『HINOKIO』

ヒノキオ ヒノキオ
中村雅俊 (2005/11/26)
松竹

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 DVDで『HINOKIO(ヒノキオ)』を観た。昨夏に公開された邦画である。

 時代設定は明確でないが、たぶん、ごく近い未来の日本。
 交通事故によって眼前で母親を失ったショックからひきこもりになってしまった少年(小学6年生)に、自分のかわりに学校へ行ってくれるロボットが与えられる。そのロボットを遠隔操作することを通じて、少年は少しずつ外界の現実とのかかわりを取り戻していく。そしてそのロボットは、軽量化のため手足などにヒノキ材が使われていることから、「ヒノキオ」と呼ばれるのだった。

 子どもたちと一緒に観られる映画を、と思ってなんの気なしにレンタルしてきたのだが、意外な拾い物。大人の鑑賞にも十分堪える佳作であった。
 メールを介したコミュニケーションの物語ならすでにたくさんあるが、これはなんと、ロボットを「コミュニケーション・ツール」として描いた映画なのである。その着眼が素晴らしい。

 しかも、少年がひきこもりから蘇生するきっかけを作るクラスのガキ大将がじつは女の子であるという仕掛け(ネタバレだが、観客の大半には一目瞭然だから、まあよいだろう)をすることによって、子どもたちの友情物語であると同時に淡いラブストーリーでもあるという凝った作りになっている。

 終盤の展開がちょっとクサかったり、いくつか瑕疵もあるのだが、それを補って余りある美点をもった映画。

 なお、撮影当時16歳くらいであったろう堀北真希が、美少女小学生役(!)で出演している。これも一見の価値あり。
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中島義道『うるさい日本の私』

うるさい日本の私 うるさい日本の私
中島 義道 (1999/11)
新潮社

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 中島義道著『うるさい日本の私』(新潮文庫/438円)読了。
 元本は10年前に出たものだが、仕事上の必要があって初読。

 哲学者(電気通信大教授)の著者が、日本社会に満ちたさまざまな“善意の騒音”と闘っていくさまを綴った「戦闘記」である。
 “善意の騒音”とは、公共施設、交通機関、商店などが「よかれ」と思って流すアナウンスやBGMのこと。

 それらを耐え難い騒音と感じる著者は、騒音に出合うたびにその“製造元”に抗議に赴く。が、たいていは相手にされず、変人扱いされる。そのドンキホーテ的な闘いぶりが笑いを誘うのだが、背後には日本社会の問題点が浮かび上がる。

 キワモノになりかねない題材ながら、哲学者だけあって文章に芸があり、風変わりなユーモア・エッセイとして愉しめる。

「車内への危険物のもち込みはご遠慮ください」という放送を流すことは、「車内で人を殺すことはご遠慮ください」という放送を流すのに劣らず馬鹿げていると思うが、これがマジョリティには伝わらないのである。では、なぜマジョリティは前者を受け入れ後者を排除するのであろうか。


 …という指摘など、笑ったあとに考えさせられる。 
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『奇談』


奇談 プレミアム・エディション [DVD]奇談 プレミアム・エディション [DVD]
(2006/05/25)
藤澤恵麻、阿部寛 他

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 DVDで『奇談』を観た。諸星大二郎の「生命の木」の実写映画化である。

 「生命の木」は、異端の考古学者・稗田礼二郎を主人公にした『妖怪ハンター』シリーズの一作。ただし、シリーズ随一の傑作短編として、独立した価値をもつ。
 たとえば呉智英も、『現代マンガの全体像』の中で、「(諸星の)初期の作品の中で特筆さるべき傑作」「その読後感は、現在の文学作品の最高傑作と称されるものと比較しても、いささかの遜色もない」と高く評価している。日本のマンガ史上、短編のベスト30には間違いなく入る作品である。

 私は小学生時代、初出時にリアルタイムで読んだが、そのときの衝撃は忘れられない。こんなに「深い」作品が『少年ジャンプ』に載っていたなんて…。

 さて、この映画版、あまり期待せずに観たが、意外によかった。
 原作は30ページほどの短編だから、長編映画にするにはオリジナルのエピソードを加えて話をふくらませなければならないわけだが、その追加部分がなかなかよくできている。水増し感はなく、原作との齟齬も感じないのだ。

