先日取材した明治学院大学の辻信一教授は、音楽にもたいへん造詣の深い方である。『ブラック・ミュージックさえあれば』(青弓社)という、素晴らしい音楽エッセイの著作もものしておられる。
なので、取材が終わったあとの雑談の中で、「最近のオススメ音楽」を伺ってみた。そのとき辻さんが間髪を入れずに出された名前が、ラウル・ミドン。恥ずかしながら、私はその名を知らなかった。
仕事が一段落したので、ラウル・ミドンの名をググってその音楽を試聴したみたところ、私も一発でまいってしまった。
これはイイ! スゴイ! 辻さんがリコメンドされるのも道理だ。
ラウル・ミドンは、今年10月にデビュー・アルバム『ステイト・オブ・マインド』(東芝EMI/1980円)を出したばかりのシンガー・ソングライター/ギタリストである。
彼は盲目だ。未熟児網膜症によって、乳児期に失明してしまったのだという。
スティーヴィー・ワンダーを思い出さずにはおれないが、じっさい、音楽にもスティーヴィーの影響が色濃く感じられる。また、スティーヴィーもラウルの音楽を絶賛しており、『ステイト・オブ・マインド』の1曲にはハーモニカでゲスト参加している。ハービー・ハンコックの最新アルバム『ポシビリティーズ』で、スティーヴィーのヒット曲「心の愛」(I Just Called To Say I Love You)を歌っていたのもラウルである。
いささか安直な評言を使ってしまえば、ラウル・ミドンは「キーボードのかわりにギターを選んだ、21世紀のスティーヴィー・ワンダー」ともいうべきアーティストなのである。
『ステイト・オブ・マインド』をさっそくアマゾンで購入したのだが、いやー、このアルバムはじつに素晴らしい。すでにして名盤の風格がある。
視力を失うかわりに、ラウルは3つの豊かな才能を与えられた。ギタリストとしての才能、ヴォーカリストとしての才能、そしてソングライターとしての才能。いずれも超一級品である。
ジャンルとしては「フォーキー・ソウル」ということになるのだろうか。基本はソウルだが、ほとんどの曲が生ギター中心のシンプルな構成(ベース・ギターやハーモニカなどが控えめに添えられるのみ)で、フォーク色も濃い。また、ボサノヴァなどのブラジル音楽の色合いも感じられる。あと、ギターにはスパニッシュ風味も少々。
ギターとヴォーカルが色彩感豊かなので、生ギター弾き語りの音楽にありがちなスカスカ感がまったくない。そして、ギターがリズム・セクションを兼ねているといってもよいくらい、パーカッシヴで躍動感に満ちた演奏だ。
独特のギター奏法について、ラウル自身が日本盤ライナーノーツにこんなコメントを寄せている。
「僕は常にリズムに興味を持っているので、ギターとドラムを同時に弾けたらいいだろうなってずっと思ってきた。(中略)だから、パーカッションを叩くような弾き方をするようになったんだ」
艶やかなハイトーンのヴォーカルもスティーヴィー・ワンダーに似ているが、ヴォーカリストとしての資質はスティーヴィー以上だと思う。声のレンジがたいへん広く、「七色の声」という趣。しかも、低い声からファルセットまで、どんな声域で歌っても発声が揺るがない。かりにギターが弾けなくても、曲が書けなくても、ヴォーカリストとして十分にやっていけるだろうと思わせる。
何より素晴らしいのは、ラウルの音楽が聴く者の心の霧を払うようなパワーに満ちている点だ。「キープ・オン・ホーピング」「サンシャイン(アイ・キャン・フライ)」などという曲名一つとっても、非常にポジティヴ。
ラウルがこうした明るさ・力強さにたどりつくまでには、ハンディキャップゆえの長く苦しい絶望との闘いがあったに違いない。「苦悩を突き抜けて歓喜へ」といえば、ベートーヴェンが聴覚を失った絶望の果てにたどりついた「第九」の主題だが、ラウルの音楽にも同質の“気高い明るさ”が感じられる。
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『ステイト・オブ・マインド』試聴ページ(「オール・イン・ユア・マインド」「サンシャイン」「エクスプレッションズ・オブ・ラヴ」の3曲は、とくにスティーヴィー・ワンダーにそっくり)
あと、
このページで、ラウルのステージ・パフォーマンスを1時間にわたって観ることができる。マウス・トランペット(唇でやるトランペットの音真似)も絶品。
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