白谷潔弘 ・マッド矢野『ブルース・ロック』



 白谷潔弘 ・マッド矢野監修『ブルース・ロック』(シンコーミュージック)を中古で購入し、少しずつ読んでいる。
 ジャンル別のディスクガイド本シリーズである「ディスク・コレクション」の一冊。

■関連エントリ→ 松井巧『ジャズ・ロック』『ブリティッシュ・ジャズ・ロック』

 ブルース・ロックのバンド、アーティストは各国にいるわけだが(もちろん日本にも)、本書はメインストリームたる英米のブルース・ロックに的を絞っている。
 大御所からマイナーまでまんべんなく紹介されており、鍵となるアーティストについては簡単なバイオグラフィーも付され、代表作が網羅されている。

 監修者である白谷潔弘 ・マッド矢野の2人が、おおむね半々の割合でディスク・レビューを執筆している。アマゾンのカスタマーレビューを見ると、「マッド矢野の文章がひどい」という批判が目立つ。
 たしかにクセの強い文体だし、お世辞にもうまい文章とは言えないが、私は「アマゾンで酷評されているほどには悪くない」と思った。紹介しているアルバムの魅力はそれなりに伝わってくるし。

 ブルースではなくブルース・ロックに的を絞ったディスク・ガイドが、日本では本書くらいしかないし、ディスク・ガイドとしての実用性という観点から見れば悪い本ではないと思う。

『ブルース・ロック・アンソロジー[ブリティッシュ編]』



 白谷潔弘編『ブルース・ロック・アンソロジー[ブリティッシュ編]』(シンコーミュージック/2916円)を、少しずつ読んでいる。
 「ブリティッシュ・ブルース黄金期を築いた代表的アーティストの足跡を詳細なキャリア解説とディスコグラフィ、当事者の証言で総括した究極の一冊!」という触れ込みの音楽ガイド本である。

 B5判の大きなサイズに、貴重な写真や情報がギッシリ。

 ものすごくマニアックな本だ。英国産ブルース・ロックといえば、初期のローリング・ストーンズ、エリック・クラプトンあたりは欠かせない大物であるわけだが、本書はあえて両者を外して構成されている。

 

 バンドの詳細な歴史を可能な限り掲載するにあたって、単独で本が出版されていたり、特集が組まれて来たローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン、レッド・ツェッペリン、バッド・カンパニーは外し、その代わりに通常なら決して触れられることのないバンドやミュージシャンを優先させた。(「前書き」より)



 ……とのことである。

 ただし、クラプトン単独では立項がないものの、彼が在籍したクリームやヤードバーズなどの項目はある。
 ストーンズの項目はないものの、ストーンズのギタリストであったミック・テイラーについての項目はある。 また、「60年代初頭の英国ブルース・シーンとローリング・ストーンズ」という短い論考があって、ストーンズ登場前夜の状況については検証されている。
 バッド・カンパニーの項目はないものの、ポール・ロジャースがバドカンの前に組んでいたフリーについては立項がある。

 で、私が聞いたこともないようなマイナーなアーティストが、驚くほど大きな扱いになっていたりする。

 と、そのようにマニアックなヒネリが随所に加えられた本であり、「ブリティッシュ・ブルース・ロック入門」として読むには内容が高度すぎる。
 これは入門書ではなく、ブルース・ロックをかなり聴き込んできた人が、さらなる深みにハマるためのガイド本なのである。

 

 本書は大量の文字を詰め込んだので、完成まで10年もかかってしまった。(「前書き」)



 ……というだけあって、情報の密度とこだわりはかなりのもの。とくに、取り上げられた各アーティストのバイオグラフィー、ディスコグラフィーの細かさはすごい。

 インタビューもわりとたくさん掲載されていて、その中には読み応えあるものもあるが、昔の『ミュージック・ライフ』誌から転載されたいくつかのインタビューはひどい。

 たとえば、初期フリートウッド・マック在籍中のピーター・グリーンへのインタビュー(『ミュージック・ライフ』1969年7月号)では、インタビュアーが「何かペットを飼っていますか?」とか「初恋について話してください」とか「どんなたべものが好きですか?」とか、クダラナイことばかり聞いていてウンザリする。

