ジョーゼフ・ジョルダーニア『人間はなぜ歌うのか?』



 ジョーゼフ・ジョルダーニア著、森田稔訳『人間はなぜ歌うのか?――人類の進化における「うた」の起源』(アルク出版/3132円)読了。書評用読書。

 グルジア(ジョージア)出身の音楽進化学者で、現在はメルボルン大学教授の著者が、音楽の起源、歌の起源についての新たな仮説を提示した野心的著作。

 地球上に歌わない民族はいないわけだが、「人はなぜ歌うのか?」は「人類の進化の過程における最大の謎の一つ」である。
 これだけ歌うことが一般的である以上、「歌うほうが生存に有利になった」という事情があったはずだが、その「事情」が何なのかがわからないのだ。

 大声で歌うことは、危険な肉食獣に人間の居場所を知らせてしまうことになるわけで、むしろ生存に不利であったはずだからだ(じっさい、鳥たちも地上に降りたときにはさえずるのをやめるし、ヒトは「地上に住んでいながら歌う唯一の種」なのだという)。

 では、人間はなぜ歌うようになったのか? 著者はその理由を、多くの先行研究をふまえたうえで、大胆に解き明かしていく。

 二部に分かれており、前半の第一部では、モノフォニー(独唱などの単旋律音楽)よりもポリフォニー(多声音楽)のほうが先行して存在したことが論証されていく。
 順序として、まず誰か一人が歌い始め、歌う習慣が広がっていくなかで複雑なポリフォニーも生まれていった……と考えるのが自然だろう。じっさい、従来はモノフォニーが先に生まれたと考えられてきた。
 著者はその常識を覆してみせたのだ。

 「はじめにポリフォニーがあった」という第一部の結論は、第二部の内容を理解するために必要不可欠なものである。
 ただ、一読者としての率直な感想を言えば、第一部は非常に退屈だ。歌のポリフォニー様式が世界各地に分布することなどが必要以上に詳述されており、「早く『人間はなぜ歌うのか?』という話に進め!」と言いたくなる。
 この第一部はもっとコンパクトにまとめて、一章程度にすべきだった。

 後半の第二部「人間はなぜ歌うのか?」になってようやく本題に入り、一気に面白くなる。

 著者が提示する、「歌の起源」をめぐる大胆な仮説は、“人間は、肉食獣に対する威嚇行動として、集団で歌い始めた”というもの。

 獣たちに比べて非力で足も遅い人間たちは、「ハンター」にはなり得なかった。ライオンなどの肉食獣が獲物を捕らえたとき、その獲物を横取りする「スカベンジャー(腐肉食者)」として生きのびるしかなかったのだ。

 そのため、人間たちはライオンなどの狩猟行動を見張り、彼らが狩りに成功したと見るや、みなで大声を上げて威嚇し、追い払おうとした。
 もちろん、肉食獣に殺される危険も大きかったわけだが、みなで大声を上げて威嚇する行動は「戦闘トランス」状態を生み出し、死の恐怖を忘れることにも役立った。
 そして、「歌の起源」が集団威嚇行動にあったからこそ、「はじめにポリフォニーがあった」のだ。

 なんというか、ロマンのかけらもない、身もフタもない仮説ですね(笑)。

 「歌の起源は威嚇行動」という説自体は著者以前にもあったようだが、その説を整合性のある一つの「ストーリー」にまとめ上げたのは、著者の手柄である。

 当否はともかく、話としては抜群に面白いし、著者の仮説に従えばいろんな謎の辻褄が合う。

 ただ、本書巻末の解説で岡ノ谷一夫(動物行動学者/東大教授)が苦言を呈しているように、著者の提示するストーリーには「若干の飛躍」がある。原始時代の人類の行動を、見てきたように語る危なっかしさがあるのだ。

 たとえば著者は、人間たちが肉食獣を追い払うための威嚇行動の一助として、派手な彩色のボディペインティングを施して威嚇効果を高めた、と主張している。
 そのへんもまさに「見てきたように」書かれているのだが、「想像の域を出ていないのに、断定的に書いていいのか?」と首をかしげたくなる。

 ……とケチをつけてしまったが、第二部の面白さはかなりのもので、音楽の好きな人なら一読の価値はある。
 
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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