長嶺超輝『裁判官の爆笑お言葉集』


裁判官の爆笑お言葉集 (幻冬舎新書)裁判官の爆笑お言葉集 (幻冬舎新書)
(2007/03)
長嶺 超輝

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 長嶺超輝(まさき)著『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書/720円)読了。すでに20万部突破しているという、話題のベストセラー。

 「爆笑」というタイトルとは裏腹に、真面目な筆致で書かれた本だ。集められた裁判官の「お言葉」(判決言い渡しの際などに言われた肉声)そのものに、そこはかとない滑稽味が漂ってはいるけれど。

 とはいえ、つまらないわけではない。十分に面白い、よくできた本である。裁判制度についての勉強にもなる。
 
 見開きごとに一つの「お言葉」が紹介される構成。右ページには「お言葉」と裁判官の氏名などのデータが記されるのみなので、パッと見はスカスカだ。

 著者は、本書が初の著作だという若手ライター。司法試験に何度も挑戦して挫折した経歴の持ち主であるため、司法記者ならぬ「司法フリーライター」を名のっている。

 ライターの本能というか習性として、「余白嫌い」ということがある。ページがスカスカになってしまうことが我慢ならず、文章でその余白を埋めようとするのだ(単行本中心に仕事をしているライターは、とくに)。
 かりに私がこの本の著者だったなら、右ページをスカスカにするこのような構成に断固反対しただろう。

 また、著者はタイトルに「爆笑」の二字を入れることにかなり抵抗したそうだ。だが、編集サイドに強引に押し切られてしまったのだとか(※)。

「『爆笑』だけはやめてください!」と先方に泣きつきましたが、けんもほろろでしたね。 幻冬舎の皆さんには、本当に感謝していますが、タイトルだけが残念です。たしかにインパクトは抜群だけども、笑えるもんも笑えなくなるでしょう。(著者のブログのこのエントリより)



 たしかに、本書がベストセラーになった理由を後付けで考えるなら、スカスカのページ構成と、タイトルの「爆笑」の二字こそが大きな要因だろう。いまどきの平均的読者は、ページがぎっしり活字で埋まっているような本は敬遠してしまうのだろうから。

※業界外の人は誤解しがちだが、本のタイトルを決める際、最も大きな権限をもつのは著者ではない場合が多い(文学作品は別)。タイトル一つで売れ行きが大きく変わるものだから、「営業部の意見」で決まることも多いのである。

P.S.
 書店でこの本の横に並んでいたのが、北尾トロの裁判傍聴記『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』の文庫版。その帯に「30万部突破」とあったのを見て、ちょっとビックリ。あの本は単行本で読んで、そこそこ面白いとは思ったものの(→ レビュー)、ベストセラーになるような本だとはとうてい思えなかった。いまは「お笑い傍聴本ブーム」なのかな?
 やはり後付けでブームの理由を考えるなら、映画『それでもボクはやってない』の大ヒットと、裁判員制度導入間近であることによる関心の高まりが要因なのだろうけど……。  
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堤信子さんを取材

堤信子の暮らしがはずむちょっといい話  主婦アナのマルトク生活情報ブック 堤信子の暮らしがはずむちょっといい話 主婦アナのマルトク生活情報ブック
堤 信子 (2005/07/17)
実業之日本社

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 今日は、都内某所でアナウンサーの堤信子さんを取材。
 「はなまるマーケット」や「ズームイン!! SUPER」でおなじみの、「生活情報アナ」の堤さんである。
 
 堤さんには、『堤信子の暮らしがはずむちょっといい話』(実業之日本社/1400円)と『「ありがとう」の届け方』(主婦と生活社/1400円)という2冊の著書がある。その両方を読んで取材に臨む。

 2冊とも、たいへんよい本だった。
 とくに、『堤信子の暮らしがはずむちょっといい話』は、主婦向けの本ではあるが、男の私が読んでも愉しい内容。「はなまる」や「ズム得」で取材したさまざまな“マルトク生活情報”を中心にしたコラム集だが、たんなる実用書に終わっていない。“いきいきと生きるための智恵”を語った、軽やかな自己啓発書にもなっているのだ。
 上大岡トメのミリオンセラー『スッキリ!』にも通ずる内容だが、『スッキリ!』よりもはるかに内容が濃い。
  
「ありがとう」の届け方―言葉と形で伝える感謝の気持ち 「ありがとう」の届け方―言葉と形で伝える感謝の気持ち
堤 信子 (2006/10/27)
主婦と生活社

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 もう一冊の『「ありがとう」の届け方』は、書名のとおり、人に「ありがとう」の気持ちを上手に伝えるための心がけを、さまざまな角度から語った本。20年のアナウンサー生活で培った心づかいと、プレゼントにまつわる工夫の数々が開陳されている。