 ……と、ケチをつけてしまったが、ブルース・ロックが好きな人なら持っておいてよい労作だ。
 

山川健一『ブルースマンの恋』



 山川健一著『ブルースマンの恋』(中公文庫)読了。

 1980年代には、ロックとブルースに造詣が深い小説家といえば、この山川健一が筆頭に上がったものだ。『ロックス』など、音楽小説の著作を次々に出していたし、ミック・ジャガーやキース・リチャーズにインタビューして本にまとめたりもしていた。

 私も、少年時代に山川の初期作品『壜の中のメッセージ』を読んで、「カッコイイなァ」とシビレたものだった。そもそも、ロックの世界を描いた小説自体がほとんどなかった時代だったし。

 だが、89年に花村萬月がデビューし、『ブルース』など音楽小説の傑作を発表し始めると、山川は途端に影が薄くなってしまった。小説家としての力量も、ロックやブルースに対する造詣の深さも、明らかに花村のほうが上だったからだ。
 山川は完全にポジションを奪われてしまったのである。

 ……以上は私が勝手に思うことで、世の中には「いや、俺は山川のほうが上だと思う」という人もいるだろうけど。

■関連エントリ→ 花村萬月『俺のロック・ステディ』

 本書の元本は、山川がまだコンスタントに音楽小説/音楽エッセイの著作を出していたころ――1989年に刊行されたもの。犬の写真を大きく用いた単行本のカバーが、とてもオシャレで印象的だったのを覚えている。



 当時の私はブルースが苦手だったからスルーしてしまった本だが、今回初めて読んでみた。

 小説ではなく、有名なブルースマンの生涯と作品を紹介していく音楽エッセイだ。
 マディ・ウォーターズ、エルモア・ジェームス、ロバート・ジョンソン、サン・ハウス、ハウリン・ウルフ、サニー・ボーイ・ウィリアムスン(Ⅱ世)といった大御所中心の人選で、“人物素描の形式を借りたブルース入門”として読むことができる。

 女性誌に連載されたエッセイだそうで、ブルースについてほとんど何も知らない初心者にもわかりやすい書き方がなされている。
 さすがに作家だけあって、音楽評論家が書いたブルース本よりも人物紹介の仕方が手慣れている。

 ただ、山川の自分語りの比率がけっこう高くて、読んでいてウザい。
 自分語りをしても、それが面白く読めればいいのだが、まるで面白くない。「話が横道にそれた」としか感じられないのだ。
 自分語りを封印し、その分だけブルースマンたちの人生を深く掘り下げていたら、もっといい本になっただろう。

 

ウェルズ恵子『魂をゆさぶる歌に出会う』



 ウェルズ恵子著『魂をゆさぶる歌に出会う――アメリカ黒人文化のルーツへ』(岩波ジュニア新書/886円)読了。

 ブルースについてもっと知りたくて、関連書籍を読みかじっているのだが、これもその一つ。
 著者は立命館大学教授で、アメリカ文学・文化の研究者。

 アメリカ黒人音楽のルーツを探る本だが、音楽のみならず、黒人文化全体に広く目を向けている。たとえば、2章と3章は黒人たちに語り継がれてきた民話についての考察だ。

 高校生くらいを主な対象とした「岩波ジュニア新書」の一冊だから、語り口はすこぶる平明。それでいて内容は深く、私にとっても勉強になった。

 マイケル・ジャクソンの話から説き起こされている。年若い読者たちが興味を持ちやすいようにとの配慮であろう。
 自らの“黒人性”を削ぎ落とそうとしていたかのように見えたマイケルだが、それでも、彼の作品やアートには黒人文化からの強い影響が垣間見える、と著者は言う。

 たとえば、マイケルの「ムーンウォーク」は、奴隷制度時代の「リング・シャウト」(=黒人教会で、信者たちが輪になって歌いながらすり足で回り続ける行為)にまで、そのルーツを遡ることができるという。
 そのような目からウロコが落ちる指摘が、随所にある。

