鳥飼茜『ロマンス暴風域』



 鳥飼茜(とりかい・あかね)の『ロマンス暴風域』(SPA!コミックス/740円)1巻をKindle電子書籍で購入。

 この人のマンガは『先生の白い嘘』で初めて読んだのだが、主人公の若き女教師の描き方があまりに生々しく、痛々しくて、私はコミックス2巻まで読んで続きが読めなくなってしまった。



 なんというか、情け容赦のない心理描写をするマンガ家である。

 本作『ロマンス暴風域』は、鳥飼茜が初めて男性を主人公に据えた作品で、「それなら抵抗なく読めるかも」と思ってゲットしてみたしだい。期待以上に面白かった。

 高校の臨時教員である30代半ばのサトミン(男)は、婚活をしてみるものの、非正規職であることから相手の女性に敬遠され、恋愛からも遠ざかっていた。
 そんなある日、気分転換に行ってみた風俗店で出会った、21歳の「嬢」・せりか。「美大に行きたかった」と打ち明ける彼女に、T美大卒の美術教師であるサトミンは運命を感じる。 
 そこから始まる、風俗嬢との本気の恋愛――。それは、まさに「ロマンス暴風域」に足を踏み入れるような波乱万丈の日々だった。

 男のマンガ家が「風俗嬢との恋愛」を描いたら、けっしてこんなマンガにはならないだろう。
 男に都合のいいファンタジーにしてたまるかと、作者が腕まくりする姿が目に浮かぶような展開。痛々しくもリアルな、「恋愛弱者(=主人公)のロマンス」の物語。

 作者の鳥飼茜がこの作品について語っているインタビューを読むと、「風俗に行く男」の心理を鮮やかに腑分けしていることに驚かされる。

「女の人に嫌われるのをとにかく怖がっていて、決して自分を傷つけてこない保証がある女の人を欲しがっている。風俗は、そういう男の人にとっての避難所でもあるんだろうとすごく思いました」(なぜ男は風俗に行くのか。漫画家・鳥飼茜が考える | 女子SPA!)


 とか、

「最近は男の人も世間からの圧力に生きづらさを感じている人が増えているでしょ。だから、風俗を今利用してる男の人の感覚は、女を金で買える強者の感覚と、“社会からはみ出した女の子”に対する共感が、絶妙に入り混じっているんじゃないかと思います」(漫画家・鳥飼茜が男目線で気づいたこと | 女子SPA!)


 とか、

「ああ、男の人にとっては“性的な魅力”っていうのがなにより重要なんだなって。そのコがどんなに計算高かろうが、人によって違う態度を取っていようが、そんなことは見えてないというか、あえて見ないようにというか、どうでもいいんだろうなと思ったんです。男の人のそういう、性的な魅力を前にすると急に人を見る解像度が粗くなる感じというのは、意識して描いてますね」(気鋭の漫画家・鳥飼茜が男の単純さを問う | 日刊SPA!)


 とか……。

 そのように醒めた眼で鋭く観察された、いまどきの非モテ男の痛々しさが読者の心を突き刺すマンガだ。ああ、でも私はサトミンを嗤えない。

 『SPA!』誌上で第2部も近く始まるらしい。1巻のラストは「完結感」が濃厚に漂う終わり方だが、さて、ここからどう新展開させるのか? 目が離せない作品である。

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小谷野敦『文豪の女遍歴』



 昨日は、都内某所で取材が一件。
 行き帰りの電車で、小谷野敦著『文豪の女遍歴』(幻冬舎新書/907円)を読了。

 女性遍歴ではなく「女遍歴」。身もフタもないタイトルですな。
 本書は、「近代日本の文学者たち六十人程度について、その異性関係(や同性関係)を記述する試み」である。もちろん、女流作家の男性関係も取り上げられている。

 「作家に限らず、伝記でいちばん面白いのは、異性関係である」、「私はもちろん、のぞき見趣味だ週刊誌だと言われたって、異性関係について読んだりするのが大好きである」と、著者は「まえがき」で言う。

 私も好きだ。いまはなき月刊誌『噂の眞相』を私は愛読していたが、その理由の一つは、あの雑誌がしばしば人気作家のゴシップ記事を載せていたからだ。作家のゴシップ記事だけをスクラップし、冊子状に綴じて保存したりしていた(笑)。
 講談社や新潮社など、小説も多数刊行している出版社の週刊誌は作家のスキャンダルを報じないから、作家のゴシップ記事は『噂の眞相』の独擅場だったのである。