 これもまた主婦向けの本だが、それでも男女問わず参考にできるハウツーがいっぱい。

 たとえば、堤さんが励行しているという「プレゼントファイル」。誰に何を贈ったか、誰から何を贈られたかを記録しておくためのファイルである。
 その実物を見せていただいたが、見るだけで愉しくなるファイルであった。宅急便の送り状がそのままファイルされていたりする(相手の住所や連絡先のメモにもなる)ほか、贈ったもの、贈られたものをデジカメで撮った写真も貼り込まれている。「とくに、花や食べものは保存しておけないから、写真に撮って記録しておくといいですよ」とのこと。

 このファイルは、備忘録であると同時に思い出の記録帳でもあり、「落ち込んだときに開くと元気の出る魔法のファイル」(=たくさんの人から贈られたエールの集積でもあるから)でもあるのだという。
 
 なるほどなるほど。我が家にも一冊「プレゼントファイル」を作ろう、と思った。

P.S.
 原稿を書くために取材音声を聴き直したときにしみじみ感じたのだが、堤さんは声と話し方がすこぶる魅力的である(もちろんお顔も美しいですが)。うっとり聞き惚れてしまう感じ。さすがベテラン・アナウンサーだ。
 私がこれまでに取材したたくさんの人の中で、声と話し方の魅力でいえば、ロシア語通訳の斎藤えく子さんと堤さんが双璧だ。斎藤さんも、鈴を鳴らすような声の女性であった。「美声も通訳の才能のうちなのだなあ」と思ったものだ。
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熊本へ――レストラン「ティア」

 昨日は取材で、日帰りで熊本へ。
 「熊本なのに日帰り?」と驚く向きもあろうが、まあ、飛行機を使えば全国どこでも日帰り取材ができる(できないことはない)のである。

 ただ、長距離移動はそれだけで疲れるものなので、ふだんの取材の倍くらい疲れる。

 熊本で取材したのは、本山町のショッピングモールの一角にあるオーガニックレストラン「ティア」の社長さん。

 「ティア」公式サイト→ http://www.tia-ay.jp/

 ティアは、地産地消(その土地の地の食物を使う)を掲げたバイキングスタイルのレストラン。旬の無農薬・有機野菜や市場直送の魚介類などを用いた家庭料理がずらりと並ぶなかから、好きなものを選んで食べる。料理は、入荷したその日の素材を見て決めるのだとか。

 体にいいものをおなかいっぱい食べて、ランチはデザートつきで1650円と安い。「こんな店が近くにあればなあ」と思った。 
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黒宮一太『ネイションとの再会』


ネイションとの再会―記憶への帰属ネイションとの再会―記憶への帰属
(2007/02)
黒宮 一太

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 黒宮一太(かずもと)著『ネイションとの再会/記憶への帰属』(NTT出版/2200円)読了。

 1972年生まれ、まだ30代半ばの気鋭の政治学者による初の単著。著者の博士論文をベースにしたものだという。

 「ぷちナショナリズム症候群」と呼ばれる若者層の“愛国趣味”や、海外メディアに「ナショナリスト」と評された安倍晋三首相の登場など、ここ数年、日本では「ナショナリズム」が時代を象徴するキーワードとなっている。

 だが、我々はナショナリズムについてどれだけ理解しているだろうか? 排他的で非民主的な「国粋主義」としてのみ捉えている人が多いのではないか? 実際には、それはナショナリズムの一面でしかない。

 本書は、ふだん何気なく用いている国家・国民・ナショナリズムなどの語が指し示すものを、改めてとことん考え抜いた論文である。

 著者は本書で、欧米におけるナショナリズム研究の歴史を概観する。代表的論点が手際よく紹介され、ナショナリズムの負の側面のみが強調されがちな日本では見えにくい全体像がつかめる。その意味でナショナリズム入門としても読める書だが、それだけには終わっていない。

 著者の独創は、何より、全編を通じて行われるハンナ・アレントの思想の再評価にある。
 ナチスの台頭で亡命したドイツ系ユダヤ人のアレントは、一般にはナショナリズムに批判的な政治思想家として認識されている。だが、著者は彼女の諸著作を、「故郷喪失者」の視点から国家について思索し抜いた軌跡として読み直す。そうすることで、アレントの思想から、現代日本人が置かれた状況を考える新たな視座が引き出される。

