魚川祐司『仏教思想のゼロポイント』



 今朝方の地震には驚いた。
 多摩地域が最高震度5弱を記録したため、我が家の揺れは「3.11」以来の大きさだったのである。家族4人で飛び起きてしまった。「ああ、とうとう首都直下がきたか」と、一瞬観念したよ。
 ただ、最初の揺れこそ強烈だったものの、あっという間に収まったけれど。


 魚川祐司著『仏教思想のゼロポイント――「悟り」とは何か』(新潮社/1728円)読了。

 東大大学院でインド哲学・仏教学を専攻し、現在はミャンマーでテーラワーダ(上座部)仏教の研究と実践をしているという著者による、仏教思想の根幹部分の解説書。
 メインテーマとなるのは、副題のとおり「『悟り』とは何か」ということ。釈尊が菩提樹の下で「悟った」とき、彼は何をどのように悟ったのか? 「仏教思想のゼロポイント」ともいうべきそのテーマに、果敢に挑んだ本なのである。

 悟り(涅槃・解脱)の内実に迫っていくのは後半部分で、前半ではその前提となる仏教の基礎知識について解説している。縁起、無我、輪廻など、我々がなんとなく「わかったつもり」になっている重要概念について、改めてその本質が論じられるのだ。

 著者が若い(1979年生まれ)ためか、難しいテーマのわりにはポップな本だ。文章は平明、主張は明快。読者をニヤリとさせるくすぐりも随所にある。

 何より痛快なのは、釈尊は「人間として正しく生きる道」を説いたのだ、などという紋切り型の微温的解釈を、著者がきっぱりと退けているところ。

 釈尊が説いた本来の仏教は、労働を否定し、生殖(恋愛や性行為そのものも含む)を否定し、現代風に言えば「異性とは目も合わせないニートになれ」と修行者に求めるものであって、一般的意味での「人間として正しく生きる道」など説いていない、と著者は言うのだ。
 釈尊の教えの本質を突きつめていけば、ハードコアな理解としてはそうなるであろう。

 「輪廻」を釈尊がどう捉えていたか、仏教における「慈悲」とは本来どのようなものであるのかなどを解説した部分も、まことに面白く、勉強になる。

 ただ、著者は次に引く一節のように、大乗仏教そのものをほぼ全否定する立場に立っているので、その点で私とは相容れない。

 利他行を主にやりたいだけなのであれば、そういう目的の宗教を別につくればいいことで、わざわざ新しい経典を制作してまで、自らの立場を「仏教」だと主張する必要もなかったはずである。ならば、なぜ「大乗」の徒は、あくまで「仏教」の枠内において、自己の立場を確立しようとしたのであろうか。



 原始仏教と大乗仏教は大きく隔たっているというのは、著者の言うとおりである。
 ただ、私は逆に、本書でくわしく解説されている釈尊の本来の教えに、まったく魅力を感じない。そのことを改めて認識させられた書でもあった。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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