 原作は隠れキリシタンに材をとった諸星流“異形の神話”だが、監督・脚本の小松隆志はそこに神隠し伝説をからめている。たしか『妖怪ハンター』シリーズにも神隠しネタの話があったけれど、この映画のエピソードは小松のオリジナルだ。

 原作は「伝奇SF」に分類すべきだと思うが、この映画版はSFというよりホラー色が強い。そして、その潤色がかなりうまくいっている。「日本人にしか作れないホラー映画」という感じで、土俗的でおどろおどろしい怖さ満載なのである。

 「おらといっしょにぱらいそさいくだ!!」の名セリフで名高い衝撃のクライマックスも、CGを駆使して忠実に映像化されている。原作に感動した人なら、このシーンのためだけでも観る価値がある。

 稗田礼二郎役は阿部寛。「阿部ちゃんが学者役では、『トリック』の上田のイメージが強すぎて笑っちゃいそうだ」という危惧があったのだが、思ったより違和感はない。 

 ヒロイン役の藤澤恵麻もなかなかよい。この子は顔があまりイマ風ではなく、昔の「カワイコちゃん」(死語)のイメージに近い和風な顔立ちなのだが、1972年の東北を舞台に選んだこの映画の雰囲気に、ぴったりマッチしている。 
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『敬愛なるベートーヴェン』

敬愛なるベートーヴェン [DVD]敬愛なるベートーヴェン [DVD]
(2007/11/07)
エド・ハリス.ダイアン・クルーガー.マシュー・グッド.フィリーダ・ロウ.ニコラス・ジョーンズ.ラルフ・ラ

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 六本木ヒルズの中にあるシネコン「TOHOシネマズ」で、『敬愛なるベートーヴェン』を観た。同所で開催中の「東京国際映画祭」の一本。一般公開は12月9日。

 公式サイト→ http://www.daiku-movie.com/

 コピスト(写譜師=作曲家が走り書きした楽譜を清書したり、パート譜を起こしたりする)として「第九」完成前後のベートーヴェンを支えた女性の目を通して、彼の晩年を描いた音楽映画である。

 というと、『不滅の恋/ベートーヴェン』(1994)を思い出す向きも多いだろう。たしかに、あの映画との共通点は少なくない。たとえば、両作品とも第九初演の場面がクライマックスをなしている。

 だが、本作のヒロイン、アンナ・ホルツは、いわゆる「不滅の恋人」(ベートーヴェンの遺品の中にあった宛名のない恋文の相手。その正体をめぐって長い間議論と研究がつづけられてきた)としては描かれていない。アンナは複数の実在女性を混ぜ合わせた架空の人物であり、この映画自体が史実を土台にしたフィクションなのだ。

 自らも作曲家を目指すアンナは、ベートーヴェンを作曲家として深く敬愛するが、一線を超えて「恋人」にはならない。ただし、アンナとベートーヴェンの間には、師弟愛を超えて男女の愛にまで踏み込みそうな瞬間が何度もあり、その感情の揺れ動きがじつにスリリングである。

 『不滅の恋』やミロシュ・フォアマンの名作『アマデウス』は、ミステリー的な要素もあるなど、たんなる音楽映画には終わらないエンタテインメントとしての広がりを持っていた。
 その2作に比べると、『敬愛なるベートーヴェン』は正攻法の音楽映画である。たとえば、「第九」初演の場面は延々12分もかけてじっくりと描かれている。

 音楽に比重がかかっている分、波瀾万丈のストーリーやどんでん返しはなく、地味といえば地味だ。
 だが、それでも十分面白い。光と影のコントラストを自在に駆使した映像は重厚で美しいし、粗暴で下品な激情家として描かれたベートーヴェン像(演じるのはエド・ハリス)は強烈な印象を残す。『アマデウス』がモーツァルト像を革新したように、従来の「謹厳実直な楽聖」としてのベートーヴェン像をくつがえす映画である。