 もちろん、私たちはユダヤ人のように故郷を追われてはいない。だが、「戦後日本はナショナリズムや愛国心についてまともに思考することを忌避してきた」がゆえに、日本人はいま、「本来『根』を張っているはずの土着的な文脈から切り離された生」を余儀なくされている、と著者は言う。グローバル化の波がそれに拍車をかけ、自覚のないまま「故郷喪失者」となっているのだ、と……。

 “日本のナショナリズムの危険な高まり”に警鐘を鳴らす論者が多いなかにあって、著者は逆に、“いまの日本で真のナショナリズムをもつことがいかに困難か”を論ずる。そしてそのうえで、社会の基層に埋もれた「ナショナルなもの」をすくい上げるための思考の道筋を探るのだ。

 ナショナリズムを考える新たな視点を提示した、すこぶる刺激的な国家論である。 
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『100人のバカ』

100人のバカ 100人のバカ
(2007/03)
七ツ森書館

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 岡留安則・佐高信編著『100人のバカ』(七つ森書館/1300円)読了。

 休刊した『噂の眞相』に連載された文化人批判コラム「七人のバカ」の単行本化。連載をまとめるだけでは一冊分に足らなかったのか、冒頭と巻末に岡留と佐高の対談を載せて水増ししている。対談部分が全体の半分ほど。

 かつて『噂の眞相』の別冊として刊行された『日本の雑誌』(1990年)や『日本の文化人』(1998年)は、(内容に共感するかどうかはさておき)非常に密度の濃い、情報価値の高いムックであった。

 この本も、『日本の文化人』の続編のような内容を期待して読んだのだが、まったく期待外れ。内容の薄いことといったらない。「100人」といっても、岡留・佐高対談の中に一度でも名前が出てくればそれで1人としてカウントしているのだ。

 たとえば、義家弘介については、岡留の発言に「ヤンキー先生の義家弘介じゃないけど、俺が政府に言ってやると教育制度は変わるんじゃないかって思うタイプ」という一節があるだけ。しかもそれは、直接義家を批判した言葉ですらない。宮崎哲弥のスタンスを批評するにあたって、義家を引き合いに出しただけなのである。
 にもかかわらず、本の表紙には「本書で採り上げた“バカ”」の一人として義家の名も刷り込まれており、目次にも大きな活字で名前が並んでいる。

 こんな安直なやり方でバカ呼ばわりされた各氏に、同情を禁じ得ない。

 岡留・佐高対談のふんぷんたる「サヨ臭」にも辟易。
 “護憲が善で改憲派は悪”という決めつけとか、「タカ派」というレッテル一つで相手を全否定してしまう思考停止ぶりとか、なんだかなー、いまどき。
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LOVE PSYCHEDELICO『GOLDEN GRAPEFRUIT』

GOLDEN GRAPEFURUIT(初回限定盤)(DVD付) GOLDEN GRAPEFURUIT(初回限定盤)(DVD付)
LOVE PSYCHEDELICO (2007/06/27)
ビクターエンタテインメント

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 6月27日発売予定のLOVE PSYCHEDELICOのニューアルバム『GOLDEN GRAPEFRUIT』(ビクター/初回限定盤3330円)を、送ってもらったサンプル盤で聴く。

 約3年ぶりとなる、通算4枚目のオリジナルアルバムである(その間、ベスト盤やライヴ盤の発売はあったが)。

 前作『LOVE PSYCHEDELICOⅢ』よりもおとなしめの曲が多いかな、という印象がわずかにある程度で、あとはまったくいつもどおりの「デリコ・サウンド」。

 蓮っ葉で流暢な英語のヴォーカル、リフ作りのうまさで聴かせるギター、ほどよくオシャレでほどよくロック臭いメロディ……その3つが「黄金のトライアングル」をなす音は、もはや名人芸である。

 まあ、相変わらず1960~70年代洋楽テイストが濃厚で、“どこかで聴いたようなデジャヴ感漂う曲”が多いのだが(先行シングルにもなった「Aha ! (All We Want)」のリフは、もろ昔のストーンズ)、それでも十分カッコイイ。

 シングル「Aha!」にカップリングされていたビートルズの「Help!」のカヴァー(NHKテレビ「英語でしゃべらナイト」オープニング曲)がここにも収録されているのだが、洋楽カヴァーがこんなにも違和感なくハマる日本のバンドはほかにないと思う。
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『エマニュエルの贈りもの』

 『エマニュエルの贈りもの』を観た。6月23日公開のアメリカ映画。西アフリカ、ガーナの「義足のトライアスリート」、エマニュエル・オフォス・エボワのドキュメンタリーである。

