鈴木智彦『ヤクザと原発』


ヤクザと原発 福島第一潜入記ヤクザと原発 福島第一潜入記
(2011/12/15)
鈴木 智彦

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 鈴木智彦著『ヤクザと原発――福島第一潜入記』(文藝春秋/1575円)読了。

 暴力団専門ライターの著者が、昨年の原発事故後の福島第一原発に一労働者として潜入し、ヤクザと原発とのつながりを体を張って確かめたノンフィクション。

 ……なのだが、タイトルにでかでかと「ヤクザ」の3字が冠されているわりには、中身にはあまりヤクザが出てこない。原発潜入前のことを書いた序章と、潜入後を書いた終章に出てくる程度。間に挟まれた潜入記(本書のメイン部分)は、ごく普通に原発労働の実態が描かれていくのみである。
 そのことをもって、「羊頭狗肉だ」と難ずることもできよう。じっさい、「ヤクザの告白『原発はどでかいシノギ』」と序章のタイトルにあるわりには、潜入記部分ではヤクザ業界とのつながりはほとんど語られず、肩すかしの印象が否めない。

 とはいえ、放射能を浴びることを覚悟のうえで事故後の福島第一原発に潜入しただけでも、著者のジャーナリスト魂は賞賛に値する。これは、堀江邦夫の原発労働体験記『原発ジプシー』(1979)の“アフター・フクシマ版”ともいうべき貴重な記録なのだ。

 ただ、この著者は文章力も構成力もあまり高くないため、本書のように専門外のことを書くと、そのヘタさ加減がもろに露呈してしまう。素材はよいのに、ノンフィクションとしての質は高くないのだ。
 専門分野であるヤクザものの場合、知識と経験の豊富さと並外れた取材度胸によって、そうした欠点が補えているのだが……。

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マライア『YENトリックス』


YENトリックス(紙ジャケット仕様)YENトリックス(紙ジャケット仕様)
(2011/10/05)
マライア

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 マライアの『YENトリックス』(キングレコード/2500円)を購入。

 マライアといっても、マライア・キャリーとはなんの関係もない。清水靖晃、笹路正徳、土方隆行ら、日本屈指の技巧派ミュージシャンたちが結成した、1980年代のスーパー・グループである。
 いや、グループというより「マライア・プロジェクト」といったほうがよいか。というのも、当時の彼らはマライア名義のアルバムのほか、村田有美のアルバムや清水・笹路・土方の各ソロアルバムなどを共同制作し、それらをひとくくりにして「マライア・プロジェクト」と呼ばれていたからである。

 この『YENトリックス』は1980年に発表された、マライア名義のファースト・アルバム。98年に一度CD化されたものの、その後長らく入手困難で、中古市場で高値を呼んでいたアルバムだ。昨年、ようやく紙ジャケ版で再発されたので、ゲット。

 一流スタジオ・ミュージシャンが集まって作ったロック・バンドといえば、米国のTOTOが思い浮かぶ。じっさい、マライアは「日本版TOTO」と評されたこともある。
 が、マライアのサウンドはTOTOほどポップで通俗的ではなく、もっと先鋭的でスリリング。ハード・ロックとハイパー・テクニカル・フュージョンとプログレとブラコンのいちばんとんがった部分を寄せ集めて作り上げたような、世界レベルのクオリティーをもつ極上のサウンドだ。ジャンルを超越した、語の本来の意味で「クロスオーバー」と呼ぶにふさわしいアルバム。発表から32年を経たいま聴いても、少しも古さを感じない。

 アナログ盤ではA面・B面それぞれの1曲目にあたる2曲――タイトル・ナンバーの「YENトリックス」と、「レット・イット・ブロー」――のカッコよさといったら、もう鳥肌もの。

 マライア・プロジェクトのディーヴァ、村田有美(いまはボイス・トレーナーをしているらしいが、彼女のヴォーカリストとしての傑出した才能が埋もれてしまうのは惜しい)の傑作ソロ・アルバム『クリシュナ』や『ユータラス・ユータラス』も、ぜひCD化してほしいところ。

