中山可穂『娘役』



 中山可穂著『娘役』(角川書店/1728円)読了。
 この人の小説は、『白い薔薇の淵まで』と『感情教育』の2冊を読んだことがある。いずれも素晴らしかった。

■関連エントリ
中山可穂『白い薔薇の淵まで』
中山可穂『感情教育』

 この最新作は、過去に読んだ2作の緊密な文体に比べると、肩の力を抜いて書いている印象だ。
 ただ、そのリラックスした感じは悪くないし、すこぶる読みやすい。

 ヒロインは、宝塚歌劇の娘役。そしてヒーローは、なんと“ヅカファンのヤクザ”というぶっ飛んだ設定である。
 その娘役・野火ほたると、彼女のファンになったヤクザ・片桐蛍太の、10年間に及ぶ物語。
 ほたるを中心とした宝塚の舞台裏と、片桐を中心としたヤクザの世界が、並行して描かれる。

 小林まことの『ホワッツマイケル』には、無類の猫好きであるヤクザの組長が、そのことを組員たちに知られまいとする様子が笑いを生むシリーズがあった。
 この小説にも、ヤクザが場違いなヅカファンの世界に入り込むことから生まれる“ギャップの笑い”が、随所にある。 

 その一方、映画『冬の華』を彷彿とさせる哀切さもある。
 あの映画で、高倉健演ずるヤクザは、自分が殺してしまったヤクザの娘(池上季実子)を、「あしながおじさん」と化して陰からそっと見守りつづける。
 同様に、片桐はヤクザとしての分を守り、女優としてのほたるをただ見守るだけで、それ以上近づこうとはしない。

 物語の中で2人が直接言葉を交わすのは、偶然からのたった一度だけ。2人は手さえ握ることなく、ほたるは最後まで片桐がヤクザだとは知らないままだ。ストイックでプラトニックなラブストーリーである。

 難を言えば、宝塚のパートにはリアリティがあるものの、ヤクザ同士の会話のやりとりなどにやや不自然さがある。作者がヤクザの世界のことを「にわか勉強」してそれ風に書いている感じで、いま一つ雰囲気が出ていないのだ(「そういうお前だって、宝塚の世界もヤクザの世界もよく知らないだろ」とツッコまれるかもしれないが、知らなくても、作者の知識レベルは行間から伝わるものなのだ)。

 とはいえ、それは全体からみれば小瑕で、なかなか面白い小説だった。

 宝塚の世界だけで通用する符牒が飛びかう会話を読んでいるだけで、門外漢の私には、そこはかとなくおかしい。
 たとえば――。

「私は花男ひとすじ十五年、ウインクや投げキッスや腰振りに磨きをかけ、ひたすらエレガントにキザることに精魂傾けてきた人間です。(中略)男役は黙って黒燕尾、クサく、匂い立つようにクサく、黒燕尾のテールに至るまで流れるようにキザるべしと先輩方に叩き込まれて幾星霜、私はもはや花組でしか生きていけない体になりました」



 著者の宝塚シリーズ第一弾『男役』も読んでみよう。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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