 アンナ役のダイアン・クルーガーも、素晴らしく魅力的だ。理知的で、凛として、清楚。それでいて、女優としての「華」に満ちている。

 ところで、この邦題は日本語として不自然ではないだろうか? 「敬愛する」や「親愛なる」ならともかく、「敬愛なる」って言うか? いや、間違っていると言い切る自信もないのだけれど…(ちなみに原題は、「Copying Beethoven」というそっけないもの)。

 難癖ついでに言うと、この映画には納得いかない点がいくつかあった。
 たとえば、重い難聴であるベートーヴェンが、アンナが小声で話す言葉をすんなり理解する場面が多くて、首をかしげた。「唇を読んでいた」という意味なら、そう示唆するシーンがあってしかるべきだろう。

 あと、ラストがあまりに唐突でヘンテコな終わり方で、画竜点睛を欠く印象。もうちょっとラストシーンらしい終わり方を工夫できなかったものか。

 …と、重箱の隅をつつくようなことを書いてしまったが、全体的には見ごたえある力作である。音響のよい映画館の大スクリーンで観るべき映画。
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U.K.『憂国の四士』

U.K.U.K.
(1999/08/25)
U.K.

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 一種の退行現象なのかどうか、最近、10代のころに好きだったプログレッシヴ・ロックを聴いていると心がなごむ。
 で、LPレコードでしか所有していなかったり、処分してしまったアルバムの紙ジャケ版CDを大人買いしたりしている(そもそも、「紙ジャケ」というのは我々オジサン音楽ファンを主要ターゲットにしているのだ)。

 このところヘビロ中なのが、U.K.のファースト・アルバム『U.K.(憂国の四士)』(1978年)。

 U.K.なんて、プログレ・ファン以外にはなじみがないだろうが、デビュー当時には「スーパー・グループ」として大いに話題になったものだ。
 なにしろ、ジョン・ウェットン、ビル・ブラッフォード、アラン・ホールズワース、エディ・ジョブソンという、一騎当千の大物ミュージシャンが4人揃って結成したバンドだったのだから…。

 このファースト・アルバムは、内容も素晴らしい。流麗なメロディに複雑・緻密な曲構成。クラシカルな美しさとロックのダイナミズムを兼ね備え、さらにジャズ・ロックに近いクールネスもある音。ジョン・ウェットンの力強いヴォーカル、テクニックの壮絶なぶつかりあい……。プログレ~ジャズ・ロックが好きな人ならうっとり聴き惚れること必定の名盤である。

 ジョン・ウェットンはこのU.K.を解散後、ポップ度を一気に高めた産業ロック(渋谷陽一の命名)バンド「エイジア」を結成し、世界的ヒットを飛ばす。しかし、このU.K.はセールス的にはパッとしなかった。

 というのも、あまりに時期が悪かったからだ。彼らがデビューしたのはパンク~ニューウェイヴが世を席捲していたころで、テクニック重視の重厚なプログレッシヴ・ロックなどは「オールドウェイヴ」と呼ばれて軽んじられていたのだ。
 完全に時代に逆行した、「70年代末のあだ花」「悲しきスーパー・グループ」だったのである。

 U.K.はライヴ・アルバムを含めてたった3枚のアルバムを遺したのみで、あっさり解散してしまった。しかも、メンバー4人のうち2人(ブラッフォードとホールズワース)は、このファースト・アルバムを作っただけで脱退。つまりこれは、「憂国の四士」としてのU.K.が遺した、たった一枚のアルバムなのである。

 U.K.は脱退した2人のかわりにテリー・ボジオを加入させ、「ELPの再来」を目指した。トリオ編成の第2期U.K.も私は好きだけれど、やはり、このファースト・アルバムの素晴らしさには及ばない。


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スポンヴィル『資本主義に徳はあるか』


資本主義に徳はあるか資本主義に徳はあるか
(2006/08)
アンドレ コント=スポンヴィル

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 アンドレ コント=スポンヴィル著、小須田健/C・カンタン訳『資本主義に徳はあるか』(紀伊国屋書店/2000円)読了。