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苫米地英人『お釈迦さまの脳科学』


お釈迦さまの脳科学 釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか? (小学館101新書)お釈迦さまの脳科学 釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか? (小学館101新書)
(2010/10/01)
苫米地 英人

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 苫米地英人著『お釈迦さまの脳科学――釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか?』 (小学館101新書/735円)読了。

 釈迦の教えや「悟り」の中身を脳科学的見地から解説した本だと思って手に取ったのだが(このタイトルを見たら誰だってそう思う)、脳科学の話がほとんど出てこない。中身は要するに“苫米地流仏教入門”である。

 書いてあることの6割くらいは納得できたし、大枠として間違ったことは言っていないと思うのだが、残り4割程度にはかなり乱暴な独自の見解が混入しているので、鵜呑みにしないほうがよい。

 乱暴な独自の見解の例を挙げる。
 苫米地は本書で、“釈迦はその教え自体がカースト制度を根底から否定するものだったため、暗殺された”とする説を述べている。釈迦は在家信徒の一人が供養したキノコにあたって食中毒で亡くなったのだが、これを毒殺と見るのだ。

 うーん、「お話」としては面白いけど、当時としては並外れた高齢の80歳で、すでにかなり弱っていたはずの釈迦を、わざわざ暗殺しようなんて思うかね?

 ……と、そのような独自の見解が本書には多々あって、しかもそれらがあたかも仏教学の最先端の常識であるかのような書きっぷりなのである。プロの仏教学者たちは本書をどう読むか、聞いてみたい気がする。

 とはいえ、卓見も随所にちりばめられているし、「お話」と割り切って読むなら面白さはかなりのものである。

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ちきりん『自分のアタマで考えよう』


自分のアタマで考えよう自分のアタマで考えよう
(2011/10/28)
ちきりん

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 昨日は横浜某所で、産婦人科医の池川明さんと藤本裕子さん(子育て情報紙『お母さん業界新聞』の編集発行人)の対談取材。
 藤本さんが書かれたエッセイと、池川さんの著書『子どもは親を選んで生まれてくる』『胎内記憶』を読んで臨む。お産や育児にまつわる目からウロコの知見がいっぱいの対談となった。

 行き帰りの電車で、ちきりん著『自分のアタマで考えよう――知識にだまされない思考の技術』(ダイヤモンド社/1470円)を読了。

 人気ブログ「Chikirinの日記」で知られる「おちゃらけ社会派」アルファブロガーの著書が、自らの思考の技術を開陳した「考え方入門」。すでに10万部突破のベストセラーとなっているそうだ。

 外資系でバリバリ働いてきたキャリアなどが、勝間和代を彷彿とさせる。著書の内容も、「よりソフィスティケイトされた勝間本」という印象。勝間本のようなウザイ自慢話がない分、こちらのほうが読後感がよい。


↑勝間と対談もしている(2人は古くからの知り合いだとか)。

 わかりやすい事例をふまえて説かれる「自分のアタマで考える」コツの数々は、納得のいくものばかり。「考え方入門」として上質であると同時に、読み物としても楽しめる。本書より先に刊行された単行本デビュー作『ゆるく考えよう』も読むことにする。

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『ドラゴン・タトゥーの女』


ドラゴン・タトゥーの女 デラックス・コレクターズ・エディション(2枚組) [Blu-ray]ドラゴン・タトゥーの女 デラックス・コレクターズ・エディション(2枚組) [Blu-ray]
(2012/06/13)
ダニエル・クレイグ、ルーニー・マーラ 他



 昨日は、都内某所で打ち合わせが一件。
 そのあと、むしょうに映画が観たくなって(最近全然観ていなかったので)、新宿で途中下車。
 2年ぶりくらいに行った歌舞伎町映画街がほぼ壊滅状態(多くの映画館が閉館し、東急系しか残っていない)になっていたので、ビックリ。