 公式サイト→ http://www.emmanuelsgift.jp/

 ガーナは、先進国では考えられないほど過酷な身障者差別がいまも残る国だ。生まれつきの身障者は「呪われた者」と見なされ、社会から除け者にされる。家族の重荷となって家に閉じこもったまま暮らすか、路上で物乞いをして生き長らえるしか道がないのだ。もちろん、身障者の権利を守る法律など一つもなかった。

 そして、ポリオワクチンの不足などの悪条件のため、ガーナではじつに人口の約1割(!)が身障者なのだという。

 そんなガーナに、右の下肢がない障害をもって生まれたのが、この映画の主人公エマニュエルだ。

 彼がまだ幼いころ、父親は息子の障害を理由に家族を捨て、家を出て行った。
 だが、母親は彼に誇りのたいせつさを教えた。家に閉じこめておくどころか、健常者が通うふつうの小学校に通わせたのだ(これは、ガーナではまれな選択)。

 学校で障害を理由にいじめを受けても、エマニュエルはけっして卑屈にならない。子どもながらにアルバイトを探してわずかな金を稼ぎ、その金を貯めて買ったサッカーボールを、仲間を作るための武器として使う。「ぼくをサッカーにまぜてくれる子にだけ、このボールを貸すよ」と。

 そして、成人したエマニュエルは、ほかの障害者のように物乞いをして生きることを拒み、自らの手で運命を切り拓こうとする。
 そのために選んだ方法は、海外の障害者支援団体から手に入れたスポーツ自転車でガーナ全土を片脚で走破すること。それは、ガーナの障害者たちの意識を変革し、障害者蔑視の社会風土を変えるための行動だった。

 彼の行動は海外にも伝わり、人々の心を揺り動かしていく。米国の障害者団体の支援で彼は精巧な義足を手に入れ、トライアスロンにも挑戦するなど、障害者スポーツの世界で名を上げていく。

 だが、エマニュエルの真のすごさは「その後」にある。映画の中で、支援団体メンバーが次のようにコメントしているとおり――。

「並の人間なら、『義足をありがとう。じゃあ、さよなら』で終わるか、『(差別の激しいガーナには帰らず)ぼくはアメリカで暮らすよ』となるかだろう。でも、彼はどちらの道も選ばなかった」
 
 義足をもらい、障害者がいきいきと自己実現している米国社会のありようを知ったエマニュエルは、彼がもらった希望を母国の障害者たちにも与えようとする。ガーナに戻り、障害者福祉向上のための活動を本格的に開始するのだ。
 まさに“Pay it Forward”。自分が受けた恩を、社会により広く還元していこうとするスピリットである。
 
 エマニュエルの奮闘によってマスコミや政治家も動き、やがて、ガーナ初の障害者支援法が制定へ向けて動き出す。
 映画の終盤に、「エマニュエルはやがて、キング牧師やネルソン・マンデラのような存在になるだろう」という言葉が出てくるが、それがけっして大げさには感じられない。 
 1人の勇気ある行動が社会を変えていくプロセスをつぶさに追って、感動を呼ぶドキュメンタリーである。

 実話に基づいたテレビドラマ『1リットルの涙』の中に、主人公の難病の少女が「どうして病気は私を選んだの?」と問いかける哀切なシーンがあった。
 それにならって「なぜ障害はエマニュエルを選んだのか?」を問うなら、答えは「彼には障害をはね返すだけの強さがあったから」だろう。その強さを人々に示して社会を変えていくという使命のため、彼は運命に「選ばれた」に違いない。

 エマニュエルは、「宿命」を「使命」へと転じたのである。
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『バベル』

バベル-オリジナル・サウンドトラック バベル-オリジナル・サウンドトラック
サントラ、チャベラ・バルガス 他 (2007/04/11)
ユニバーサルクラシック

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 立川シネマシティで『バベル』を観た。
 いまさら紹介するまでもない超話題作。なかなかよかった。

 モロッコ・アメリカ・日本・メキシコ――4つの地を舞台に、それぞれの家族の愛憎の物語がくり広げられる。個々のエピソードはどうってことのないものなのだが、モロッコで放たれた一発の銃弾を媒介に、4つのエピソードを有機的に結びつけて描いた点に独創がある。

 「世界文学」という言葉がある以上、「世界映画」もあってしかるべきだ。『バベル』はまさに、「世界映画」たらんとした作品といえよう。身の回り10キロ四方の日常をちまちましく描く映画や文学が多いなかにあって、この映画は世界を丸ごと鷲づかみにして描こうとしている。その志の高さやよし。