 自分で読んでから新聞書評を読むと、書評としての善し悪しが如実にわかる。

 本書の新聞書評のうち、いちばんよかったのが『朝日新聞』(10月22日付)で柄谷行人が書いたもので、いちばん出来が悪いのが『読売新聞』で櫻井孝頴(第一生命相談役)という人が書いたもの(9月19日付)であった。

 柄谷の書評は、剣術の名人の「居合」を思わせる見事な仕上がり。内容を的確に要約したうえで、本書の「核」の部分をぐいっとつかみ取り、自らの評価を鮮やかな一閃で記している。
 対して、櫻井のそれは内容の一部を適当につまんできて、書評らしき形に整えただけだ(じっさいにこの本を読んでいない人には違いがわかりにくいだろうが)。

 柄谷が朝日に書いている書評は、いつも素晴らしい。土台となる教養の厚みと批評能力の格がちがう。
 以前、福田和也の本に、“柄谷行人のような大物批評家になると、自分の作品としての批評を書くことに忙しいから、書評など書かない”という主旨のことが書いてあって、「へえ、そういうものか」と思ったものだ(※)。
 柄谷が朝日で書評のレギュラー執筆者になったのは1年くらい前からだと思うが、すると、これは例外的なことなのかな。

※「(欧米で文芸批評家といえば書評家を指すのに対し)日本の批評家というのは、一流になればなるほど、作家の仕事などには関心を持っていない、眼中にないわけですね」(福田和也『悪の読書術』)

 悪い例として挙げた櫻井孝頴という人は最近読売の書評欄でよく見かけるが、この人の書評はいつもレベルが低い。べつに「物書きプロパー以外は書評を書くな」なんてことは言わないけれど、なぜこの人がレギュラー執筆者なのかわからない。

 もっとも、五大紙のうちでいちばん書評が充実しているのは、朝日ではなく毎日だと私は思うけれど……。
 
 おっと、前置きが長くなった。私自身の感想は以下のとおり。


 資本主義とモラルの関係を深く考察した本書がいま邦訳されることは、まことに時宜にかなっている。資本主義が爛熟の極を迎えたようないまの日本で、経済とモラルの関係がさまざまな場面でクローズアップされているからだ。たとえば、「敵対的TOB(株式公開買い付け)」の増加に象徴されるように、和を重んじる日本の企業風土が劇変するなか、改めて経営者のモラルが問われる形で……。

 著者は、ソルボンヌ大学で教鞭をとるフランスの人気哲学者。「日常生活に役立つ哲学」を提唱し、その著作は哲学書にもかかわらず本国でベストセラーとなっているという。
 
 本書で分析されるのはむろんフランス社会だが、経済活動にモラルを問う声が高まっているという事情は日本と変わらないようだ。そして、著者はそのような声に異を唱える。書名の問いに対する著者の答えは、「資本主義に徳などない」というものであるからだ。

 著者は、「経済―科学」「法―政治」「道徳」「倫理あるいは愛」を「4つの秩序」として立て分け、それぞれ次元が異なると説く。経済という低次の秩序に属する資本主義はそもそも道徳・倫理を含むものではなく、それらを求めること自体が誤りだというのだ。

 著者は、マルクスの誤りは次元の異なる秩序を混同して「経済を道徳にしたがわせようとした」ことにあるとし、共産主義の失敗は必然であったと言う。そして同様に、経済と道徳の混同が現代資本主義社会にさまざまな混乱をもたらしている、と指摘する。

 では、著者は企業経営にモラルなど必要ないと主張しているのだろうか? そうではない。資本主義というシステムそのものにモラルは内在しないからこそ、そのシステムを構成する個々人がモラルを保つことが肝要だと著者は言うのだ。

 複雑な現代社会の諸相を「4つの秩序」という独創的な視点から鳥瞰し、すっきりと腑分けしている点が、本書の大きな魅力だ。たとえば、しばしば混同されがちな法とモラルについて、著者はそれが異なる秩序であることを、「合法的な卑劣漢」という喩えで平明に説明する。合法であることと道徳的であることはイコールではないのだ、と……。

 なお、本書は著者が行った講演をベースにしたものである。講演後の質疑応答が「対話篇」としてそのまま収録され、読者の理解を助ける。
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軽井沢へ

