『ヘンリー・ダーガー 非現実を生きる』


ヘンリー・ダーガー 非現実を生きる (コロナ・ブックス)ヘンリー・ダーガー 非現実を生きる (コロナ・ブックス)
(2013/12/16)
小出由紀子

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 小出由紀子編著『ヘンリー・ダーガー 非現実を生きる』(平凡社/1995円)読了。

 アウトサイダー・アートの代表格ヘンリー・ダーガーの、主要作品と生涯をまとめたムック。2011年にラフォーレ・ミュージアム原宿で開かれた「ヘンリー・ダーガー展」の「展示解説に加筆修正し、新たに絵を選びなおしたもの」だという。

 略年譜やダーガーが暮らした当時のシカゴの地図など、資料も充実しており、手軽なダーガー入門として好適な1冊。

 編著者の小出由紀子(インディペンデント・キュレーター)以外に、坂口恭平(建築家)、丹生谷貴志(にぶや・たかし/神戸市外国語大学教授)、相対性理論のやくしまるえつこが寄稿している。
 そのうち、やくしまるえつこのものは詩なのだが、何が言いたいのかさっぱりわからない。ダーガーの作品世界を表現したつもりなのだろうけど……。私が編者だったらボツにする。

 逆に素晴らしいのが、坂口恭平の寄せたエッセイ。見開き2ページの短い文章にもかかわらず、ダーガーの作品世界の「核」を鮮やかな一閃で切り取っている。

 子供のころ、狭い団地生活を反転させるために、コクヨの学習机の下に潜り込み、毛布で屋根をかけ、自らの巣をつくった僕は独立国家をつくろうと試みた。
(中略)
 学習机の周辺には、ゲーム会社、文房具会社、秘密結社、野球興行などが勃興した。僕の頭の中では、六畳一間が一つの都市のように見えていた。



 ……と、文章の前半は“ミニ・ダーガー”のごとき自らの子ども時代の回想。そのうえで、坂口はダーガーへの熱い共感を綴っていく。

 ヘンリー・ダーガーはアウトサイダー・アートというよりもアートの語源そのものである「生きのびるための技術」を示しているように思う。
 人それぞれに「非現実の王国」の芽は存在する。
 手づくり世界乱立の日も近いのかもしれない。



 坂口の言うとおり、ダーガーは世の孤独なオタクたちに「生きのびるための技術」を教えてくれる手本でもあろう。

 「これまでの人生、一度だって楽しいクリスマスなんてなかった。新年もだ」と、ダーガーは晩年(1971年)の日記に記している。
 そんな貧しく孤独な独居老人が、狭い自室の中で、10代のころから営々と築きつづけていた空想の王国。それは誰に見せるためでもなく、ただ自分のためだけに創られた、いわば究極の「才能の無駄遣い」であった。

 たまたま家主がアートに造詣の深い人物(写真家で工業デザイナー)であったことから、ダーガーの死後、彼が自室に遺した作品群――1万5000ページに及ぶ史上最長の小説と、数百枚の挿し絵、ほかに物語を図解する絵を綴じた巨大画集が3冊――は捨てられずに保管され、のちにアウトサイダー・アートとして高く評価されるようになった。

 ダーガーが恵まれた境遇にあったら、たとえば正規の美術教育を受けていたなら、ひとかどのアーティストになっていたことだろう。
 だがそれでも、孤独のまま世を去ったダーガーの人生は、それなりに幸福なものであったのだと思う。彼は自室の空想の王国の中で、傍目にはわからない豊饒な時をすごしたのだろうから……。



 過日、「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人による「意見陳述」の全文が公開され、話題をまいた。

 読んだ人の多くが思うことだろうが、この犯人には文才がある。ヘタなライターや作家よりも才能のきらめきが感じられる。たんなる意見陳述を超えて、ここには巧まざる文学がある。

 彼は犯罪になど走らず、ヘンリー・ダーガーを手本として、自室の中に王国を築く形で平和的に才能を発揮すればよかったのだ。
 それは客観的には「才能の無駄遣い」だが、彼がいまの境遇のまま幸せになる唯一の方途だったかもしれない。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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