 『マリリン7日間の恋』が観たかったのだが、やっていなかったので、時間が合った『ドラゴン・タトゥーの女』を観た。

 すごくよかった。デヴィッド・フィンチャーらしい、刺激的でスタイリッシュ、ポップだが毒気たっぷりな大人のエンタテインメント。
 ヒロインのリスベットを演じたルーニー・マーラの女優魂やよし。「清楚なお嬢様キャラの彼女が、ここまでやるか」と唸った。女優って恐ろしい。ダニエル・クレイグがすっかりかすんでしまっていた。
 続編(原作は三部作)も必ず観よう。

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辰巳ヨシヒロ『TATSUMI』


TATSUMITATSUMI
(2011/07/20)
辰巳 ヨシヒロ

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 昨日は、寺脇研さんと清水康之さん(自殺対策に取り組むNPO「ライフリンク」の代表)の対談取材。
 寺脇さんの新著『「フクシマ以後」の生き方は若者に聞け』と、清水さんと湯浅誠氏の対談集『闇の中に光を見いだす――貧困・自殺の現場から』を読んで臨む(2冊の感想は、またエントリを改めて)。
 日本の自殺と自殺対策のいまをめぐる対談で、たいへん感動的な内容となった。



 辰巳ヨシヒロの作品集『TATSUMI』(青林工藝舎/840円)を購入。

 辰巳は「日本のオルタナティブ・コミックの第一人者」として、国内よりもむしろ海外で評価が高い。
 昨年には、彼の作品がシンガポールでアニメ映画化された(監督はエリック・クーという人)。その映画『TATSUMI』は、自伝作品『劇画漂流』を中心としたストーリーで、代表的短編5編の内容も盛り込まれたものなのだという。
 映画『TATSUMI』は昨年のカンヌ映画祭の〈ある視点〉部門に選出され、アカデミー賞外国語映画賞のシンガポール代表作品にもなった。


↑映画『TATSUMI』の予告編。これを見ると、盛り込まれた短編とは「グッドバイ」「はいってます」「地獄」「男一発」「いとしのモンキー」の5編であるようだ。

 本書は、その映画公開に合わせて企画された作品集(もっとも、日本公開は現在のところ未定だそうだが)。映画『TATSUMI』の原作5編を含む短編8編が収められている。いずれも、1970年代初頭に描かれた辰巳の代表作である。
 
 場末の映画館のスクリーンに辰巳作品のワンシーンが映し出される……というイメージの装丁が、じつに素晴らしい。

 1970年代の辰巳作品を集めた本というと、小学館文庫に『コップの中の太陽』『鳥葬』の2冊があり、本書の版元青林工藝舎からも、『大発見』『大発掘』の2冊が刊行されている。

 しかし、小学館文庫版はすでに入手困難だし、本書の収録作8編のうち7編を含む『大発見』(全13編)は古書で高値を呼んでいる。

 つまり本書は、『大発見』を入手しやすくした普及版ともいうべきものになっているのだ。
 珠玉の名編「グッドバイ」を含む8編は、どれも暗くてじめじめしていて貧乏臭いのだが、しかし傑作揃いである。近年、「下層労働者の心情を初めてリアルに描写したマンガ家」として再評価されている辰巳だが、その真骨頂ともいうべき作品群なのだ。

 『劇画漂流』で久々のヒットを飛ばすまで、日本では「忘れられたマンガ家」と化していた(マニアはともかく、一般マンガファンにとっては)辰巳ヨシヒロ。その作品世界への入門編として好適な一冊だ。

■関連エントリ
辰巳ヨシヒロ『劇画暮らし』レビュー
辰巳ヨシヒロ『大発掘』レビュー

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坪田聡『朝の「二度寝」でストレスが消える!』


朝の「二度寝」でストレスが消える!朝の「二度寝」でストレスが消える!
(2011/10/05)
坪田聡

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 坪田聡著『朝の「二度寝」でストレスが消える!――コルチゾールホルモンが脳を強くする』(かんき出版/1260円)読了。