 今日も世界のどこかでは血が流れ、理不尽な死が訪れ、どの文化圏でも人々は愛し合い、憎み合っている。そして、世界中の人々は、表面的には無関係であっても、どこかでつながっている。……と、そんな感慨を改めて抱かせる。

 描かれるエピソードの中では、やはり、菊地凛子演ずる聾唖の女子高生の深い孤独に胸打たれた。
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畑中純『1970年代記』

1970年代記―「まんだら屋の良太」誕生まで 1970年代記―「まんだら屋の良太」誕生まで
畑中 純 (2007/04)
朝日新聞社出版局

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 畑中純の『1970年代記/「まんだら屋の良太」誕生まで』(朝日新聞社/1300円)を読む。

 畑中純が自らの20代を描いた自伝マンガである。さまざまな肉体労働をしながらマンガ家を目指す、名もなき青年の魂の彷徨を描いた青春マンガ、という趣。

 20代の10年と重なる1970年代の世相風俗が、畑中自身の姿と同等のウエイトで描かれる。70年から79年まで、各1年に1話が割かれているので、“極私的70年代グラフィティ”にもなっている。
 そして、章間には、当時の畑中が描いたマンガや版画が挿入されている。

 20代の終わり――すなわち本書の最終章では、『まんだら屋の良太』の連載が始まっている。だが、いまでは名作として遇されているあの大長編も、連載開始当初は「汚い 下品 いやらしい」という悪評ばかりであったという。

 物語というよりはエッセイ・マンガに近い飄々とした語り口で、起伏や盛り上がりには乏しいのだが、それでも十分面白い。畑中の絵それ自体に強い魅力があるし、ディテールが愉しめるマンガでもある。

 たとえば、三島由紀夫の割腹自殺について触れたくだり。

 

やることなすこと芝居じみていて虫の好かない作家だったが、命を賭けられるテーマがあることがうらやましかった。



 ――このように、まだ「何者でもない」青年の鬱屈した心情が随所ににじみ出ていて、しんみりと哀切だ。
 また、畑中が働く飯場などの荒くれた男たちの姿も、味わい深く描かれている。
 (あたりさわりなく描かれた)のちの真由美夫人を除き、畑中が愛した女性が登場しないのが玉に瑕。そのあたりを赤裸々に描いてほしかった。畑中作品の魅力は、何よりも女たちの生々しさにあるのだから。
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『細野晴臣トリビュートアルバム』

細野晴臣トリビュートアルバム-Tribute to Haruomi Hosono- 細野晴臣トリビュートアルバム-Tribute to Haruomi Hosono-
オムニバス、細野晴臣 他 (2007/04/25)
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ


 『細野晴臣トリビュートアルバム』(エイベックス/3400円)をヘビロ中。

 いつも読んでいるブログ「トカトントン」で絶賛されていたので購入したもの。
 「トカトントン」の管理人・デヘヘラーさんは私と音楽・映画・本などの趣味が近く、氏が絶賛されるものはたいてい私にとってもヒットなのである(定期巡回するお気に入りブログというのは、じつに得がたい「アンテナ」だ)。

 果たして、このアルバムも大ヒット。数年前の『HAPPY END PARADE~tribute to はっぴいえんど』に匹敵する上出来のトリビュート・アルバムである。

■収録曲目
ディスク:1
1. 「ろっかばいまいべいびい- Piano Demo ver.-」細野晴臣
2. 「イエロー・マジック・カーニバル」ヴァン・ダイク・パークス
3. 「風の谷のナウシカ」坂本龍一 + 嶺川貴子
4. 「わがままな片想い」コシミハル
5. 「ハイスクール・ララバイ」リトル・クリーチャーズ
6. 「アブソリュート・エゴ・ダンス」東京スカパラダイスオーケストラ
7. 「終りの季節」高野寛 + 原田郁子
8. 「Omukae De Gonsu」miroque
9. 「ハニー・ムーン」テイ・トウワ + ナチュラル・カラミティ
10. 「北京ダック」□□□(クチロロ)
11. 「三時の子守唄」ワールドスタンダード + 小池光子
ディスク:2
1. 「恋は桃色」ヤノカミ(矢野顕子×レイ・ハラカミ)
2. 「スポーツマン」高橋幸宏
3. 「ミッドナイト・トレイン」畠山美由紀 + 林夕紀子 + Bophana
4. 「Turn Turn」コーネリアス + 坂本龍一
5. 「銀河鉄道の夜」といぼっくす
6. 「蝶々さん」ウッドストック・ヴェッツ(ジョン・サイモン、ジョン・セバスチャン、ジェフ・マルダー &ガース・ハドソン他)
7. 「ブラック・ピーナッツ」ヴァガボンド + 片寄明人
8. 「風をあつめて」たまきあや + 谷口崇 + ヤマサキテツヤ
9. 「日本の人」サケロックオールスターズ + 寺尾紗穂
10. 「風来坊」ジム・オルーク + カヒミ・カリィ
11. 「Humming Blues -Demo ver.-」細野晴臣

