井上鑑『僕の音、僕の庭』


僕の音、僕の庭 ―鑑式音楽アレンジ論僕の音、僕の庭 ―鑑式音楽アレンジ論
(2011/08/09)
井上 鑑

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 井上鑑(あきら)著『僕の音、僕の庭――鑑式音楽アレンジ論』(筑摩書房/2940円)読了。

 過去35年以上、音楽シーンの第一線でアレンジャー/作曲家として活躍してきた井上の、初の著書。
 坂本龍一の語りによる自伝『音楽は自由にする』の類書といえるが、あの本よりもずっと評論寄りの内容だ。自伝的な内容は第3章だけで、ほかはアレンジ論、音楽論なのだ。

 初の著書だから書きたいことが溜まっていたのか、いろんな要素を盛り込みすぎの観もある。次のように――。

 第1章は寺尾聰、大滝詠一、福山雅治との共同作業を例に、アレンジャーの仕事について明かした“アレンジャー講座”ともいうべき内容。アレンジャーを目指す人はもちろん、音楽で食っていくことを目指している人なら、参考になる記述が山盛りだろう。

 また、アレンジャーにかぎらず、クリエイティブな作業をする際の極意を明かした「仕事術」本のような部分もある。
 たとえば、周囲のアレンジャーやプロデューサーが洋楽ヒットチャートの最新動向を追うのに血眼になっていた様子を紹介したうえで、井上は次のように流行に対するスタンスを語る。

 相手はどんどん変化していく「流行という現象」です。常にキャッチアップしていくことなど不可能に思えましたし、延々と模倣をしていくことは、その是非以前に僕にとっては面倒くさくて楽しくなさそうな方法にしか感じられませんでした。
(中略)
 新しいものに興味を持たないで良い、と言っているのではありません。しかし、チャートを追いかけてみても、実は既に賞味期限切れ寸前のアイデアなわけですから、一瞬は通用する力学を見つけられたとしても、長い間通用する力学ではないことがほとんどなのです。
 一過的な新しさを求めた知識は、浅い使い方しかできないのではないかと僕は考えています。手本とする例の数が少なくても、時代を超えるだけの内容がその中にあれば、そこから自分も長期間その教えを使いこなせる、その方がコストパフォーマンスが高いと思うのです。
 むしろ新しさという意味合いで、僕が知らなかった素敵な音楽を教えてくれたのは、デザイナーや映像関係のクリエイターたちでした。彼らのアンテナはヒットチャートという尺度(メジャー)ではなく、映像的な世界観や海外のトレンドとの関係で色々なアートを測っていたのです。すぐに仕事に役立つ、という基準も音楽業界の見ている方向とは違うことも多かったと思います。ですから、ファッション関係の情報、特にダンスや映画の情報を見ている中に散見する音楽関係の情報は見逃さないように気をつけていました。



 これは、あらゆる分野のクリエイターに“流行への身の処し方”を教えてくれる一節だと思う。

 かと思えば、愛する音楽について熱く綴った音楽エッセイ的な部分もあり、日本社会の音楽状況についての提言もある。そして何より、音楽にかぎらない射程の深い芸術論としても、読みごたえのある一書でもある。

 ……と、そのように、よく言えば多彩、悪く言えばまとまりのない本なのだ。

 私自身は、それらの多彩な内容をすべて面白く読んだ。
 リスナーとしての音楽遍歴を振り返った章では、フランク・ザッパやイエス、ウェザー・リポートなどの音楽の魅力を綴っているのだが、それらの文章は、第一線の音楽家ならではの深みのある音楽論になっている。

 「分数コード」とか「微分音程」とか、専門的な用語も頻出して、そのへんは私にはよくわからないのだが、一部の用語の意味がわからなくても、音楽好きなら楽しめる本だ。

 そもそも、本書を手に取るのは井上鑑の音楽が好きな人だろうし、そういう人にとっては、作品の舞台裏が垣間見られるだけでも十分に面白い。

 一つだけ文句を言うなら、井上鑑夫人・やまがたすみこについての言及がただの一行もないのにはガッカリした。
 なれそめから書けとは言わないが、長年連れ添った伴侶であり、音楽づくりの仲間でもあるやまがたについて、少しは触れてもよかったのではないか。彼女のファンの中にはそこを期待して本書を手に取る人もいるだろうし……。

■関連エントリ
井上鑑『予言者の夢』レビュー
井上鑑『CM WORKS ON・アソシエイツ・イヤーズ』レビュー
坂本龍一『音楽は自由にする』レビュー

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前原政之 
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前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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