『モンスター』



 『モンスター』を観た。
 2002年に死刑執行されたシリアル・キラー(連続殺人者)、アイリーン・ウォーノスを主人公にした映画だ。生前のアイリーンにも取材を重ねたうえで作られている。刑の執行は、クランクイン直前のことだったという。

 シリアル・キラーといえばたいていは男の快楽殺人者だが、そのなかにあってアイリーンは例外的存在だ。幼少期に肉親に虐待されつづけ、長じては男に裏切られつづけて、絶望の果てに殺人を犯した哀しき女性シリアル・キラーなのである。
 
 とはいえ、この映画には『羊たちの沈黙』のような猟奇的描写はなく、『ヘンリー』(米国史上最悪のシリアル・キラー、ヘンリー・ルーカスを主人公にした映画)のようにクールなドキュメンタリー・タッチでもない。犯罪実録映画というより、社会に受け入れられない異形の者たちのデスペレートなラブストーリーなのだ。クローネンバーグの『ザ・フライ』がそうであったように……。
 骨子を聞いただけで女性の多くは敬遠してしまいそうだが、むしろ女性たちにこそ観てもらいたい映画である。
 
 身体を売りながらヒッチハイクをつづける暮らしの果てに自殺を考えたアイリーンは、有り金5ドルを使い果たしてから死のうと、手近なバーに入る。
「男にフェラして稼いだ5ドル。これを使わずに死んだら、タダでフェラしてやったことになるもの」

 そのバーで、アイリーンはレズビアンのセルビーと運命的な出会いをする。アイリーンはストレートだったが、深い疎外感を抱えて生きるセルビーと、互いに自分に似たものを感じて惹かれ合っていく。
 なにより、アイリーンにとって、セルビーは自分のことを「きれい」と言ってくれ、優しく受け入れてくれたただ一人の人間だったのだ。

「女は嫌いなんだと思っていたわ」
「女も男も嫌いよ。でも、セルビー、あんたは好き」



 2人の関係が、私には『BANANA FISH』(吉田秋生)のアッシュと英二のそれとオーバーラップして見えた。

 最初の殺人は正当防衛だった。セルビーと2人で旅に出る旅費を稼ぐため身体を売ったアイリーンは、客のサディストから暴行を受けて殺されそうになり、逆に射殺してしまう。
 だが、それ以後の殺人は、根深い男性憎悪とセルビーへの愛情がからみ合った形で起こる。

 同性愛であるとか、アイリーンが殺人者であるなどということを超越して、互いの深い孤独が共振するような2人の関係の哀切さが、愛の一典型として胸に迫る。

 アイリーンを演じたシャーリーズ・セロンは、ちょうどいま「ラックス」のCMに出ている、ハリウッド女優の典型のようなゴージャス美人だ。にもかかわらず、この映画のために13キロも太ってぶよぶよの身体になり、特殊メイクや義歯などを駆使して顔も変え、セリフの中で「FUCK」を連発する下品な娼婦になりきっている。『レイジング・ブル』のロバート・デニーロに匹敵する、驚異の役作り。

 たまたま上映前に彼女の次回主演作『トリコロールに燃えて』の予告編が流れたのだが、その中の彼女と『モンスター』のヒロインが同一人物だとはとても思えなかった。その女優魂やよし。アカデミー主演女優賞を得たのも納得。

 シャーリーズは凄惨な過去をもっている。彼女が15歳のとき、家庭内暴力の絶えなかった父親を、母親が正当防衛で射殺してしまったのだという。彼女は、アカデミー賞の受賞スピーチで初めてその過去を公にした。
 彼女にとって、この映画でアイリーンを演じきることは、そのトラウマを乗り越えるためのイニシエーションであったのかもしれない。

 セルビー役のクリスティーナ・リッチも好演。セルビーという女性の弱さがそのまま魅力になっていて、かわいくていじらしい。
 ちなみに、実際にアイリーンと逃避行をした女性はティリア・ムーアといい、アメリカのどこかでいまも健在である。彼女が名前の使用を拒否したため、役名を変えたのだという。ティリアは「絶対に映画は観ない」と言っているとか。

 そのような映画の舞台裏のエピソードだけを集めても、大部のノンフィクションになりそうである。

 文学や映画は、しばしば殺人者を主人公にしてきた。文学も映画も「人間を描くもの」である以上、人間の1つの究極の姿が示された殺人者が主人公に選ばれやすいのは自然のなりゆきだ。
 たとえば、死刑になった宅間守と獄中結婚したあの女性を優れた作家が丹念に取材し、彼女の「心の軌跡」を小説化すれば、見事な文学作品になるだろう。
 この『モンスター』も、キワモノに終わりかねない題材を扱いながら、文学的感動を呼ぶ傑作になっている。

 エンドロールにかぶさるのは、通俗の極みのようなジャーニーのヒット曲「ドント・ストップ・ビリーヴィン」。だが、この映画の中にあっては、「信じることをやめないで」と歌うその歌詞がアイリーンの姿と重なって、厳粛さすら帯びて聴こえる。
 俗が聖に転化し、おぞましい殺人行が哀切無比の愛の逃避行に昇華される、「映画のマジック」――。
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映画鑑賞感想文『モンスター』

さるおです。 『MONSTER/モンスター』を観たよ。 監督・脚本はパティ・ジェンインズ(Patty Jenkins)、新人である。そらおそろしい。 出演は、連続殺人犯アイリーン・ウォーノス(Aileen Wuornos)に本作でオスカー女優となったシャーリーズ・セロン(Charlize Theron)、いつ見て

コメント

あまりに不条理な人生
昨日、偶々、テレ東の深夜のサタシネで、この映画をやってたので観たが、最初は、実在した希代の希にみる凄く悪い悪魔的な女性を想像してたが、映画を観てるうちに、物凄く不運な愛を知らない薄幸な哀れな女性であることに気づいた。
  • 2015-07-05│07:09 |
  • ちやんと名はある URL│
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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