ショーペンハウアー『読書について』


読書について (光文社古典新訳文庫)読書について (光文社古典新訳文庫)
(2013/05/14)
アルトゥール ショーペンハウアー

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 雑誌の年末進行はやっと一段落したのだが、それ以外の仕事が全然終わらない。
 なんとか、年が明けるまでには全部カタを付けたいものだ。


 アルトゥール・ショーペンハウアー著、鈴木芳子訳『読書について』(光文社古典新訳文庫/802円)読了。

 ショーペンハウアー晩年の著作『余禄と補遺』から、「自分の頭で考える」「著述と文体について」「読書について」の3編を選んで編んだもの。読書論・文体論の古典である。

 哲学者の著作だから難解かと思ったら、意外に平易で面白い。岩波文庫版の旧訳で読んだらもっと読みにくいのかもしれないが。

 「自分の頭で考える」と「読書について」は、内容的にかなり重なっている。2編のメイン・メッセージは、要するに「多読の戒め」である。

 “読書というのはたくさん読めばよいというものではない。むしろ、やみくもな多読をすればするほど、人は「自分の頭で考える」ことからどんどん離れていく”――言っていることはそれだけである。
 たったそれだけのことを、言い方を変え、変幻自在の比喩を駆使して、ショーペンハウアーは何度もリフレインしていく。たとえば、こんなふうに――。

 読書は自分で考えることの代わりにしかならない。自分の思索の手綱を他人にゆだねることだ。



 人生を読書に費やし、本から知識をくみとった人は、たくさんの旅行案内書をながめて、その土地に詳しくなった人のようなものだ。
(中略)
 これに対して、人生を考えることについやした人は、その土地に実際に住んでいたことがある人のようなものだ。



 自分の頭で考える人と、ありきたりの博覧強記の愛書家すなわち本から得た知識をこよなく愛する人との関係は、現場の目撃者と歴史研究家との関係に似ている。(以上、「自分の頭で考える」より)



 1つのメッセージが次々と“変奏”されていくさまは、1つのテーマをどんどん変奏していくジャズのインプロヴィゼーションのよう。音楽的快感が味わえる。

 もう一編の「著述と文体について」は、タイトルのとおり、表現論・文体論である。
 ダメな著者・編集者・出版業者に対する歯に衣着せぬ批判がすこぶる痛快な、ある種の名文だ。

 こちらも、主張はごくシンプル。
 “読者に伝えるべき著者の思想や経験に価値があれば、おのずと飾りを削ぎ落とした簡潔明瞭な文体になるはず。だが、多くの著者たちは、元になる思想や経験が空疎だから、他人の文体の猿マネに走り、中身のなさを余分な文章でゴテゴテと飾り立ててごまかす。まったく馬鹿げたことだ”
 ……と、おおむねそのようなことを、手を替え品を替え、華麗な比喩を駆使してさまざまな角度から書いたものなのだ。

 印象に残った(そして売文屋のハシクレとしては耳の痛い)一節を引用する。

 物書きには三種類あるといえる。一番目は考えずに書くタイプ。記憶や思い出、あるいは他人の本をそのまま借用して書く。このタイプはたいへん数が多い。二番目は書きながら考えるタイプ。書くために考える。このタイプもよくいる。三番目は、書く前からすでに考えていたタイプ。考え抜いたからこそ書く。このタイプはめったにいない。



 書く力も資格もない者が書いた冗文や、からっぽ財布を満たそうと、からっぽ脳みそがひねり出した駄作は、書籍全体の九割にのぼる。評論雑誌は当然、それらを容赦なくこらしめ、書きたい気持ちにまかせてペンを走らせる詐欺まがいの売文行為を阻止しなければならない。それなのに著者や出版業者とのさもしい馴れ合いから、それらを奨励し、読者から時間と金を奪っている。

 

 以前、小田嶋隆が「本屋というのは恐ろしい場所だ。置いてある商品の9割以上が不良品であるような商店がほかにあるだろうか」(『翻訳の世界』1989年1月号)と辛辣に書いていたが、あれはショーペンハウアーの言葉をふまえたものだったのかも。

 真の思想家はみな、思想をできる限り純粋に、明快に、簡明確実に表現しようと努める。したがってシンプルであることは、いつの時代も真理の特徴であるばかりでなく、天才の特徴でもあった。似非思想家のように、思想を文体で美しく飾り立てるのではなく、思想が文体に美をさずけるのだ。なにしろ文体は思想の影絵にすぎないのだから。不明瞭な文章や当を得ない文章になるのは、考えがぼんやりしている、もしくは混乱しているからだ。



 なんとカッコイイ文章だろう。「文体は思想の影絵にすぎない」なんて、思わず引用したくなる。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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