高田博行『ヒトラー演説』


ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)
(2014/06/24)
高田 博行

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 昨日は、都内某所で打ち合わせが一件。
 行き帰りの電車で、高田博行著『ヒトラー演説――熱狂の真実』(中公新書/950円)を読了。

 ヒトラーについての本は日本でもすでに山ほどあるわけで、いまさらストレートなヒトラーの評伝など書いても、屋上屋を架すことにしかならない。
 しかし本書は、ヒトラーの演説に的を絞ってその歩みをたどるというアプローチによって、ヒトラー伝の期を画すことに成功している。
 
 ヒトラーはなぜドイツ国民の心をつかみ、合法的に独裁政権を打ち立てることができたのか? その要因はさまざまあるだろうが、見逃せない大きな要因として、ヒトラーの演説の魅力があった。
 プロパガンダの天才・ゲッベルス宣伝相による巧みな演出や、ラジオや映画という新しいメディアの力も加わって、ヒトラーは演説によってドイツ国民を熱狂させていったのだ。
 
 著者は、近現代ドイツ語史を専門とする言語学者(学習院大学教授)。つまり歴史学者ではないのだが、言語学者ならではの緻密な分析で、ヒトラー演説の内実を明かしていく。

「ヒトラーの演説文を客観的に分析できるように、ヒトラーが四半世紀に行った演説のうち合計五五八回の演説文を機械可読化して、総語数約一五◯万語のデータを作成した」という(!)。その膨大なデータの徹底分析によって、本書は書かれているのだ。
 大変な労作であり、パソコンが普及したいまだからこそ成し得た著作ともいえる。

 著者は、「ヒトラーはジェスチャーを交えた実演がうまいという理由だけで演説家として評価を得たのではなく、その演説文のテーマ、構成、表現に関しても早期から成熟していた」と評価している。
 もともと演説の才に恵まれていたヒトラーは、そのうえ、デヴリエントというオペラ歌手から、数ヶ月にわたって発声法の訓練を受けたという。1932年のことだ。

 ヒトラーが「演説の天才」であるためには訓練を受けていることが露呈してはいけない。そのため、デヴリエントによる訓練は秘密裏に行われた。



 ヒトラーは、たしかに演説が得意ではあった。しかしその「天才」ぶりは、訓練や演出、テクノロジー(ラウドスピーカーなど)とメディアの発達によって、かなり嵩上げされ、粉飾されていたのだ。

 面白いのは、ヒトラー演説の力が最も発揮されたのは政権奪取までであり、独裁者となってからはドイツ国民に飽きられていった、と分析している点。

 ヒトラー演説は、政権獲得の一年半後にはすでに、国民に飽きられ始めていたのである。ヒトラー演説は、ラジオと映画というメディアを獲得することによって、その威力は実測値としては最大になった。ところが、民衆における受容といういわば実測値においては、演説の威力は下降線を描いていったのである。



 この分析は、著者も言うように「ヒトラー演説についてのイメージをおそらく最も大きく裏切る事実」を明かしたものであり、本書の白眉と言える。

 そして晩年になると、ヒトラーは精神的にも肉体的にも衰え、演説もボロボロの状態になっていく。独裁者の末路は、やはり惨めなものなのである。

 本書は、ヒトラー演説のレトリックや使用語の分析などが、一般書にしてはトリヴィアルにすぎる面もある。しかし、全体としては十分に面白い本だ。

■関連エントリ→ 高瀬淳一『武器としての〈言葉政治〉』レビュー

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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