『ワーキングプア/日本を蝕む病』(NHKスベシャル『ワーキングプア』取材班・編/ポプラ社/1200円)読了。
昨年大きな話題をまいた、同名の「NHKスベシャル」を本にまとめたもの。私は元の番組を見ていないのだが、本だけ読んでも十分に興味深い。
「ホームレス化する若者」「崩壊寸前の地方」「夢を奪われた女性」「グローバル化の波にさらわれる中小企業」「死ぬまで働かざるを得ない老人」などの章に分かれており、それぞれ、「NHKスペシャル」ならではのお金と手間ひまをたっぷりかけた分厚い取材(なにしろNHKの看板番組だから、予算も人員も潤沢なのである)に基づいているから読み応えがある。
とくに目からウロコだったのは、「グローバル化の波にさらわれる中小企業」の章。日本の製造業が安い中国製品の進出で苦境に立たされていることは知っていたが、本書はさらにその先のすさまじい現実を眼前に突きつける。
この章の舞台となる岐阜市では、中小・零細繊維業者の多くが、「研修生」「技能実習生」などの名目で来日した中国人を(違法を承知で)低賃金でフルタイム労働させている。そのことが工賃の急激な下落をもたらし、中国人を雇っていない繊維業者がどんどん廃業に追い込まれているのだという。
中国人が事実上の労働力として急激に流入した岐阜は、日本の将来の姿とも言える。そこで起こったのは、外国人労働者に対する不法な低賃金をベースに、日本人の賃金も急激に低下し、ワーキングプアが生み出されるという負の連鎖だった。経済評論家の内橋克人さんは、この現象を「どん底に向けての競争」と指摘した。
この「グローバル化の波にさらわれる中小企業」のように読み応えある章がある一方、「なんだかな~」という章もある。
たぶん、この本は何人かが分担して書いたものだと思うが(執筆者の個人名が明記されていない)、書き手の力量の差なのか、章ごとの出来不出来が激しいのだ。
とくに、「荒廃を背負う子ども」の章には何度も首をかしげた。この章の書き手だけ、ほかの章に比べて明らかに視点が甘く、分析が拙いのだ。
たとえば、こんな一節がある。
子どもの将来の選択肢が、家庭環境によって知らず知らずのうちに狭められ、不安定な働き方をして、子ども自身も経済的に余裕のない生活に陥っていく。取材を通じて、こんな負の連鎖が起きないとも限らない恐ろしさを感じた。
「なんじゃこりゃ?」である。
「子どもの将来の選択肢が、家庭環境によって知らず知らずのうちに狭められ、不安定な働き方をして、子ども自身も経済的に余裕のない生活に陥っていく」という「負の連鎖」は、「起きないとも限らない」どころか、「ワーキングプア」なんて言葉が生まれるはるか前からいくらでもあった。あたりまえのことではないか。
NHKのエリート記者は何をカマトトぶっているのか。それとも、ほんとうに恐ろしいほど世間知らずなのか。
本書全体に対する不満もある。ワーキングプアを「善良な弱者」としてのみ扱い、国・行政を「悪」として扱う図式化がすぎるのだ。
ワーキングプアはけっして怠け者ではなく、懸命に働きながらも貧しさから抜け出せない人々である――と、そこまではよくわかった。
しかし、「国が悪い、行政が悪い」とただ嘆くのみで、解決の糸口すら提示しようとしない構成はいかがなものか。本書の随所で国の「福祉切り捨て」が極悪非道の所業のように批判されているが、切り捨てに向かわざるを得ない側の苦渋が一顧だにされていないのは偏向ではないか。
……と、そのような瑕疵はあっても、ワーキングプアの実態について知るためには有益な好著。
終章「現実に向き合う時」では、番組のキャスターが全体のまとめを書いているのだが、これが簡潔明瞭な「ワーキングプア問題早わかり」として秀逸。この章だけでも独立した価値がある。
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