 朝の二度寝も昼寝も大好きな私としては、我が意を得たりという思いになる健康本である。
 生活不安定でなんの保障もないフリーランス仕事ではあるが、通勤ストレスがない点と並んで、朝の二度寝や昼寝が自由にできる点はフリーの特権、醍醐味といってよい(笑)。
 私はここ20年、目覚まし時計も使ったことがなく、「寝たいときに寝て、起きたいときに起きる」フリーの特権を満喫している(もちろん、逆に徹夜することだってあるわけだが)。

 従来の一般向け「睡眠本」といえば、多くは快眠法もしくは短眠法の本であった。対して、本書は睡眠自体をもっと愛し、楽しもうという「愛眠」を提唱するものである(快眠のコツにも触れてはいるが)。
 そうしたコンセプトから、朝の二度寝こそ睡眠の醍醐味だ、もっと二度寝を楽しもう、という主張につながっていく。

 著者は脳科学の研究成果をふまえ、二度寝の快楽の源になっているのがコルチゾール・ホルモンである、とする。
 「抗ストレスホルモン」とも呼ばれるコルチゾールは、睡眠から目覚める1~2時間前になると大量に分泌される(=起床時コルチゾール反応)という。つまり、二度寝はコルチゾールの分泌を高め、いわば“コルチゾールのシャワーを脳に浴びせる”ような行為なのだとか。それが、『朝の「二度寝」でストレスが消える!』というタイトルの意味なのである。

 接吻が終わる時、それは不本意な目ざめに似て、まだ眠いのに、瞼の薄い皮を透かして来る瑪瑙のような朝日に抗しかねている、あの物憂い名残惜しさに充ちていた。あのときこそ眠りの美味が絶頂に達するのだ。



 ……と、これは三島由紀夫の『春の雪』の名フレーズだが、まさに「眠りの美味が絶頂に達する」のが二度寝のまどろみのときなのである。そして、その快楽、至福感の源こそ、大量に分泌されるコルチゾールであったのだ。

 私はかねてより、人間の三大欲求のうち、性欲と食欲が飽くなき追求をされてきたのに、睡眠欲の追求だけがなおざりにされてきたことを不思議に思っていた。食欲の追求を洗練させたグルメがあるように、「睡眠グルメ」ともいうべきものがあってしかるべきなのではないか、と考えていた。
 だからこそ、著者の提唱する「愛眠」に、私は深く賛同するものである。朝の二度寝や昼寝が「好ましくないこと」「大人として恥ずかしいこと」みたいに貶められる風潮はおかしい。

 まあ、本書は軽いタッチの健康本であって、拳を振り上げて社会に物申すような本ではないのだけれど……。 

 後半には、睡眠学や脳科学の成果をふまえ、夢研究の最前線を紹介するパートもある。そう、夢を見ることを楽しむのもまた、「睡眠グルメ」の一翼なのである。

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アルボムッレ・スマナサーラ、有田秀穂『仏教と脳科学』


仏教と脳科学―うつ病治療・セロトニンから呼吸法・坐禅、瞑想・解脱まで仏教と脳科学―うつ病治療・セロトニンから呼吸法・坐禅、瞑想・解脱まで
(2010/02)
アルボムッレ・スマナサーラ、有田 秀穂 他

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 アルボムッレ・スマナサーラ、有田秀穂著『仏教と脳科学――うつ病治療・セロトニンから呼吸法・坐禅、瞑想・解脱まで』(サンガ/2205円)読了。

 スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)の長老と脳生理学者が、仏教の瞑想と脳科学の接点を探った対談集。

 著者の一人、有田は坐禅を脳科学的に分析する研究をつづけてきた人(その研究をうつ病治療などに役立てているらしい)。そうした蓄積をふまえ、スマナサーラに脳科学から見た瞑想についての疑問を、さまざまな角度から問うている。

