのがあるからミュージカルって苦手なんだ」とサブイボが立ったが、途中から気にならなくなった。

 いっこうに芽が出ない女優の卵・ミア(エマ・ストーン)がオーディションで“女優を目指した原点”の物語を歌にして披露するクライマックスでは、胸が熱くなった。



 まあ、観終わったあとで考えてみれば、いろいろと粗の見える映画ではある。
 主人公2人――売れないジャズ・ピアニストと女優の卵のキャラクターがあまりにステレオタイプで血が通っていないとか、ラストの「もし2人が結婚していたら」の妄想シークェンスはあまりにしつこ過ぎで、もっとあっさり洒脱に終われないものか、とか……。

 しかし、観ている間はそういう瑕疵が気にならず、ロマンティックで切ない物語の世界にのめり込むことができた。よくできたミュージカルである。

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ヴァレリー・カーター『The Way It Is/Find A River』



 ヴァレリー・カーターの『The Way It Is/Find A River』をヘビロ中。

 ヴァレリーは、「ウー・チャイルド」などの曲で知られるアメリカのシンガー・ソングライター。



 ソロ・アーティストとしては大ヒットに恵まれなかったが、バッキング・ヴォーカルの世界で幅広く活躍し、ウェストコースト・ロックの名盤に数多く参加している。
 透明感にあふれ、しかもよく通るハイトーンの美声が魅力的だ。まさに「鈴を鳴らすような声」。

 このアルバムは、96年に発表された『The Way It Is』に、98年のミニアルバム『Find A River』の収録曲5曲を追加したもの。2枚とも長らく入手困難で、中古市場でも高値を呼んでいたアルバムなので、ファン待望のリイシューといえる。
 ヴァレリーが今年3月に心筋梗塞で亡くなったがゆえのリイシューでもあるので、少々複雑な気分にもなるが……。

 彼女は80年代にドラッグに蝕まれ、一時期音楽シーンから姿を消した。
 『The Way It Is』『Find A River』は、ヴァレリーがようやくドラッグ禍を乗り越え、復活を果たした時期の作品。それでも、ヴォーカルにはまったく衰えが見られない。昔のままの伸びやかな美声だ。

 音楽的には、ウェストコーストの香りを濃密に漂わせるAOR。初期のアルバムはフォーキー・ソウルという趣だったが、本作はぐっとソウル寄りで、曲によってはかなりファンキー。

 AORといっても甘ったるさはなく、ちょっぴりアーシーで渋いセピアカラーの音作り。最初聴いたときには地味に感じるが、聴き込むほどに味わいが増してくるスルメ・アルバムだ。

 アース・ウインド&ファイアーの「That's the Way of the World」のカヴァーなど、ヴォーカルもアレンジも最高の仕上がりである。



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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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