アンドリュー・ニューバーグほか『脳はいかにして〈神〉を見るか』


脳はいかにして“神”を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス脳はいかにして“神”を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス
(2003/03)
アンドリュー ニューバーグ、ヴィンス ローズ 他

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 アンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ローズ著、茂木健一郎訳『脳はいかにして〈神〉を見るか――宗教体験のブレイン・サイエンス』(PHP研究所)読了。

 著者たち(ニューバーグとダギリ)は脳神経学者。チベット仏教の瞑想を実践する人たちの脳内を「SPECT」(単一光子放射断層撮影)で撮影するなど、宗教体験に際して脳の中で何が起きているかを、実験で検証してきた。
 本書はその研究成果を、ジャーナリストであるローズの手を借りて一般書としてまとめたものである。

 原著が米国で刊行されたのは2001年であり、日進月歩の脳科学の世界では「一昔前」の本といえる。そのせいもあって、内容にも仮説の段階にとどまっている点が多い。
 本書刊行後12年間の研究の進展をまとめた続編が読みたいところだが、少なくとも邦訳は出ていないようだ。

 著者たちが拠って立つ仮説は、「神秘体験は幻覚ではなく、脳神経学的に測定可能な現象であり、宗教的体験は、ヒトの脳だけに組み込まれた先天的機能である」というもの。この仮説に沿って、古今の宗教者の神秘体験の“謎解き”がなされていく。

 “謎解き”の鍵となるのは、脳の「方向定位連合野」(体の空間的な位置把握を司る領域)の役割だ。
 さまざまな宗教的瞑想によって極度の集中状態になったとき、この領域への感覚入力が遮断される(求心路遮断)。
 方向定位連合野は、自分を空間内に位置づけて「自己」の感覚を作り出す役割をもつから、そこに情報が入らなくなると、自己と非自己の境界があいまいになる。そのことが、自分と世界が一体化する「絶対的合一」の感覚をもたらし、神秘体験として感じられるのではないか……ごくかんたんに端折って説明すれば、そういうこと。

 というと、「神なんかいない。それはごく普通の脳機能から説明できる『脳内現象』にすぎない」と主張する宗教否定の書のように思われるかもしれない。

 だが、そうではない。著者たちは、「聖書の中の創造主たる人格神」が「もはや合理的な思考とは相容れなくなってしまった」ことは認めているが、つづけて次のように言っているのだ。

 われわれはまだ、高次の神秘的なリアリティーの概念を否定する根拠を、科学や理性の中に見出すには至っていないのだ。



 そして著者は、宗教が果たしてきた役割について、科学の眼で考察していく。
 宗教的体験が「ヒトの脳だけに組み込まれた先天的機能」であるなら、なぜそのような機能が進化の中でもたらされたのか? それは「信仰を持つことや、信仰に基づく行動パターンが、ヒトに実際的な利益を与えてきたからだろう」というのが、著者の見立てである。
 「利益」とは、宗教をもつことによってヒトという種の「生存確率」が高まったということ。以下に引くのは、著者が挙げているその論拠の一例だ。

 主な宗教を信仰している男女は、平均的な男女に比べて、脳卒中を起こす確率や心臓病の罹患率が低く、免疫系の機能が良好で、血圧が低いという研究結果がまとめられている。また、信仰が健康に及ぼす影響に関する一◯◯◯件以上の研究を検証したデューク大学医療センターのハロルド・コーニグ博士は、最近、『ニュー・リパブリック』誌上で、「信仰を持たないことが死亡率に及ぼす影響は、四十年間にわたって一日にタバコを一箱ずつ吸い続けることに匹敵する」と結論づけている。
(中略)
 多くの研究により、信仰と良好な健康との関係は、生理機能だけではなく、精神衛生にも認められることが明らかになっている。つまり、信仰を持ち、それに従って生きることは、精神的・情緒的健康に資するらしいのだ。例えば、信仰を持つ人がドラッグを濫用するようになったり、アルコール中毒になったり、離婚したり、自殺したりする率は、一般の集団のそれに比べてはるかに低いことが分かっている。また、信仰に従って生きる人々は、憂鬱な気分に沈んだり、不安に悩まされたりすることが一般の人々に比べて非常に少なく、たとえそうなっても回復が早いことが分かっている。
(中略)
 現代の精神医学者の大半は、一連の報告を驚きをもって聞いた。彼らは基本的にフロイトの流れをくんでいて、宗教的な行動のことを、良くても一種の依存状態、最悪の場合には病的状態と見なしていたからである。



 この引用部分からわかるとおり、本書は宗教否定の書どころか、科学のメスを入れることで宗教のプラス面を改めて浮き彫りにした書なのである。

 なぜヒトは宗教を必要としたのか? そして21世紀のいまも必要としているのか? その答えを探った第6章「宗教の起源」が、私にはいちばんスリリングで面白かった。

 また、神秘体験をもたらす脳の神経学的機構が、「交尾やセックスに関する神経回路から進化してきた」と見る著者の仮説は、たいへん興味深い。

 何よりも、神秘家たちがみずからの体験を表現するために選んだ「至福」「恍惚」「エクスタシー」「高揚」などの言葉が、この起源を暗示している。「この上ない一体感に我を忘れた」「高揚の中に溶け去った」「すべての望みが満たされたと感じた」などという彼らの証言が、性的な快感を表現する言葉でもあることは、偶然の一致ではないし、意外でもない。なぜなら、超越体験に関与する興奮系、抑制系、大脳辺縁系などの神経学的構造や経路は、基本的に、性的な絶頂と強烈なオルガスムの感覚とを結びつけるために進化してきたものであるからだ。



 そういえば「法悦」なんて言葉もあるし、麻原彰晃が昔書いた本には「神秘体験は性体験よりも甘美だ」という一節があったという。 
 
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脳の「方向定位連合野」
「脳の「方向定位連合野」(体の空間的な位置把握を司る領域)の役割だ。」
本日(1月11日)のNHKBSプレミアムで「臨死体験」の解明への科学的アプローチ
が紹介されていました。
臨死状態のマウスの脳は心臓停止後も数分間活発に活動を続ける事や、米国空軍のパイロットが訓練中体験する「Gロック現象:低酸素状態の脳」で出現する臨死様体験等から、低酸素状態から起こる脳の「方向定位連合野」の不全により臨死体験が生じるとの検証が紹介されていました。
宗教の瞑想体験とのアナロジーを感じました。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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