 部分的にはたいへん面白い本。たとえば、釈尊が悟りを得るために行なった瞑想の中身を、有田が科学の目から解説しようとしたくだりなどは目からウロコである。

 だが、宗教的瞑想にはやはり科学では説明しきれない領域があるようで、話が噛み合っていない部分も多い。
 また、全6章のうちの第4章「現代人の問題」は、瞑想とも脳科学とも関係ないたんなるお説教(それも、“ケータイやゲームに夢中になるのはよくない”みたいな陳腐なお説教)になってしまっている。この章はいらなかった気がする。

 以下、付箋を打った箇所をメモがわりに引用しておく。

スマナサーラ 先生がおっしゃっているセロトニン神経の働きは、仏教ではたった一語で説明できます。それは「サマーディ(禅定、統一)」という心理学的なある一つの状況です。それを司っているのです。肉体はどのあたりを感じているのか、機械的に見ればまだありますけれど。
 もう一つ、〈智慧〉があります。それはこれからの研究で、智慧は脳のどの部分のどういう機能かを発見するかもしれませんし、しないかもしれません。



有田 お釈迦さまが六年の間修行して、苦やストレスを徹底的に観察し、そして山を下りて、坐禅を組んで瞑想を始めたころのことです。
 お釈迦さまのところへマーラ(悪魔)の娘たちがやってきて、誘います。それが、ぼくの解釈では〈快〉です。ドーパミン神経の誘いなのです。
 お釈迦さまは六年の歳月をかけ、ストレス実験をやっていました。ストレスの神経のテストをして、徹底的に見極めたのです。でも、いくらストレス実験をしても、満足のいく結果が得られなかった。
 彼は山を下りて、セロトニン神経を活性化する行を始めました。そこにドーパミン神経の誘惑が襲いかかってきたのです。そういうふうに、ぼくには見えます。



スマナサーラ 脳は幻覚工場なので、結論を急ぐと、瞑想体験は単純な幻覚で終わってしまうのです。(中略)幻覚を現実だと思ってしまうと、真理を発見するどころか、原始時代に逆行してしまいます。



スマナサーラ われわれは花が散るのを見て、「ああ、無常だなあ」などと言ったりしますが、それは本物の無常ではありません。私に言わせると、花を見た瞬間でも無常でしたし、それから散っている過程でも無常でした。それに気づかず、咲いている花と散っている花を比較して無常というのは、本来の無常ではないのです。本物の無常は、比較的でも対照的でもありません。無常は無常なのです。いつでも無常です。常にある真理なのです。



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古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』


絶望の国の幸福な若者たち絶望の国の幸福な若者たち
(2011/09/06)
古市 憲寿

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 古市憲寿(ふるいち・のりとし)著『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社/1890円)読了。

 執筆当時26歳の社会学者(東大大学院博士課程在籍)が、若者の一人としての当事者目線で書いた若者論。昨年9月の刊行以来、すでに10刷を重ねているという。ベストセラーといってよいだろう。

 仕事の資料として読んだものだが、たいへん面白かった。若者論としてのみならず、幸福論としても秀逸な一冊である。

 大学院生が書いた本などというと生硬で青臭い文章を思い浮かべそうだが、著者の文章は軽やかで読みやすい。若さに似合わず力の抜き加減まで心得ていて、力みがない。26歳にしてすでに物書きとして完成されている、という印象。

 同じように「20代にして完成されている」という感想を抱いたことが、過去に2回ある。沢木耕太郎25歳時のデビュー作『若き実力者たち』と、中島岳志さんのデビュー作『ヒンドゥー・ナショナリズム』を読んだときだ。本書の著者も、20代当時の沢木・中島と同種の早熟な才能である。

 タイトルは、いまの20代の7割が、世論調査で「現在の生活に満足している」と答えた(2010年時点)という事実をふまえたもの。
 格差社会化が言われ、上の世代からは不幸で不遇な世代と見なされがちな若者たちが、じつは大人が思うよりもずっと幸福を感じて生きているというアイロニー。その背景にあるものを、著者は各種データと自らの生活実感、そして多くの若者たちへの取材から探っていく。

