梯久美子『声を届ける――10人の表現者』


声を届ける―10人の表現者声を届ける―10人の表現者
(2013/04)
梯 久美子

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 昨日は、ヤクルトスワローズのゴールデンルーキー・小川泰弘投手を取材。神宮球場のクラブハウスにて。

 グラブに「親孝行」と刺繍を入れているという小川投手は、一つひとつの質問にじっくりと考えて答える真面目な好青年であった。
 太腿が、まるで競輪選手のようにたくましい。大学時代、ノーラン・ライアン流の投球フォームを身につけるために、走り込みとウエイトトレーニングで作り上げた強靭な下半身である。


 行き帰りの電車で、梯久美子著『声を届ける――10人の表現者』(求龍堂/1680円)を読了。

 すっかり売れっ子ノンフィクション作家となった著者は、『散るぞ悲しき』で単行本デビューを果たす前から、『アエラ』の看板連載「現代の肖像」の執筆者の1人だった。
 私が彼女の名前を記憶したのも、「現代の肖像」で脚本家の中園ミホを取り上げた回があまりに素晴らしかったからであった。

 本書は、これまでに梯が「現代の肖像」で書いてきた10本の人物ルポを集めたもの。常連執筆者という印象があったが、意外にも、彼女が書いた「現代の肖像」はこの10本がすべてなのだという。

 以前当ブログに、「梯久美子が『現代の肖像』に書いたルポにはいいものが多いから、彼女のものだけ集めて本にすればいいのに。出たら私は絶対買う」と書いたことがあった。約束どおりゲットしたしだい。

 11年前に私を驚嘆させた中園ミホのルポも、当然収録されている。
 ほかに登場するのは、丸山健二(小説家)、西川美和(映画監督)、槇村さとる(マンガ家)、谷川俊太郎(詩人)、かづきれいこ(フェイシャルセラピスト)、石川真生(写真家)、向田和子(エッセイスト)、ウー・ウェン(料理研究家)、石内都(写真家)――。
 副題のとおり、広義の「表現者」ばかりである。

 10本とも素晴らしい出来。「人物ルポのヴィンテージ」と言ってもよい1冊になっている。

 私がいちばん感動したのは、かづきれいこを取り上げた回。そこには、次のような印象的な一節がある。

 うつむいている人に、つい目がいく。それが、かづきれいこの習い性だ。自分にも下を向いて生きていた頃があった。顔を上げるために、化粧を学んだのだ。
「でも化粧ってイヤな言葉や思わへん? 何で“化ける”いう字、使うの? 私これきっと、男が作った言葉やと思うわ」
 いつものように予定時間を大幅にオーバーした講演の帰り、タクシーの中でかづきが言う。テンションが上がると関西弁が交じる。大阪で生まれ、西宮で育った。



 これは導入部の一節だが、読者の心を鮮やかにつかみ、「つづきが読みたい」と強く思わせる文章だと思う。むずかしい言葉、奇をてらった表現は一つも使っていないのに、深い滋味と心地よいリズムがある。 

 本書に舞台裏が明かされているが、「現代の肖像」はすごく厚い取材を重ねて作られている。
 一本のルポのために、「数ヵ月から、長い人では一年間にわたって、仕事をする姿を見せてもらい、普段着の時間をともに過ごすことを許してもら」ったという。昨今のあわただしい日本の雑誌ジャーナリズムの世界では、めったに見られない贅沢さと言える。

 当代屈指の名文家・梯久美子がそれほど贅沢な取材をして書いたルポなのだから、よいものにならないわけがない。

 『散るぞ悲しき』で脚光を浴びたため、梯久美子はなんだか「太平洋戦争もの専門のノンフィクション作家」みたいな扱いになってきている。
 私は、そのことを惜しいと思う。本書のような普通の(というのもヘンだが)人物ルポを、ぜひまた手がけてほしいものだ。

■関連エントリ→ 梯久美子『散るぞ悲しき』レビュー

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コメント

Re: No title
ハザウェイ様

こんにちは。

小川投手についての記事は次号(8月号)の『潮』に載る予定ですので、どうぞお読みください。



  • 2013-06-22│13:47 |
  • 前原政之  URL│
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  • 2013-06-20│19:28 |
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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