 土曜から家族で軽井沢に一泊してきた。
 いとこの結婚式に参加してきたのだが、「せっかくだからついでに温泉にでもつかってゆっくりしよう」ということになったのである。

 北軽井沢まで足を伸ばして、鬼押温泉へ。山の紅葉が美しかった。

 私の母方のいとこは3人いるのだが、なぜか私も含めて4人とも一人っ子。なので、いとこが兄弟代わりみたいなもので、わりと仲がよいのである。

 今回結婚したのは、いちばん年下の従姉妹。なんとなく、嫁ぐ妹を見送る兄のような心境になった。

 披露宴では、当然酒も飲まないわけにはいかない。断酒以来一ヶ月半ぶり。「ここで飲むと、また飲酒習慣が復活してしまうのではないか」という危惧もあったのだが、まったく杞憂であった。
 
 というのも、ビールを全然おいしく感じないのである。ただ苦いだけ。つい2ヶ月前までは大好きだったのに。
 子どものころ、こっそりと生まれて初めてビールを飲んだとき、「大人はなんでこんな苦くてマズイものを飲むんだろう?」と思ったものだが、そのときと同じ味。

 しかも、ビールを3本空けただけで頭が痛くなってしまった。
 断酒をつづけると、体質が変わってしまうものなのだな。 
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外岡秀俊『情報のさばき方』


情報のさばき方―新聞記者の実戦ヒント (朝日新書)情報のさばき方―新聞記者の実戦ヒント (朝日新書)
(2006/10)
外岡 秀俊

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 外岡秀俊著『情報のさばき方』(朝日新書/720円)読了。
 新たに登場した「朝日新書」の創刊ラインナップの1冊。新聞記者歴30年、現『朝日新聞』編集局長の著者が、自らの経験をふまえ、記者としての仕事作法を紹介した本。

 新人記者やジャーナリスト志望の学生あたりを対象として狙った感じの内容で、ある程度キャリアを積んだ記者やライターから見ると「言わずもがな」の部分も多い。
 しかしそれでも、大いに参考になる良書。実践的ジャーナリズム論としても有益である。

 何より、自分を飾ったり、大きく見せようとしたりする気取りが微塵もない謙虚な筆致に好感がもてる。
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呉智英『言葉の常備薬』

言葉の常備薬 言葉の常備薬
呉 智英 (2004/10)
双葉社

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 呉智英著『言葉の常備薬』(双葉社)読了。

 2年前に出た本だが、いまごろ図書館で借りてきて読んだ。
 呉智英の文章はすごく好きで、『サルの正義』(私はこれがいちばん好きだ)とか『危険な思想家』などの時評的著作はくり返し読んできた。が、本書はもっとリラックスした「うんちくエッセイ」のたぐいだから、なんとなく食指が動かなかったのである。

 文筆家としての芸はありすぎるくらいある人だから、この手のうんちくエッセイもまあまあ面白い。が、私が呉智英に求めているのはこういう無難な本ではないのである。
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「牛乳有害説」をめぐって

もう肉も卵も牛乳もいらない! もう肉も卵も牛乳もいらない!
エリック・マーカス (2004/06/18)
早川書房

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 いわゆる「牛乳有害説」についての記事を書くため、関連書籍を読み込み中。
 エリック・マーカス著『もう肉も卵も牛乳もいらない!』(早川書房)、フランク・オスキー著『牛乳には危険がいっぱい?』(東洋経済新報社)、外山利通著『牛乳の飲みすぎに注意しましょう!』(メタモル出版)、新谷弘実著『病気にならない生き方』(サンマーク出版)など…。

 「牛乳有害説」は目新しいものではなく、マクロビオティックの世界ではずっと前から言われていたことである。
 たとえば、牛乳を飲みつづけると骨が丈夫になるどころかむしろ弱くなる(それを否定する人も多いが)ことは、「ミルク・パラドックス」と呼ばれ、マクロビオティックに関心のある人にはよく知られている。

