松尾剛次『破戒と男色の仏教史』

破戒と男色の仏教史 (平凡社新書)破戒と男色の仏教史 (平凡社新書)
(2008/11/15)
松尾 剛次

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 松尾剛次著『破戒と男色の仏教史』(平凡社新書/756円)読了。

 中世仏教史を専門とする著者(山形大学教授)が、日本の仏教史を僧侶たちの「破戒と男色」をカギにとらえ直した一冊。
 古代の仏教受容から説き起こされ、終章では近世以降の状況にも言及されるが、中心となるのは著者の専門である中世だ。

 本書によれば、中世の「官僧」(公務員的僧侶=東大寺、延暦寺などに所属した国家公認の僧侶)の世界では、男色は「一般的」――つまりあたりまえのことだったのだという(!)。

 仏教では戒律によって出家者の「不淫(性交をしないこと)」が定められているから、僧侶の男色は「破戒」である。にもかかわらず、女人のいない寺院という閉鎖空間で、「童子」または「稚児」と呼ばれる僧に仕える男子が、おもに男色の相手となった。
 男色は、「上級僧のみならず、中・下級僧にまで蔓延し、一般化していた」。著者は、男色は「『官僧集団』の文化であった」という。

 本書がとくに光を当てるのは、東大寺の別当となり、官僧たちの頂点にのぼりつめた宗性(そうしょう)。この宗性が日常的に男色にふけっていたことを示す史料が、こと細かに紹介される。
 その中には、宗性が書いた「これまでに95人と男色を行なってきたが、なんとか100人までで打ち止めとしたい」という意味の誓文があり、仰天させられる。
 95人という人数(著者は、相手には稚児だけでなく先輩・後輩僧侶も含まれるだろう、と推察している)もスゴイが、「今後はけっしてしない」という誓いではなく、「あと5人くらいでやめたい」という消極的誓いである点もスゴイ。

 この宗性だけが特別なのではない。
 たとえば、僧侶の間で稚児の奪い合いなども頻発したという。また、「官僧の世界では、男色のみならず、女犯(女性との性交)も一般化し」ていたし、飲酒や肉食などの破戒も頻繁に起こっていたという。

 そのような官僧の腐敗堕落(※)に対して、「仏教本来のありように戻れ」という戒律復興運動もしばしば起こった。本書は、そのうちとくに叡尊による復興運動にスポットを当てている。
 しかし、また年月が経つと破戒僧が一般化し……と、そのように破戒と持戒の狭間を揺れ動いてきたのが日本仏教史なのだと、著者は言う。

※私自身にはホモセクシュアルに対する偏見はないし、現代日本の僧侶の妻帯・飲酒・肉食それ自体が「腐敗堕落」だとは思わない。念のため。

 題材にインパクトがあるためキワモノ本だと勘違いする向きもあろうが、読んでみればごく真面目な研究書である。
 著者の問題意識は、官僧社会の「破戒と男色」を、鎌倉新仏教成立の背景要因の一つとしてとらえることにある。

 鎌倉仏教の立役者たちが出家して「官僧」の世界に入ったとき、そこはすでに男色と破戒が横行する「俗界」と化していた。だからこそ、彼らはそこから出なければならなかった(そのような官僧からの離脱のことを「二重出家」と呼ぶそうだ)。

 官僧身分からの離脱は、当時の史料では「遁世」とか「隠遁」と表現されています。遁世とは、本来、出家を意味し、古代においては、興福寺、東大寺、延暦寺などに入ることを意味しました。しかしここでは、興福寺から離脱し、笠置寺で禁欲の仏道修行を行なうことが、遁世(隠遁)と表現されているのです。(中略)
 法然、親鸞、日蓮、栄西、道元らも官僧の世界(延暦寺)から離脱しました。このように、鎌倉新仏教初期の祖師たちのほとんどは、遁世僧であった点に注意を喚起したいのです。(中略)
 遁世とか隠遁というと、ともすれば世をはかなんで、ひっそりと生きることをイメージされがちですが、鎌倉新仏教の僧侶たちにとっての「遁世」とは、新しい救済活動の原点となるものであった点に注目する必要があります。



 目からウロコの知見がちりばめられた一冊。著者の『鎌倉新仏教の誕生』も読んでみよう。

 本書を読んで「へーっ」と思った“豆知識”を、メモしておく。

■memo1
 「戒律」は、本来「戒」と「律」という別個の概念であった。「戒」は「自分を律する内面的な道徳規範」のことで、「律」は「教団で守るべき集団規則」をいう。しかし、日本では「それらを一括して『戒律』とし、釈迦が定めた僧侶集団の規則の意味で使われてい」る。

■memo2
 ユダヤ教の戒律は、神が「するな」と命じる「禁止命令」と、「せよ」と命じる「当為命令」に二分される。そのうち「禁止命令」は、毎日の行いにかかわるから一年365日に当たる365戒となっている。「当為命令」は人間の体を動かして行なうものだから、人体の骨肉の数に当たる248戒となっている。 

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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