 細野自身の音楽性の幅広さを反映し、一つのジャンルにくくりきれない多彩な楽曲が並んでいる。それでいて、アルバム全体には見事な統一感がある。
 インスト・ナンバーが多かったりして、BGM的なさりげなさが大きな特長となっている。流しておいて思考の邪魔にならないのだ。YMO以来、細野晴臣の軌跡を追ってきた一音楽ファンとして、これほど心地よいBGMとなるアルバムはめったにない。

 「トカトントン」で各曲解説がなされているのでくわしくはそちらに譲るとして、私はとくに気に入った曲についてだけコメントしよう。

 Disc1では、「風の谷のナウシカ」「ハイスクール・ララバイ」「アブソリュート・エゴ・ダンス」「終りの季節」の4曲。Disc2では「恋は桃色」「スポーツマン」「風来坊」の3曲。以上7曲は私にとって特上の出来だ。

 『風の谷のナウシカ』を知らない人はいなくても、安田成美の歌手としてのデビュー曲となった「風の谷のナウシカ」はあまり知られていないのではないか。映画では使われなかった「イメージソング」だから。
 私は当時、この曲がとても気に入って、シングルレコードも買った。本作では“和風ボサノヴァ”という趣にアレンジされていて、嶺川貴子のウイスパー・ボイスが心地よい。

 「ハイスクール・ララバイ」は「イモ欽トリオ」が歌った大ヒット曲。“テクノ風味の歌謡曲”であった原曲を、リトル・クリーチャーズがジャジーにアレンジして、小粋な大人のポップスに生まれ変わっている。

 「アブソリュート・エゴ・ダンス」は、YMO最大のヒット作『ソリッド・ステート・サバイバー』に入っていた曲。個人的には、YMOの曲の中でも5本の指に入るくらい好きな曲。スカパラがファンキーに熱演。キャスティングの妙だ。

 「終りの季節」は、かつての矢野顕子の名カヴァー(『オーエスオーエス』所収)に勝るとも劣らない仕上がり。

 「恋は桃色」は、アーシーな原曲の上澄みをすくったような清冽なエレクトロニカ。矢野顕子とレイ・ハラカミは、矢野の傑作アルバム『ホントのきもち』でもすでにコラボしており、息の合ったところを見せる。間奏部分の、矢野の生ピアノとハラカミのキーボードがゆらゆらとからみ合う美しさは絶品。
 
 あえて不満点を挙げるなら、YMO時代の曲がたった1曲しかないところ(まあ、YMOのトリビュート盤は過去にあったから、そのためかもしれないが)と、私がいちばん好きなソロアルパム『はらいそ』から一曲も選ばれていないところ。

 すでに発売が決定しているという続編では、「ファム・ファタール」や「マス」「ロータス・ラブ」あたりはぜひ入れてほしいところ。
 アーティストでは、久保田真琴・サンディー夫妻とか、シーナ&ザ・ロケッツにはぜひ登場してほしい。YMO全盛期、私の田舎のレコード屋では、彼らは「YMOファミリー」という同じ棚に入れられていたものだ。
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黒田硫黄『セクシーボイスアンドロボ』

セクシーボイスアンドロボ1 セクシーボイスアンドロボ1
黒田 硫黄 (2001/11/30)
小学館

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 ウチの娘(中2)が好きで毎回観ているテレビドラマ『セクシーボイスアンドロボ』。私もつきあいで何回か観て、すごく気に入った。

 で、黒田硫黄の原作コミックをアマゾンで取り寄せて読んでみたのだが、これがどうも面白くない。
 もともと私は黒田硫黄のマンガが苦手だ(『大日本天狗党絵詞』とか、いくつか読んだ)。セリフや絵の構図などのセンスのよさは認めるし、毛筆タッチの独創的な絵柄も魅力的だけれど、どうも肌に合わない。この作品でも、その印象は変わらなかった。

 ドラマ版『セクシーボイスアンドロボ』の面白さは、ほとんど脚本の木皿泉の手柄なのだな。 
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北杜夫『どくとるマンボウ回想記』