 ただ、今年ミリオンセラーとなった『病気にならない生き方』の中でかなりの紙数を割いて紹介されたため、より幅広い層の人たちが「牛乳有害説」を知ることになった。それが、いま「牛乳有害説」が巷間騒がれている大きな要因である。

 私自身はかなり前から牛乳を飲んでおらず、基本的には「牛乳有害説」に与するものである。
 ただ、「有害説」を主張する本の中には牽強付会にすぎるものもある。アトピーや自閉症から「キレやすい子ども」に至るまで、なんでもかんでも牛乳のせいだと言わんばかりの論者もいて、そこまでいくと『買ってはいけない』的な煽動に思えてしまう。

 上に挙げた4冊のうちでは、「ヴィーガニズム」(卵や乳製品も摂らない完全菜食主義)のすすめとして書かれた『もう肉も卵も牛乳もいらない!』が、バランスの取れた冷静な視点で書かれた良書であった。

 逆に、『病気にならない生き方』はいただけなかった。まっとうな部分も多いものの、全体の3分の1くらいは著者の仮説でしかなく、5分の1くらいは“トンデモ的記述”であるという印象。

 「まっとう」と感じる部分についても、マクロビオティックの世界では周知のことばかりで、新味はない。
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すぎむらしんいち『ディアスポリス』

ディアスポリス-異邦警察 1 (1) ディアスポリス-異邦警察 1 (1)
すぎむら しんいち、リチャード・ウー 他 (2006/09/22)
講談社

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 すぎむらしんしいちが絵を描き、リチャード・ウーなる聞き慣れない名前の人物が脚本を書いているマンガ『ディアスポリス/異邦警察』(『モーニング』連載中)は、いま私が楽しみにしている連載の一つ。
 
 タイトルの「ディアスポリス」とは、「東京に暮らすディアスポラたちを守る私設警察」の謂である。
 「ディアスポラ」――この言葉を私が知ったのは、パンタの曲の歌詞でだったと思う。

ディアスポラ(διασπορά)はギリシャ語で「散らされたもの」という意味の言葉で、特にパレスチナの外で離散して暮らすユダヤ人のことをさす。歴史的に離散した彼らの民族集団的なコミュニティー全体、また一つ一つのコミュニティーのことまでを言うこともあり、ユダヤ人以外の民族でも「政治上の理由などから、本国を離れて暮らす人々のコミュニティー」という意味でこの名称を適用することがある。良く知られている例では、ギリシア人、フェニキア人、アルメニア人、華人などが似た側面を持っている(「ウィキペディア」より)


 このマンガの中では、祖国を離れて東京で暮らす「密入国異邦人」という意味で使われている。

 約15万人いる東京の密入国者・不法就労外国人たちが、自衛のため「密入国者たちの都庁」を作り上げている、という設定がすこぶる魅力的だ。

そこには彼らが決めた法律を遵守する義務や住所の登録、納税の義務があるが、同時に選挙権と最低限の健康の保障とデキのいい外国人登録証とパスポートが与えられる。役所もあれば厚生省の認可しない病院、文部科学省の知らない学校、金融監督庁と無関係の銀行、郵便局……警察……なんでもある


 主人公の久保塚早紀は、その“ウラ都庁”に任命されたたった一人の“警察官”なのである。

 この設定を思いついた時点で作品は8割方成功したも同然だが、くわえて、脚本も絵もよい。ハードボイルド・タッチのストーリーながら、笑いを随所にちりばめた軽妙洒脱なアクション・コメディになっているのだ。

 脚本のリチャード・ウーとは、あの狩撫麻礼の別ペンネームではないかという推測がネット上をにぎわせている。その真偽のほどは不明だが、いかにも狩撫麻礼が書きそうな脚本ではある。

 私にとっては『クローン5』以来のすぎむら作品。
 『クローン5』は尻すぼみにつまらなくなって失速してしまったけれど、今度は最後まで面白くなりそう。『ホテル・カルフォリニア』(「カリフォルニア」に非ず)のような一気呵成の傑作に仕上げてほしいところだ。
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『ユア・マイ・サンシャイン』