 もっとも、本書の版元・幻冬舎も小説をたくさん出しているわけだが、取り上げている作家はとうの昔に物故した人ばかりだから無問題。

 「小説は作家の人間性とは切り離して、作品のみを虚心に味わうべきだ」と考える立場もあろうが、私はそう考えない。むしろ、書いた作家がどういう人間であるかをよく知ってこそ、作品も深く味わえるのだと思う。

 興味のない作家についての項目は飛ばして読もうと思ったのだが、面白くてけっきょく全部通読。
 著者の専門分野だけあって内容が濃く、目からウロコの記述が随所にある。

 美人・不美人、ハンサム・ぶ男などと、登場する作家や関係者の容姿を容赦なく批評する身もフタもなさも痛快だ。

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『キング・アーサー』



 昨日は、取材で群馬県渋川市の「永井食堂」へ――。



 テレビ等で「日本一のもつ煮の店」としてよく紹介される有名店だが、私はグルメ取材で行ったわけではなく、永井食堂三代の物語を聞く「ヒューマン・ストーリー」的な取材である。

 取材前に私たちも食事。
 「ごはんが山盛りなので、半ライスで十分」と聞いていたので、もつ煮定食を半ライスで頼む。たしかに、半ライスでもどんぶりにすりきり一杯ごはんが盛ってあった。
 とても柔らかく煮込まれたもつ。2種類の味噌をブレンドし、ほどよくニンニクが効いた味付けも絶品。

 平日の午後にもかかわらず、食べる客とおみやげ用のもつ煮(1袋1kgのけっこうな量)を求める客がひっきりなしで、すごい繁盛ぶりであった。「おみやげ、23個」と注文し、ダンボール箱で持ち帰る客もいた。
 もつ煮以外のメニューもあるのだが、私たちがいた間、もつ煮を頼まなかった客はたった一人だけ。


 『キング・アーサー』を映像配信で観た。
 アメリカ・イギリス・オーストラリアの合作で、ガイ・リッチー監督がアーサー王伝説をモチーフとした映画。



 王の血を引くアーサーがスラム街の娼婦たちに拾われて育つという、一種の貴種流離譚になっている。いわば、ストリート感覚で描くアーサー王伝説。
 映画全体も、重厚なファンタジーというより、ロック・アーティストのPVを思わせるポップな感覚で作られている。

 主役のチャーリー・ハナム(『パシフィック・リム』に主演した俳優)は、最初から最後まで王らしい威厳とは無縁で、マッチョなチンピラ兄ちゃんという趣。そこが面白いといえば面白い。
 
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橘玲『幸福の「資本」論』



 橘玲著『幸福の「資本」論――あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社/1620円)読了。

 ベストセラー連発中の著者が、これまでに刊行してきた「人生設計本」の集大成として出した本。
 「幸福論」であり、一種の「自己啓発書」でもあるが、従来の幸福論・自己啓発書の多くがきわめて主観的、時に非論理的であるのに対し、本書の内容は終始論理的・客観的である。
 
 投資の専門家でもある著者らしく、幸福な人生を求める人の営みを、「3つの資本=資産のポートフォリオ」(あとがき)という視点から、ある種の“投資行動”として描き出している。

 「3つの資本」とは、我々一人ひとりが持っている「金融資産」「人的資本」「社会資本」のこと。

 「金融資産」は、文字どおりの意味。

 「人的資本」とは、個々人が仕事を通じてマネタイズする能力の総和を指す。
 たとえば、企業の新入社員は、定年退職までに稼ぎ出す給与総額からリスクプレミアムを差し引いた額(生涯年収3億円の場合、約5500万円)が、その人の人的資本になる。逆に、定年退職して無収入になった人の「人的資本」はゼロとなる。

 「社会資本」とは、いわゆる「ソーシャル・キャピタル」、つまりお金には換算できない“人とのつながりの豊かさ”(友人の多さなど)のこと。

 以上の3つを、著者は「幸福の3つのインフラ」と呼ぶ。
 3つすべてが潤沢に揃っている状態が理想だが、現実にはそれは難しい。だから、3つのうち最低1つ、できれば2つを潤沢に持てる人生を目指そう。そのために、投資家がポートフォリオ(保有する金融商品の組み合わせ)のバランスを考えてリスクヘッジするように、「人生設計の理想のポートフォリオ」を目指して生きよう……というのが、著者の大まかな主張だ。