どくとるマンボウ回想記 どくとるマンボウ回想記
北 杜夫 (2007/01)
日本経済新聞出版社

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 北杜夫著『どくとるマンボウ回想記』(日本経済新聞社/1500円)読了。

 1993年刊の『どくとるマンボウ医局記』以来、じつに14年ぶりに「どくとるマンボウ」の名をタイトルに冠したエッセイ集である。そして、おそらくはこれが「どくとるマンボウ」シリーズ最後の1冊になるのではないか。

 もっとも、本書は『日本経済新聞』の名物シリーズ「私の履歴書」のために書かれたもの(プラス単発エッセイと書き下ろし)であって、「どくとるマンボウ」シリーズとして書かれたわけではない。

 ゆえに、北杜夫の幼少期から現在までを駆け足で振り返った内容になっており、『どくとるマンボウ航海記』のような質の高いユーモア・エッセイを期待すると肩透かしを食うだろう。本書の各エッセイは、ユーモアよりもむしろ寂寥感に満ちているのだ。
 また、登場するエピソードの中には、過去の「どくとるマンボウ」シリーズですでに描かれているものも少なくない。

 そんなわけで、「初めて北杜夫のエッセイを読む」という人には、本書はけっしてオススメできない。「どくとるマンボウ」シリーズの代表作、たとえば『航海記』や『青春記』あたりを読んでから読むべき本である(ちなみに、シリーズ中で私が偏愛しているのは、『どくとるマンボウ途中下車』)。

 ただ、エッセイとしての質は低くとも、北杜夫ファンなら十分に楽しめる一冊である。たとえば、幼年期から最近までのプライベート写真がふんだんに挿入されており、それらの写真を見るだけでも楽しい。 
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斎藤環『家族の痕跡』


家族の痕跡―いちばん最後に残るもの家族の痕跡―いちばん最後に残るもの
(2006/01)
斎藤 環

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 斎藤環著『家族の痕跡』(筑摩書房/1500円)読了。

 ひきこもり問題の第一人者として知られる精神科医・評論家の著者が、さまざまな角度から“家族のいま”を論じた家族論。仕事がらみで読んだものだが、示唆に富む良書であった。

 元はPR誌『ちくま』に連載されたものだから一般向けの本ではあるが、凡百の俗流心理学とは一線を画する深みのある内容だ。
 「ダブルバインド」「エディプス・コンプレックス」「アダルト・チルドレン」など、聞きかじりでわかったつもりになっていた概念について、改めてていねいに説明してくれる点も勉強になった。

 著者はサブカルチャー全般について造詣が深いので、映画・文学・マンガなどを手がかりに家族を論ずるくだりが随所にあり、それらはいずれも面白い。
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吉田秋生『海街diary』

海街diary 1 蝉時雨のやむ頃海街diary 1 蝉時雨のやむ頃
(2007/04/26)
吉田 秋生

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 吉田秋生の新作『海街diary』の第1巻「蝉時雨のやむ頃」(小学館/530円)を読んだ。

 近年はスケールの大きなアクションばかりを手がけていた吉田秋生が、『ラヴァーズ・キス』以来じつに11年ぶりに手がけた“普通の青春マンガ”である。

 私は『BANANA FISH』も『YASHA』も『吉祥天女』も好きだが、その系列の作品よりは、彼女の描く普通の青春マンガのほうが好きだ。
 吉田作品のベスト3を選ぶなら、『ラヴァーズ・キス』『カリフォルニア物語』『櫻の園』の3つになるのであって、『BANANA FISH』とかは私の中ではそれより下だ(作品の完成度の話ではなく、好みの問題)。

 男の吉田秋生ファンの中には、そういう人が少なくないはずだ。いつも読んでいる「漫棚通信ブログ版」さんの、このエントリに激しく同意。

 なので、「早くまたふつうの青春マンガを描いてほしいなあ」とずっと渇望していた。やっとその渇きが癒された思いである。

 この『海街diary』は、『ラヴァーズ・キス』と同じく鎌倉が舞台。
 いや、舞台が同じどころか、『ラヴァーズ・キス』の主人公・藤井朋章が、いきなり重要な役どころで登場する。いわば、『ラヴァーズ・キス』の「アナザー・ストーリー」でもあるのだ。

 主人公は20代の三姉妹。祖母の遺した古い一軒家に、娘3人のみで暮らしている。
 第一話で姉妹の生別した父親が亡くなり、まだ中学生の異母妹が一緒に暮らし始める。つまり、『若草物語』の流れを継ぐ「四姉妹もの」の現代的展開という趣。