 ブルース(本書の表記は「ブルーズ」)についてのまとまった考察は最後の7章のみだが、その章におけるブルースの歌詞の読み解きは、さすがの深さ。

ジョーゼフ・ジョルダーニア『人間はなぜ歌うのか?』



 ジョーゼフ・ジョルダーニア著、森田稔訳『人間はなぜ歌うのか?――人類の進化における「うた」の起源』(アルク出版/3132円)読了。書評用読書。

 グルジア(ジョージア)出身の音楽進化学者で、現在はメルボルン大学教授の著者が、音楽の起源、歌の起源についての新たな仮説を提示した野心的著作。

 地球上に歌わない民族はいないわけだが、「人はなぜ歌うのか?」は「人類の進化の過程における最大の謎の一つ」である。
 これだけ歌うことが一般的である以上、「歌うほうが生存に有利になった」という事情があったはずだが、その「事情」が何なのかがわからないのだ。

 大声で歌うことは、危険な肉食獣に人間の居場所を知らせてしまうことになるわけで、むしろ生存に不利であったはずだからだ(じっさい、鳥たちも地上に降りたときにはさえずるのをやめるし、ヒトは「地上に住んでいながら歌う唯一の種」なのだという)。

 では、人間はなぜ歌うようになったのか? 著者はその理由を、多くの先行研究をふまえたうえで、大胆に解き明かしていく。

 二部に分かれており、前半の第一部では、モノフォニー(独唱などの単旋律音楽)よりもポリフォニー(多声音楽)のほうが先行して存在したことが論証されていく。
 順序として、まず誰か一人が歌い始め、歌う習慣が広がっていくなかで複雑なポリフォニーも生まれていった……と考えるのが自然だろう。じっさい、従来はモノフォニーが先に生まれたと考えられてきた。
 著者はその常識を覆してみせたのだ。

 「はじめにポリフォニーがあった」という第一部の結論は、第二部の内容を理解するために必要不可欠なものである。
 ただ、一読者としての率直な感想を言えば、第一部は非常に退屈だ。歌のポリフォニー様式が世界各地に分布することなどが必要以上に詳述されており、「早く『人間はなぜ歌うのか?』という話に進め!」と言いたくなる。
 この第一部はもっとコンパクトにまとめて、一章程度にすべきだった。

 後半の第二部「人間はなぜ歌うのか?」になってようやく本題に入り、一気に面白くなる。

 著者が提示する、「歌の起源」をめぐる大胆な仮説は、“人間は、肉食獣に対する威嚇行動として、集団で歌い始めた”というもの。

 獣たちに比べて非力で足も遅い人間たちは、「ハンター」にはなり得なかった。ライオンなどの肉食獣が獲物を捕らえたとき、その獲物を横取りする「スカベンジャー(腐肉食者)」として生きのびるしかなかったのだ。

 そのため、人間たちはライオンなどの狩猟行動を見張り、彼らが狩りに成功したと見るや、みなで大声を上げて威嚇し、追い払おうとした。
 もちろん、肉食獣に殺される危険も大きかったわけだが、みなで大声を上げて威嚇する行動は「戦闘トランス」状態を生み出し、死の恐怖を忘れることにも役立った。
 そして、「歌の起源」が集団威嚇行動にあったからこそ、「はじめにポリフォニーがあった」のだ。

 なんというか、ロマンのかけらもない、身もフタもない仮説ですね(笑)。

 「歌の起源は威嚇行動」という説自体は著者以前にもあったようだが、その説を整合性のある一つの「ストーリー」にまとめ上げたのは、著者の手柄である。

 当否はともかく、話としては抜群に面白いし、著者の仮説に従えばいろんな謎の辻褄が合う。

 ただ、本書巻末の解説で岡ノ谷一夫(動物行動学者/東大教授)が苦言を呈しているように、著者の提示するストーリーには「若干の飛躍」がある。原始時代の人類の行動を、見てきたように語る危なっかしさがあるのだ。

 たとえば著者は、人間たちが肉食獣を追い払うための威嚇行動の一助として、派手な彩色のボディペインティングを施して威嚇効果を高めた、と主張している。
 そのへんもまさに「見てきたように」書かれているのだが、「想像の域を出ていないのに、断定的に書いていいのか?」と首をかしげたくなる。

 ……とケチをつけてしまったが、第二部の面白さはかなりのもので、音楽の好きな人なら一読の価値はある。
 

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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