劇画暮らし (2010/10/21) 辰巳 ヨシヒロ 商品詳細を見る |
辰巳ヨシヒロ著『劇画暮らし』(本の雑誌社/2520円)読了。
2009年に『劇画漂流』で手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞するなど、再評価著しい辰巳ヨシヒロの自伝。タイトルと表紙から『劇画漂流』の続編劇画のような印象を与えるが、こちらは文章による自伝である。
ただ、『劇画漂流』では描かれなかった時期の出来事まで触れられており、こちらのほうがより網羅的な自伝となっている。子ども時代から70代の現在までがひととおり書かれているのだ。
……などと書いているが、じつは『劇画漂流』はまだ読んでいない私。よって、『劇画漂流』と本書の違いについてくわしく述べることはできない。ともあれ、本書も独立した作品として十分読みごたえがある。
辰巳は「劇画」という語の提唱者であり、おもに大阪を拠点に貸本マンガ文化の一翼を担った作家である。また、連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』に登場して知名度が高まった桜井昌一(役名は戌井慎二)の実弟でもある。
本書は、その辰巳のマンガ少年時代から説き起こされ、貸本マンガの勃興から衰亡までを自身の歩みと重ねて描く部分が中心となっている。
意外だったのは、辰巳が手塚治虫と深いかかわりをもっていたこと。『新寶島』などに感銘を受けて手塚を神のごとく敬愛していた辰巳は、中学生時代に手塚邸(まだ宝塚に住んでいた)を訪問する機会を得て、その後も「手塚詣で」をくり返したのだという。
その意味で本書は、“もう一つの『まんが道』”であり、“関西を舞台にした、もう一つのトキワ荘物語”でもある。藤本弘に安孫子素雄という相棒がいたように、辰巳の創作の相棒となるのは次兄「オキちゃん」――すなわち、のちの桜井昌一(本名は辰巳義興)だ。
そして、桜井や水木しげるが生きた貸本マンガの世界を別角度から描いたという意味で、本書は“もう一つの『ゲゲゲの女房』”でもあるのだ(水木は少ししか出てこないが)。
マンガ表現の拡大を模索するなかで、「劇画」という言葉が生まれるまでのプロセス、さらには「劇画」が辰巳の手を離れて世に広まっていくプロセスが、つぶさに綴られている。その点で、本書はマンガ史の資料としての価値も非常に高い。
また、のちのマンガ界の大物たちの青春物語としても面白く(さいとう・たかを、つげ義春、佐藤まさあきらの若き日の姿が活写されている)、ドラマ化・映画化してもよさそうだ。
印象に残る場面も多い。
たとえば、劇画ブームに乗って辰巳が初めて『少年マガジン』に寄稿する際のやりとり――。
「ぼくのような者の作品を載せると、『マガジン』の部数が落ちますよ」
編集部でぼくは忌憚のない意見を述べた。
「結構です。『マガジン』の発行部数が落ちるほどの影響力のある作品は大歓迎です」
担当編集者と同席した副編集長は、自信満々に胸を張って答えた。
ところで、私が初めて辰巳作品を読んだのは、1970年代中盤に小学館文庫から2冊の短編集(『鳥葬』と『コップの中の太陽』)が刊行されたときである。
いくつかの短編が深く印象に残った。なかでも、「グッドバイ」は珠玉の名編だと思った。
辰巳は「日本のオルタナティヴ・コミックの第一人者」として海外でも評価が高いが、本書によれば、「グッドバイ」はとくに評価が高く、英語版・スペイン語版・仏語版が刊行されているほか、シンガポールでアニメ映画化(これは「グッドバイ」のみならず、いくつかの辰巳作品のオムニバス)が進行中だという。
「グッドバイ」は、2003年に出た辰巳の復刻短編集『大発見』に収録されている。
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