 複雑な家庭の事情など、ヘビーなドラマが展開されるのだが、それでいてディテールはかなりコミカル。そのギャップが面白いひねりになっている。

 四姉妹それぞれのキャラの立て方もうまいし、いい場面、いいセリフがいっぱい。期待を裏切らない仕上がりだ。とくに、第一話「蝉時雨のやむ頃」はまことに素晴らしい。独立した短編として完成されている。

 異母妹・すずが、従来の吉田の絵柄とはやや違う「萌え絵」で描かれているのが目を引く。「妹萌え」男子のハートも鷲づかみである(笑)。

 ワタシ的には、ナースをしている長女・幸(「さち」。気の強さから、妹たちには「シャチ姉」と呼ばれている)の凜とした感じがよいなあ。

 第一話から、幸の印象的なセリフを引いてみよう。

 

私の勤務している病院の小児病棟にはいわゆる難病といわれている子が大ぜいいます。そういう子は例外なくいい子でしっかりしてます。なぜだかわかりますか? 厳しい難病が彼らが子どもでいることを許さないからです。子供であることを奪われた子供ほど哀しいものはありません



P.S.
『ラヴァーズ・キス』を映画化した及川中監督が、こんどは『吉祥天女』を映画化するらしい。うーん、期待薄。映画版『ラヴァーズ・キス』は全然よくなかったし。 → 映画『ラヴァーズ・キス』感想 


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田坂広志『プロフェッショナル進化論』

プロフェッショナル進化論 「個人シンクタンク」の時代が始まる プロフェッショナル進化論 「個人シンクタンク」の時代が始まる
田坂 広志 (2007/04/19)
PHP研究所

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 田坂広志著『プロフェッショナル進化論/「個人シンクタンク」の時代が始まる』(PHPビジネス新書/840円)読了。

 タイトルおよび副題に惹かれて読んでみたのだが、かなりガッカリ。

 「ウェブ2・0」時代の到来によって、あらゆる分野の「プロフェッショナル」は「個人シンクタンク」への進化を迫られている――著者はそう言い、“7つのシンクタンク力を磨くための6つの戦略”を説いている。
 著者の書いていることはどれも、ふつうにネットを活用してブログなどをやっている人間なら、言われるまでもなく肌で感じていることばかり。あたりまえのことに、「感性共有革命」などという仰々しいネーミングともっともらしい理屈で装飾が施されているだけだ。
 なにやら、広告代理店がクライアントに提出する、大仰で内容空疎な企画書を読まされている気分になった。

 一例を挙げる。
 「戦略」の一つとして、「先達プロフェッショナルの智恵を借りる『心構え』を身につける」ということに一項を割いている。
 だが、その中身はといえば、“見知らぬプロフェッショナルにメール等で教えを乞う場合には、失礼にならないよう注意しましょう”ということでしかない。

 著者いわく――。
「第一の心構えは、相手に対する『礼儀』を大切にすることである」
「第二は、相手の『時間コスト』を意識することである」
「第三は、相手との『共感』を大切にすることである」

 こんなあたりまえのことの、どこが「個人シンクタンク」に進化するための「戦略」なのだろう?

 もう一例。著者は次のように言う。

 

「ウェブ2・0革命」の時代に「個人シンクタンク」が持つべきは、多くの草の根の人々をブレーンとする「アドバイザリー・コミュニティ」である。



 「おお、なんかすごそうだぞ」と思ってつづきを読んでみたら、なんのことはない、“自分のサイトやブログを定期的に訪問してくれる読者、自分のメルマガの読者、自分の主宰するMLの参加者などの集まり”を「アドバイザリー・コミュニティ」と呼んでいるだけのことだった。

 そりゃまあ、そこそこ人気のあるブログやメルマガをもっていれば、その読者から智恵を借りることもできるだろう。しかし、それは「アドバイザリー・コミュニティ」などと大げさに横文字で言うほどのもんか?
 
 まあ、せっかく読んだのだから、「お、いいこと言うな」と思った点も一つだけ挙げておこう。

 一人の人物が心に抱く「思想」は、その「思想」を体現して人生を生きたとき、初めて「生きた思想」となる。
 それゆえ、「思想」とは、歳月をかけ、深く育んでいくべきものである。



 なお、ブログ検索とアマゾンのカスタマー・レビューでほかの人の感想をざっと読んでみたところ、なんと絶賛の嵐! この本をクダラナイと感じた読者は、もしかして私だけ? まあいいけど。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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