ユア・マイ・サンシャイン [DVD]ユア・マイ・サンシャイン [DVD]
(2007/04/18)
チョン・ドヨンファン・ジョンミン

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 昨日は九段会館で『ユア・マイ・サンシャイン』の試写を観た。11月公開の韓国映画である。

公式サイト→ http://www.sunshine-movie.jp/
 
 一般試写で映画を観るのは久しぶりだ。マスコミ用試写室はスクリーンが小さいので、大ホールの大きなスクリーンが心地よい。
 
 自分がHIVに感染しながらそのことに気づかず、客を取りつづけていた売春婦が逮捕された――2002年の韓国を騒がせたそんなニュースは日本でも報じられたので、覚えている向きも多いだろう。これは、あの事件をベースにしたラブストーリー。監督によれば、ストーリーの半分ほどは事実のままだという。

 暗い過去から逃げ回り、売春をつづける生活の末にHIVに感染した女性と、彼女のすべてを受け入れて妻として迎える農村の素朴な男性のラブストーリー……そんな骨子から、セカチュー系の甘ったるい「純愛もの」を想像していた。

 だが、その想像はよい方向に外れた。「純愛」を描いた映画にはちがいないが、セカチュー的な美化は皆無で、生々しさに満ちた激烈なラブストーリーになっている。主人公2人は運命に翻弄されて無様にのたうち回るのだが、その「無様さかげん」が観る者の胸を打つのである。

 「聖なる娼婦」の物語なら、『罪と罰』のソーニャ以来たくさん生まれすぎて、もうすっかり陳腐化してしまっている。
 だが、この映画は「聖なる娼婦の物語」ではなく、娼婦に恋をする男のほうが「聖」なのだ。風采のあがらない中年男が、あまりに一途なその愛し方ゆえにやがて聖なる存在と化し、傷ついたヒロインを癒していく物語なのである。

 「世界でいちばん不幸な女性が、世界でいちばんの愛を手にする」までを描いた感動作。「韓流ラブストーリーももう飽きたなあ」と感じている人にこそオススメだ。
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『松田優作 ALIVE~ アンビバレンス』

松田優作 ALIVE ~アンビバレンス~ 公式海賊盤 DVD-BOX 初回限定版 松田優作 ALIVE ~アンビバレンス~ 公式海賊盤 DVD-BOX 初回限定版
松田優作 (2006/11/03)
ジェネオン エンタテインメント

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 DVD『松田優作 ALIVE ~アンビバレンス~ 公式海賊版』を、サンプル盤を送ってもらって観る。

 松田優作は俳優業のかたわらロック・シンガーとしても活動し、計8枚(ライヴ含む)のアルバムを遺した。彼の貴重なライヴ映像を中心とした、3枚組DVD-BOXである(ディスク1枚のみの通常版も同時発売)。11月3日発売。 →作品紹介ページ

 ううむ、カッコイイのである。ステージで立っているだけで絵になる。歌はけっしてうまくないが、渋い味がある。

 私は松田優作の映画の中では工藤栄一監督の『ヨコハマBJブルース』がいちばん好きだが、あの映画の中でも彼は「BJ」という呼び名のロック・シンガー兼私立探偵を演じていた。
 BJはむさ苦しい出で立ちだったが、このライヴ映像の中の優作はもっとこざっぱりとした「粋」な姿で立ち現れる。

 シンガーとしての代表曲「YOKOHAMA HONKY TONK BLUES」も、もちろん収録。未発表曲も4曲収められており、ファン必携のDVDとなっている。
 ただ、ライヴ映像はスタッフが記録用に撮影したものだとのことで、プロのカメラマンが商品化を前提として撮ったもののような完成度は望むべくもない。その点、注意が必要だ。熱心なファンのためのコレクターズ・アイテムである。
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青木幸子『ZOOKEEPER』

ZOOKEEPER 1 (1) ZOOKEEPER 1 (1)
青木 幸子 (2006/09/22)
講談社

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 西山登志雄さんが9日に亡くなられたという。
 西山さんは一般には東武動物公園の「カバ園長」として知られていたが、私の世代には飯森広一のマンガ『ぼくの動物園日記』の主人公としてなじみ深い。

