裁判官は最後の権威?/裁判所という場所

裁判官は最後の権威?(2003年11月20日記)
 私は一時期、仕事で裁判を傍聴しつづけたことがある。ライターになる前には傍聴どころか裁判所に行ったこともなかったので、これはなかなか新鮮な体験であった。

 傍聴してみて驚いたのは、これほどありとあらゆる権威が崩壊した時代にあって、裁判官というものがいまなお「権威」であり続けているということだった。

 裁判官の座席は傍聴席よりも一段高く、傍聴人を見下ろす格好になる。また、裁判官が入ってくる際には、傍聴人に「起立、礼」が求められる。強制ではないだろうが、起立せずにいることを許さない雰囲気がある。

 「司法は三権の一つなのだからタテマエ上は権威を保たなくてはいけないし、裁判官だって、まさか本気で自分が傍聴人よりエライとは思ってないだろう」と思う向きもあろう。

 しかし、どうやらたんなるタテマエではないようなのだ。裁判官という人たちは、自分が傍聴人よりエライと本気で思っているらしいのである。
 
 象徴的なエピソードをあげよう。
 私が傍聴したある裁判で、裁判長が次のように傍聴人の1人を注意する場面があった。

「あ、ちょっとそこの人。靴なんか脱がないで! 自宅じゃないんですからね、くつろがないで下さい!」

 その人は、私たちが新幹線の座席に座ってよくやるように、靴を脱いで足を休めていたのだろう。しかし、そのくらいいいではないか。
 なにもタバコを吸っていたわけではないし、携帯電話で私語をしていたわけでもない。裁判の進行の邪魔などしていないのだ。また、居眠りなどして裁判を聴いていなかったというわけでもない。おとなしく座って聴いている傍聴人に対して「靴も脱ぐな」とは、いったい何様のつもりであろうか?

 むろん、すべての人がそう権威的なわけではないだろう。私が傍聴したなかにも、法廷で双方の弁護士に友達のような気さくな調子で話しかける裁判官もいた。だが、そうした人は例外的であるようだ。

 教育の世界では、教師が生徒たちにとっての権威ではなくなりつつある。それが流行りの「学級崩壊」に結びつくのは困るが、教師が権威的でなくなるのは、むしろよい傾向だと私は思う。
 医療の世界では医師が患者にとって絶対的権威であり、患者は医師の御託宣を聞くだけという空気があった。しかし、最近は「インフォームド・コンセント」の理念が浸透してきたこともあり、それも改善されつつある。

 しかるに、裁判官だけが、時が止まったようにいまだに「権威」であり続けているのだ。「市民に開かれた裁判を」と司法制度改革を求める声があり、「裁判員制度」の導入が検討されているが、それよりもまず、裁判官の権威的な態度を改めることが先決だと思う。


裁判所という場所(2003年8月15日記)
 昨日はうっとおしい雨のなか、東京地裁へ赴き、とある裁判記録の閲覧を。

 もちろん仕事で行ったのだが、裁判記録というのは仕事を抜きにしても非常に面白いものである。「面白い」という言い方は不謹慎かもしれないが、とにかくものすごく生々しいのだ。
 裁判の当事者でなくとも、手続きさえ踏めば、判決書はもちろん、証人尋問調書や法廷に提出された証拠書類も閲覧できる(当事者でない場合、コピーは不可)。

 裁判記録を閲覧したり、実際の裁判を傍聴したりすると、他人の「生の人生」に素手で触れる思いがする。この感覚は一度味わうと、クセになる。

 だから、世の中には「裁判傍聴マニア」という人種もいる。法曹関係者ではなく、法律の勉強をしているわけでもないのに、ヒマさえあればいろんな裁判を傍聴している人たちである。
 私も、取材のため傍聴に行った先で、この手の人たちをよく見た。「定年後でヒマを持て余している」という印象の老人が、映画を観に行くような感覚で裁判を傍聴していたりする。
 強姦事件の裁判ばかり傍聴するような鬼畜な趣味(いるんだ、そういうヤツが)になってしまったら困るが、「定年後の趣味としての裁判傍聴」というのはけっこうアリかも。

 作家の佐木隆三氏は、職業を問われると「裁判傍聴業をしております」と答えるそうだ。佐木氏は、裁判を傍聴し、裁判記録を調べ、それをネタに小説や傍聴記を書くことで仕事をしている。氏は、たいへんな鉱脈を見つけたものだと思う。裁判所という場所は「人生の縮図」であり、「ネタの宝庫」なのだ。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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