 読んでいて痛快なのは、過去から現在までの若者論の数々を、筆鋒鋭くバッサバッサと斬っていくところ。
 私は、著者がこきおろした本の一つ、原田曜平の『近頃の若者はなぜダメなのか』も優れた若者論だと思うし、首肯できない記述もあるが、おおむね同意。

■関連エントリ→ 原田曜平『近頃の若者はなぜダメなのか』レビュー

 逆に、感心しなかったのは、ワールドカップで盛り上がる渋谷の街を取材したくだりなど、実際の若者たちの声を集めたルポ的な部分。論評部分は鋭いのに、自らの取材成果を記した部分になると途端に精彩を欠く印象を受けた。

 あと、慶應から東大の院に進んでルックスもよいこの人は、あまりにも恵まれていて、ワーキングプアなどの思いを論ずるにはふさわしくない気がしてしまった。「持てる者」と「持たざる者」では、同じ時代に若者として生きていても、まるで違う世界が見えているはずだからだ。
 「こんなに恵まれてるヤツに、若者の代表づらして俺らの幸福を語ってほしくねーよ」と反発を抱くワープア層読者も少なくないのでは? ま、それはべつに著者のせいではないけれど。

 とはいえ、一冊の本としては上出来。若者にとっても元・若者にとっても、一読に値する好著である。
 
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エリン・マッカーリー『Love, Save The Empty』


Love Save the EmptyLove Save the Empty
(2009/01/06)
Erin Mccarley

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 エリン・マッカーリーの『Love, Save The Empty』を輸入盤で購入、ヘビロ中。

 エリン・マッカーリーは、2009年にこのアルバムでデビューした米国のシンガー・ソングライター。日本での知名度はまだ低いが、シンガーとしてもソングライターとしても素晴らしい才能をもった人だと思う。

 私自身も、彼女のことを知ったのはつい最近。ネットラジオで偶然「Pony」(このアルバムのオープニング曲)を聴いて、一発でノックアウトされてしまったのである。

 元々カントリーから出発した人だとのことだが、本作を聴くかぎり、カントリー色は隠し味程度。

 ヴォーカルに深い味わいがある。カワイイ声なのにちょっとかすれていて、コケティッシュであると同時にクール。日本でいうと鈴木祥子などに通じる、いわゆる「ツンデレ・ヴォーカル」の系列。好みだ。

 どの曲も、聴いていると映像と物語が鮮やかに浮かぶ。その点では、スザンヌ・ヴェガとかジョーン・オズボーンあたりに近い。エリンはライヴでヴェガの「トムズ・ダイナー」をよく取り上げているようだし、かなり影響を受けているのだろう。

 ただし、ヴェガやオズボーンがニューヨークで育まれた都会派(オズボーンはケンタッキー生まれだが、ニューヨークで青春をすごした)であるのに対し、エリンはテキサス出身でカントリーをルーツにしているとあって、理知的な作風の底には土の香りの明るさが秘められている。
 また、アルバム中には「Bobble Head」のようにロック色の強い曲もあり、そうした曲でのエモーショナルなヴォーカルはスザンヌ・ヴェガというよりアラニス・モリセットのようでもある。

 このアルバムは印象的なメロディーをもった佳曲揃いだし、もっと売れてもよいアーティストだと思う。ルックスもなかなかで、女優みたいだし。
 今年6月に出る予定だというセカンド・アルバム(さっきエリン自身のツイッターを見て得た情報。便利な時代ですなあ)に、大いに期待。


↑これはこのアルバムのEPK(Electronic Press Kit)。


↑タイトルナンバーのオフィシャル・ミュージック・ビデオ。

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永沢哲『瞑想する脳科学』


瞑想する脳科学 (講談社選書メチエ)瞑想する脳科学 (講談社選書メチエ)
(2011/05/12)
永沢 哲

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 昨日は、都内某所で女優の岸本加世子さんを取材。
 女性誌の「母の日」特集のためのインタビューなので、お母さんの思い出を中心にお話をうかがう。
 「やっぱ、女優さんは至近距離で見るとオーラがあるなあ」と思った。