 『ぼくの動物園日記』は、西山さんが上野動物園の若手飼育係だった時代の奮闘をマンガ化したもの。『少年ジャンプ』に連載されたのは、昭和40年代後半であったか。
 少年時代の一時期、私はこのマンガに感動して「将来は飼育係になろう」と考えていた。当時、そのような少年が日本中にいたのである。

 やはり飼育係を主人公にしたマンガ『ZOOKEEPER(ズゥキーパー)』を読んで西山さんのことを思い出したところだったので、訃報に接してささやかなシンクロニシティを感じた。
 ご冥福をお祈りいたします。

(つづきます)
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吉田太一『遺品整理屋は見た!』

遺品整理屋は見た! 遺品整理屋は見た!
吉田 太一 (2006/09/26)
扶桑社

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 吉田太一著『遺品整理屋は見た!』(扶桑社/1200円)読了。
 題材が題材だけに「面白い」というのは不謹慎な気もするが、読み出したら止まらない本だった。

 あの『嫌われ松子の一生』は、惨殺された孤独なヒロインの遺品整理を甥が依頼されるシーンから始まるが、そのリアル版がズラッと並んでいる感じの本。遺品から浮かび上がる「現代の孤独」の諸相がすさまじい。衝撃的な事実が淡々としたタッチで記されており、読みやすいのに読後感はずっしりと重い。
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『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』

猫でもわかるキャッツアイ 木更津キャッツアイワールドシリーズ ナビゲートDVD 猫でもわかるキャッツアイ 木更津キャッツアイワールドシリーズ ナビゲートDVD
岡田准一 (2006/09/29)
メディアファクトリー

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 六本木のアスミック・エース試写室で、『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』の試写を観た。シリーズ完結編だそうだ。10月28日公開。

公式サイト→ http://www.tbs.co.jp/catseye/

 試写室に早く到着しすぎたので、同じビルの本屋に寄ってコミックスの新刊を物色。お気に入りのマンガ家の一人、すぎむらしんいちの新作『ディアスポリス/異邦警察』(『モーニング』連載中)の1巻が出ていたので買う。
 あと、いつも読んでいる「漫棚通信ブログ版」さんで紹介されていて、気になっていた『ZOOKEEPER(ズゥキーパー)』(青木幸子)の1巻も買う。

 映画もマンガもたいへん面白かった。今日は「当たりの日」だ。
 とくに『木更津キャッツアイ』は、映画版の前作(2003年の『木更津キャッツアイ 日本シリーズ』)よりはるかに出来がよいと思う。ハチャメチャで大いに笑えるのに、「青春の終焉」を描いた絶妙の青春映画にもなっているのだ。
 クライマックスの切なさは、傑作『キッズ・リターン』のラストを彷彿とさせる。
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米澤嘉博氏逝去

 米澤嘉博さん(マンガ評論家・コミケ代表)逝去の報に仰天。

 米澤さんには、4年ほど前に「山の上ホテル」で一度お話をうかがったことがある。それは、「日本のマンガは宇宙をどう描いてきたか?」というインタビュー記事の取材であった。
 それ以外に、電話でコメントをいただいたことも何回かある。今年の5月にも、一度電話取材をさせていただいたばかりだ(もしかして、あのときすでに肺ガンの病状はかなり進んでいたのだろうか)。

 個人的な接点はそれだけだが、氏の著作や文章にはずっと前から触れていたので、先輩を亡くしたような驚きと寂しさがある。

 53歳という、あまりに早い逝去に言葉もない。
 ご冥福をお祈りいたします。
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理事長交替

 今日は、うちのマンションの理事会の総会。昨年から私が理事長をつとめていたのだが、今日で無事「お役ご免」となる。

 20世帯ほどの小さいマンションなのだが、それでも、理事長となると何かと面倒なことも多く、けっこうたいへんであった。ほかの世帯主の多くは私よりも年上だから、気もつかうし……。

 まあ、もともと私に「人の上に立つ」適性がまったく欠落している(欲しいとも思わない)せいもあるのだけど。

 巨大組織のリーダーというのは、きっと、この何千倍もたいへんなのだろうなあ。心底敬服する。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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