岡映里『境界の町で』


境界の町で境界の町で
(2014/04/19)
岡 映里

商品詳細を見る


 今日は、都内某所で打ち合わせが一件。
 行き帰りの電車で、岡映里著『境界の町で』(リトルモア/1728円)を読了。

 汗牛充棟の東日本大震災関連書の一つではあるが、どの類書とも異なる独創性をたたえた1冊だ。

 作家が被災地を取材して作品にする場合、自分語りを最小化して社会派ノンフィクションにするか、取材をふまえたうえで完全なフィクションにするか……という2つの方向性があるだろう。

 だが、著者はそのどちらも選ばなかった。原発の町に通いつめ、半ば住み着くようなディープな取材を重ねたあとで、福島での日々を私小説のようなテイストで濃密に振り返ったのである。
 著者は取材者の目線を超え、身近な友人たちを見る目線で福島の人々を見つめている。と同時に、禁欲することなく思いきり自分語りをしている。そのことが類書にない新鮮さを生んでいるのだ。

 私は、やっぱり福島に行くことにする。
 その晩、肩まであった髪を浴室で切ってベリーショートにした。



 3・11を扱った従来のノンフィクションでは、こんな一節にはお目にかかれなかった。1人の30代女性としての著者が、本書にはリアルに息づいているのだ。

 著者プロフィールの肩書きは、「ノンフィクション作家」ではなく、たんに「作家」となっている。そのことが象徴的だ。これはノンフィクションというより、むしろ私小説なのだ。
 私小説として描かれた3・11後の福島――ありそうでなかった、コロンブスの卵のような方向性であり、それが本書では十二分に奏功している。

 類書の中で本書のスタンスに最も近いのは、じつは鈴木智彦の『ヤクザと原発』ではないか。
 ただ、鈴木の荒削りな本よりも、本書のほうがはるかに文学的香気に満ちている。たとえば、次のような一節。これはもう、詩だと思う。

 人の人生の稲妻のような一瞬に触れて、私の言葉も瓦礫になった。福島でそんな経験を何度もした。共感も、心配も、同意も、言葉にした瞬間すべて嘘になった。すべての言語を奪われてしまった。共感したい、同意したい、同化したい。でも言葉という道具は頼りにならなかった。



関連記事

トラックバック

コメント

コメントを残す

Secret


Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
21位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
17位
アクセスランキングを見る>>