 
 永沢哲著『瞑想する脳科学』(講談社選書メチエ/1890円)読了。

 宗教人類学者の著者が、宗教的瞑想と脳科学の接点を探った論考。

 1990年代以降の急激な脳科学の進歩(とくに、ファンクショナルMRIなど、脳内で起きていることをリアルタイムで知るための技術の発達)によって、瞑想時に脳内で起きていることが詳細にわかるようになってきた。また、人間の脳が死ぬまで可塑性を保ちつづける(つまり、何歳からでも脳は変わり得る)こともわかった。

 そうした脳科学の最先端をふまえ、著者は瞑想にさまざまな角度から科学の光を当てていく。といっても、著者自身は科学者ではないから、他の研究者によるさまざまな研究を紹介し、そのうえで考察を加えていく形である。

 瞑想が脳を変化させ得る技術であることが明かされていくなど、目からウロコの知見が満載。インドの刑務所でヴィパッサナ瞑想が囚人たちの教育プログラムに取り入れられ、彼らの更生に大きな役割を果たしている、などという話も興味深い。

 全3部構成のうち、最後の第3部は瞑想というテーマから離れ、人間の脳と機械を直接結びつけるブレイン・マシーン・インターフェイスの現状と展望に光が当てられる。ここも面白いといえば面白いのだが、やや話を広げすぎという印象をもった。
 
 あと、著者の文章には持って回った言い回しが多くてクセがあり、わかりにくい。たとえば、「地球の未来」と書けばよいところを「惑星の未来」と書いたりして、なんか気取ってるし……。

 と、ケチをつけてしまったが、「瞑想と科学」をめぐる研究史として手際よくまとまっているし、このテーマに関心のある向きは読んで損はない本である。

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アラン・ホールズワース『ALL NIGHT WRONG』


ALL NIGHT WRONG(ステレオ&マルチチャンネル)ALL NIGHT WRONG(ステレオ&マルチチャンネル)
(2008/06/25)
アラン・ホールズワース

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 昨日は、文豪・井上靖の長女、浦城(うらき)いくよさんを取材。都内某所のご自宅にて。
 予定をはるかに超えた長い時間、ご両親の思い出を語ってくださった。

 関係ないけど、ブルース・スプリングスティーンが最近の記者会見で語ったという次の言葉がすごくカッコイイので、メモ。

「俺は自分の人生を、アメリカの現実とアメリカン・ドリームの間の距離を測ることにずっと捧げてきたようなもんだよ」



 これは、ジョン・レノンの「神は俺たちの痛みを測る概念だ」や、ニール・ヤングの「錆びるより燃えつきたい」などと並んで、ロック史に残る名言になるのではないか。


 アラン・ホールズワースのライヴ・アルバム『ALL NIGHT WRONG』を聴いた。

 長らくライヴ・アルバムを出すのを嫌がっていたホールズワースが、2002年に初めて公式に発売したライヴ(もっとも、翌2003年にも、90年の東京公演を収めた次のライヴ盤『THEN!』を出したのだが)。いまはなき「六本木ピットイン」でのライヴを収録している。

 ドラムスがチャド・ワッカーマン、ベースがジミー・ジョンソンという、テクニックがありすぎる3人によるトリオ。
 とはいえ、「火花散るバトル」という趣ではない。激しいテクニックのぶつかりあいにもかかわらず、全体の印象はむしろ静謐・流麗なのだ。

 ノリノリのライヴというより、むしろ聴きほれて感嘆のため息が漏れるようなライヴ。これは、もはやアートだ。「ジャズ・ロックの美」の一つの究極が、ここにはある。


↑オープニングを飾る「ランヤード・ループ」。美しい。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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