 著者は、本書で展開する「人生設計の理想のポートフォリオ」を、次の3点に要約する。


①金融資産は分散投資する。
②人的資本は好きなことに集中投資する。
③社会資本は小さな愛情空間と大きな貨幣空間に分散する。



 ①はともかく、②③についてはこれだけ読んでも意味がわからないだろう。
 ②については、くわしくは本書を読んでいただきたい。

 ③はどういう意味かというと、「『強いつながり』を恋人や家族にミニマル(最小)化して、友情を含めそれ以外の関係はすべて貨幣空間に置き換える」こと。

 たとえば、仕事上の「強いつながり」を求めないことによって、仕事関係から生じるストレスを回避すること。
 具体的には、一企業に生活を全面依存するのではなく、「スペシャリストやクリエイターとしての人的資本(専門的な知識や技術、コンテンツ)を活かし、プロジェクト単位で気に入った『仲間』と仕事を」する。このことを、著者は「フリーエージェント戦略」と呼ぶ。
 
 要は、会社員よりもフリーランスのほうが幸福になりやすいと、著者は言うのである。その主張の根拠は、さまざまな幸福度研究だ。

 幸福の研究では、離婚や愛するひととの死別より、毎日の満員電車の長時間通勤の方がひとを不幸にするという結果が繰り返し示されています。



 職業別の幸福度を調べると、多くの研究で、自営業と公務員の幸福度が高いことが知られています。 
 収入が少なくても、会社員より自営業の方が人生の満足度が高くなるのは、自分の好きなことをして自己実現できるからだけではありません。時間(いつどれだけ働くか)と人間関係(誰と働くか)が選べれば、それだけで幸福感は大きく上がります。

 

 フリーランサーの一人として、このへん、大いに得心がいく。収入不安定で何の保障もない我々フリーランサーだが、通勤しなくてよいこと、働く時間が選べること、人間関係ストレスがほぼゼロ(=気の合わない人からの仕事依頼は受けなければいい)であることのメリットのほうが、はるかに大きいと痛感するからだ。

 しばしば思うことだが、フリーランサーには実年齢より若く見える人が多い。それは、人間関係ストレスや通勤ストレスから自由であるためだろう。

 なお、公務員の幸福度が総じて高いのは、自営業の場合とは逆に、際立った「安定性」がもたらす幸福感ゆえだろう、と著者は言う。

 「フリーエージェント戦略」に限らず、著者が本書で説く「人生設計の理想のポートフォリオ」はすべて、ポジティヴ心理学や行動経済学などの研究成果に裏付けられている。いわば、理詰めの幸福論、エヴィデンス・ベースト(科学的根拠に基づく)な幸福論なのだ。

 逆に言えば、本書の主張の大半は他者の研究の受け売りでしかないのだが、著者は“洗練された受け売りのプロ”だから、受け売りであることを読者に意識させない。そのへんは相変わらず見事なもの。

 “これまでに出した人生設計本の集大成”という本書の性格上、仕方ないのだが、著者の旧著に出てきた話の焼き直しが多い。ゆえに、橘玲ファンが読むと、「その話ならもう知ってる」と感じる箇所が多いだろう。

 私は、これまでに読んだ橘玲の本では『「読まなくてもいい本」の読書案内』がいちばんよくできていると感じた。同書に比べると、本書はやや薄味だ。

 とはいえ、目からウロコの卓見も随所にあるし、いまどきの幸福論として上出来だと思う。
 
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山之内幸夫『日本ヤクザ「絶滅の日」』



 山之内幸夫著『日本ヤクザ「絶滅の日」――元山口組顧問弁護士が見た極道の実態』(徳間書店/1080円)読了。
 
 山口組の顧問弁護士を40年間にわたって務めた著者が、ヤクザ業界の過去・現在・未来(の展望)を手際よくまとめた一冊。
 歴史については、明治時代からの流れを駆け足でたどっている。山口組中心の記述ながら、簡便なヤクザ業界史として読むことができる。

 立場上やむを得ないことだが、著者は終始ヤクザに同情的であり、「ヤクザなど絶滅したほうが世のためだ」と考える人にとっては読むに堪えないだろう。
 そうした偏りに目をつぶれば、「ヤクザ業界入門」として一読の価値はある。山口組が三分裂に至った経緯もよくわかる。

 ヤクザの今後について、著者は“暴力団に限定して「結社を禁止する法律」が作られ、ヤクザが完全に絶滅する可能性もある”とする。ただし、そうすることによって暴力団が秘密組織化し、日本の治安は逆に悪化するだろう、と予測している。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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