『百円の恋』



 『百円の恋』を映像配信で観た。



 『0.5ミリ』と対になる形で、ヒロインを演じた安藤サクラの評価を一段上げた作品。昨年度のブルーリボン賞主演女優賞など複数の賞を、彼女はこの2作で得たのである。

 私は『0.5ミリ』には感心しなかったが、本作はじつによかった。

 32歳の自堕落ダメニート女・一子(いちこ)が、引退間近のしがない中年ボクサーへの恋と、自らのボクシングへの挑戦によって蘇生していく物語。
 “アラサー女子の遅れてきた青春”の鋳型に、ボクシング映画の王道ともいうべき骨子を流し込んで描いたものともいえる。

 前半ではトドのようにブヨブヨ太った体を鈍重に動かしていた安藤サクラが、後半のボクシング・シーンでは別人のように引き締まった体躯で俊敏な動きを見せる。体の変化に合わせ、表情や目つきさえまるで別物になる。「デ・ニーロ・アプローチ」のすさまじい熱演。安藤サクラの女優魂やよし、である。

 一歩間違えばクッサイ“感動押し売り映画”になりかねない題材と骨子だが、作り手たちは随所に用意された笑いやひねったセリフなどによって、その「クサさ」を巧妙に脱臭している。
 たとえば、「試合がしたい」と言う一子に、ボクシングジムの会長が次のように答えるシーンがある。

「あのね、困んのよ。アンタみたいな人さァ、男だってたまにいるんだよ。いい年こいてさァ、何もない自分に気づいちゃってさァ、『試合がしたい~』なんて言い出すヤツが……。自己満足の道具じゃないんだよ、ボクシングは」



 このセリフが象徴するように、遅すぎる自分探しをボクシングに託す滑稽さを醒めた目で見つめる視点が全編にあって、それが映画に深みをもたらしている。

 クライマックスとなるプロデビュー戦で、一子がぶざまな負けっぷりをさらすあたりも、リアルでじつによい。現実は『ロッキー』のようにはいかないのだ。
 そして、そのぶざまな負けっぷりこそが最大の感動を呼ぶのは、「映画のマジック」というものであろう。

 敗戦のあとで一子が泣きながら言う「勝ちたかったよ……。一度でいいから、勝ってみたいよ」というセリフ。それは試合だけでなく、自分の人生そのものに向けられている。そのことが説明抜きで観る者に伝わってくるあたり、鳥肌ものだ。

 一子が恋する中年ボクサーを演じるのは、新井浩文。
 私は乾いた暴力性とユーモアを漂わせたこの俳優が好きなのだが、本作はこれ以上ないハマり役だと思う。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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